第二話 北条の右腕
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三郎と風間の二人は、つらつらと歩くうちに小田原の町まで近づいてきた。もうすでに日が傾きかけている。春になったので少し日が長くなってきたな・・・。などと三郎は暢気に考えていた。
前を歩く風間が急に角を折れたかと思うと、三郎の目線の先にきれいな寺院が飛び込んできた。まだできて間もないのか、建物全体が小綺麗見えて古臭さなど微塵も感じられなかった。
「へぇ、立派な寺ですね。」
三郎はボソッとつぶやいた。
「なんだい?三郎殿は初めてかい?」
風間は三郎のつぶやきを聞き逃さなかった。
「ここはね、玉宝寺っていって、一、二年くらい前にできたばかりの寺だよ。北条の家臣であるお侍さんが建てたのさ。」
そういうと、風間はすたすたと境内の中へ入っていった。
お参りでもするのか?。何も聞かされていない三郎は風間の後を追うしかなかった。
風間が歩みを進める先に僧の姿が見えた。すると風間はくるりと体の向きを変え、後からついてきた三郎に向き直った。
「おっと・・・」
風間が急に振り返るものなので、三郎は風間とぶつかりそうになり、慌てて歩みを止めた。
「あぁ三郎殿。今日人と会うってのはここの寺でね。住職に言って部屋を貸してもらえることになっているんだ。」
風間は三郎に事情を説明しだした。だが肝心のだれと会うというのは語らずのままだ。
「ちょいと住職に挨拶してくるよ。ひょっとしらた相手も来ているかもしれないしね。三郎殿はとりあえず、境内のどっかで時間でもつぶしててもらえるかい?」
なんだ、同行の行程はここまでか・・・。と、そんなことを思いながら、三郎は呆けた表情を見せた。
「なんなら寺の人に頼んで、白湯でも出してもらうように頼んでおくよ。さすがに寺で酒ってわけにもいかんだろうし。」
風間は三郎の表情など気にも留めず、へらへらと笑いながら言った。
「ってなわけで、寺の人が呼びに来るまで、そこいらで待っててくれないかい?」
「・・・はぁ。」
三郎は気のない返事をした。
「三郎殿、依頼はまだ半分も終わってないんだよ!帰りの護衛も兼ねてんだから。報酬は全部終わった後に渡すからさ。」
そういうと、風間は寺院の奥へ消えていった。
さていかに時間をつぶすか・・・。三郎はふらふらと境内の中をうろつき始めた。刀差しの牢人が日の傾きかけた寺院の中をうろうろするなど、はたから見たら異様な光景とも見える。
三郎は境内の中央あたりで立ち止まると、本堂の屋根越しに見える赤く染まりだした空を眺めた。日が落ちてくると、まだまだ肌寒い時期でもある。
白湯をくれるって話、いつ呼びに来るのだろう・・・。そんなこともふと思いながら、三郎はぼんやり佇んでいた。
すると、三郎は背後からの足音に反応して振り返った。
だれか来る・・・。
三郎は足音のした方向に目をやると、一人の男がこちらに向かってきていた。それは、身ぎれいな格好をして刀を差した侍だった。
三郎は本堂へ続く境内の真ん中あたりに居たので、すっとその侍に道を譲った。
侍は三郎に目もくれずまっすぐと本堂のほうへ歩みを進めたかと思うと、三郎の数歩先で立ち止まった。
「そこの者、お主は牢人か?」
立ち止まった侍が顔だけ横に向けて、後ろに目をやるように三郎に話しかけてきた。声の感じからするとまだ若い。背丈も三郎ほど高くなく、おそらく年のころも三郎と変わらないのではないかと思われた。
三郎はその侍の姿を捉えて、無言のまま目線を合わせた。すると無言の三郎の反応を待つことなく、侍は言葉をつづけた。
「この寺は北条が家臣、垪和伊予守様が建立された。施しをもらいに来たのか、宿を求めに来たのかは知らんが、ここはそのような寺ではない。特に用がないのであれば立ち去るがよい。」
北条の家臣かその関係者か。三郎はとっさに判断した。
風間の同行できている手前、面倒ごとは避けなければならない。見た目にはぼろをまとった牢人である。三郎が侍から警戒されるのは仕方がないことでもあった。
「連れがこの寺に用事がありまして。その者を待っているだけでございます。」
三郎は手短に答えた。
「・・・・左様か。用が済み次第立ち去るがよい。」
侍はそう言うと、三郎から目を切り本堂のほうへ歩いて行った。
用が済むかどうかは、俺ではわからんのだがなぁ・・・。
侍の言葉に腹を立てるでもなく、三郎はぼんやりとその姿を見送った。
それから四半刻と経たずして、寺の僧が三郎のことを呼びに来た。中で風間が自分のことを読んでいるのだという。
用事は終わったのだろうか?
そんなことを考えながら、三郎は呼びに来た僧の後をついていった。
庫裏の近くにある部屋の前まで来たところで僧は部屋の中に声をかけ、三郎の到着を告げた。
「おうおう三郎殿、入ってきてくれな。」
すっと障子が開いたかと思うと、中から風間の声が聞こえた。目線をやると風間とほかに二人の人間が確認できた。
三郎は廊下の前に膝をついて座ると、すっと頭を垂れ部屋の中へ入った。部屋を見回すと二人のうちの一人は、先ほど境内で声をかけてきた侍であった。
彼は部屋の横に控えるような形で座っており、下座に風間が座っていた。そして、部屋の中心から上座のところにもう一人の男が座っていた。
三十代と見られる精悍な顔つきに、落ち着いたたたずまい。着ているものも整っている。おそらくそれなりの侍なのだろうと見受けられた。
風間が三郎のことを侍たちへ紹介した。
「こちら三郎と申しまして、私がここへの道中の用心棒にと雇った者でして、たびたび私の仕事の手伝いをしてくれております。」
「ほう、左様か。風間殿の仕事をこなしているとは、なかなかの者でござるな。」
上座に座る侍が答えた。
風間がちらりを三郎に目線を送ったので、意を察して三郎は侍に名乗った。
「下野が牢人、小山三郎と申します。」
三郎は正座の状態から頭を下げて名乗った。
「ほう。下野の小山殿か・・・。」
侍は何かを察したように目を細めたが、それ以上は何も語らなかった。
軽く名乗った三郎は、そのまま風間の姿を見つめた。少しの瞬間、無言の間があったかと思うと、風間が上座とその横に控える侍二人のことを紹介した。
「こちらは北条が家臣の多米周防守様と、そのご嫡男の元忠様にございます。」
タメ?多目?・・・多米?。
はて、どこかで聞いたような。
三郎はなんとなく聞き覚えのある姓を耳にし、記憶の中を探った。
「すると、風間殿はこの小山殿に仕事を頼むつもりで?」
多米周防守と紹介された侍が風間に聞いた。
何の話だ?
三郎は自分の知らないところで、何かの話が進んでいるのだと察した。
「へぇ。そのつもりでして。」
風間がにやりと口角を挙げて答えた。侍に対してその不気味なにやけ顔は逆効果ではないかと、三郎は一瞬思ってしまった。
「見ればまだ若いように思えるが、小山殿はおいくつかな?」
多米周防守が三郎に向けて質問をしてきた。
「・・・十八にございます。」
三郎は小さく答えた。
「なんと、元忠と同じくらいではないか。のう?元忠?」
多米周防守は、三郎の答えに思いのほか驚いた反応を見せた。
「は、同い年にございます。」
横に控える息子の元忠が答えた。
元忠は三郎の顔を見るや否や、なにか勝ち誇ったような目線を送った。おそらくは同い年とはいえ、自分とは格が違うのだということを考えているのだろう。明らかに三郎のことを下に見た目線だった。
だが、残念ながら三郎はそんな目線や勝ち誇った相手の表情など気にも留めていなかった。そもそも大名の庶子として生まれたが、すぐさま御家は無くなり、一度も侍らしい待遇など受けたこともなかった。いわゆる三郎は侍としての誇りなどを持ち合わせていなかったのだ。ただの一点、自身の才覚を世の中で試してみたいという欲しか持っていないのだ。
「ふむ、十八とは思えぬ、何とも言えぬ貫禄というか、雰囲気をまとった御仁ですな。」
多米周防守は風間に向けて話しかけた。風間はにやりと笑ってうなずくだけだった。
その光景を見て、突然三郎はハッとした表情になった。記憶の中にあった名前と目の前の人物が合致したのだ。
多米・・・。思い出した。北条の前身である伊勢家古参の重臣じゃないか。しまった、もう少し身なりを気にしたほうがよかったかもしれない・・・。
北条の右腕とも呼ばれる重臣を目の前にして、三郎は今更どうにもならないことを気にするのであった。
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