表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂東の牢人  作者: 神鳥谷燕九郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第四話 駿河へ向かえ

無断転載を禁止します。


この話の登場人物


小山三郎義政:下野国(現在の栃木県)の牢人。北条の駿河行きの使者一行に同行する仕事を受ける。


多米元忠:北条家家臣、多米周防守の息子。父親の指示で駿河行きの使者一行に同行する。


伊勢三郎長綱:北条家一門。現在の当主、北条氏綱の叔父。出家しており箱根権現の別当。駿河行きの今川への使者。


大道寺蔵人盛昌:北条家重臣。鎌倉の鶴岡八幡宮の再建に尽力した。駿河行きの今川への使者。


多米周防守:北条家家臣。


北条氏綱:後北条家二代目当主。当人の代から北条の姓を名乗る。


伊勢(北条)氏康:氏綱の子。嫡男。

 宿へ入った三郎はそのまますぐ床に就き、翌朝はゆっくりと起きると、少し遅めの朝餉を取った。相手からの連絡待ちである故、今日はこの宿にとどまって暇を持て余そうと思っていた。

 さて出立はいつごろだろう?と思っていたが、三郎自身身の回りのものなど刀と一張羅の着物だけで、旅に出るからと言って荷物らしいものは持ち合わせていない。そのため特段準備するようなものもなかった。

 とりあえず、宿の裏手の井戸を使って体と頭の汚れを洗い、髷を結いなおした。着替えは持ち合わせていないため、宿から借りた浴衣をまとい、古びた一張羅も水洗いした。

 

 今日は天気もいいから乾くのに時を要すこともないだろう・・・。


 そんなことを思いながら、宿の裏手の開けたところに服を干し、日中は部屋から出ず浴衣で過ごすことにした。


 結局日中は何の音沙汰もなかった。


 日も暮れかかったころに、ようやく風間の使いの者が宿を訪れた。使いの者は風呂敷包みを抱えており、部屋につくなり三郎へ荷物を手渡した。

 「これは?」

 三郎は使いの男に尋ねた。

 「はい。旦那様から旅支度のものと伺っております。」

 使いの男は手短に答えた。この男に何を聞いてもわかるまいと思い、三郎は男の答えにうなずく形で返した。それを見るなり、使いの男は頭を下げそのまま部屋を出て行ってしまった。


 三郎は風呂敷包みを解くと、中には着物や足袋などの旅支度の一式と支度金としての銭が入っているのが確認できた。そして、その荷物の中に手紙も入っていた。

 三郎は手紙を手に取り、中身に目を通した。

 手紙は風間からのものだった。

 明朝、宿に北条の一行が迎えに来るので、その者たちと一緒に駿河へ向かってほしいとの内容と、旅支度の着物と支度金を、風間のほうで用立ててくれたことなどが記されていた。

 三郎は、銭が入っていると思われる巾着袋を手に取り中身を確認した。どんな旅路になるかもわからないので、多いとも少ないともわからない。まあ、無駄遣いするような余裕などはないはずだ。


 三郎は宿の者を呼び、明日朝の来訪者と一緒に出立することを伝えた。宿の者は宿代は事前に風間から十分すぎるほどもらっているので心配ないというと、夕餉のあと寝酒にと一本つけてくれると申し出た。

 三郎は「お気持ちだけで十分」と言い、その申し出を固辞した。正直酒はそれほど好きではなかった。まったく飲めないわけではないが、もともと飲む機会に恵まれなかったこともあって、一人で酒を飲むということはしなかった。

 

 午前中に洗った着物は、春の陽気と風通しのよい裏庭にあってすっかり乾いており、宿の者が取り込んでくれていた。明日朝はいつ向こうが迎えに来るかわからない。駿河への旅路であるので早くに出るであろうと思い、三郎は早めに床に就いた。


 案の定、日が昇るころには北条の一行が迎えに来た。三郎はすでに旅支度を整え、宿の入り口で待機していた。

 「おう、小山殿。すでに支度を済ませてくれておったとは。」

 一行の一人が三郎に話しかけた。玉宝寺で会った元忠だった。

 三郎は声の方向へ向き直ると、片膝をついて頭を下げた。

 「下野が牢人、小山三郎と申します。この度はご一行との同行、よろしくお願い申し上げまする。」

 流れるような所作を見て、一行の侍たちはすこし驚いた表情を見せた。

 「多米周防守より話は聞いておる。小山殿、こちらこそよろしくお願い申す。楽にいたすがよい。」

 一行のうちの一人が三郎のあいさつに答えた。

 

 三郎は立ち上がると、北条一行の者たちの姿に目をやった。一人は多米元忠である。その後ろに四人の男の姿が目に入った。うち一番後ろにいる二人は荷物を背負っているのでお付きの使用人だろう。

 残り二人のうちの一人が、先ほど三郎に挨拶した男で、一昨日の多米周防守と同じ年ごろかそれより上に見えた。服装は侍姿ではあるが、頭は丸めており出家しているようだった。

 もう一人の男も同様で、出家姿の男と同年代と思われた。精悍な顔つきをしており、迫力が感じられた。


 「わしは伊勢三郎と申す。もう一人は大道寺蔵人じゃ。」

 出家姿の男が名乗ると。もう一人の男が会釈だけした。

 「道中よろしくお願い申す。」

 三郎は改めてあいさつした。

 

 「さて、のんびりもしておれぬ、さっそく出立しよう。」

 伊勢三郎がそう言って一行を促した。大道寺蔵人、多米元忠が後を続く。

 三郎は荷物持ちの使用人と並ぶ形で三人の後つくように歩いた。


 三郎は北条の家臣のことを詳しく知っているわけではない。しかし、出家姿の男が「伊勢三郎」と名乗ったからには今の北条一門の者に違いないだろう。三郎にもその程度のことは理解できた。

 

 だれも行程については口にしない。三郎も黙って後をついていく話だった。

 以前駿河を行き来した際は、いつも箱根を越えていった。関を通る際は、風間の手配で難なく行き来できていた。今回は北条の一行で領内を通っていくので、なんら心配するようなこともなかった。


 早川のあたりまで来ると、前方に数人の人影が確認できた。次第にその姿が確認できるようになると、先頭を歩く二人が「おおっ」と声を上げ、歩調を速めて近付いて行った。


 「これは殿、お見送り感謝いたします。」

 伊勢三郎はそう言うと、片膝をついて頭を下げた。大道寺蔵人ほか、一行もそれに倣った。


 殿・・・。ということはこのうちの誰かが北条氏綱か・・・。三郎はそう思ったが、顔は伏せたままだった。

 

 「よいよい、叔父上。頭を上げてくだされ。ほれ、蔵人、元忠も・・・。」

 数人のうち先頭に立つ男が声を発した。おそらくこの声の主が氏綱だろう。

 伊勢三郎、大道寺蔵人、多米元忠はその声を聞くや立ち上がった。伴の使用人と三郎は伏せたままだ。


 「叔父上、蔵人。今川との交渉、よろしく頼む。箱根権現別当である叔父上と、鶴岡八幡宮再建に尽力した蔵人が行けば、今川も多少は腹を割ってくれるだろう。」

 氏綱と思われる男はそういうと一行を見渡した。後ろに控えている使用人ともう一人の男に目をやると、脇に居た男に声をかけた。

 「多米、こやつがフウマが使わしたものか?」

 「はっ。ですが殿・・・。」

 脇にいた男が問いに答えた。声は先日寺であった多米周防守、その人だった。

 (フウマ?)

 氏綱と思われる男の言葉を聞いて、三郎は一瞬何のことかわからなかった。


 「おっと・・・そうであったな。そこの牢人、立つが良い。」

 多米周防守の注意にハッとしたような言葉を発し、後ろへ控えていた三郎へ声をかけた。

 三郎は立ち上がると、今一度頭を下げて礼をした。

 

 「殿、この者が、()()が使わした牢人、小山三郎殿にございます。」

 氏綱の横に控えていた多米周防守が三郎のことを紹介した。

 「小山三郎義政と申します。」

 「うむ。周防守より聞いておる。よろしく頼む。」

 氏綱は三郎の姿を見据え、にこやかに答えた。


 すると多米周防守とは反対側へ控えていた若者が、氏綱の前で歩み出てきた。

 「元忠、しっかりと務めを果たせよ。」

 そういって、元忠の肩をぽんとたたいた。年のころは三郎や元忠と同年代のようだ。

 「若様。承知しましてございます。」

 その若者の言葉に元忠はかしこまった。


 若様・・・。ということはこの若者が氏康か・・・。

 三郎はそう思い、若者へちらりと視線をやると偶然目が合ってしまった。

 三郎は慌てて目線を切ると、視線を地面へ向けた。


 「おう牢人。小山三郎と申したな。お主もしっかりと励むのだぞ。」

 若者はそう言って三郎のことを睨みつけた。三郎は目を合わさず、小さく「承知した。」とだけ返事した。

 励むも何も、北条の領内を通って、駿河へ同行する以外のことを何も聞いていない。一体何を励めというのだろう。

 

 「これ、新九郎。」

 若者の行いを制すように氏綱が言った。新九郎というのが、この氏康と思われる男の名前のようだ。

 「小山殿、おそらく仔細を聞かずにこの同行を受けてくれたのだろうが。いま話せる範囲で申せば、今回の駿河行きは、今後の今川との関係がどうなっていくか、その行く末を決めるためのものだ。お主にはその一行の道中の雑務をお願いしたい。」

 氏綱は、わざわざ丁寧に説明をしてくれた。肝心内容は含まれてはいないが、そこには氏綱の優しさが含まれていることが感じ取れた。

 「承知仕った。」

 三郎はまたも短く、しかし先ほどよりはっきりと答えた。

 

 駿河へ向かう一行は、見送りの者たちへのあいさつを済ませると、いざ旅路へと再び歩みを始めた。

 三郎は見送り一行の顔に目線を送った。多米周防守は、息子の旅路を見送る親の表情をしていた。北条氏綱は、当主たるや堂々としたたたずまいで一行を見送っていた。そして、その息子の氏康だけは三郎だけを見つめてにやけていた。

 

 そんなに牢人が珍しいのだろうか・・・。

 

 氏康が何を考えているのかわからない三郎にとっては、ことに至ってもまだそんな感想しか出てこなかった。

 

 いよいよ駿河行きの旅路はここに始まった。

ご意見、ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ