魔力の修行
蜥蜴に促されるがまま、シノレは脇の小部屋に向き合った。扉には頑丈な鍵がかかっている。鍵を使って開けることもできるが、今のところそうしたことはなかった。
『入室しろ』
「……僕は、動物たちの部屋に入った」
そう言った途端、周囲が薄暗くなった。先程までいた部屋から別の空間に移ったのだ。
こちらも、光源は小さな窓だけだ。薄暗い小部屋には幾つもの命の気配があった。大きさも様々な犬猫や小動物、虫などだ。シノレが使用人に命じて持ってこさせたものである。……向こうには、さぞかし不気味な奴と思われていることだろう。
(毎日色んな動物を集めた密室に籠る奴とか。怪しすぎる。僕なら絶対関わりたくない……)
ここでシノレが何をしているかと言うと、魔力の修行である。先程の茶番劇もその一環だった。
『自己や無機物への干渉はそこそこだが。汝はとにかく、他者に命じる意思が弱い』
「…………そうですね」
わざわざ言われなくても、シノレ自身が重々承知していることだ。だから苦労しているのだ。
『順序としては、まず対象に呼びかけを行う。汝は何々をした、と告げる。二人称は高圧的なものが望ましい。この干渉は、強固な我を持つ相手には通りづらい。相手が精神的に屈服しておれば、多少無茶な干渉でも通せる。だから、己が相手よりも上位と確信することが必要となる』
歌うように告げられるのは、何度も教えられた手順だ。その最後の「己が上位という確信」の下りが、シノレにとっては最難関なのだ。
「……言葉は命令形ではないんですね」
『命令でも悪くはないが、完了形の方がより言霊が強まる。何なら試してみるか?』
「いえ、別にいいです」
『試せ』
「はい」
ぎり、と指輪が軋む。蜥蜴に凄まれて、シノレは渋々手近な虫かごに近寄った。さすが南、冬場でもこんなに元気そうな昆虫を確保できるとは。現実逃避気味にそう考える。昆虫はシノレのことなど認識すらしてない様子で、緩やかに動いている。
「……虫。昏倒しろ」
魔力は確かに流れた。だが昆虫は微動だにしない。反応らしい反応もなく、まるで効いていない様子だ。
「……虫。お前は、昏倒した」
そう言い直した瞬間、魔力が流れ出す。虫はびくりと脚を痙攣させ、ふつりと糸が切れたように動かなくなった。
『それだけか。死に至る干渉くらいしてみろ。所詮虫だ』
「……さすがにそれは」
勝手に連れて来られ、訳の分からない相手に分からないまま使われ殺される。「所詮奴隷」と言われ続けた、昔の自分にあり得た末路のようで、あまり見たくはない。
そんなことを言えば、『だから汝は駄目なのだ』『虫如きに感情移入とは情けない』とか呆れられそうだが。




