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坂東の牢人  作者: 神鳥谷燕九郎


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第三話 侍と牢人

無断転載を禁止しています。


この話の登場人物


小山三郎義政:下野国(現在の栃木県)の牢人。風間からの依頼で北条家の仕事の依頼を受ける。


風間太郎:相模国(現在の神奈川県)の商人。三郎を多米周防守に引き合わす。


多米周防守:北条家家臣。風間の紹介で三郎を駿河行きの使者一行に三郎を同行させようとする。


多米元忠:北条家家臣、多米周防守の息子。三郎や風間の存在を警戒している。

 玉宝寺内の一室に男が四人座っている。

 

 上座に多米周防守、その後ろ脇に息子の元忠。周防守に向かい合うように風間が居り、三郎は風間の後ろの入口の障子の近くにちょこんと正座をしていた。腰に差していた刀は、入室前に腰帯から抜いて左手に持っていた。今は三郎の座る左側に据え置いてある。そして、風間以外の二人の侍も、刀は同様に自身の左わきに置いていた。


 三郎は自分に向けられた言葉以外、一言も発することはなかった。また話しかけられても簡単な返事で済ます程度で、多くを語らないようにしていた。決して人見知りというわけはないが、初対面の人間で、かつそれが北条の家臣ともなれば、おいそれと多くを語ることは憚られた。

 

 会話をしているのは、多米周防守と風間だけだった。三郎と多米周防守の息子の二人は、会話に参加をしていない。


 話の内容は主に、近隣諸国の情勢などのようだ。三郎など人の口の端に上るような噂話以外、世間の情報など全く知らなかったし、知るすべも持っていなかった。二人の会話を聞いていても、もともとそれに関連した情報も予備知識として持っていない。そのため、三郎はずっと会話にはついていけずにいた。

 

 「すると・・・やはり誰か駿河に行ってもらわねばのう・・・。」

 多米周防守がぼそりとつぶやいた。

 この一言を聞いて、三郎はこの後の展開はなんとなく予想できた。おそらく自分は駿河へ行くことになるのだろうと。

 

 「最終的な結論は殿次第ではあるが、今川へ使いを出すことは間違いないだろう。おそらくだが、伴の者を入れても数人程度でいいと思う。」

 今度はつぶやきではなく、風間に話しかける形で多米周防守が言葉を発した。

 「左様でございますか。時期はいつくらいになりそうで?」

 その言葉に風間は聞き返した。

 「うむ。殿に伺いを立ててからになる故、一日、二日はかかると思う。そんなに待たせはせぬつもりだ。」

 「かしこまりましてございます。」


 多米周防守からの回答に風間は返事をしたかと思うと、今度は座ったまま体の向きを横に向け、後ろ脇に控える三郎へ話しかけてきた。

 「ってなわけで三郎殿。また仕事を頼まれてくれないか。なんとなく察しただろうが、行先は駿河だ。」

 「・・・・承知した。」

 察したとおりだったので、三郎は短く返事をした。風間に同行した時点で、大抵のことは断らずに引き受けるつもりでいた。

 三郎の短い返事を聞くや、多米周防守はふっと小さく笑ったように感じた。


 「では風間殿、近々使いをやる故、時期などの仔細はその時に聞いてくれるか。」

 多米周防守は目線を三郎に向けたまま、言葉だけ風間へ伝えた。

 「かしこまりましてございます。」

 風間は先ほどと同じ返事を繰り返した。


 「では元忠、われらはそろそろ戻るとしようか。」

 多米周防守はそういうと、控えて座っていた元忠の返事を聞くまでもなく立ち上がった。

 「はっ。」

 元忠も小さく返事だけをすると、すっと立ち上がり父親の後へ続いた。

 「では、風間殿、小山殿失礼する。」

 多米周防守はそういって部屋を出て行った。元忠は軽く頭を下げて父親の後を追っていった。風間と三郎は座ったまま手をついて頭を下げ、二人の帰りを見送った。

 

 二人の侍が部屋を去り風間と三郎の二人になると、風間は再び三郎のほうへ体を向け話しかけてきた。

 「ってなわけだ三郎殿。よろしく頼むよ。」

 侍が去ったので、風間はいつもの口調に戻った。

 「はい、なんとなく察していましたんで。今川への使者の一行に帯同すればよろしいので?」

 三郎は要点のところだけ確認した。

 「そう。関所を抜けるのに必要なことは全部北条側がやってくれる。三郎殿は向こうの準備ができて使いの人がくるまで、いつでも出発できる準備をして待っておけばいいのさ。」

 

 きっとそれ以外にも何か頼まれるのだろうと三郎は感じていた。ただ、いま聞いたところで風間は教えてくれないだろうと思い、三郎はそれ以上聞くことはしなかった。

 「じゃあ、うちらも帰るとするかね。報酬は町に入ったときに渡すよ。宿はこっちで手配してあるから、向こうから使いが来るまではそこを使ってくんな。宿代はこっちで持つから心配なさんな。」

 そういうと風間は立ち上がった。

 自分の宿をすでに取ってあるとは用意のいいことだと三郎は思った。だがそのことにも触れず、風間とともに寺を後にした。



 先に寺を後にした侍の親子二人は、自らの屋敷へ向けて歩みを進めていた。寺の外で控えていた伴の者も加わり、数名での移動になっていた。

 寺に来た時には日が傾きかけていたが、いまはすっかり日が落ちていた。足元を照らすように伴の者が提灯を持って先導していた。


 「元忠、わしは明日朝には殿に事の次第を説明してくる。駿河への一行だが、お主も加わるのだ。」

 多米周防守は元忠に話しかけた。部屋にいた時と違い、今は親子が並んで歩いている。

 「は。承知いたしました。しかし父上、あの三郎とかいう牢人も連れていくのですか?」

 元忠は父親の言いつけに質問して返した。

 「うむ。あの者、終始われらの会話に興味を持つそぶりも見せなかった。あの若さならもう少しなんらかの反応があってもいいものだが、あの胆力なら頼みごとをしても問題あるまい。」

 多米周防守は腕組みしながら元忠の問いに答えた。


 「あの風間という乱破らっぱに任せては駄目なのですか?」

 すこし間が開いて、元忠は商人姿の風間を乱破と言い表した。その言葉に多米周防守はすこし驚きの表情を見せた。

 「ほう、あの者が乱破だと・・・。よくわかったな。」

 「確証はありません。ただ、父上との会話の中、無礼でも働けば切り捨てるつもりでもありました。しかし、承認姿のあの者。・・・なぜか、殺すことができないと感じたのです。」

 「うむ。つまり勘だと・・・?」

 「それだけではあませぬ。父上が他国の情勢を語っている中でも、あの者は驚いた表情したように見せてましたが、それもどこか不自然でした。あたかもその情報は既に存じているように思えました。」

 「そうか・・・知らぬうちに元忠も成長したようだな。」

 多米周防守は感心したように言った。

 「ではやはり・・・。」

 「うむ。われらはあの者から情報を買うこともあれば、情報を取るように依頼をすることもある。乱破といっても違いあるまい。」

 多米周防守は、風間との関係を簡単に元忠に説明した。


 「牢人に任せるよりも乱破のほうがよろしいのでは?」

 元忠は父親の判断に異を唱えた。氏素性や能力のわからない牢人よりも、その道を生業としてる者らのほうが確実であると思っていた。

 「言ったであろう。あの者はわれらの話に興味を示さなかったと。つまり、あの者は余計なことは知らずにいたほうが良いとわかっているのだ。」

 「なぜです?仕事をするには必要なことは知っておいたほうが良いのではないですか?」

 元忠は父親の答えの意味が分からなかった。

 「必要最低限のことはな。だが、必要以上のことは知る必要もない。あの者は自身の立場というのをよくわきまえておる。この時世で、知りすぎることで身を亡ぼすことがあるということをわかっているのであろう。・・・・いや、むしろ風間殿の仕事をこなすうちに鍛えられたのか・・・。」

 多米周防守は、三郎に仕事を頼もうとしている根拠を元忠に説明した。

 

 「いずれにせよ、あの牢人をともに加えることは問題ないと考えておる。元忠よ。そなたも殿の為、あの牢人くらいうまく使いこなくてはな。協力できるものはなんでも使うのだ。」

 「・・・・はい。」

 元忠は小さく返事をした。まだ牢人と一緒に行くことに承服しかねているようである。

 

 もうすぐ屋敷につこうとしていた。

 明日朝一番で殿に話をしよう。しかし、三郎のことを面白そうな若者だったと多米周防守は感じていた。ああいう見どころのありそうな若者が、北条の力になってもらえればとも思った。

 (しかし下野の小山とな・・・。あそこの家は大名ではなくなったが、子供の女子しかおらず、家督は結城から来た者が継いだと聞いている。小山姓の名乗るのだから縁者なのだろうが、牢人となっているのだから、もはや家のこととは無関係なのだろう・・・。)

 多米周防守は、歩きながら三郎のことを考えていた。

 (元忠はともかく、若様とは馬が合いそうだ・・・・)

 そう思ったら、なんだかおかしくなってきた。


 若様とは、北条の当主である氏綱の息子の氏康のことである。

 この先三郎という牢人の存在が、氏康や元忠の人生に大きくかかわっていくことになるとは、いまの多米周防守にはわかるはずもなかった。 

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