第19話 待っていた少女
がさり。
風が吹き、
瓦礫の隙間に積もった枯葉が舞った。
俺はそっと足を止め、耳を澄ます。
(……気のせい、か?)
しばらく待ったが、それ以上音はしない。
(……まぁ、風だよな。たぶん)
自分に言い聞かせながら、
瓦礫を掻き分け、ゆっくりと進む。
かつて雑貨屋だった場所は、
今や瓦礫と苔に覆われ、静まり返っていた。
***
(……でも、何か違和感がある)
足元から、
かすかな、微細な魔力の気配。
まるで、
忘れ去られた精霊の息吹のような、儚い力。
(……まさかな)
半信半疑で瓦礫を掘り返すと、
白く淡く輝く小さな【精霊の護符】が顔を覗かせた。
(これって……!)
胸が高鳴る。
と、その時だった。
がらがらっ、と瓦礫が崩れる音。
そして――
ふわりと、
小さな影が姿を現した。
***
そこにいたのは――
青みがかった銀髪。
透き通るような肌。
ほっそりと長い耳。
淡い光をたたえた瞳。
間違いない。
あの、
丘の上にいた精霊種の少女。
(……いる、だと!?)
驚愕に固まる俺。
少女は、静かにこちらを見つめていた。
***
──見つけた。
──また来てくれた。
──待ってた。
──ずっと待ってた。
少女の小さな胸に、
言葉にならない想いが溢れていく。
忘れられたこの場所で、
誰も訪れなくなったこの丘で。
時間が流れても、
世界が変わっても――
たった一人、
彼女だけは、また来てくれた。
嬉しい。
心の底から、嬉しい。
少女はそっと、
胸元から古びた革の地図を取り出した。
(……そうだ)
これは渡さなきゃいけない。
私の役目。
雑貨屋に、
たくさんストックされていた地図たち。
でも、
それも、もうこれが最後。
──最後の仕事。
この人に渡すために、
私はここにいたんだ。
かろうじて残る生命の火を抱えながら、
今日まで、ずっと、ずっと、待っていた。
間に合ってよかった。
***
少女は、
そっと地図を差し出した。
かすかに震える手。
だけど、
その瞳は、嬉しさにきらきらと輝いていた。
「……おかえりなさい」
か細い声。
けれど、確かな温もりを湛えた声だった。
俺は、
堪えきれずに目頭を熱くしながら、
そっと手を伸ばす。
「……ただいま」
地図を受け取ったその瞬間――
少女は、ふわりと微笑んだ。
そして、
小さく、首をかしげた。
──なぜ、泣いてるの?
──私は、嬉しいのに。
純粋な疑問が、
少女の瞳に浮かんでいた。
(……そりゃ、泣くよ……こんなん……!)
心の中で、
情けないくらい、ぐしゃぐしゃになりながら、
俺は地図を胸に抱きしめた。
「……私の、名前……」
少女はそっと、胸に手を当てた。
小さく、けれど確かな声で続ける。
「……シルフィ……です」
(シルフィ……)
俺は、心に刻み込むように、その名前を繰り返した。
かつては名前すら持たなかった存在。
この世界が変わってから、
新たに与えられた、自分だけの名前。
(……知ってほしかったんだな)
俺に――この名前を。
ほんのわずかに微笑んだシルフィは、
小さく俺に尋ねた。
「……あなたの、名前は?」
「……俺は、ヒディ。ヒディ・タカギだ」
静かに、でもしっかりと名乗る。
シルフィは、ぱぁっと顔を輝かせた。
それは、本当に嬉しそうな、
無垢な笑顔だった。
***
(……でも)
その笑顔の奥に、
かすかな儚さが滲んでいるのを、俺は見逃さなかった。
(……時間が、来たんだな)
シルフィは、ふわりと目を細める。
──あぁ、時間が来たみたい。
そんな声が、聞こえた気がした。
次の瞬間。
シルフィの身体が、
淡い光の粒となって、空中にふわりと舞い上がった。
(……消える……のか?)
呆然と見上げる俺。
光の粒は柔らかく輝きながら、
まるで空に還るかのように、上昇していく。
……が。
そこで、異変が起きた。
周囲に、
いつの間にか集まっていた無数の小さな光――
(……精霊たち!?)
俺の周囲に普段から、
かすかに、そっと、
隠れるように漂っていた小さな存在たち。
彼らが一斉に姿を現し、
シルフィの光の粒を取り囲んだ。
なにやら、
小さな祈りのような波動が空間に満ちる。
そして――
ぱああああっ!!
ひときわ強く、
暖かい光が弾けた。
(……なに、これ……)
目を細める俺。
光の中心には、
一際強く輝く、小さな光の粒が浮かんでいた。
それは、
ふわふわと漂いながら、
俺の方へ、すいっと近づいてきた。
そして、
かすかな念話のようなものが、心に届いた。
──ここに、いてもいい?
──一緒に、旅しても、いい?
(……)
思わず、笑ってしまった。
(そんなの、断る理由あるかよ)
「──もちろん、いいよ」
心の中で、そっと返す。
だって、
他の精霊たちだって、別に何も言わずについてきている。
この世界で、
俺にとっては、もう当たり前の存在だ。
(……それに、シルフィは……)
ずっと待っていてくれたんだ。
俺のことを。
(……だったら、一緒に行こう)
ふわり。
光の粒――シルフィが、
喜ぶようにくるくると回った。
そして、そっと、俺の肩に降り立った。
ほんのりと温かい感触。
心が、ふわりと、柔らかくなる。
(……ああ、来てよかった)




