#266
ロト・フランツェは、スラム街出身の孤児であった。
まだ彼が幼い頃、その街を訪れていたジェローム・サックス。当時はブルーナイトと言う渾名で呼ばれ始めていた時の頃、ロトは彼の荷物を盗もうと気を伺っていたところをレッドサンに捕まった。
あの時のフルフェイスヘルメットは今でも若干トラウマではあった。
結局、あのフルフェイスヘルメットの下の顔は拝む事なく終わってしまった事は残念であるが、同時に素顔を見た時の喪失感を感じるので、このままで良かったのだろうと思っていた。
『至急、狙撃チームを寄越せるか?』
アイロニー郊外の駐屯地、その一室でロトは通信でライルを呼び出していた。
『バーナードの検挙だろう?本人が来るとでも?』
『部下でも確保して記憶を見るだけだ。児童誘拐の線でまず捕まえる』
ロトはライルの指揮下にある狙撃班の派遣を要請していた。
『相手はバーナードだ。契約しているPMCから絶対出てくるぞ』
『ああ、だが秘密裏に済ませた方がいい』
『なぜだ?』
ライルにとっては少々予想外だったので、思わず聞いてしまった。
『児童誘拐された孤児の確保を優先したい。バーナードを引き摺り出す司法取引の材料としてこれほど良い物もあるまい』
『ふんっ、クズに飴を渡すか…』
ライルはそこで少々表情を顰めた。
『まあ部隊は渡そう。拘束した後は?』
『好きにしてくれ』
ロトは確保するだろう敵勢力の管理をライルに丸投げをした。
『了解した。到着は約六時間後だ』
『基地司令に話は通しておく。済まんな』
『良いさ、こっちも最近は暇していたしな』
ライルはほくそ笑んだ。ロトも狙撃班の確保ができて軽く安堵していた。
そして通信が切れ、駐屯地に急行してくるクアッド・ティルトローターの受け入れ準備を行う。
相手が相手なだけに、どこかに目がある可能性を考慮して行動をする必要があった。
「さて、後は…」
そして敵がそれなりの装備を有していると言うことで、ロトは最悪を想定して作戦立案を行う。
「…ジェロさんに頼みましょうかね」
少々悪い笑みを浮かべ、彼はポンポンと敵を追い詰めるための計画を立案した。
同じ頃、駐屯地でジェロームはヨークと同じ客室で睡眠をとっていた。
「お食事を用意しました」
「ああ、悪いな」
そして軽くノックされ、ジェロームが対応した。
今の時刻は十九時、一般的に夕食の時間帯で、軍警察でも夕食が用意される時間帯だった。
「どうですか?彼の調子は」
「十分…とまではいかんな。だが、やる気はある」
昼間に彼に対し事情聴取を行った女性治安官
「明後日…でしたか?」
「ああ、第二埠頭の十二番ヤードだ」
「逞しい子供ですね」
「ああ、勇敢すぎる子だよ全く」
ジェロームはそう返し、部屋でキョロキョロと外の景色を見ているヨークを見る。
「現在、少佐が作戦内容を詰めています。もしかすると、貴方にも協力を要請するかもしれませんね」
「ふははっ、私にかね?」
ジェロームは女性治安感の言葉に思わず笑ってしまう。
「ええ、そりゃあブルーナイトとして傭兵の間では貴方もレッドサンと並ぶ伝説の傭兵ですからね」
「…過大評価さ。それにオートマトンを降りてから十年近く経つ。腕も相当落ちているだろうよ」
「そうでしょうか?」
女性治安官は少し難しげに微笑んだ。
レッドサン殺害の容疑で一度は立件されたジェローム・サックス。業務上過失致死罪により、執行猶予付きの罪状を受けた。
「是非とも個人的な意見ですが、貴方のオートマトンの狙撃の技をお教えいただきたい物ですが…」
「あんなものは経験と勘だ。実戦に何回も出ていればそうなるさ」
今時のオートマトンのコンピューターは優秀だと聞いている。弾着補正なんかも簡単にできるはずだ。
「第四世代オートマトンのコンピューターは優秀だと聞いているぞ?」
「どうでしょう、ブルー・アンリオの蓄積データの方が優秀なのでは?」
「ふっ、買い被りだろうさ」
ジェロームはそこでトレーに盛り付けられた夕飯を見る。
「本人の体調は万全だ。三食の食事量も今のところ問題ない」
「了解しました」
残念ながら風呂に関してはヨークが固辞しているので一緒に入る事はなかった。まあ、理由は分からんでもないが…。
「本当に少佐の言っていた通りですね」
「私が子供に好かれやすいと言うやつか?」
ジェロームが聞くと、女性治安官は頷く。
「ええ、傭兵ギルドを創設したほどの貴方が、少佐のご実家の孤児院を運営していると言うお話を聞きましてね」
「はははっ、優秀な子が生まれたものですよ」
ジェロームは自分を逮捕しに来た優秀な治安官を思い浮かべた。
自分を逮捕するために捜査をしていたロトは部下を含めてタルタロス鉱山の事件に関する真相を知っていた。
故に少々、ジェロームに対する感情は複雑だった。
「すまない。ここまで持ってきてもらって」
「いえ、此度の事件の重要参考人ですので、なるべく顔は見られない方がよろしいかと」
「…そうだな」
ジェロームは軽く頷いてからヨークを見た。
「では、私はこれで」
「ああ、トレーは後で返せば良いか?」
「はい。食堂の方にはすでに伝えてあります」
女性治安官はジェロームに伝え終えると、部屋を後にした。
「オッサン?」
そして治安官が消えたと同時に部屋にいたヨークが聞いてきたので、ジェロームは両手にトレーを持ってテーブルに置いた。
「ヨーク、夕食の時間だぞ」
「…飯!」
ヨークはジェロームの持っていたトレーに盛り付けられていた夕食を見て耳があったらピンと立てているような暗い目を輝かせて駆け寄って来た。
駐屯地の食事と言うのは、軍人が一日に必要なカロリーを賄う為に量や質が高い。
なのでまだ子供であるヨークはそれほど量も多くなく、同時にその日暮らしで困窮した生活を送っていたヨークはこの食事を前に腹一杯の食事を摂っていた。
「あまり勢いよく食べすぎるなよ」
「わ、分かってる!」
流石に昨日の今日で同じヘマをすることはないだろうが、一応注意をしておいた。
昼に駐屯地に来た時にあまりにも勢いよく食べすぎた事で、普段慣れない食事をしたせいか、彼はその後気持ち悪くなってトイレで盛大に吐いたのだ。
昼の食事と共に色々なものを失ったヨークはその後に顔を真っ赤っかにして泣きかけていた。
「いただきます」
手を合わせてからチキン南蛮を箸で掴む。
「い、いただきます…」
ヨークもジェロームに小言を言われるのを恐れて手を合わせてから箸を掴む。
「うぐぐ…」
そして慣れない箸に悪戦苦闘をしていると、
「こっちを使いなさい」
ジェロームはそう言ってフォークを渡して来た。
渡して来たフォークでヨークも夕食を食べ始め、満足そうに唐揚げを食べる。ヨークは肉を前に美味そうに食べており、これからの事を前にしても食事と言う生に直結する行動は正直だった。
「(まだ連絡はないか…)」
軽くため息を漏らしながらジェロームは腕時計を確認する。
明後日の夜に動く事となるが、それまでにロトは他の誘拐された三人の身元を把握しようと試みていた。だが今の時間まで見つかったと言う話はない。
「オッサン」
「?」
すると時間を見ていたジェロームにヨークが話しかけて来た。
「俺、向こうに着いたらどうすりゃあいいんだ?」
聞いて来たのは、明後日の取引についてだった。
間に合わないと言う理由で軍警察の監視下の元で彼自身が取引現場に向かう事になる。幸いにも誘拐された理由である証拠品は見つかり、また複製も完了しているので、どう足掻いてもバーナードが捕まらない理由は無い。
「そのまま相手の指示に従っていればいいだろう。詳しい話は、治安官から聞いてくれ」
「あの兄ちゃんにか?」
「そうだ」
ジェロームは頷くと、ヨークは聞いた。
「オッサン、どうしてあの兄ちゃんと仲がいいんだ?」
「あの子は私が引き取った子だからだ。彼も、君と同じ孤児だったんだよ」
「…へぇ、すっげぇ」
ロトとの関係を知り、ヨークは驚いた表情を見せる。まあ彼をあそこまで育てたのはレッドサンなのだが、ここでそれを言っても理解はしてもらえないだろう。
「じゃあオッサンはあの兄ちゃんに会う為に来たのか?」
「いや、私は旅の途中だった。その時、君に鞄を取られただけだ」
「そ、そうかよ…」
ヨークは申し訳なさそうに萎れていた。まあ今回の事件、自業自得と言っても通ってしまう根拠は十分にあった。
「(旅…ね)」
そう、これは旅だ。ある人に会うための旅。
今でもロトの憧れはレッドサンである事は彼もよく分かっている。
今となっては異常な事だが、レッドサンの素顔はほぼ知られていない。多分、傭兵の聖母以外で彼の素顔を見た者はない。過去の経歴も全くの不明で、あのフルフェイスヘルメットが彼の象徴だった。
「(ホテルの写真でも、その全容は分からなかったな…)」
ホテルにあった唯一ヘルメットを外した写真も、背中しか写っていなかった。
故に彼の脳裏には様々な疑問が浮かんでいた。
「ジェロームさん」
「ん?」
するとそんな思考を遮るように部屋の扉が三回ノックされると、自分を呼ぶ声がした。呼んだのはロトの部下だった。
「何か?」
「はっ!フランツェ少佐がお呼びです」
「分かった直ぐに行こう。この子の面倒を頼んだ」
そこでジェロームは治安官にヨークの面倒を任せると、そのまま言われた通りの場所に向かう。
「夕食中にすみませんね」
「構わないさ」
言われた先で待っていたロトにジェロームは気にしないと言って返すと、二人は駐屯地内のある場所に立っていた。
「ここは?」
「証拠品の保管倉庫です」
そこでジェロームはロトに建物の名前を聞くと、彼は手を当てた倉庫のロックを簡単に解除した後にジェロームを中に入れた。
「中は列車強盗から押収した武器とオートマトンですね」
「損害賠償のあれか」
倉庫の電源をつけると、そこには大量のオートマトンや軍用車両、テクニカルや武器、弾薬などが留置されていた。
一般的に拘束された野盗達は、持っている武器類の所持品は全て没収され、司法局による裁判の後に損害賠償として軍警察がか行う押収品オークションに掛けられ、その販売額から手数料を抜き取った金額が損害賠償や保釈金などに充てられる。ここはそう言った押収した品々を一時的に保管して置く施設だった。
「この中から好きに使って良いと、司令から許可を得ましたので」
「嘘だろう…これ全部か?」
ジェロームは雑多な種類の押収品を前に驚いていると、ロトは軽く頷いてから聞くように言った。
「かつてレッドサンの右腕として名を馳せた御仁の腕前、見せていただけないかと思いまして」
かつて、散々自分たちを呼び出してこき使ってくれた治安官は態とらしく言うと、ジェロームは苦笑混じりな表情で返した。




