謎の指輪
中には大量の魔晶石が無造作に詰め込まれていた。これだけあれば、どれだけの恵みが騎士団に行き渡るだろうか――オルシーラは呼吸を静め、じっと観察した。
「……それで、こんなものが不意にどこからか湧いてきたわけはないでしょう?前後関係を聞かせなさい」
「…………領主様により、すぐに事の次第を調べるよう命が下りました。」
シノレは息を詰めていた。宮廷語は不慣れだし、詳しいところは聞き取れない。だが断片を拾って推測することはできる。何よりあの麻袋からは、聖者の魔力を感じる。「北」「異変」「石」「民」、そしてこの魔力――とてつもなく嫌な予感がする。
「どうやら現在、北部では謎の人物が教えを説いて回り、民草に崇められているようなのです。その者は教団の聖者を名乗っているとか」
二百年前に教祖ワーレンがしたように。その影響力は爆発的に広がっている。追い詰められ搾り取られてきた農夫たちに、聖者はこの世のものとも思えない神々しさで手を差し伸べる。
ある時は、一袋の麦を蔵一杯に増やし、全員の腹を満たしてのけたという。
またある時は、暴動を起こした者たちを引き留め、私刑にされかけた者を救ったという。
そんな存在が、支配者層の感知しないところで動いている。それはあまりに危険なことだった。
「問題は、我らの所領にも件の聖者の影響が広がりつつあることです。既に東部の者たちの一部が逃散しました」
低く潜めた声で騎士は報告する。畏れ、憚るような響きがあった。
「大神官……いえ、領主様はこれに大層お怒りで、聖者を捕らえるべしと我々に命じられました。そのため、まずセネロスのご意向を仰ぎたく、罷り越しました」
「ありがとう、報告してくれて助かりました。……今は何が火種になるか分からない時期です」
オルシーラは強張った顔で、それでも兄の代わりに決断した。
「今度こそ、正式に。聖者様をこのセネロスにお迎えします」
聖者様。はっきりと聞き取れたそれに、シノレは反応する。その時、親指の付け根に激痛が走り、シノレは堪らず声を上げた。
「いっ……っ……!!」
「……っ」
オルシーラがぱっとこちらを向く。一瞬逡巡の表情を浮かべてから、「シノレ」と呼びかけた。
「……お前が剣に選ばれた様を、貴族たちが見届けました。最早お前の人生は決定されています。ですから――」
彼女の言葉を引き取るように使用人たちが入室してきた。ずらりとシノレの周りを囲む。先程も見たような状況だ。
「これまで使わせていた部屋に戻ることは許しません。この宮殿内に新しく部屋を与えます。お前は今日から私たちとともに暮らすのです」
問答無用だった。シノレは一言の抗議も許されず、強引に室外に連れ出された。まだ手足に力が入らない。使用人の誘導によろよろと従いながら、シノレは必死に考える。
一体どういうことだ。何が起きている。
聖者が北で何かをした?あの袋には何が入っていた?音からして中は石だ。ということは、魔晶石か。何のために、そんなものを――……?
ちりりと左手が冷たくなった。
(……そう言えば、何だったんだろうあの痛さ……あれ?)
周りに気づかれないよう、こっそり手元を見る。そこでシノレは、初めて気づいた。
「…………なにこれ」
左手の親指。その根元に、身に覚えのない指輪が嵌まっていた。




