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坂東の牢人  作者: 神鳥谷燕九郎


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第六話 隻眼の牢人

無断転載を禁止します。




この話の登場人物




小山三郎義政:下野国(現在の栃木県)の牢人。駿河の三島から藤枝を目指す道中にいる。


山本勘助:駿河に住む隻眼の牢人。三郎とは旧知の仲。

 翌朝、三郎は北条一行から離れた。一行はこのまま今川の駿河の館へ向かうが、三郎は沼津から海路で藤枝を目指すこととした。

 まずは船の手配をしなければならない。風間の者の手が回っているなら話は早いのだか、そうでないと港で足止めを食らう可能性もある。

 

 港へ向かう途中、反対方向から来た商人風情の男が、三郎の姿に気づくと道の端に寄って頭を下げていた。ちょうどいい、その男に港までの道を尋ねた。

 「失礼、ちと尋ねたいのだが、沼津港から清水ほうにいく船は出ておるかな?」

 話しかけられた男は、顔を少し上げ三郎の姿を見た。

 「これはお侍様。このままいけば港のほうに出られます。何かあったんですかい?港のほうへ向かう今川のお侍さん方がいましたが・・・。」

 男は三郎の姿を見て、今川の侍とでも思ったのだろうか。

 「さてわしは何も聞いておらぬがな。」

 三郎は男の勘違いを否定せず、そのまま受け答えをした。

 「あわただしい様子でしたんで、何かあったんじゃないかと思いましてね。」

 「左様か。うむ、移動ついでに様子を見てみるとするか。かたじない。」

 男の懸念に関して何か語ることはせず、三郎は短めの礼だけ述べて男のもとを離れた。男は三郎の背中に向かって会釈をしているようだった。


 海に近づくにつれ人の往来も増えてきた。すると、進む先のほうで人だかりができている。今川方の侍が向かったと聞いたので、三郎は様子をうかがうことにした。北条の一行と離れたとはいえ、今川方に怪しまれるのはよろしくないと思った。

 ひとだかりの背に隠れるように歩み、人だかりのほうを覗き見ると、たしかに今川方の兵が十数人ばかり集まっていた。

 「一体何ごとでございますか。私めどもが何をしたと!?」

 兵に囲まれ身動きが取れなくなっている商人らがそこにいた。そして、そのうちの一人が声高に叫んでいた。

 「つべこべ言わず、われらに従うのだ。昨日館にて買い上げた品について問いただしたいことがあるとのことだ。おとなしくせい。」

 兵の中で一番偉いと思われる侍が答えた。

 「問いただすとは・・・一体どういう意味で?」

 商人の男は食い下がっている。

 「詳しくはわれらも聞いておらぬ。上からの命だ。従ってもらおう。」


 三郎は、一連のやり取りを人影からのぞき見していた。商人の一行が今川の兵に連れていかれるようだが、詳しいことは見て取ることができなかった。

 「ふむ、こりゃ今川の館でなにかあったかな?」

 三郎の肩越しで、ぼそりとつぶやく声が聞こえた。聞いたことのある声だとすぐに分かった。

 声の方向を見やると、ぼろを纏った牢人が三郎と同じように、人だかりのほうを眺めていた。三郎より年は離れているようで、顔にはしわが浮いている。無精ひげも伸びきっており、髷姿も長髪を後ろで結んでいる程度だった。そしてその風貌の特徴として特筆すべきが、その牢人の顔にあった。ぼろ布で左目を隠すように結んで隻眼姿であった。

 隻眼の牢人は三郎のほうに目線をやると、あご先で後ろのほうを指し、この場を離れるような意思表示をした。そして、腕を組み片方の手で無精ひげを触りながら、静かに人だかりから距離を取った。

 三郎もその姿を目にとらえたまま、隻眼の牢人の後をついて歩いた。


 すこし離れた建物の物陰まで来ると、隻眼の牢人は三郎へ向き直った。

 「おう三郎。妙なところで出くわしたのう。またつまらん使い走りでもしておるのか?」

 隻眼の牢人は不気味な笑みを浮かべながら三郎に尋ねた。

 「つまらんとはひどい言い草ですな山本殿。」

 三郎は隻眼の牢人の名を出し言い返した。言い返す言葉には男に対する親しみのような雰囲気が交っていた。

 

 山本勘助。この隻眼の牢人の男の名である。

 三郎と山本勘助の付き合いは長かった。三郎がまだ寺の預かりである子供のころに、足利学校に出入りしていたのが山本勘助だった。三郎も寺の手伝いがてら、隠れて足利学校の書籍を盗み読んでいたのだが、山本勘助はそのときの協力者といったところだった。

 年は一回り以上も離れているが、三郎に書籍を貸し読ませたり、一連の手引きをしてくれた一人が山本勘助だった。三郎自身も当時子供だった故に、足利学校側も多めに見ていたところもあったのだが。

 一方で山本勘助は身寄りもなく後ろ盾もなかったため、つねに食い詰めていた。三郎は寺の手伝いしながら、供物の一部の食べ物をかすめ取っては山本勘助に与えていたのだった。

 以来、この年の離れた男たちには絆が生まれており、互いが仕官を目指して離れ離れになった後も、妙なところで出くわしたり、三郎の頼まれごとを手伝うこともあった。

 

 「三郎ぉ・・・。お主、小綺麗な格好をしておるなぁ。羽振りでもよくなったのか?」

 山本は相変わらずニヤニヤと笑いながら無精ひげを撫でまわしていた。

 「そうではござらん。山本殿の言う、つまらん仕事とやらです。」

 親しい人間とはいえ、仕事の中身を話すわけにはいかなかった。

 「ほうほう、そうかそうか・・・。いつもの相模の商人の仕事となると・・・北条がらみかな?」

 山本は三郎の表情を観察していた。三郎は何も答えなかった。

 「その恰好を見るに今川にでも行くところだったのだろうが・・・駿河とは方向が違うのう・・・。」

 

 山本勘助も三郎と同様に、大名へ仕官を目指す人間だった。しかも己の才能を高く評価して「軍配者」として雇ってくれるところを求めていた。故に頭も切れるし勘も鋭かった。


 「三郎よぉ、お主さえよければ、手伝ってやらんこともないぞ・・・。」

 山本は三郎に詰め寄った。親しいとはいえ、協力を仰ぐことは憚られた。この山本勘助という男は何かと首を突っ込みたい性格の男でもあったのだ。

 三郎は何も言わず顔をしかめ、明らかに断りの表情を浮かべた。が、山本はそんなことを意に介せず、言葉をつづけた。

 「あの騒ぎを見るに今川の館で何かあったんだろうよ。面白そうとは思わんか?」

 「某は興でやっているわけではござらん。」

 「嘘を申すな。亡くなった主家の再興をするわけでもないのに、立身出世を目指して牢人をしておるお主にとって、厄介事などは名を売る好機ではないか。」

 「・・・・・。」

 三郎は答えなかった。当たらずとも遠からずであった。

 「な?わしも一枚かませろ。な?な?」

 山本は食い下がってきた。

 

 三郎は深いため息をついた。きっと断ってもついてくるのだろう・・・そんな気がしてならなかった。

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