オルシーラの用件
蜥蜴にやらされている魔力修行について、シノレはぼそぼそ言い訳がましく説明する。他者を徹底して見下す。些細な失言や失敗をあげつらう。相手の近況や、時には人生を見透かしたような言葉を投げる。
これらの言動は、断じてシノレの本意ではない。ただ頭の中を流れる台本に従っているだけだ。台本から逸脱すると、罰として指輪を締められるのだから仕方ない。とんだ拷問具である。
蜥蜴曰く、これは鍛錬であり、精神の矯正であるらしい。思い当たる節はある。シノレは過去のあれこれから、他者に遜り、従い、見上げる癖が染み付いているのだ。その姿勢が蜥蜴にとっては目障りなのだろう。理屈は分からないでもない。だが、呑み込めるかどうかは別問題だ。
(ああしろこうしろって、行動への指示なら何とかなる。でも、精神的な問題は厄介だよなあ……)
シノレが悩んでいる内に、説明は一段落したらしい。
『それで、何用だ』
蜥蜴に水を向けられ、オルシーラははっとしたように姿勢を正した。要件を思い出したらしい。
「……あの日からずっと、兄の意識が戻らないのです。不躾に御身に触れようとしたことが、貴方様のお怒りに触れたことは無論理解しております。ですが、このままでは衰弱死してしまいます。どうか、寛大な御心を以て我らの不敬をお許し頂けないでしょうか」
オルシーラは深々と頭を下げた。シノレは少し驚いた。この姫がここまで他者に遜るところを初めて見た。相手はシノレの肩の蜥蜴とはいえ、見た目ではシノレに頭を下げているように見えるから、尚更驚きは大きい。
『……よかろう。明朝迎えを寄越せ』
「……はい。ありがとうございます」
オルシーラは何か言葉を呑むように、それでも丁重に礼を述べた。
『要件はそれだけか?ならばもう下がれ』
「いえ……もうひとつお知らせを。聖者様の件についてですが、彼方と連絡が取れ、ご承諾を得られました。月末から来月の頭までには、きっとお迎えできるでしょう」
『…………端女の所在などどうでもいいんだが?』
何でかこの蜥蜴は、聖者のことを端女と呼ぶ。口を挟めないシノレは、疑問を感じながらも傾聴する。情報は大切だ。
「そうですか。失礼致しました。それでは、私はこれで」




