傷跡①
サファイヤは、ステラの母乳を飲んでスクスクと育ち、笑うようになると、ユウキは、公務から帰るなりサファイヤの傍へ直行して、抱き上げたり、あやしたりして過ごすのが日課となっていた。
「あなた、あまり抱くと、抱き癖が付くわよ!」
ステラの甲高い声が、度々ユウキを襲ったが、母アンドロメダと四人の生活は、幸せそのものだった。
そんな平和な日々の中でも、ステラには気掛かりな事があった。それは、世界各地で、精神を病んだ兵士達が、時々事件を起こしていたからである。十余年に渡る戦争の傷跡は、兵士や家族の心をも壊していたのだ。
ステラは、共に戦ってくれた兵士達が壊れてゆく姿を見るのが何より辛く、可哀想でならなかった。皆、ステラを信じて、命を賭して戦ってくれた恩人であり、同志だからだ。
そうした事件が起きるたびにステラは、真っ先に現場に駆け付け、その心に寄り添い解決していった。
ある日、ライト王国で事件が起きた。
ストレンジ博士の研究所から戦闘スーツが盗まれたというのだ。連絡を受けたステラは、ユウキを伴って研究所を訪れた。
「おう、来てくれたのか。サファイヤは元気でいるか?」
「はい、すごく元気です。今は、お母さまが面倒見てくれています」
「そうか、その内、顔を見に行こう。それでスーツの件じゃが、盗まれたのは戦争末期に開発した新型なんだ」
「新型と言いますと?」
ユウキが興味深そうに身を乗り出した。
「ステラのスーツの改良型で、現時点で最強のスーツと言えるじゃろう。お前のスーツは別格じゃがな」
「あれの進化型があったとは驚きです」
「うん、完成した時には、戦争は終わっていたからな。何かの時の為にと保存しておいたんじゃが……」
「博士、あのスーツはステラ以外、使いきれないはずでは?」
「確かにな。じゃが、スーパー羽衣を起動するだけなら誰にでも出来る。桁違いのパワーだから、それだけでも脅威となる事は間違いない。動かす者の技量次第だが、下手に使えば暴走し、手が付けられないかもしれんのだ……」
「そのスーツは、今の私のスーツに比べてどの位のパワーがあるのですか?」
ステラが、心配顔で聞いた。現時点でのステラのスーツは、エイリアン技術も取り入れた、最強の戦闘服である。
「攻撃、防御共に、進化している。問題は、スーパー羽衣なんじゃが、攻撃範囲が二百メートルに拡大されていて、エネルギーの消費時間も五十時間は持つ。パワーで言えば、単純に計算しても、今のステラのスーツの十倍と考えていいだろう」
「そいつは凄い。私でも、簡単に止められないかもしれませんね。しかし、戦争が終わった今、あんな物を盗んでどうするつもりなんでしょう」
「それは、儂にも分からんが、内部の者の犯行の可能性もあるので、現在、鋭意捜査中だ」
ステラ達が話を聞いている部屋に、警備主任が顔を出した。
「ステラ様、ユウキ様、職員の内部資料を持って上がりました」
「ありがとう。少し質問させてください」
ステラとユウキは、事件後、行方の分からない職員はいないかとか、身内に怪我や戦死した兵士のいる者などを聞いて、その名簿に目を通していくと、一人の人間が浮かび上がった。
「博士、この人物は?」
ユウキが、ある人物の写真を指さした。
「これは、戦闘スーツ開発の副責任者カストルじゃないか!?」
博士の顔に、動揺の色が浮かんだ。
「カストル博士に、会えますか?」
ステラも彼の事はよく知っていて、ストレンジ同様に顔を曇らせながら、警備主任に尋ねた。
「カストル博士は、昨日より休暇を取っています」
「では、自宅の住所を教えて下さい」
ユウキ達は住所を聞くと、すぐさま、カストルの家へと急いだ。
二人は、「カストルは、ステラの羽衣の開発責任者だ」と言った、ストレンジ博士の言葉に胸騒ぎを覚えながら、海岸の岬の上に建つカストルの家のドアを叩いた。
暫くして、中年のお手伝いさんらしき女性が現れた。彼女は、二人を見ると「あっ」
と声を上げ、深々とお辞儀をした。
「カストル博士に会いたいのですが、いらっしゃる?」
「昨日より旅行に行くと言って出掛けていますが、……博士に何かあったのでしょうか?」
彼女は、ステラ夫妻の不意の訪問に、何かあったのだと直感したようだ。
「いえ、ちょっと仕事の事で聞きたい事があったものですから……」
ユウキが、言葉を濁して、「出直そうか」と言おうとした時、
「ポルックスに会えるかしら?」
突然ステラが、カストルの弟の名前を出した。
「いらっしゃいますが……」
彼女は、そこまで言って、ステラの真剣な眼差しに押されるように二人を招き入れた。
奥の一室に通されると、そこには、ポルックスがベッドの上で、青くやつれた顔を見せて寝ていた。
彼はステラを見るなり「ステラ様!」と叫ぶと、大粒の涙をポロポロと流した。ステラは、彼のベッドの傍に座ると、その手をしっかと握った。
「待たせたわね。私に全て任せて頂戴。何も心配いらないのよ」
ポルックスは嗚咽をこらえきれず、ステラの腕にしがみついて、子供のように声をあげて泣いた。
すると、毛布がずり落ち、両足の無い彼の身体が露になった。




