#428
駅から出発をした列車は、そのまま北部に向かう幹線に入る。
「今日、ネフィリム走る?」
『付近で走行する予定はありません』
軽くスフェーンはルシエルに確認をとってから周囲の状況を確認する。
複々線専用の列車であるそれは、走るだけで凄まじい振動と轟音を伴っているので、並走をすることは運転士の間ではかなり嫌われていた。
この大陸では鉄道管理局保有の民間用ネフィリムが運用されている。まあ、民間用と言っても自衛用装備にエーテル・カノンや対空砲が装備されているので襲撃=自殺である。
「ごめん、ちょっと交代して」
「了解」
スフェーンが言うと、サダミは少し頷いて助手席のタブレットで即席の運転台を展開すると、列車の操縦権を受け取る。
「ルシエル、ドローン借りるよ」
『分かりました』
そこでルシエルは頷くと、すぐにスフェーンの被る軍用ゴーグルに射出機に載せられた軍用ドローンのガンカメラが網膜に直接投影される。既にこの軍用ゴーグルは会社が買収により消滅し、型番がカタログから消えて久しい一品。
既に中身はスフェーンが損耗をしたパーツから交換を行い、長年の疲労から中身は補強とパーツ代替を兼ねたエーテルの結晶体が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、常人が使えば脳が焼き切れるほど一気に情報と接続できる仕様である。
「カタパルト電源よーし」
『射出します』
直後、一号車の天井のレールを伝って軍用ドローンが発射される。
軍用の自衛用装備まで備えた優れものは使い切り型の6.5mm機関銃を備えており、ガンカメラで熱源を探知した瞬間に報告も入れてくれる優れものである。ドローン飛行禁止区画を出た瞬間にそれは射出された。
「どう?」
「流石の軍事品。アホみたいに描画いいわ」
そう言い、軍事品の偵察ドローンに舌を巻きながらガンカメラの映像を確認する。三六〇度の全天型のカメラは上空も地上も探知可能である。下を見れば複々線の幹線を走る列車が線のように見えた。
「機銃の試射するわよ」
「了解」
ドローンをやや旋回させ、一面に荒野の土景色が広がる環境を見ながらドローンに搭載されている機関銃を発射する。
銃身や機関部を安価だが、耐久性に欠けるセラミック合金などで設計された機関銃だが、自衛用としては十分な火力を有している。
「ん、問題なし」
「無駄撃ちはやめてよ?」
「もちろん」
ゴーグルを使って操縦を行なったスフェーンはそう答えると、そこで操縦権を再びルシエルに戻した後に彼女は運転室を離れる。
「流石に真昼間から襲撃はしないだろうけど…」
「路線上の襲撃に昼も夜もあるまい」
サダミはそう言い、運転席の窓の外から草方格が敷き詰められた荒野を見る。昔ながらの伝統的な緑化方法で、おそらくここに植林事業主が材木となる木材を植えに来るのだろう。
「山岳区間に入ったら視界が悪くなる」
「スイッチバック区間もループ線もある単線だから、まあ襲うならここら辺じゃない?」
炭水車で武装の確認を行うスフェーンがそう答える。今回は合造車を預けてきた影響で、持ってきた火器は限られていた。
「交代はどうする?」
「最悪、自動運転でいいでしょう。そろそろ良いんじゃない?」
「…まあ、緊急停止案件の時はご理解とご協力をしてもらいますか」
そこでサダミも運転室を離れ、自動運転に切り替えると、二人は連結した格納庫に入る。
「しかし、客車に偽装した格納庫など怒られるんじゃないの?」
「一応、貨車の上にポン付けしたって言う体らしいわよ?」
二階建て客車に見立てた格納庫は狭く、後ろに移動するためには直立待機中のオートマトンの足元を歩く必要があった。
かつて『戦時鉄道条約』と呼ばれたそれは、今は『鉄道の軍事利用に関する条約』と名を変えた国際条約により、国連軍以外の武装組織が軍需品を輸送する際は外部から見える。或いは分かりやすいように運送する必要があった。
あくまでも鉄道路線と、それに付随する関連施設はトラオムの共有財産の一つとして数えられ、国際的に管理されており、鉄道管理局が徴収する線路使用料は国連の重要な収入源の一つであった。国連軍の昔からある税収は軍警察からの移管の際の取り決めで一切使えなかった。
「それ、拘束事項に抵触しない?」
そしてこの条約、色々と曖昧な条文にしており、拘束対象を限定させないようにしているので、下手をするとこの客車偽装型の格納庫は拘束対象であった。
「まあ景観に配慮したって事で、捕まったらその時はジョンが事情聴取よ」
そしてこの条約違反で拘束をされた場合、拘束対象は車両の持ち主となる。なのでスフェーン達が逮捕されることはなかった。
「だとしても、せめて外装くらいは貨物風にしても良かったと思うが…」
そんな事を言いながら二号車のドアを開けると、中は静かな空間が広がっている。二号車は列車に常駐する侍従達の宿泊車両であり、二階建ての客室が連なっていた。
「誰もいない…」
「最後尾の食事会に連れてかれているんでしょ」
静かで誰もいない雰囲気の客室にスフェーンは勝手な推測をすると、自分たちに割り当てられた部屋に座った。
その頃、ジョンは最後尾の展望室に立っていた。
「今日はお集まりいただいて、主催としても嬉しい限りです」
壁側にのみ配置された豪華なソファは刺繍の施された布張りで、部屋中に装飾が施されている。
「さあどうぞ。まずは簡単なものばかりですが、軽食を用意いたしました」
一両丸ごと展望車であり、そこに招待客は集められていた。皆、国立の研究所に投資を行う企業の役員や投資家であった。
ジョンが名誉所長を務めるこの研究所は国立の名の通り税金を使って研究を行う公的機関である。しかしいつの時代もそうだが、研究というのは高度化すればするほど費用が嵩張る。その為、その年の税収に見合った研究費が与えられるので、毎年支給される額は異なる。また政治的な事情によって費用に変更が加えられる為、民間への研究結果の公表を条件に出資を募っての研究が法律で認められ、国内外の有能な頭脳が集まる為に多くの貴族や投資家、企業は資金提供を行なった。
「(まあ、これも仕事の内か…)」
本来ならこう言う仕事はそう言うのが得意な人間にさせたいものであるが、何せ自分の名前というのは時に威圧をする上でも使える手札であるので、結局のところこうした御機嫌取りは自分が買って出た方が楽であった。
そして彼の言葉を合図に侍従達はワゴンを持ってきて簡単な立食形式の食事を渡していく。
「(流石に昼間から強い物は出してこないか…)」
グラスに注がれた炭酸水を見て招待客の一人はそう思った。あくまでもこのパーティーは親睦会に近く、日頃の出資にジョンが好意で行なった会であるということで行われている。
「(だが、商談の種はばら撒かれているな)」
ふとそこで周りを見るだけでも政財界に詳しい面々が揃っており、次の教育大臣とも目される議員も参加していた。
「では皆さん。ゆっくりとした時間をお過ごしください」
そう締めくくると、その音頭をとったことで参加者達は一斉に談笑を始める。
「お久しぶりです」
「ああ、これはこれは」
やや態とらしく彼らは話し合いながら次の商売のヒントや儲け話などの相談などを行う中、ジョンは展望車後部のバーの一席に座る。
「お疲れ」
「ああ、全くもってそうだ」
先では先にユウナが座っており、バーテンダーがジョンの為にミルクセーキを用意する。
「スフェノスを呼んでくれるか?」
「駄目ですよ?まだ二人は仕事中かと」
「そろそろ自動運転にでも切り替えているはずだろう。あの移植したシステムは旧暦の優秀な自律プログラムを内包している」
そう言う彼の脳裏には、破壊され、本体を捨てることとなったあの頃が脳裏を過ぎる。それももう今となっては昔の話となってしまったが、当時は鉄道車両の整備工として、スフェーンの知り合いであると言う感染者の女性の建物を借りて生活をしていた頃の話だ。不老の手術を興味本位で受けた事には今でも苦笑せざるを得ないが…。
まあ、その際に機関部を破壊して帰ってきたスフェーン達のために新しいシャーシとボディを注文した。
「(まあ、あれも違和感ではあったのだが…)」
ジョンはそこでスフェーンが乗っていたあの貨物列車に疑問がいくつか浮かんだ。
まずは機関部。あの車両であれば、本来であればマイクロ波給電型の動力が使われていそうなところ、あの列車は小型のエーテル機関を搭載していた。ただし、エンジンの構造自体は試作で終わった燃費の悪いエンジンであることはネクィラムの保有していた大災害以前の技術データから判明している。
次に車体。あの車両に使われていたシャーシは、長い間放置をされていたにもかかわらず亀裂の有無は確認できなかった。しかしあの機関部を破壊された時、あの時シャーシには幾つもの傷を確認した。原因は金属疲労によるもの。さして時間をおいてオーバーホールされたわけでもないにも関わらず、多数の数が破壊された機関部以外からも確認された。
最後に運転システム。いくらかスフェーンによる調整が加えられているとはいえ、技術レベルが大災害以降に衰退した今では使う言語も違うはずだと言うのに、あの列車の走行システムは全く違うシステムでありながら、運輸管理局のシステムに沿って稼働している。
「(大災害以前のモノで朽ちることがあるのが意外だが、問題はタイミングだな…)」
少なくとも機関部とは一切関係のない場所でも一気に腐食が進んだ事に違和感を覚えていた。自分はエーテル機関に関する研究も行っていた技術畑でもあったので、その方に造作があった。…正直、不老者の研究の基礎はネクィラムが生前に大量に残していた資料から作り上げたモノであり、その資料もスフェーンの体液を採取して得られたモノであると言う。
「彼女は名前が多くて敵わんな…」
「それ、思い切り自分に帰ってきているのよ?」
ジョンの呟きに呆れた目線を隣の妻は送ってきたので、彼は軽く首を横に振って忘れるようにバーテンダーにカクテルを注文した。




