#427
今回のパーティーの主催者であるジョン・ルートヴィヒ・オッペンハイマー。彼は一千年以上を生きる、生きた歴史書でもある。暗暦の末期からその名を残すその御仁は、不老者としても最長寿の部類に入る人間であった。
「…」
その日、招待された客の一人は王国に本社を構えるとある企業から派遣された男であった。
「緊張しているのか?」
するとその隣を軽く肩を叩いて話しかけるのは少し年上の上司だ。今回のパーティーに参加する。
「ええ…相手はあの賢人ですよ?」
「はははっ、まあ名前を聞いて緊張はしないか…」
すると上司は理解した様子で数回頷くと、付き添いの新人に言う。
「安心しろ。そこまで思っている以上に気さくなお方だ」
「そ、そうなんですか?」
入社以降教えてもらった側の人間であるが、そんな人物から言われてもやや不安が勝る。指定された集合場所は国内線用のホームで、貴族が使用するラウンジと直結している場所である。
「流石に貴族様だ。俺たちみたいな商人は滅多に来れないぞ」
「…」
そう言われ、思わず男は周りを見回して上司の言ったことを反芻する。
「貴族専用…」
響として最高の言葉である。少なくとも立憲君主制国家であるこの国では当たり前であるが、王族や貴族がいる。
この国での貴族というのは地方行政官としての色合いが強く、行政に関する専門家という色合いが強い。軍権は国の元に収められ、その為王宮事変を最後に積極的中立国として平穏を謳歌している。
「…」
貴族専用のプラットホームはまず床が最高級の天然の大理石で埋められ、歩く場所に必ず速乾性の絨毯が敷かれて足音すらさせない。下のホームではあった広告や喧騒が一切ない静寂な空間が広がっている。
柱の彫刻や天井から吊るされるシャンデリアは光を反射するほどよく磨かれ、新古典主義建築を彷彿とさせる構造がそこにあった。
「ここだと、ホームドアが設置されているな」
「え?」
すると横で上司がそう言ったので、首を傾げて隣を見た。
「普通、貴族専用のホームは使う人間が限られている上にホームから落ちる危険性のある人なんていないから普通は設置されていない。景観も悪くなるから多くの貴族専用プラットホームではホームドアは設置されていないのさ」
「…なるほど」
その事情を知り、男は貴族の住む世界が、自分の知っているもの乖離があると感じた瞬間であった。しかしその理由も察せてしまえた。
待合室も兼ねているグレートホールと呼ばれる場所には、貴族以外でここを使用する乗客…要は貴族に招待された人々が屯していた。
「首が痛くなるほど高いですね」
「ああ、貴族は専用のラウンジを使うからここにはいないがな」
「流石ですね…」
どこか生き方がまず違うような気がする感覚を感じながら荷物のスーツケースを引っ張ってプラットホームに出る。
ついでに言うと、ここを発着する列車は予め乗客達は自分たちで時間を決めているので時刻表がない。列車の乗車を促すアナウンスもない為、普段騒がしい場所がまるで開演前の劇場のような静かさと壮大さがあった。
「四八番線は…」
「ここですね」
そんな貴族専用の階層のプラットホームには、今日もジョイフルトレインが発着を行っていた。この駅は北部方面に向かう路線を担当しているので、場所から北部を周遊するのだと察していた。
「あれか」
そしてエスカレーターを降りると、そこには一本の列車がすでに待機をしていた。
「流石だ。こんなジョイフルトレインを持っているとは」
「二階建て客車も連結されてますよ」
ホームに停車していた列車を見て男はその内容に目を丸くする。少なくとも一〇両はある個人所有の列車に驚きの表情を浮かべてしまう。
列車の中央あたりでは観音開きの特別客車の前でメイド達が待機をして招待客達を案内していた。
「招待状を」
そう言われ上司が招待状を見せると、従者達はその招待状を確認して本物であるということを確認すると、現れたベルボーイが荷物を持って列車の中に案内する。
「お久しぶりです」
「これはこれはオッペンハイマー伯」
すると列車に乗り込んだ先でジョンが待っており、その姿を見た上司が挨拶を交わした。隣には彼の妻のユウナ夫人が立っており、同じように会釈を行なってから二人は客車の方に向かう。
「流石ですね」
「ああ、内装も金をかけているよ」
そう言い、床に敷き詰められた赤い絨毯やレトロな目に優しい明るさを持ったランプなど、旧暦の時代を彷彿とさせるような余裕さを感じさせる。
内装にはチークを用いた壁が使用され、深い色が全体的に車内を薄暗くしていた。
「でも先頭に装甲車ですよ?」
「当然だ。他にも招待客はいるんだからな」
上司はそこで先ほどの対応を行なったメイドや目の前を荷物を持って歩くベルボーイ達が、軍人上がりであることをその仕草から把握していた。
「(傭兵…じゃないな。これは雇われだろう)」
しかしそのことを何だかんだのお部下に言うと余計に緊張させるだけなので言わなかった。そして二人はベルボーイ達がコンパートメント寝台車の一室の前で足を止める。
「お部屋はこちらとなります」
「ありがとう」
そこで二人は古風なアンティーク錠で開けられた部屋に入ると、それぞれが個室に案内される。
「(すごいな。全員個室か)」
列車の構造的に他にも種類があるのだろうが、案内された部屋は木材をふんだんに用いた内装で、高級ホテルと同じ香りを感じた。足元は独特で美しい形が特徴のペルシア絨毯で敷き詰められており、遊び心を表している。
窓は景色を堪能できるように大きな窓が設置されており、最新の防弾や盗聴、視覚対策の取られた窓がはめ殺しにされていた。おそらく、戦闘発生時のことも考慮して防護シャッターが自動で展開される。
「鍵はこちらに。紛失されないようにご注意ください」
「ああ、ありがとう」
ベルボーイにチップを渡しながら鍵を受け取ると、ベルボーイは部屋を出て行った。
「…まあ、出発を待つしかないか」
最初から豪勢な列車で出迎えられ、多分に雇用された人を見て男は部屋に備え付けのこれも木材を表に出した椅子に座り込んで備え付けのウイスキーに手を伸ばした。
『招待客の大半が到着をしました』
「了解。予定通りの出発でいいですね?」
機関車の車内では、二両ある淡水車の中でスフェーンが答える。次々と招待客が乗り込んでおり、展望車ではすでに招待された数名が談笑を行っていた。
「終わった?」
「もうすぐ」
二両ある炭水車は同型であり、片方には水洗式トイレ、もう片方は改装で喫煙室兼更衣室として使用可能だった。
故に合造車を連結している場合はここで煙草休憩を行う言葉多かった。
「ほい」
「おお」
そして出てきたサダミに見たスフェーンは感心する。
「よくお似合いで」
「それはそれは…」
彼女は頭に大きな伯爵家の家紋を付けた草色のシャコー帽を被り、着ていた肋骨服も同様の色合いに黒が所々にあしらわれていた。
「なんでこれで足は汚れが目立つ白なのよ」
「そこら辺は製作者に聞いて」
今回は伯爵家雇われの運転士であるため、わざわざこのために制作をしたという制服に着替えていた。
「今日の形式は?」
「略装でいいくらいよ」
「了解」
軽くパーティーの重要度の確認を行うと、着替え終わった二人はそこで付けていたインカムに再び連絡が来る。
『招待客の乗車を確認。ドアロック完了しました』
「了解」
列車の安全確認も終了し、運転室に入って二人はそれぞれ機関士席と助手席に座る。
「司令所からは?」
『間も無く出発許可が降ります』
『構内の各分岐点の遅れは今のところありません』
スフェーンの質問にルシエル達が答えると、運転席に用意したタブレットに運行司令部から送られてきたスジが映し出されている。
「了解」
「各計器、異常なし。エーテル機関の圧力も平常」
「温度良し。圧力良し」
サダミと共に機関車の心臓部の確認を行う。少なくとも摩耗を知らないエンジンを三つ積んでいることで、燃費はエーテル機関の中では悪いが、パーツの交換費用を知らずにここまでやってこれた代物である。
「構内信号、良し」
そして運転席から見えるホームの信号が切り替わったことを確認すると、ブレーキを解除する。いつもなら一気に解放して加速をつけるが、今日は旅客運行であるため、慎重にブレーキを解除しながらアクセルを入れる。長年の経験がものをいう瞬間である。
「前方、障害物無し」
「出発、進行」
司令所からの許可も確認し、ゆっくりと巨大な三つの動輪が主連棒と共に回転を始めると、エーテル機関特有の骨笛の音が構内に響いて列車は動き始めた。
「おぉ…」
その瞬間、車内に座っていた招待客は舌を巻いた。貴族的な表現をするなら『バターのように滑らか』と評価するべきなのだろう。そのくらい走り出しの変化を感じられなかった。
「(伯爵の運転士ともなるとここまでの腕の運転士を抱えているのか…)」
流石だなと内心で思いながら彼は予め記載されていた予定表の確認をする。
まだまだ短い期間だが、彼の性格はあまり着飾らない印象であったので、彼がこんな豪勢なジョイフルトレインを仕立てた事に絶妙な違和感を覚えた。
そして列車が駅から出発していくのを横目に彼はパーティーの開始時刻の確認をする。
「スジ通りね」
「まあ良いよ。ここにくるお客さんは基本的に乗り遅れないから」
スフェーンはそう言い、懐中時計が指し示す時間通りに出発できた事に今までの経験からふと口にする。
「こう言う時、成金みたいな人たちってわざと時間ギリギリにきて遅刻すると私に怒鳴り散らしてくるのよね」
「なんか、本物の金持ちはゴミが少ないに近いものを感じる話ね…」
妙な一致を感じながらサダミはそれが昔、まだカフェを持っていない頃に出会した迷惑客である事を思い出す。
「まあ実際、会社の金でステータスを持った人ほど態度悪いのは古事記にも書かれている話だし」
「傭兵をしていた頃もそうだな…金の支払いがいい新興企業は大抵怪しい」
「うははっ、いつの話よそれ」
二人はそんな昔懐かしい話をしながら分岐点を通過して本線に入って行った。




