#429
昔から夜というのは、何かと暗い場所でしか生きられない連中が出てくる不吉な時間帯である。特に今向かう場所などは都市と違い、街灯の明かりすら一切ないくらい場所。とにかく街灯がなく真っ暗。一寸先は闇とはよく表現したモノである。おまけに月も新月の日となると中々頭痛になり、現に鉄道管理局の面白いデータに新月の日は貨物の取扱量が減るという話もある。
「今日は見上げる月も無いか…」
休憩中の客室から窓の外を見たスフェーンが一言呟くと、その反対でベッドで横になって鉄道雑貨を読むサダミが返す。
「襲撃の警戒?」
「そうね。新月だとカメラの写りも悪くなるから自然と襲ってくるでしょう?」
「まあ、指名手配に誰だってなりたくは無いわね」
姿と色がわかる写真、もしくは機体の型番の映し出された写真があれば簡単に指名手配写真となる。少なくともそうなれば賞金稼ぎが狙いに行く。国家警察と国連軍は協力関係にあることが基本であり、指名手配犯の賞金設定も予め取り決められたルールに沿って行われる。
「賞金首もピンキリだが…」
「どうする?賞金稼ぎにでも転向する?」
「勘弁。安定した収入があるのになんでそんな危険を犯す?」
何を言うかと言う視線を向けて彼女は読んでいた雑誌を畳む。
「少なくとも不安定な収入源は勘弁」
「傭兵してたのに?」
「だからこそだ」
彼女はそう言うと自分の武器の短機関銃の分解を行う。
現在、シャコー帽に肋骨服に白いパンツに長い革靴と言う、なかなか見ない格好をさせられている二人。まるで教科書に出てくるような格好をする二人は、上が草色である為に燕尾服やメイド服を纏う従者やケピ帽を被る臙脂色の制服のベルボーイとも違う格好をしていた。
「これならベルボーイと同じケピ帽で統一して欲しかったわね」
「明らかに護衛の兵士と間違われる格好よ。これじゃあ」
猫耳に専用のインカムを付けてサダミは言うと、スフェーンも持ち込んだ対戦車ライフルを手に取る。足元に置かれたそれを見た時、ふとピカピカに磨かれた茶色い革靴が目に入る。新品なのでいまいち硬い印象があるが、足にピッタリとハマっている事に気がつく。
「…あれ?いつのまにか足の大きさ測った?」
「さあ?私のもピッタリハマるサイズだ」
サダミもそう言い、広げたタオルの上で短機関銃を分解し終えて銃身の清掃を行ってから組み立て直す。
「「…」」
そして二人はその手が一瞬止まり、この靴が意味することを察して同時に口に出した。
「「後でどうシバこうか」」
その瞬間、ジョンは背筋にいい知れない冷たいモノが迸った。
「…嫌な予感がする」
「どうせ二人に渡した制服のサイズ勝手に目測したのがバレたんでしょ」
その隣でユウナはわかりきった様子で出てきたブランデーを傾けた。
「まあ、今殺すのはまずいから…」
「証人が多すぎる。始末するなら、終わった後に回送をした時でいいだろう」
そこで最後のパーツを組み立てて二人はそれぞれ持ち込んだ銃器の整備や確認を行っていると、客室の扉がノックされた。
『飯豊様はおりますか?』
「はいは〜い」
何の用だろうかと思いながらスフェーンは扉を開けると、燕尾服を着た執事が立っていた。
「何でしょうか?」
珍しい呼び出しだなと内心で思っていると執事は少し強張った表情を見せた。
「お時間はございますか?」
「?ええ、戦闘にならなければ」
そこで執事から聞かれたことは単純であった。
「何か面白いデザート…ですか」
「生憎、私どもの料理人は結論が出ず…」
「なるほど…」
デザートと聞き、スフェーンは少し考える。
「どうした?」
「デザートに困っているんだって」
すると後ろから話しかけられたのでスフェーンが答えると、それを聞いたサダミは首を傾げた。
「なんで?予め決めていたんじゃないの?」
「料理人が変えたがっているんだって」
「えぇ…」
まさかな理由に引き気味に苦笑してしまう。流石に…と言うべきなのか、サプライズにしてはタチが悪くないのかと聞いてしまう。
「やっていいの?メニュー変更なんて」
事前に提供される料理は公表されており、その通りに料理は提供されていた。
「最後にお出しするので問題ありません」
執事はそう言い、予め準備されたことを前提に答えた。
「カフェを商うお二人であれはどうかと相談に伺った次第です」
「と言っても相手はお金持ちばかりでしょ?どうだろうかねぇ…」
スフェーンはそう言い、少し難しい顔をして今回のパーティーの参加者を振り返る。少なくとも名簿の中には見覚えのある店の常連客も乗り込んでおり、『あの人、そんなに偉かったんだ』と二人で目を丸くしたのは最近のことである。
「ここはいっその事、一気に庶民的と言う線で行きません?」
「…と言うと?」
振り返ったスフェーンにサダミは少し自信のある笑みを見せた。
展望室で行われていくパーティーでは、次々と参加者たちは料理に舌鼓を打ちつつも、新しい商談や個々の相談をジョン達に行っていた。
「もうそろそろ終わりですな」
「ええ、少々後ろ髪が引かれる思いです」
事前に公表されていた料理の手順は見ていたので、口々に彼らはそんなことを言う。ここには貴族や政治家、商社の役員などの高い身分が集まっており、そんな中でも飛び抜けて年功序列が最も高いのが主催者夫妻である。
天才と認められたジョンは多くの権力者や実業家からも相談に乗ってくれと頼まれてきたことでコンサルの能力も付いていた。
「では、この事業は失敗すると?」
「いえいえ、この事業は素晴らしいですが、少々数字に違和感があります」
「なるほど。すぐに調査を行います」
その隣のコンパートメント客車では、ジョンが相談に来たとある役員とそんな話をしていると、部屋がノックされた。
「誰かな?」
『御当主様、お夜食の方をお持ちしました』
「…入ってくれ」
三回ノックで答えると、すぐに扉が開いて燕尾服を着た執事が現れる。
「お夜食?」
「はい。コックのご厚意で」
「貰おう」
ジョンは答えると、執事は陶器に用意された団子を提供する。
「これは?」
「醤油団子でございます」
「…」
それは茶色に輝く色の団子。綺麗な焦げ目を醤油が光を反射するほど丁寧にコーティングされていた。
「会場のお客様にもお配りしております」
「分かった」
すると執事は一礼をして客室を後にした。ジョンは醤油団子を前に誰が提案して作ったのかをあらかた察し、提供された団子に商社マンは少し怪訝な表情を見せた。
「団子ですか…」
「ええ、昔を思い出すメニューですな」
羨望室では一人一本ずつの醤油団子が招待客に提供されていた。
「みたらしではありませんのね」
「みたらし団子は砂糖醤油の餡を掛けますが、こちらは焼き上げた団子に醤油のみを絡めた一品でございます」
垂れる心配もないと提供したメイドが語ると、珍しい、あるいは童心を思い出させると言ったような雰囲気で参加者達は団子を食べる。
「んん、懐かしい味だ」
「ええ、子供の頃に近くの駄菓子屋で売っていたのを思い出しますな」
「あら、思っていた以上に甘い下味ね」
「中々、こういう歳になっては食べられない味で懐かしいわね」
丁寧に焦げ目がつけられており、火の使えない列車でどうやって付けたのかが気になるところであったが、参加者達の中の一人がふと思った。
「(似ている…あの味に)」
その役員はその団子の味付けや焼き上げ方に身に覚えがあった。
場所はオフィス街と住宅街の境目あたりの路地の奥。暖簾と提灯以外に看板すら出さない特徴的な喫茶店あるいはカフェというべきか。
美しい日本庭園を見ながら店内で香る珈琲や茶葉の香りは行きつけの店の特徴である。
思わず気になって少し小声で近くにいたメイドに質問をした。
「失礼、この団子はどなたがお作りに?」
「申し訳ございません。私どもにも知らされておりませんのでお答えできかねます」
「…分かりました」
それ自体が解答だなと直感的にその男性は感じた。長年通っているからわかるこの丁寧な作り込み。知っている団子の大きさと団子の弾力、満遍なく付けられたこげめの多い焼き加減。まず間違いないと断定できた。
「(後でオッペンハイマー伯に聞いてみるか)」
そう思った彼は慣れ親しんだ味付けの団子に意外な発見があったと内心で喜びを見せていた。
「うまく行ったようで何より」
「おかげで助かりました」
食堂車の厨房でスフェーン達は満足そうな笑みを見せる。そして反対では安堵した様子の料理人が二人に頭を下げる。
「まあ普段店で出している団子なんだけど」
「ですが評判がよろしかったです。良い広告になったはずでは?」
そこで執事が質問をしてくると、カウンターに肘を立てたスフェーンが答える。
「生憎、宣伝はしない趣味でね」
そしてチラッとサダミを一瞥すると、彼女は言った。
「一見さんお断りじゃないだけマシだと思わない?」
「いっそ会員制にしちまえよ」
「それにするほど雇えない」
キッパリと彼女はいうと『歪んだ経営方針だよ』とスフェーンが突っ込んだ。その手元では先ほど提供した団子の余りがあった。
「で、何を作っているの?」
「ちょっとした慰問料理」
端的に彼女は答えると、慣れた手付きで熱々の白玉粉を丸く固めて沸騰した湯の中に投入していく。元々こう言った甘味を専門に扱っていたので、その手捌きには執事もさすがだと感心するほどであった。
「スフェ」
「はいはい。かんざらしね」
サダミが作ろうとしたものを長年の経験から察して彼女は料理人に材料を聞いて鍋に薄口醤油や砂糖、塩やざらめを投入して火にかける。
「かんざらしとは?」
「白玉粉の別名だったりするけど、今回は料理の名前」
彼女はそう答え、綺麗なガラスの小さな容器に冷水でしっかりと芯まで締めた白玉を投入する。そしてその上から軽く煮込んで冷やしたシロップをかけていく。
「これ、みんなに配ってきて」
「かしこまりました」
そしてデザートを受け取り、執事は頷いてトレーを運んでいく。
「甘いものは疲れた時に聞くからね〜」
「下手な麻薬よりも効果があると思われ」
「それな〜」
絶妙に理解できる例えを持ち出されて頷くスフェーンだった。




