↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/22

第17話 青年と隠し部屋とスライム

貴族別邸辺の終わりです



挿絵(By みてみん)



「……ぜひ、教えていただきたい」


リカルドが、厳粛に頭を下げた。

横でマルタも、静かにきゅっとメイド服の裾をつまみ、控えめに一礼している。


俺は、いきなりの「正式弟子入り志願」に、

思わずぽかんとしてしまった。


(……マジか……この超ガチ勢ふたりを、俺が教えるのか……?)


アワアワしながらも、

俺は渋々――いや、勢いに押されて、うなずいた。


「……わかりました。じゃ、じゃあ、後で訓練開始にしましょう!」


「「感謝いたします!」」


二人は、びしっと揃って頭を下げた。


(いや、待ってくれ。俺、ただの元ゲーマーなんだけどな……!?)


内心めちゃくちゃアワアワしながら、

俺は一旦、休憩を取るために宿舎へと向かった。


***


【訓練開始30分前】


宿舎の一室。


(うわっ……泥で服パリパリじゃん……)


急いでシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎかけ、

着替え用のラフな服を引っ張り出す。


コンコン!


「ヒディ様、失礼いたしますっ!」


「え、ちょ、待っ……!」


ガチャ!


ドアが開いた。


そこにいたのは、

まだ若い、見習い従者――つまり、執事補佐の青年だった。


目が合った。


俺は、シャツ半脱ぎ、ズボン半分腰に引っ掛けた中途半端な格好。


青年「……っ!!」


俺「……っ!!!」


(あっぶねえええええええ!!!)


慌ててズボンを引っ張り上げようとしたその瞬間、

足がもつれて――


「うわああっ!」


青年「わっ!」


バランスを崩した俺は、そのまま青年に倒れ込んだ。


しかも。


とっさに身体を捻ったせいで――

俺が下、青年が上、という、なんとも妙な体勢に。


ぐいっ。


さらに悪いことに、

青年の顔が、俺の胸にピタッとうずまった。


「……………………」


「……………………」


……時が、止まった。


(いやあああああああああ!!!!)


心の中で絶叫しながら、

俺は必死で青年を押し返そうとした。


が、ここで追い打ち。


通りかかった若いメイドたちが、

扉の隙間からこの惨状を目撃してしまったのだ。


「きゃああああああ!!」


「なにこれなにこれ、どーなってんのーっ!?」


「ヒディ様ったら大胆っ!」


(いや、違う!!!)


俺は全力で否定したかったが、

状況が状況すぎて声が出ない。


青年は顔を真っ赤にしながら、

慌てて飛び退き、壁際にぴたっと張り付いた。


メイドたちは、手を叩いて大盛り上がり。


「きゃー、ピカピカ団の師匠様ぁ!」


「うらやましいー!」


「若いっていいなぁ~!」


リカルド(廊下の奥、そっと目を逸らす)

マルタ(顔を無にして後ろを向く)


(……死にたい)


必死で服を整えながら、

俺は心の中で膝をついた。


(なんでだよ! 俺、ただ掃除教えに来ただけだろうがぁぁぁっ!!)


涙目になりながら、

俺は、ぐしゃぐしゃの心を無理やり立て直した。


「さ、さあ! 訓練場所行くぞ!!」


「「「わー!!」」」


メイドたちは、きゃあきゃあと冷やかしながら俺を見送り、

青年は顔を真っ赤にしたまま、足早に先を歩いていった。


(……生きて帰れるかな)


俺は遠い目をしながら、

訓練会場へと向かった。









午後。

別邸の中庭。


見習い従者――ヴァレットの青年は、必死に箒を動かしていた。


「……っ、はぁ、はぁ……!」


額に汗をにじませ、無心で作業に集中する。


(……忘れろ、忘れろ……あんなの、事故だ……!!)


必死に自分に言い聞かせるが、

ふとした拍子に、あの光景が脳裏に蘇る。


──あたたかい感触。

──甘い香り。

──耳元でかすかに聞こえた、ヒディ様のあわあわした息づかい。


「………………っ!!」


思い出した瞬間、顔がばっと真っ赤になった。


箒を持つ手がわなわな震える。


(だめだ、だめだっ! 仕事中だぞ俺!!)


必死に意識を引き戻そうとするが、

脳内の再生は止まらない。


──ぱたんと胸に飛び込んだときの、

柔らかく、かすかに跳ねるような弾力。


──肌越しに感じた、あたたかさ。


──必死に謝るヒディ様の、上気した頬と、潤んだ瞳。


「うぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!!」


思わず声が漏れた。


慌てて口を押さえる。


「どうしたヴァレット君?」


横で庭師のおじいさんが、不思議そうにこちらを見ている。


「な、なななな、なんでもありませんっ!!」


全力で頭を下げ、逃げるようにほうきを動かす。


(……俺、今日、一生分の寿命削った気がする……)


それでも、

胸の奥にほんのり灯った温かい感情を、

青年は止められなかった。


そしてふと。


遠くで、

ジョンに追いかけられながら笑って逃げるヒディの姿が見えた。


「…………」


(……かわいい)


青年は、またしても真っ赤になりながら、

箒をぎゅっと握りしめたのだった。










午前中の別邸中庭。


「じゃあ今日は、訓練兼ねて、実際に掃除してみよう!」


ヒディ様の元気な掛け声に、

俺たちは、思わず背筋を伸ばした。


リカルド様も、マルタさんも、ピコリングをはめて準備万端。

俺も、緊張しながらリングを確認する。


「いいかー、魔力をふわっと流して、汚れをはじく感じなー!」


「「「はいっ!」」」


俺たちは一斉にクリーン魔法を発動した。


──とはいえ、

そううまくはいかなかった。


「クリーンッ!」


マルタさんが放った魔法が、勢い余って砂埃を舞い上げ――


「わっ、うわっ、目にっ!」


俺は慌てて顔を覆う羽目に。


リカルド様は、さすがというべきか、冷静に石畳を綺麗にしていたが、

隣の見習い庭師たちはバケツをひっくり返して大騒ぎしている。


(うわぁ……俺もあれ笑えねぇ……)


必死に顔の砂をぬぐいながら、

それでもなんとか、魔法を安定させていく。


***


しばらくして。


「よしっ、ここまでー!」


ヒディ様が、ぱん、と手を叩いた。


俺たちは、汗だくになりながら、ほうきと雑巾を置き、

中庭の隅に設けられた休憩スペースへと移動した。


「はぁ……終わった……」


タオルで顔を拭きながら、俺はぐったりと座り込む。


その時だった。


視線の端に、ふと――

ヒディ様の姿が映った。


***


木陰で。

ヒディ様は、水筒を開けて、無防備に喉を潤していた。


ごく、

ごくん。


わずかに反らした首筋、

汗でしっとりと濡れた白い肌。


シャツに浮かぶ、滑らかな曲線。

鎖骨から、すうっとシャツの奥へ消える一筋の水滴。


(……っ!!)


呼吸が止まった。


喉が、かすかに鳴る。


気づけば、俺はその場に釘付けになっていた。


(だ、だめだ……見ちゃだめだって……!)


心ではわかっている。


でも、身体が言うことを聞かない。


ぐい、と水筒を傾けるヒディ様。

そして――


「ぷはぁっ……」


満足げに息をつく、その無防備な笑顔。


(………………)


青年の理性が、ぐらりと傾いた。


頭の中に、最悪の想像が流れ込んでくる。


──もしあの汗に濡れた肌に、

──そっと指を這わせたら――


(ぎゃあああああああ!!)


慌てて頭を振る。


(バカか俺!!何考えてんだ!!!)


顔面真っ赤。

耳まで熱い。


必死でタオルで顔を拭きながら、

俺は心の中で土下座する勢いで懺悔していた。


(ヒディ様は、そんなつもりじゃないんだ! 俺が悪いんだ!!)


必死で必死で意識を逸らそうとしたが――


ちらり、と見てしまった。


木漏れ日の中、

汗に濡れたシャツ越しに、

うっすらと浮かび上がるボディライン。


(………………)


もう無理だった。


「……っ!!」


俺は顔を真っ赤にして、

その場から逃げるように走り去った。


遠くでジョンがのんびりと横たわり、

ルミナスがきゃっきゃと笑っている。


そんな平和な世界の中で、

俺だけが、胸を押さえて地獄のような悶絶に沈んでいた。








翌日――。

別邸中庭は、朝から賑やかだった。


「よし、今日も張り切っていこうか!」


ヒディ様の元気な声に、

ピカピカ団の子どもたちが「おーっ!」と元気に応える。


マルタさんも、きゅっと背筋を伸ばしてピコリングを確認していた。

隣では、ヴァレット青年が妙にぎこちない動きでリングをはめている。


(……なんか、まだ昨日のこと引きずってるな、あいつ)


ヒディは、内心でため息をつきつつも、

顔ではにこやかに指導態勢に入った。


***


「じゃ、今日はまず、簡単な壁掃除からいこう!」


「了解いたしました!」


「かしこまりました!」


ぴしっと直立するリカルド、マルタ、ヴァレット青年。


まずは、汚れた壁に向かって、クリーン魔法を放つ練習だ。


「魔力は“押し出す”じゃなくて、“弾き飛ばす”意識だぞー」


ヒディ様がコツを説明する。


リカルドは、相変わらず正確だが動作が慎重すぎて小回りがきかない。

ヴァレット青年は、緊張で魔力を制御しきれず、たまに暴発して小石を飛ばしている。


そして――


マルタさんは。


「クリーン!」


ぱあっ。


小さな声とともに、

目の前の壁が、ぱりぱりっと音を立てて綺麗になっていく。


「……おおっ?」


ヒディ様は、思わず声を上げた。


(え、うまっ!?)


初めてにしては、異常なほど成功率が高い。


しかも、消費魔力が少ない。

ピコリングの補助はあるにしても、これは才能としか言いようがない。


「マルタさん、すごいっす……!」


「わ、わたくしでも、できた……!」


マルタさんは、控えめに胸元を押さえ、

でもその瞳はきらきらと輝いていた。


その隣で――


「ク、クリーンッ!!」


ヴァレット青年が、必死に魔法を放つも――


バシュッ!


飛び出した魔力が暴走して、

遠くの干していたシーツを巻き込んでしまった。


ばさっ!


「うわっ、見えな……!」


シーツに頭から突っ込む青年。


ヒディ様は慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫か!?」


「だ、だいじょ……」


ばさっ。


めくれたシーツの隙間から、

またしても、ヒディ様のラインがばっちり拝めてしまい――


(あああああああ!!!)


ヴァレット青年、顔面真っ赤で自爆。


「お、おれ、ちょっと水、飲んできますっ!!」


叫ぶように言い残して、

青年は中庭から脱兎のごとく逃げ去った。


***


「……まぁ、元気があるのはいいことだな」


リカルドが目を細め、

ヒディ様は、遠い目をしてため息をついた。


(……この修行、絶対に一筋縄じゃいかねぇ……)


そんなことを思いながらも、

ヒディ様は、ぐっと拳を握り締めた。


「よし、次は実戦応用編だー!!」


「「「おーっ!!」」」


ピカピカ団の子どもたちと、

リカルド、マルタ、そして(復帰する予定の)ヴァレット青年。







「ふぃー、あともう少しだな……」


別邸の掃除も大詰め。

俺は子どもたちに声をかけながら、廊下を歩いていた。


リカルドたちが庭回りを、

マルタたちは厨房を担当している。


俺はというと、

使われていない客間や物置のあたりを、簡単に点検して回っていた。


そんな中――ふと。


(……この造り、どこかで……)


歩きながら、妙な既視感を覚える。


古びた石畳の床、やたら広い無駄なスペース、

そして、不自然な壁際のライン。


(……あれだ)


思い出した。


ゲーム時代、

とあるイベントで訪れた【貴族の別邸】のことを。


確か、

「この規模の屋敷には、隠し部屋が存在する」

って、当時ネットの掲示板に情報が流れて――


(……懐かしいな)


あの頃。

仲間たちとログインして、

「うおー、隠し扉探すぞー!」って大はしゃぎしながら、

屋敷中をくまなく調べたっけ。


思い出すのは、

仲間の笑い声、

無駄に壁を叩きまくったバカ騒ぎ、

そして、やっと見つけたときの、

みんなで喜び合った、あの瞬間。


(……いや、でも、まさか)


ここはもう、ゲームじゃない。

現実になった世界だ。


けれど――


(……もし、この屋敷も、当時の設計を踏襲してるとしたら?)


そんな仮説が、心の奥からじわじわと湧き上がってきた。


俺は、無意識に手を伸ばしていた。


トントン、と壁を叩き、

継ぎ目のない石壁を、指先で撫でる。


(……どこかに、仕掛けが……)


慎重に、根気よく探っていく。


そして――


カチリ。


指が、ほんの僅かな突起に触れた瞬間、

小さな音を立てて、壁がわずかにずれた。


「……!」


俺は、ごくりと息を飲んだ。


ギギギギギ……。


重たい音とともに、

隠し扉が、少しずつ、ゆっくりと開いていく。


冷たい空気が、ふわりと流れ込んできた。


(……マジで、あった)


胸が高鳴る。


あの頃の、

ワクワクしてた自分が、

今、この身体の中に、確かに甦っていた。


(……いくか)


深呼吸をひとつ。


俺は、隠し通路の中へ、そっと足を踏み入れた。


──それが、地獄の始まりだとも知らずに。




隠し通路の奥は、思ったよりも広かった。


ひんやりとした空気。

薄暗い石造りの小部屋。


(やっぱ……昔のゲームのダンジョンっぽい……)


そんな風に、わずかに懐かしさを覚えていた、まさにその時。


ぬるっ。


「……ん?」


足元に、奇妙な感触。


見下ろすと――


ぷるぷると蠢く、小さなスライムが、

無数に、地面を這い回っていた。


「……う、うわぁあっ!?」


慌てて飛び退こうとしたが、遅かった。


ぬるぬる。


スライムたちは嬉々として俺にまとわりつき、

シャツの裾、ズボンの脚部に絡みついてくる。


(ちょ、待て、やばいこれやばい!!)


ぐいっ、ぐいっ。


シャツが、ぬるぬると湿り、

布地がじわじわと、溶けていく。


(うそだろっ……!?)


バタバタともがくが、

スライムの物量は予想以上だった。


──ぐちゅ、ぐちゅ。


粘液に濡れたシャツが、

肩口から、ビリッと音を立てて裂ける。


──ぬちゅ。


ズボンのベルトが外れ、腰回りがずり落ちる。


(うぎゃあああああ!!)


必死に服を押さえようとするが、

まとわりつくスライムの重さとぬめりで、

思うように動けない。


しかも、

スライムたちは服の中にまで侵入してきた。


(い、いやだああああ!! おっさんなのに!! こんな……!!)


顔を真っ赤にして、俺は必死にもがいた。


が――


スライムの圧力に耐えきれず、

とうとう膝をつく。


ドシャッ。


「くっ、そ……っ!」


膝立ちの姿勢で、俺は荒い息を吐いた。


シャツは、すでに半壊。

ズボンも、片足が破れ、片足はずり落ちかけ。

肌には、ぬるぬると光る粘液がまとわりついている。


──ぐちゅぐちゅ。


残った服地すら、じわじわと溶けていく音が耳に嫌でも届く。


(……このままじゃ……マズいっ!!)


必死に、意識を集中する。


ゲーム時代の記憶。

そう、こういうとき――


「……メニュー……っ、開け……!」


俺は、震える手を空中に伸ばした。


ぴこん。


淡い光と共に、

半透明のコントロールパネルが現れる。


(よっしゃ……! これだ……!!)


手早くパネルを操作する。


キャラクター画面、武器装備欄。

今なら使えるはず――


画面の片隅に表示された、

細身の片手剣アイコン。


(これだ……!!)


ドラッグ&ドロップ。


ぎゅん!


腰に、確かな重みと手応え。


(……間に合った!!)


俺は、粘液にまみれた腕を振り上げ、

片手剣をしっかりと握り締めた。


(バフ、発動!!)


声と共に、

身体中に青白い光が走る。


魔力が高まり、

スライムたちがぴくりと怯んだ。


「うぉぉおおおおおっ!!」


俺は、ぬるぬるの粘液を振り払いながら、

一気にスライムの群れへ突撃した。


ステップをかろうじて踏みながら切り裂いていった


「ふんぬっ!」


支えを失った胸が暴れる。が、構わず斬る!


振り下ろした片手剣が、

ぬるぬるとしたスライムの群れを切り裂いた。


バシュン!

パシュン!


切り裂かれたスライムたちは、

派手な粘液を撒き散らして消滅していく。


(いける! このまま一気に!!)


身体に宿るバフの光が、俺の動きを加速させていた。

軽い! 速い!


もはや、元ゲームプレイヤー時代の反射が、自然と身体を動かしていた。


(っしゃああああ!)


跳ねる。

回り込む。

突き刺す!


剣閃と魔力のきらめきが、

薄暗い隠し部屋を鮮やかに照らしていく。


だが。


──ぬるっ。


「……っ!」


粘液が、

腕に、太ももに、ぴたりとまとわりつく感触。


(……ぐ、まだ……!!)


いくら倒しても、

スライムは無限湧きじゃないかって勢いで増えてくる。


加えて、

最初の被害でズタズタになった服は、

剣を振るたびに、さらに破れていく。


びりっ。

びりりっ。


シャツはとうに肩から裂け落ち、

ズボンも片脚が半分以上破れ、

かろうじて形を留めているのは、

もはや腰に巻き付いたボロ布程度。




内心で悲鳴を上げながらも、

剣は止めない。


──バシュン!


──パシュン!


次々とスライムを一掃しながら、

ようやく、

最後の一体を叩き切った。


「……っ、はぁ、はぁ……!」


剣を杖のように支え、

俺はその場に膝をついた。


(……っ、助かった……)


粘液にまみれ、

破れた布きれだけをまとった、

ほとんど裸に近い状態。


全身はぬるぬるに濡れ、

肩で荒く息をしている。


頬に流れる汗と、

肌を伝う冷たい粘液が、

妙に生々しい感触を残す。


──その時だった。


廊下の向こうから、

慌ただしい足音が近づいてくる。


「ヒディ様!? 今の光は……!」


「どうしたの!?」


リカルド、マルタ、子どもたち、

そしてヴァレット青年たちが、

一斉に駆け込んできた。


──そして、凍りついた。


「…………」


「…………」


誰もが言葉を失った。


粘液まみれ、

あられもない姿で膝をつき、

剣を杖代わりに必死に立っているヒディの姿。


ボロボロの服から覗く、

しなやかな四肢と、

濡れて光る滑らかな肌。


荒く上下する胸元。


「……………………」


数秒の静寂。


──そして。


「ヒディ様……!?」


ヴァレット青年が、

顔を真っ赤に染め、

鼻血寸前で仰け反った。


マルタは無表情でくるりと後ろを向き、

リカルドはそっと目を伏せた。


子どもたちは、きゃあきゃあと無邪気に笑っている。


(……し、死にたい……)


俺は、震える膝でなんとか立ち上がり、

必死に破れた布地をかき集めた。


だが、

ヌルヌルと滑るせいで、まともに服も直せない。


(こんな……こんなはずじゃなかったのにぃぃぃぃ!!!)


内心で絶叫しながら、

俺はそろそろと歩き出した。






騒ぎは、思った以上に大ごとになった。


リカルドが手際よく人払いをし、

マルタは無言でタオルケットを運び、

子どもたちは「ぴかぴかー!」ときゃっきゃと騒ぎ――


俺はというと、

ぬるぬるのボロ布にくるまりながら、

隅っこの方で小さくなっていた。


(……あぁ……この世界から消えたい)


必死に粘液を拭いながら、

そう願わずにはいられなかった。


***


そんな中。


ヴァレット青年は――


中庭の隅っこで、石像のように固まっていた。


顔は真っ赤。

耳まで火照り、

口元はわなわなと震えている。


(……み、見てしまった……)


目に焼き付いて離れない。


粘液に濡れた肌。

破れたシャツの隙間から覗く白い肩。

必死に布を押さえる、か細い指。


荒く上下する胸元。

濡れた太もも。

ひらりとずり落ちたズボン。


(………………っ!!!)


一気に頭が爆発しそうだった。


目を逸らしたかった。

逃げたかった。


なのに、

脳裏に焼きついた映像は、

いやらしさよりも、ただ、ただ、まぶしくて。


(……ヒディ様、綺麗だった……)


気がつけば、

ヴァレット青年は胸を押さえて、

ぎゅうっと拳を握り締めていた。


***


夜。


宿舎のベッドの上で。


ヴァレット青年は、天井をぼんやりと見つめながら、

一人、ため息をついた。


(……あの時のヒディ様、まるで……)


どこかで読んだ

「戦場で傷ついた聖女」みたいだった。


必死で戦って、

ぼろぼろになりながら、

それでも、誰かを守るために剣を振るった。


(……カッコよかった……)


ほんのりと、胸が温かくなる。


同時に、

思い出してしまう。


ぬるりと光る肌。

濡れた睫毛。

かすかに震えていた指先。


(…………っ!!!)


バッ!!


勢いよく布団をかぶった。


(ダメだ!!! 思い出すな俺!!)


真っ赤になりながら、

悶え転がるヴァレット青年。


夜の静けさの中で、

ぎゅうぎゅうと枕を抱きしめながら、

彼は何度も何度も心の中で叫び続けた。


(尊い! でもエロい! でも尊いっ!!!)


そんな、

甘く苦しい夜だった。






翌朝。


別邸は、見違えるように綺麗になっていた。


ホールも、庭も、回廊も、

どこを見ても、陽光にぴかぴかと輝いている。


「やった……!」


俺は、腰に手を当て、誇らしげに空を見上げた。


子どもたちは、箒を抱えて飛び跳ね、

リカルドとマルタは、静かに、しかし確かな満足の笑みを浮かべていた。


(……うん、よくやった、俺たち)


少しだけ、胸が温かくなる。


***


その日の午後。


別邸の中庭に、皆が集められた。


整列したピカピカ団の子どもたち。

そして、俺、リカルド、マルタ、庭師たち、料理長たち。


ひとり、

正装したリカルドが、

小さな木箱を抱えて前に立った。


「ヒディ様。そして、ピカピカ団の皆様」


彼は、まっすぐに俺たちを見つめる。


「この度は、別邸の清掃、及び衛生環境の劇的改善に尽力していただき、心より感謝申し上げます」


ぴしっと、敬礼。


子どもたちが、わたわたと慌てて敬礼を真似る。


俺は、ちょっと照れながら頭を掻いた。


(いやぁ……こういうの、慣れてねぇんだよなぁ……)


だが、リカルドは真剣だった。


「つきましては、貴族家から正式な感謝状と、ささやかながら謝礼を贈呈させていただきます」


木箱の中から、

立派な羊皮紙の巻物と、小さな金貨袋が取り出された。


「ピカピカ団、代表、ヒディ様」


リカルドが、厳かに呼びかける。


(……代表、俺かぁ)


内心で苦笑しながら、

俺は一歩前に出た。


ぴしっ。


緊張しすぎて変な姿勢になったが、

リカルドはそんな俺に、穏やかな笑みを向けながら、

感謝状と袋を手渡してくれた。


「本当に、ありがとうございました」


「……こちらこそ、ありがとうございました!」


俺は深く頭を下げた。


背後で、子どもたちがぱちぱちと拍手している。


ジョンも、わんっ、とひと鳴きしていた。


ルミナスは、

「ヒディ、えらいー!」と、

ぱたぱた駆け寄ってきた。


(……やべぇ、なんか……泣きそう)


ぐっと胸に込み上げるものを押し込めながら、

俺は、感謝状をしっかりと抱き締めた。


***


夕方。


帰り道。


子どもたちは、銀貨や小さなお菓子の包みを手に、

きゃっきゃと跳ね回っていた。


ヴァレット青年も、顔を赤くしながら、

時々ヒディ様をちらちらと見つめている。


リカルドとマルタは、

並んで静かに歩きながら、ふと顔を見合わせ、

小さく笑った。


(……まぁ、いろいろあったけど)


俺は、歩きながらそっと思った。


(悪くないよな、こういうの)


ぬるぬるまみれになったり、

ラッキースケベ事故を起こしたり、

赤っ恥をかいたり――


でも。


それでも。


誰かに必要とされて、

誰かの役に立てて、

こんな風に、笑い合えたなら。


(……ま、いっか)


ちょっとだけ、

世界が優しく見えた気がした。


夕暮れの空を仰ぎながら、

俺は小さく、ガッツポーズを取った。


──こうして、

ピカピカ団の貴族別邸掃除大作戦は、無事、大成功に終わったのだった。


──続く!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。