表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームサイト  作者: M MAN
3/15

僕とパソコン②

 放課後。


「起立。」

「礼。」

「さようなら。」

 先生が教室を出ると、教室は一気に騒がしくなった。


「今日も公園寄る?立花公園!」

「いいね!」

「俺チャリ取ってくる!」

 笑い声が飛び交う。


 浩一はランドセルを閉める。

 いつものように、一人で帰るつもりだった。



「よぉぉーーー!」

 廊下から声が響いた。


「中村浩一くーーーん!」

 またか。

 浩一はため息をつく。

 教室の入り口から顔を出したのは、大翔だった。

 片手を大きく振っている。


「生きてるかぁ!」

「死んでたら返事しない。」

「それもそうだ!」

 大翔は一人で笑う。

 少し笑いすぎなくらいだった。

 近くにいた男子が苦笑する。


「あいつ今日も元気だな。」

「毎日あんな感じじゃね?」

「電池切れねぇのかな。」

 大翔はそんな声も気にしない。


「帰ろうぜ!」

「おう。」

 二人は廊下へ出る。

 昇降口までの短い道。


「そういえばさ。」

 大翔が言う。

「今日の算数、また一番だったじゃん。」

「簡単だった。」

「先生ちょっと困ってたぞ。」

「何で。」

「途中で答え言うから。」

「だって分かるし。」

「分かるけどさぁ。」

 大翔は笑う。


「みんながみんな浩一じゃないんだから。」

「知ってる。」

「なら待ってやれって。」

「時間かかる。」

「それも知ってる。」

「じゃあいいじゃん。」

「よくねぇよ。」

 大翔は笑った。

 笑っている。

 でも、その笑いはどこか作り物だった。

 無理に明るくしているような。

 空気を重くしないための笑顔。

 昇降口へ着く。


 二人並んで靴を履き替える。

「土曜さ。」

 大翔が急に言った。


「駅前に新しい電気屋できるらしいぞ。」

「へぇ。」

「知らないの浩一?」

 浩一は少し考えた。

「噂だけは」

「見に行けよ。市内唯一の電気屋だぞ」

「いいや。いい」

「なんでだよ」

 大翔は不思議な顔をした。

 "一緒に行こうぜ!"と誘ってこない割には。


「まぁいいや。10時からオープンだぜ。」

「早い。」

「遅いとこの時期蒸し暑いぜ?」

「確かに。」

「だろ?」

 校門まで歩く。

 そこで道が左右に分かれる。

 大翔の家は右。

 浩一は左。


「じゃ!」

 大翔は手を上げた。


「また月曜な!」

「うん。」

「宿題忘れんなよ!」

「お前こそ。」

「俺は忘れる!」

「威張るな。」

「あはは!」

 大翔は笑いながら走っていった。

 その背中を見送る。

 浩一も少しだけ笑った。

 本当に少しだけ。

 それが消えるのは、一秒もかからなかった。


 周りには、誰もいない。

 話し声も、笑い声もない。

 住宅街へ続く一本道。

 ここから家まで三十分。

 毎日変わらない、一人きりの帰り道だった。

 浩一はポケットに手を入れ、ゆっくりと歩き始める。


 大翔の姿が見えなくなる。

 浩一には、大翔が不自然に物陰で急に走るのをやめるのが見えなかった。

 大翔は深いため息をつき、家へ一直線へと向かうのであった。


 交差点の信号が青に変わった。

 浩一は横断歩道を渡る。

 歩く。

 歩く。

 この道は長い。

 学校から家まで三十分。

 毎日同じ景色なのに、今日はやけに静かだった。

 ランドセルが肩に食い込む。

 信号待ちをしている親子を追い越す。

 後ろから笑い声が聞こえた。


「今日さー!」

「お前ずるいって!」

 振り返らない。

 聞き慣れた声でもない。

 どうせ、誰かが友達と笑っているだけだ。

 浩一はポケットに手を突っ込む。

 指先が、小さな傷に触れた。

 昨日、工作の授業でカッターを滑らせた傷だ。

 かさぶたになっていた。

 爪で少しだけ引っかく。

 痛い。

 でも、それ以上は触らなかった。

 歩きながら、昼休みのことを思い出す。


『私、あんまり好きじゃない。』

 みのりの顔。

『浩一と話してると、自分が全部ダメって言われてる気がする。』

 あの時。

 何て返せばよかったんだろう。

 ……分からない。

 考える。

 十分くらい考える。

 結局、答えは出ない。

「……。」


 だったら、黙ってればよかったのか。

 いや。

 聞かれたから答えた。

 じゃあ、答えなければよかった?

 でも、それは無視になる。

 無視は悪いことだ。

 じゃあ。

 優しく言えばよかった?

 ……優しくって、何だ。

 口の中で、小さく笑う。

「分かんねぇ。」


 誰もいない歩道に、声だけが落ちた。

 毎回そうだ。

 言ったあとに考える。

 家へ着く頃には、毎回後悔する。

 なのに。

 次の日になると、また同じことを言ってしまう。

 直そうとは思っている。

 何度も。

 もう言わない。

 今度こそ。

 そう思って学校へ行く。

 でも、気付いたら口が動いている。

 自分でも、自分が分からなかった。

 橋の上で立ち止まる。

 川が流れている。

 水面に石を投げている小学生がいた。

 一人。

 二人。

 三人。

 楽しそうだった。

 浩一は少しだけ見て、また歩き出す。

 自分が入ったら。

 あの空気は止まる。

 そんなことくらい知っている。

 知らないのは。


「……何で直せないんだ。」

 その一つだけだった。

 家まで、あと五分。

 マンションの階段を上る音が響く。

 二〇三号室。

 浩一は鍵を差し込み、玄関を開けた。



「ただいま。」

「おかえりー。」

 台所から母の声が返ってくる。


「今日早かったね。」

「うん。」

「手洗ってきなさいよ。」

「……はーい。」

 洗面所で適当に手を洗う。

 鏡を見る。

 制服は少しくしゃくしゃで、髪も跳ねていた。

 蛇口を閉める。

 タオルで手を拭き、そのまま自分の部屋へ入った。

 六畳ほどの狭い部屋。

 ベッド。

 机。

 本棚。

 そして、窓際に置かれたデスクトップパソコン。

 少し古い型だった。

 ケースには細かな傷がいくつも付いている。

 何度も開けて、中を覗いた跡だ。

 浩一はランドセルを床へ置くと、制服のまま椅子に座った。

 電源ボタンを押す。

 ――カチッ。

 ファンがゆっくり回り始める。

 画面が暗闇から青く光る。

 その音を聞くだけで、不思議と肩の力が抜けた。

 学校では一度も笑わなかった浩一の口元が、ほんの少しだけ緩む。


「……よし。」

 ログイン画面。

 パスワードを打つ。

 指は迷わない。

 カタカタカタッ。

 エンターキー。

 デスクトップが表示される。

 そこにはゲームやフォルダが几帳面に並んでいた。

 母親には全部同じに見える。

 でも浩一にとっては、一つひとつ置く場所に意味がある。

 まずはブラウザを開く。

 次にお気に入り。

 ニュースサイト。

 プログラミングの掲示板。

 いつもの順番だった。

 画面の中は静かだった。

 誰も「言い方が悪い」とは言わない。

 誰も困った顔をしない。

 検索すれば答えが返ってくる。

 分からなければ調べればいい。

 間違えたら直せばいい。

 そこには、人間みたいな曖昧さがなかった。


「浩一ー。」

 母が部屋の外から声をかける。


「宿題は?」

「あとで。」

「ゲームばっかりじゃダメよ。」

「ゲームじゃない。」

「はいはい。」

 母は笑いながら台所へ戻っていく。


 浩一は何も言い返さなかった。

 画面には、小さな文字がびっしり並んでいる。

 それを読む。

 また読む。

 学校で感じていた重苦しさが、少しずつ薄れていく。

 マウスを動かす。

 リンクを一つ開く。

 また閉じる。

 もう一つ開く。

 その繰り返し。

 時間だけが静かに流れていった。

 ふと、画面の隅に見慣れないリンクが表示された。

 青い文字で、たった一行。



「ようこそ。このサイトは...」



 その先の文章は、浩一だけが静かに読んでいた。

 浩一の指が止まる。

「……なんだ、これ。」

 カーソルが、その文字の上へゆっくりと重なった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ