傷跡②
ボルックスは、ひとしきり泣くと、ステラを見て懇願するように言った。
「私がこんな身体になって、毎日、死にたい死にたいと言って兄を悩まし、追い詰めてしまったのです。兄を、兄を止めて下さい!」
「分かったわ。お兄さんの事は私達に任せて頂戴。それで、行先に心当たりはあるの?」
「この足は、ネーロのベガにやられたものです。恐らく、ベガの許へ行ったのだと……」
「ありがとう。それから、貴方にプレゼントがあるの。ユウキ、お願い」
ユウキがルナを呼び出すと、彼女は、ボルックスの体形をセンサーで読み取り、手から不思議な光線を放射して、見る間に二本の義足を実体化させた。ルナは、大概のものを瞬時に作る能力を持っているのだ。
『これは、脳波を検知して動く優れものです。外見もアンドロイド技術を駆使しているから、本物の足と見分けがつきません。装着してみてください』
ボルックスは、ステラとユウキに支えられて義足を装着し、ベッドから降りると、恐る恐る立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。
「歩けます! 自分の足みたいに動けます!」
よろよろと歩きながらも、ボルックスの表情が一変した。
『訓練すれば、仕事にも復帰出来ます』
ルナの言葉に、彼の眼から再び涙が溢れ、それを見ていた介護の女性も、喜びの涙を流していた。
「体力が回復したら、気晴らしに旅にでも行って来るといいわ。気が済んだらサウスランドにいらっしゃい。宮殿警護の任務に就いてもらうから」
「ありがとうございます、ステラ様!」
ボルックスの顔からは悲愴感は消えていて、その頬には赤みがさしていた。
「じゃあ、行くから」ステラたちは、スーツを纏うと大地を蹴って大空へ舞い上がった。
ノースランドの議長府には数分で到着し、スーツ姿のステラ達がベガの居所を聞くと、秘書らしい女性が当惑した顔で対応した。
「ベガ議長は、農耕地帯の視察に行かれましたが……」
ステラ達は、即座にザールラントの農耕地帯へと向かった。その上空に差し掛かると、農耕地帯の一角に黒い煙が上がっているのが見えた。
「あそこだ!」二人が煙の上がっている場所に下り立つと、そこには、ステラのスーツを纏ったカストルが、ベガの警護の兵数人と交戦していた。
だが、ベガは、逃げようとはせず、死を覚悟したように毅然と立っていた。
「ベガ議長、下がるんだ!」
ユウキが叫ぶも、彼は動かなかった。
「カストル博士、止めなさい! ベガの両腕は私が切り落とした。復讐なら、もう終わっているじゃない。ボルックスの事は私に任せて頂戴、彼なら必ず立ち直れるわ!」
ステラの懸命な声も、復讐の鬼と化したカストルの心には届かなかった。
「ステラ様、邪魔をするなら、貴女達も倒すだけです!」
カストルは、そう言うなり、スーパー羽衣を起動させてベガに迫った。
ユウキがそれを止めようと戦闘モードになった時、ステラが止めた。
「ここは私に任せて。あのスーツ以上のパワーであなたが戦ったら彼は死ぬわ。死なせたくないの」
「それは僕も同じさ、でも、十倍のパワーの相手とどう戦うんだ。
……危ないと判断したら躊躇なく彼を撃つよ。サファイヤを悲しませたくないからね」
ステラの心からの懇願に、ユウキは、引き下がるしかなかった。
互いにスーパー羽衣を起動して、ステラとカストルが対峙した。
カストルの十倍羽衣には、次元移動装置で侵入できないように、防御システムが組み込まれていて、次元移動装置は役に立たなかった。
彼女は、カストルの圧倒的なパワーの攻撃をかわしながら、ありったけの武器を試みたが、十倍羽衣の威力の前に、悉く跳ね返されてしまった。
カストルはスーツの操作にも慣れてきたのか、徐々にステラを追い詰めてゆき、十倍羽衣が唸り彼女のスーツを掠めると、その衝撃だけで地面に叩きつけられた。
「ステラ、無理だ、僕に任せろ!」
気が気でないユウキが飛び出し、片手を突き出してエネルギー波の発射体制をとった。
「まだよ! もう少し時間を頂戴!」
ステラは起き上がると、数百メートル上空まで飛び上がり、通常羽衣を起動して、ピンク色の帯を五メートルほどの一本の槍に変化させた。
そして、その槍を翳しながら、上空から一気に高速で降下し、カストルのスーパー羽衣の中心部に突き立てたのである。エネルギーとエネルギーの衝突で、凄まじい閃光が走り、衝撃波で辺りの物が吹き飛んだ。
ステラは、その槍に全エネルギーを集中させて両腕に力を入れると、徐々に槍がスーパー羽衣のシールドに食い込んでいった。
だが、カストルがパワーを上げると、その槍はすぐに押し返されてしまった。
カストルの十倍羽衣のパワーに、ステラの槍が溶けだしていく。
「ステラ、槍が持たないぞ!」
ユウキが叫んだ次の瞬間、ステラは修羅化し、一気にカストルのスーパー羽衣を槍で突き通すと、槍の先からレーザービームを発射してカストルを撃った。そして、スーパー羽衣が一瞬消えたのと同時に、ステラは、落下しながら、カストル目掛けて槍を振り下ろした。
カストルのスーツは切り裂かれ、彼はドッと、その場に倒れ込んだ。
ステラが、倒れたカストルを抱き起した時には、既に修羅化は消えていて、優しいステラの顔に戻っていた。
「ステラ様、申し訳ありません。弟の苦悩を見ていられなかった、自分の怒りの衝動を抑えることが出来なかったのです。この上は、ステラ様の手で死なせて下さい」
カストルは、涙ながらに、ステラの手を取って懇願した。
「馬鹿を言わないで! あなたが死んだら誰がポルックスに寄り添ってあげられるの。……あなたしかいないでしょう」
涙がステラの頬を伝いカストルの頬に落ちた。「ああ、暖かい……」ステラの温もりがカストルの凍った心を溶かし身体全体を包み込むと、彼は肩を震わせて泣いた。ステラは、彼の心に寄り添い、そっと抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫よ。一からやり直すのよ、ボルックスの事は私に任せて。いいわね」
彼の両親は、二人とも開戦時の空爆で死亡していた。その事も今回の暴走のきっかけになったようだ。
暫くして、ライト王国からストレンジ博士と兵士達に付き添われたポルックスが到着した。
「兄さん、よかった、生きていたんだね。見てごらん、ステラ様に貰った義足だよ。すごいだろ!」
ポルックスが歩いて見せると、まさかといった顔のカストルが駆け寄り、二人は固く抱き合った。
「お前、歩けるのか? ……そうか、歩けるのか、よかったなあ」
ストレンジ博士が、二人の肩に手を置いた。
「カストル、少し頭を冷やしたら、また一緒に研究をしよう。今度は平和の為に役立つものをな」
「ストレンジ博士……」
カストルは、あとは言葉にならなかった。
カストルが兵士達に逮捕され、ライト王国へ帰ってゆくと、ユウキがベガに話しかけた。
「議長、土地を破壊してしまったお詫びに、開墾を手伝うよ」
カストルが暴走して、破壊の限りを尽くして、辺りはひどい事になっていたのだ。
ユウキは、開墾の青写真をベガから聞くと、フレアとルナを呼び出した。
彼女たちは、魔法のように木を伐り、丘を平らげ、石を分別し、水路を築いて、地平線が見えるほどの広大な農耕地帯を一時間ほどで作ってしまった。
「ありがとうございます。これで皆が喜びます!」
ベガの笑顔に送られて、ステラとユウキは帰路に就いた。




