表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
641/655

及第点

「……千年前の身の程知らずって、つまり『黎明』ですか?」

 うん、と何かは軽く頷いた。そして、それ以上は語らなかった。


『しかしやっと正統な主人が見つかった。剣状態では全然身動きできなくて不便だったし、これを機に汝に取り憑くのも良かろう。それにしても魔力が荒くて住みづらいな。もっと磨け、凡愚』

 いきなり取り憑かれて何か勝手なことを言われているのだが。シノレの目は濁った。

「……僕に取り憑いた場合、何か変わるんでしょうか?剣の時よりも力が落ちるとか、機能が変わるとか」

『ない。汝は正式な主だ。対価として魔力を払うなら、大抵のことは叶えてやる。白竜の時と同様な』

 一瞬蜥蜴の瞳孔が歪み、底光りしたように見えた。親指にじりりと痺れのようなものが走る。シノレは何とも言えない胸騒ぎを覚えた。


『だが一応試しておくか。シノレ。汝はそこなる窓から飛び降りた』

「は!?」

 何を言っているのかと、シノレは訝しんだ。

 この部屋は監視されているのだ。つまり、逃がさないよう計算されているのだ。窓の外は見張りが立っているか、逃げようのない高所かのどちらかだろう。案内された時の道のりから推測するに、多分後者だ。階段を何度も昇った覚えがある。

 そもそも窓自体、高い場所にある上小さい。景観など望むべくもない、明らかに明り取りと換気のためのものだ。目測だが、シノレの体格でも潜り抜けることは難しいだろう。そんな窓だった。

 なのに次の瞬間、シノレの体は宙を舞っていた。


「…………えっ」

 壁が急速に視界を流れ、瞬く間に窓が離れていく。夜の外気が一気に肺に流れ込んでくる。急激に体が冷えるのを感じる。耳元でごうごうと風が鳴っている。その音がどんどん大きくなり、痛いほどの風圧を受ける。

 これは死ぬ。間違いなく。こんな勢いで叩きつけられたら、下に何があろうと助かるまい。刻一刻と死が迫る。状況を打破する手段を自分は知らない。

 そうはっきりと認識した瞬間、狼狽していた心が静まった。だから、勝手な声がいやに大きく響いた。


『どうにもできぬなら、死ぬがいい。このくらい対処できぬようなら期待は持てん』

「…………」

 シノレの心は静かだった。脳だけが大慌てで、これまでの記憶が、凄まじい勢いで巡っていく。ああ本当に、ろくでもないことばかりの人生だったとげんなりする。若干の現実逃避も入っている。


 ……教団に入れられたところから、記憶は微妙に色彩を変える。聖者のこと。長櫃のこと。魔力のこと。次々と溢れ、流れていく。

 蜥蜴の姿がどんどん離れていく。白い体は闇の中目立つはずなのに、もう全く見えない。それでも、こちらを凝視しているのが分かる。傲然とシノレを睥睨する視線を感じる。

 血が沸き立つのを感じる。口が開く。落下している最中なのに、何故かはっきりと言えた。


「僕は地面に降り立った」

 ――すとんと、足裏が地に接した。覚悟していた衝撃は訪れず、精々階段を一段降りる程度のものだった。

 何が起きたのだろう。ここはどこだろう。これからどうすれば。混乱してその場から動けず、シノレは立ち尽くした。


『まあ、及第点だな。魔力の練度も、最低基準は満たしている』

 羽を広げながら、ふわふわと蜥蜴が降りてくる。銀色の瞳孔は、闇の中でも鮮やかに輝いた。

『――汝に魔力の何たるかを教えてやろう。さあ、そこからあの窓辺まで帰還せよ』

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ