第五話 もう一つの仕事
※無断転載を禁止します。
この話の登場人物
小山三郎義政:下野国の牢人。北条から今川への使者の一行に帯同する。
伊勢三郎長綱:北条家家臣。箱根権現の別当。
大道寺蔵人盛昌:北条家家臣。
多米元忠:多米周防守の息子。
領内における行程は順調そのものであった。もとより北条の前身である伊勢は、伊豆の地より躍り出た大名である。ましてや箱根権現の別当が旅の一行にいるのであれば、お膝元の地においての移動で、問題が起こるはずもない。
一行の中で年長の二人である伊勢三郎と大道寺蔵人は、北条家家臣としての威厳も持ちながらも、若い者たちへの気遣いもできる人格者であった。多米周防守の息子である元忠に目をかけているだけでなく、ひょっこり同行している若い牢人である三郎にも、時折話を振ったりして気にかけてくれている。おかげで箱根の山越えの辛さも、彼らのおかげでだいぶ和らいだ。
初日のうちに芦ノ湖まで来ると、二日目には山を下り三嶋大社まで到達した。ここは武家初の幕府を起こした源頼朝公をはじめ、多くの武家の崇敬を集める地である。そして今この地は今川の勢力圏にある。
三嶋大社で休んでいるさなか、大道寺蔵人が三郎に話しかけてきた。
「小山殿、ここまでの二日間、ご苦労で御座った。我々は駿河の地で今川家と会談のためしばらくは逗留するつもりである。」
大道寺蔵人の言葉に、三郎は小さくうなづいた。
「今川家との会談にお主は帯同することはできない。」
当然と言えば当然である。三郎は再びうなづいた。
「事前に風間から預かったお主宛の文がある。数日の間はこの文の中身に従ってほしいとのことだ。」
大道寺蔵人はそう言うと、懐から文を取り出し三郎へ手渡した。
三郎は文を受け取ると、中身に目を通した。そこには「一時的に一行を離れ、華蔵山徧照光寺へ行き玄広恵探に会って頼み事を手伝うように」とだけ記されていた。
三郎は顔をしかめながら文を閉じた。目の前にいた大道寺蔵人が不思議そうな表情で三郎を見つめていた。
「あ、あのう・・・」
三郎は頼りない声で大道寺蔵人に声をかけた。
「・・・いかがした?」
大道寺蔵人は三郎の表情を見るや、今度は心配そうな表情に切り替わった。
「華蔵山徧照光寺の玄広恵探というのはご存知ですか?」
文の中身を話していいものか迷ったが、中身が理解できないため、わかりそうな人に聞くしかなかった。
「ふむ、ここからはしばらく先になるな。藤枝のほうまで行かねばならん。」
大道寺蔵人は親切に教えてくれたかと思うと、対象の人物の名前を聞いて表情が硬くなった。
「しかし、玄広恵探とはな。」
「この方もご存知なのですか?」
三郎は大道寺蔵人の表情に不安を感じながら聞き返した。
「その者はただの僧ではない。今川氏輝の兄弟じゃ。」
どこで話を聞いていたのか、多米元忠が会話に割り込んできた。
「この時期に今川の当主の兄弟に接触せよとは、いったいどういうことじゃ?」
そういうと元忠は三郎へ歩み寄った。
「これ、よさんか!」
大道寺蔵人が元忠をいさめながら間に入った。
「畏れながら大道寺様、この者はわれらの前で今川の当主以外の縁者に会うというのですよ。われらの務めに支障をきたすかもしれません。」
いさめる大道寺蔵人に対して、元忠は憚りなく言い放った。
「この者を帯同させることも、風間の者らに仕事を頼んだのも、殿がお認めになったことじゃ。われらの務めに障りがあるかもしれないという理由だけで、この者に与えられた務めを阻むことはできん。」
大道寺蔵人は元忠を制して言った。
「おい牢人!いったい何をしようというのだ?。何も聞いておらぬというようなふりをして、なにかの企みがあるのではないか?」
元忠は三郎に食って掛かった。
「本当に何も聞いておらぬ。」
三郎はそう答えるしかなかった。
「よいか?。我らに迷惑をかける出ないぞ、北条に無礼を働けば・・・」
元忠が三郎に何かをいいかけた途端、元忠の体が後ろに引っ張られ、尻もちをついて転んだ。
いつの間にか伊勢三郎が元忠の後ろに来ていた。元忠は伊勢に後ろ襟を引っ張られて転んだようだ。
「元忠!おとなしくせんか!。ここがどこだかわからないお主ではあるまい。今川の勢力内で北条の名を堂々と口にするとは・・・。うつけ者め!!」
伊勢三郎は元忠をしかりつけた。怒るとなかなかの迫力だ。圧倒された元忠はすぐにおとなしくなった。
「さて小山殿。」
伊勢三郎は、怒りの表情から一転、うっすらと笑みを浮かべた表情になると、三郎へ話しかけた。
「われらはお主の仕事には口を出してはならんことになっておる。故にお主もうかつに文の中身を明かしてはならん。」
「申し訳ありませぬ。」
三郎は素直に謝った。こちらが何も聞かされていない事情など、相手からすれば知ったことではない。風間からの文について、すぐさま大道寺蔵人に聞いてしまったのは確かにうかつだった。
「まあ、聞いてしまったことは仕方がない。これからわれらが今川と会談をする一方で、僧籍に入ったとはいえ、われらと一緒に駿河へ入った者が、今川当主の縁者と接触しようというのだ。これは気を引き締めないといかんな。・・・なにも知らぬとはいえ、お主も気を付けることだ。」
伊勢三郎はにこやかに語りかけた。目の奥は決して笑っていない。そういう意味では伊勢三郎という人物は風間に似た不気味さを有していた。
「ご助言いただき、かたじけのうございます。」
三郎は頭を下げ礼を言った。
「聞いてしまったついでじゃ、藤枝に徒歩で行くのはつらかろう。馬を使うか船で行くがよい。」
伊勢三郎は移動手段を教えてくれた。そうか、それなら日数もかからない。
「短い道中ではありましたが、お世話になり申した。所要につき、これにて御免仕る。」
三郎は一行に頭を下げた。突っかかってきた元忠も含まれる。
「うむ、達者でな。」
そう言って大道寺蔵人は三郎に微笑んだ。
三郎は自分の荷物だけ拾い上げ、袈裟懸け状に風呂敷の両端を体の前で結ぶと、そのまま一行のもとを離れた。結局元忠は何も言わず目も合わさず、一行を離れる三郎を見送ることはしなかった。
いまから行けば沼津までは出れるはず。藤枝なら海路で行くのが早いかもしれない。三郎は小走りに目的地を目指した。
いったい風間は自分に何をさせたいのだろう。
「頼まれごとをきいてやってくれ」と文にはあったが、厄介ごとの臭いしかしなかった。報酬目当てに安請け合いをしたが、三郎はここにきて初めて後悔を感じた。
頼まれごとの理由を聞かないのも、安請け合いしてしまうのも、何かあっても自身の才覚なら乗り切れると、何の根拠もない自信を持っていたからだ。
だが今回ばかりは、駿河の奥深くへ入り遠江のあたりまで出向くわけだ。普段よりも不安が先行する三郎であった。
ご意見、ご感想お待ちしております。




