僕とパソコン①
昼休み。
給食を食べ終えた教室は、笑い声でいっぱいだった。
男子は教室の後ろで下ネタを言ったり、じゃれあったりして遊んでいる。
女子は机を寄せ合って、恋愛の話をしている。
その中で一人だけ、浩一は家電量販店でもらってきたパソコンのカタログを読んでいた。
もう何度読んだか分からない。
「またそれ?」
顔を上げる。
一ノ瀬みのりだった。
浩一は視線をカタログに戻す。
「うん。」
「毎日見てない?」
「見てる。」
「飽きないの?」
「飽きる理由がない。」
「だって昨日も見てたじゃん。」
「昨日は昨日。」
「今日も同じページ。」
「今日は違う。」
「何が?」
「昨日は性能見てた。」
「今日は?」
「キーボード。」
みのりは思わず笑う。
「そんな変わる?」
「全然違う。」
「全部同じに見えるけど。」
「それ、興味ないから。」
「そうかも。」
「サッカー興味ない人は、スパイク全部同じに見えるじゃん。」
「それは分かる。」
「一緒。」
みのりはカタログを覗き込む。
「これ、高そう。」
「二十七万。」
「えっ!?」
「安い方。」
「えぇ!?」
「もっと高いのある。」
「そんなの誰が買うの?」
「必要な人。」
「ゲームするだけなのに?」
浩一は顔を上げた。
「ゲームする"だけ"じゃない。」
「え?」
「作る人もいる。」
「でも浩一、ゲーム作ってないじゃん。」
「今は。」
「今は?」
「そのうち作る。」
「ほんと?」
「うん。」
「なんでそんなに作りたいの?」
浩一は少し考えた。
「スティーブ・ジョブズがさ。」
「うん。」
「『未来は自分で作るものだ』って言ってた。」
「へぇ。」
「だから。」
「……うん?」
「ゲームも作る側になった方がいい。」
「そんな意味なの?」
「多分。」
実際には、そんな言葉は少し違う。
浩一はインターネットの記事で読んだ内容を、自分なりに覚えているだけだった。
「でもさ。」
みのりが首を傾げる。
「作る人ってそんなに偉い?」
「偉い。」
「遊ぶ人がいなかったら?」
「遊ぶ人なんて、誰でもなれる。」
「え?」
「でも作る人は少ない。」
「だから?」
「少ない方が価値ある。」
「そんなことないよ。」
「ある。」
「ない。」
「ある。」
「じゃあ、お医者さんとパン屋さんだったら?」
みのりが聞く。
「どっちが偉い?」
「医者。」
「なんで?」
「少ないから。」
「パン屋さんがいなくなったら困るじゃん。」
「医者も困る。」
「どっちも困る。」
「でも医者の方が困る。」
「なんで?」
「死ぬから。」
「……。」
みのりは少し考えた。
「じゃあ、お母さんは?」
「何が。」
「お母さんって偉い?」
「人による。」
「え?」
「子育てしてるから偉い、は違う。」
「なんで?」
「産めば親になれる。」
「……。」
「でも育てるのは誰でもできる。」
「誰でもじゃないよ。」
「できる。」
「できない人もいる。」
「じゃあ失敗しただけ。」
「そんな言い方……。」
「事実。」
みのりは少しだけ眉をひそめた。
「事実をすべてバサッと言うのは駄目よ」
「なんで。」
「だって...その事実を言われて傷つく人もいるわ。」
「うん。」
「事実ばっかりじゃなくて、私もやってるけどお世辞を言う優しさも必要よ。」
「もし百点じゃなくて五十点だった人に『百点だったね』って嘘ついたら優しい? 」
「そうじゃなくて。」
「どこが。お世辞を言うような人は頭が良くない人たちだと思うけど。」
「...私もお世辞を言うけど。というかお世辞を言う人は頭が悪いわけじゃーー。
「じゃ君は頭がよくないんだ。」
みのりは深いため息をついた。
「浩一ってさ。」
「何。」
「人のこと、すぐ決めつけるよね。」
「決めつけてない。」
「してるよ。」
「違う。」
「だって今も。お世辞を言う人は頭が悪い?」
「俺は思ったまま言ってる。」
「その思ったままが本当とは違うこともあるじゃん。」
「例えば。」
「その人が頑張ってるか頑張っていないとか。」
「結果出てないなら意味ない。」
「え?」
「頑張るって、自分で言うことじゃないし。」
「でも!」
「結果が全部。」
「違う!」
教室の空気が少し静かになる。
近くの女子がこちらを見た。
浩一は気付かない。
「浩一はさ。」
みのりは少し困ったように笑う。
「難しいこと考えるの好きだよね。」
「普通。」
「普通じゃない。」
「そう?」
「うん。」
「でも、その考え。」
「うん。」
「私、あんまり好きじゃない。」
「何で。」
「だって。」
みのりは少しだけ視線を落とした。
「浩一と話してると、自分が全部ダメって言われてる気がする。」
「そんなこと言ってない。」
「言ってないけど。」
「思った?」
「うん。」
「それは俺のせいじゃない。君がそう思っただけ。」
その一言だった。
みのりの表情から笑顔が消えた。
「……そっか。」
静かに立ち上がる。
「ごめん、もう行くね。」
「まだ昼休みだけど。」
「うん。」
「友達と話したくなった。」
「俺と話してたじゃん。」
「そうだね。」
みのりは少しだけ笑う。
でも、その笑顔は最初とは違っていた。
「じゃあね。」
そう言って、自分の席へ戻っていく。
浩一はカタログを開き直した。
ページをめくりながら、小さく首をかしげる。
(……何か変なこと言ったかな。)
考えても、分からなかった。
昼休みが終わるチャイムが鳴った。
「席着けー。」
教室に先生が入ってくる。
みのりはもう浩一の方を見ていなかった。
「今日は算数からな。」
教科書を開く音が教室に広がる。
黒板に問題が書かれた。
兄は毎分六十メートル、
弟は毎分四十五メートル――
「じゃあ、この問題。」
先生が教室を見渡す。
「竹内。」
「えっ。」
クラスメイトの竹内が立ち上がる。
「答え、分かるか?」
「えっと……。」
教室が静かになる。
「六百……。」
竹内が黒板を見る。
「いや……違う……。」
先生は急かさない。
「ゆっくりでいいぞ。」
竹内は黒板とノートを何度も見比べる。
浩一は見ていられなかった。
「先生。」
「ん?」
「百八十です。」
教室の視線が集まる。
先生は苦笑した。
「浩一、答えは合ってる。」
「はい。」
「でも今は竹内が考えてる途中だ。」
「時間の無駄です。」
ぽつり、と浩一が言った。
「考えても分からないなら、答え見た方が早い。」
教室が静まる。
竹内は立ったまま俯いていた。
先生は黒板の前から動かない。
「浩一。」
「はい。」
「座れ。」
「……はい。」
浩一は座る。
それ以上は言わなかった。
先生も説教はしない。
「竹内。」
「……はい。」
「途中まででいい。どこまで考えた?」
「えっと……。」
授業は、そのまま進んだ。
◇
チャイム。
「ありがとうございました。」
先生が教室を出る。
その瞬間、あちこちで椅子が鳴った。
「ねぇ、この後体育だよ!」
「マジ?着替え行こ!」
女子が笑いながら廊下へ出ていく。
浩一も筆箱をしまって立ち上がる。
その時。
前の席の男子が消しゴムを落とした。
ころころ、と浩一の足元まで転がってくる。
浩一は何も言わず拾い上げた。
「ほら。」
「あ、ありがと。」
「うん。」
男子は受け取る。
一瞬だけ笑う。
そして後ろを振り返る。
「早く行こうぜ!」
「おー!」
三人で走っていった。
浩一はその背中を見る。
別に誘われると思っていたわけじゃない。
思っていない。
……思っていないはずだった。
ランドセルから体操服を取り出す。
すると、教室の前で女子たちが机を運んでいた。
「重いー。」
「ちょっと持って。」
浩一は近付く。
「貸して。」
返事を待たずに机を持ち上げた。
「え、あ……。」
女子は少し驚く。
浩一はそのまま教壇の横まで運び、静かに置いた。
「終わり。」
「……ありがとう。」
「別に。」
浩一は着替えに向かう。
その背中を見ながら、一人の女子が小さく言う。
「なんかさ。」
「ん?」
「急に来るからびっくりする。」
「分かる。」
「なんか...自分が優しいですアピール?」
「...ちょっとキモイかも...」
浩一には聞こえていない。
聞こえたのは周囲の人たちだけだった。
浩一は気づかずに、静かに廊下を歩いて行った。




