第16話 いざ掃除開始!トラブル続出、でも負けない
「貴族のお屋敷の謎の汚れ掃除依頼」
ギルド館の奥、応接室。
受付嬢からの案内を受けてヒディたちが通されたそこには、上品な紫のドレスをまとった中年女性が座っていた。
背筋をピンと伸ばし、きっちりとまとめた銀の髪。目元にしわはあるが、威厳と自信に満ちた雰囲気を醸し出している。
「貴族だ……」
ヒディは心の中でつぶやいた。
見れば受付嬢もやや緊張しており、普段とは違って口調も硬い。
「こちら、ヒディさんとそのピカピカ団の代表になります。本日はご足労いただきありがとうございます、シェリル様」
「うむ」
貴婦人——シェリル夫人はゆっくりと頷いた。
「……あなたが、あの“側溝掃除の踊り子”なのね?」
「踊り子……まあ、似たようなものですかね……」
ヒディが曖昧に返すと、シェリル夫人は唇の端を微かに上げた。
「興味深いわ。私、舞台や武術の心得のある者が好きなの。優雅で、実用的で、そして——気高い」
なんだかすごいハードルを上げられている気がして、ヒディは肩の内側でこっそり息を吸った。
「では、依頼内容を。私の別邸、ディオグルーの街の北の外れにある屋敷なのだけど……最近、どうにも“汚れ”が取れなくて困っているの」
「……汚れ?」
「ええ。床に、壁に、そして家具にまで……まるで“這い回るような”跡。通常の清掃ではびくともしない。水拭きしても、クリーン魔法をかけても、しばらくするとまた現れるのよ」
そこまで話して、夫人はふぅとため息をつく。
「まるで……何かの“生き物”が這っているようで……」
(生き物? まさか……スライム系?)
ヒディの脳裏に、一つの予感がよぎった。
「メイドたちは気味悪がって手を付けたがらないの。私はともかく、今の季節にそんな屋敷に客を招くことはできない。そこで、あなたたちに依頼したいのよ」
「わかりました。その“汚れ”……きれいさっぱり、除去してみせましょう」
そう言って立ち上がるヒディに、シェリル夫人は鋭くも嬉しそうに目を細めた。
「期待しているわ、ソードダンサーさん」
「……その呼び名、定着しそうですね」
苦笑を浮かべるヒディの後ろで、ルミナスがぴょこっと手を挙げた。
「ルミー、ピカピカ、するー!」
「わぅっ」とジョンが吠える。
そしてその場にいた全員の顔が、思わずほころんだ。
「こちらが、清掃対象となる区域です」
メイド長マルタがぴしっと言い放ったその場所は、思わず息を呑むような広さのホールだった。
――いや、ホールだった“らしい”と言ったほうが正しいかもしれない。
床には泥と埃がこびりつき、壁にはスライムが這ったようなぬめりがべったり。
本来は煌びやかだったであろう空間が、今はまるで廃墟。
「……うわあ」
思わず声が漏れる。
「ぴかぴかー! するー!」
テンション高めなルミナスは無邪気にはしゃぎ、
一方ジョンは、耳を伏せてそっとうなだれていた。
子どもたちも、ぽかんと口を開けて立ち尽くしている。
そりゃそうだろ。大人でもこれは心が折れるレベルだ。
「……では、よろしくお願いいたします」
マルタは硬い声を残し、背筋を伸ばして立ち去った。
その背中に――ほんのわずかに、後悔めいた影が見えた気がする。
俺は小さくため息をついて、子どもたちに振り返った。
「はい、作戦会議するぞー!」
「「「はーい!」」」
「ルミーもー!」
わらわらと集まる小さな仲間たち。ジョンもくん、と鼻を鳴らして輪に加わった。
「まず、床の泥を片付ける! 水撒いて、クリーン魔法で浮かせろ!」 「壁のぬめりは、ちょっと強めにクリーンかけないと取れないかもな」
「「「了解っ!」」」
「ルミー、ぴかぴか、するー!」
元気な返事に満足して、俺は道具袋からピコリングを取り出した。
「はい、これ。魔力節約できる指輪! 無理せず使えよ!」
子どもたち「「「わああっ!」」」
ジョンも興味津々にくんくんと匂いを嗅いでいる。
「よし、準備できたな! スタート!」
──勢いよく号令をかけた、その直後だった。
「クリーン! クリーン! クリーン!」
「って、ルミナス、待てっ!!」
無邪気に魔法を連打するルミナス。
その結果、壁のぬめりが水しぶきになって――
ビシャアアアッ!
「ぶへっ!!」
俺の顔面に直撃。
しかも間の悪いことに、後ろを走っていた子どもと衝突して――
「わわわわっ!!」
ズシャアッ!
豪快にすっ転んだ。
びしゃびしゃに濡れたパンツルックはピタリと張り付いて、
泥と水気でいやらしいラインを浮かび上がらせる。
(……見た目だけはやたらエロい。中身はただの転倒事故なのに)
ちら、と視線を上げると――
庭師見習いA「……(石化)」
庭師見習いB「……(真っ赤)」
(ああ、青春……)
俺は無言で泥だらけの服を叩きながら立ち上がった。
「……よし、みんな、気をつけて掃除なー!」
子どもたち「「「きゃははははっ!」」」
ルミナス「ヒディ、ぬれねずみー! かわいいー!」
ジョンも「ワン!」と一声、しっぽをぶんぶん振る。
(……まあ、いいか。)
ぐしゃぐしゃになった髪をかき上げながら、俺は拳をぎゅっと握りしめた。
「改めて、気を取り直していっくぞー!」
「「「おーっ!!」」」
ルミナスも「おーっ!」と小さな手を挙げる。
ジョンは「ワン!」と吠え、ぴょんと跳ねた。
こうして、トラブル満載のピカピカ団掃除作戦は、ドタバタ笑い声とともに再開されたのだった。
「ふぅ……一息つこうか」
掃除開始から数時間。
泥だらけだったホールも、なんとか見られるレベルにまで回復した。
俺は子どもたちを呼び集め、ホールの片隅で簡単な休憩タイムを設ける。
もちろん、泥にまみれたままのパンツルック姿で。
(あー……乾いてきたけど……これ、パリパリして動きづれぇ……)
脚に張り付いた布の感触がやたらいやらしくて、動くたびにぺたぺた音が鳴る。
しかも、周囲の視線が地味に痛い。
ちら、と目を向けると――
庭師見習いA
庭師見習いB
(おまえら、絶対見てるだろ!)
俺はジト目で若者たちを睨む。
だが彼らは顔を真っ赤にして、必死に庭木を刈るふりをしていた。
(……うん、まあ……健全だな)
心の中で小さく頷いたその時だった。
コツ、コツ――。
硬い足音とともに、誰かが真っ直ぐこちらに歩み寄ってくる。
(え、誰?)
顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、
長身でがっしりした体格、ぴしっと整ったシルバーグレーの髪、
そして、完璧に仕立てられた黒のスーツを纏った――
めちゃくちゃ怖そうな執事だった。
(な、なんか、めっちゃラスボス感ある……!!)
顔は険しく、眉間に皺。目つきも口元も一切緩みがない。
間違いなく、普通のNPCなら一発で話しかけるのをためらうタイプ。
(うわぁ……絶対怒られるやつだこれ……)
俺はパリパリのズボンを慌てて引っ張って隠そうとしたが、
動けば動くほど、逆にラインがくっきり浮き上がる始末。
(ああああああ!!!)
内心で絶叫しながら、固まる俺の前に立った執事は、
すっと膝を折り、カツン、と片膝をついた。
「あなた様が……“ピカピカ団”を率いておられる方でしょうか」
「は、はいっ!? ヒディと申します!!」
ビビりすぎて、語尾が跳ね上がる。
執事は一礼したまま、続けた。
「私は、この館の管理を任されております、リカルドと申します」
(リカルドさん……!? めっちゃお堅い……!)
ただならぬ気配に思わず背筋を伸ばしていると、
リカルドは顔を上げ、真剣な瞳で俺を見つめた。
「先程から……あなたと、子どもたちのご活躍を拝見しておりました」
「えっ」
「……心より、感謝申し上げます」
深々と、もう一度頭を下げるリカルド。
(ま、まじか)
あの堅物そうな顔からは想像もできないほど、
声には誠実さが滲んでいた。
「この惨状に、我々も心を痛めつつ、何もできず……」
「あなた方のご尽力、痛み入ります」
「い、いやいやいやっ! 俺たちこそ、勝手にやってるだけで!」
慌てて手を振る俺。
リカルドは、さらに真面目な顔で一歩近づき――
「もし許されるなら、私にも……教えていただけますか」
「……教える?」
「はい。子どもたちに授けられた、あの……掃除魔法の技術を」
(な、なにぃ!?)
まさかのリカルド執事、弟子入り志願である。
ガチのマジで、しかも超真剣な顔で。
(……いや、でも、悪くない。むしろ、いい)
俺は咳払いして、腕を組んだ。
「……わかりました。特別に、ですね」
腰の袋からピコリングを取り出し、
リカルドの手のひらに、そっと置いた。
リカルド「……これが……」
両手で大切そうに受け取り、胸に抱えるリカルド。
その背後では、
庭師の老人がにこにこ、
料理長が「いい娘さんだねぇ!」とニヤニヤしている。
若い見習いたちは――
庭師見習いたち「(……やっぱり、泥まみれでも、きれいだよな……)」
(心の中で葛藤中)
ルミナス「ルミー、パンくずあげるー!」
ジョン「(ごろーん)」
(……まあ、なんというか)
俺は静かに笑った。
こうして、
ちょっと変わった絆が、
別邸の中に生まれたのだった。




