隠しページ探し
時計の針は九時を回っていた。
窓の外では、たまに車が通り過ぎる音だけが聞こえる。
浩一は机に肘をつき、液晶画面をぼんやり眺めていた。
今日の学校も最悪だった。
みのりとの会話。
女子たちの視線。
「また中村?」
という誰かの声。
思い出すだけで腹が立つ。
「……クソ。」
小さく吐き捨てる。
気持ちは消えない。
だからパソコンを開いた。
開けば、学校のことを少しだけ忘れられる。
検索欄に、昼間見つけたURLを打ち込む。
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このページを見つけた人へ。
ようこそ。
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白い背景。
黒い文字。
それだけ。
「何これ。」
広告でもない。
ブログでもない。
なのに閉じる気にならなかった。
"見つけた人へ"
その一文だけで、誰かが画面の向こうから笑っている気がした。
浩一はカーソルを動かす。
ようこそ。
クリック。
LEVEL 1
さてと、最初だからおまけしてやるか。
えっ? なめてるって?
「……。」
浩一は思わず口元を緩めた。
「ちょっとムカつくな。」
でも、嫌じゃない。
初対面なのに、妙に距離が近い文章。
画面の向こうに、本当に人がいるみたいだった。
「じゃあ。」
"なめてるって?"
クリック。
ページが切り替わる。
「……はは。」
笑ってしまった。
「ほんとにそこかよ。」
こんなの問題でも何でもない。
でも、だからこそ面白い。
このサイトは、
"答えを当てるゲーム"じゃない。
"作った人の考えを読むゲーム"なんだ。
LEVEL 2
ここからはレベル1ほど甘くないぜ!
わかるかな?
「来た。」
浩一は自然と姿勢を正した。
さっきまでのお遊びは終わりらしい。
画面には二行だけ。
クリック。
違う。
スクロール。
何もない。
右クリック。
違う。
「んー……。」
机を指で叩く。
トントントン。
何かある。
絶対にある。
こんなところで終わるサイトじゃない。
視線を動かしていると、左手がキーボードに触れた。
ホームポジション。
学校で嫌というほど練習した指の位置。
そのまま何気なく。
Ctrl。
そして、
A。
画面が一瞬、青く染まる。
「……!」
白い背景から、隠れていた文字が浮かび上がった。
"レベル3への道はここだ!"
「うわっ!」
浩一は思わず椅子から腰を浮かせた。
「そういうことか!」
鳥肌が立つ。
問題を解いたからじゃない。
"こんな隠し方がある"という発想に、驚いたのだ。
「すげぇ……。」
画面を見つめたまま、小さく呟く。
「これ、どうやって作ってるんだ……?」
ゲームを進めたい気持ちより、その方が気になった。
どうして文字が隠せるんだ。
どうして出てきた。
何を使えばこんなことができる。
知りたい。
知りたい。
知りたい!
そんな気持ちが、胸の奥から湧き上がる。
浩一は深呼吸を一つして、隠された文字をクリックした。
LEVEL 3
えっと、レベル3だ。
基本的にレベル2の応用かな?
あ゛、言っちゃった!
まあいいや….
「応用?」
反射的にCtrl+A。
何も起きない。
「あれ?」
もう一度。
やっぱり違う。
「じゃあ……。」
文章を読む。
"応用"
"言っちゃった"
"まあいいや…."
最後の点が、四つ。
浩一は画面へ顔を近づける。
「……いや。」
まさか。
そんな訳ない。
でも、このサイトなら。
カーソルを、一番最後の「.」へ。
カチッ。
画面が切り替わる。
「……っ!」
また当たった。
浩一は思わず笑う。
こんなに笑ったのは、いつ以来だろう。
学校じゃない。
友達でもない。
ゲームでもない。
たった一人、名前も知らない管理人と。
パソコンを通して会話している。
そんな夜はあっという間に過ぎていった。
朝。
浩一はいつもより少し早く学校へ着いた。
理由は単純だった。
誰もいない教室で、パソコンの授業の課題を見るため。
昨日の隠しサイト。
あれからずっと頭から離れない。
サイトの構造。
リンクの置き方。
文章の見せ方。
全部が計算されていた。
(作った奴、絶対性格悪い。)
そう思う。
でも。
(……俺と似てる。)
そこが気になった。
教室に入る。
数人の男子がいた。
「おはよ。」
浩一は言う。
返事はない。
別に気にしない。
……と言いたいところだった。
でも、一瞬だけ胸に引っかかる。
浩一は席に座る。
そして前の席の男子の机を見る。
ノート。
ぐちゃぐちゃな字。
計算ミス。
浩一は思わず言った。
「それ、間違ってる。」
「え?」
男子が振り返る。
「ここ。」
浩一は指を差す。
「式の途中で数字変わってる。」
「……あ、本当だ。」
「普通に考えたら分かるだろ。」
一瞬。
空気が止まった。
「……。」
男子の表情が変わる。
「あー……うん。」
浩一は気づく。
言い方が悪かった。
いつものこと。
でも、もう遅い。
「別に。」
浩一は目を逸らす。
「教えただけ。」
休み時間。
女子数人が話している。
「中村ってさ。」
名前が聞こえた。
浩一は聞いていないふりをする。
「頭いいのにもったいないよね。」
「分かる。」
「普通に喋ればいいのに。」
「でも無理じゃない?」
笑い声。
浩一は机の中を整理する。
聞こえていない。
そういう顔をする。
でも。
手は止まっていた。
その時。
「浩一。」
隣から声。
大翔だった。
いつもの明るい顔。
「何。」
「いや。」
大翔は笑う。
「朝から嫌われムーブしてんなって思って。」
「は?」
「いや、褒めてる。」
「褒めてないだろ。」
浩一は少し睨む。
大翔は笑った。
「だよな。」
その笑顔は明るい。
でも、どこか作っている。
「お前さ。」
大翔は少し声を落とす。
「言ってること自体は間違ってない時あるんだよ。」
「……。」
「でもさ。」
少し間。
「相手がどう受け取るかって考えたことある?」
浩一は答えない。
分かっている。
そんなこと。
何百回も考えた。
でも。
「じゃあ逆に聞くけど。」
浩一は言う。
「相手の気持ちを考えて、嘘つく方が正しいのか?」
「……。」
「みんな思ってること隠して、適当に笑ってるじゃん。」
浩一は教室を見る。
笑っている人間。
話を合わせる人間。
「俺は、ただ本当のこと言ってるだけ。」
大翔は黙る。
しばらくして。
「……そういうところなんだよな。」
「何が。」
「いや。」
大翔は笑う。
「何でもない。」
放課後。
浩一は一人で帰る。
夕方の道。
いつもの長い道。
歩きながら考える。
大翔の言葉。
女子の言葉。
全部。
でも、一番頭に残っていたのは。
『頭いいのにもったいない』
だった。
「……。」
もったいない。
その言葉が妙に引っかかった。
自分に何かある。
でも、それを使う場所がない。
学校では嫌われる。
家では話さない。
なら。
どこなら。
浩一はポケットから鍵を取り出す。
家まであと少し。
パソコンが待っている。
昨日のサイト。
そして。
まだ名前もない、自分だけの何か。
浩一はうれしい気持ちと複雑な気持ちで、道を歩いて行った。
玄関のドアが開く。
「ただいま。」
浩一は小さく言う。
返事はない。
リビングを見る。
母親の姿はなかった。
仕事中だ。
テーブルの上にはラップのかかった夕飯。
その横にメモ。
『温めて食べてね』
短い文字。
浩一はしばらく眺めた。
「……。」
ありがとう。
そう言えばいい。
たったそれだけ。
でも言えない。
別に母親が嫌いなわけではない。
むしろ逆だった。
自分が迷惑をかけていることは分かっていた。
父親と離婚してから。
家の空気が変わったことも。
母親が昔より疲れていることも。
全部、気づいている。
でも。
浩一には、それを口にするのが苦手だった。
「大丈夫?」
と言われても。
「大丈夫。」
としか答えられない。
本当は大丈夫じゃなくても。
夕飯を温める。
テレビをつける。
ニュースが流れる。
その中で、聞き覚えのある単語が耳に入った。
「インターネットを利用した犯罪……」
浩一の手が止まる。
画面を見る。
不正アクセス。
違法行為。
パソコンを悪用した事件。
浩一はリモコンを取ろうとして、やめた。
頭に浮かんだ人間がいた。
年上のいとこ。
昔。
「パソコンは便利なんだぞ」
そう言って浩一に教えてくれた人。
コードを書く姿が格好良く見えた。
自分もこうなりたいと思った。
でも。
その人間は間違った方向に進んだ。
今では家族がその話をすると、空気が重くなる。
浩一は思う。
(同じ道具なのに。)
パソコンは悪くない。
使う人間が決める。
なら。
(俺は違う使い方をする。)
そう思った。
夜。
母親が帰ってくる。
「浩一、帰ってたんだ。」
「うん。」
「ご飯食べた?」
「食べた。」
「学校は?」
「普通。」
会話が終わる。
母親は少しだけ浩一を見る。
「最近、パソコンばっかりじゃない?」
「別に。」
「目悪くなるよ。」
「分かってる。」
少し強い声になった。
母親の表情が変わる。
その瞬間。
浩一の胸が痛くなる。
(まただ。)
また余計な言い方をした。
謝ればいい。
簡単だ。
でも。
「ごめん。」
その言葉は出てこない。
「部屋行く。」
逃げるようにドアを閉めた。




