#267
かつてブルーナイトと言う名は、傭兵の間で有名な二つ名であった。
他とは一線を画す狙撃手であり、レーザー測距やサーマルも使わずにオートマトンのカメラだけで長距離狙撃を行うことのできる狙撃手であった。
「大丈夫か?」
「あっ?ああ…問題ねえぞ」
移動中の車内でジェロームが話しかけると、若干手の震えていたヨークはピクッと反応をした。そして強がった。
アイロニーの多く出入りをする人やモノの中、あるワゴン車にジェロームとヨークは乗り込んでいた。目的は、誘拐された子供達の救出のための取引をするためだった。
「これを渡せばいいんだろう?」
ヨークはガラス基板を手に握る。中にはある弁護士が企業同士の裁判の際に相手側の弁護士と裁判官に賄賂を渡した際の帳簿や取引をしている際の監視カメラの映像が残されており、スイミーもびっくりなほど真っ暗な証拠が詰まっていた。
「そうだ。途中で降ろすから、場所までは歩いていけよ」
「…オッサンは来ないのか?」
ヨークは少し不安そうな表情を隠しきれずに聞いてしまうと、ジェロームは返す。
「すまん。こればかりは君一人でやってもらう必要がある」
「…」
ヨークは言われ、再び俯いてしまう。これから向かう場所は、数あるスクラップの一次保管所の一つ。まだ資源に分別する前のスクラップが大量に保管されている場所だった。
結局、二日経っても連れ去られた子供達の居場所は掴めなかったので、ロトは作戦を続行。増員を行なってバーナードを直接逮捕する部隊と、取引場所を抑える部隊を作っていた。
「場所を違えるなよ」
「…ああ、分かってる」
ヨークは頷くと、そこで車が止まった。
「そろそろ、目的地です」
「分かった。では降りようか」
私服姿の治安官が言うと、スーツを着るジェロームは軽く頷いてからヨークと共に車を降りた。
「足元、気をつけろよ」
「ああ…」
そこで砂利道の足元を見ると、その後周りの暗闇と街の明かりを呆然と見ていると、
「らしく無いぞ。そう気張るな」
「…うっせえ」
ジェロームが余計な事を言ってきたので、一瞬ドキッとすると共に思わずその方を軽く睨んでしまった。
「…行ってくる」
「ああ、」
ヨークはザリッという音を立てながら歩き始め、それを後方から腕を組んで一人で歩くヨークを見送るジェローム。
そして暗闇で見えなくなるまで見送った後、彼は呟いた。
「…残酷だな」
「流石に作戦の詳細を子供に話すわけにはいきませんから」
運転席に座る治安官が少々後ろめたさを感じながらヨークを見送る。
今回の取引はあくまでも予備の作戦、本命はバーナード逮捕にあった。
「だが、狙撃班は配置についているんだろう?」
「はい、昨日の朝から監視任務に」
頷いて返した治安官にジェロームは少し大きめに息を吐くと、
「じゃあ、備えますかね」
「ええ、お気をつけて」
「帰りは頼んだ」
そこでジェロームはワゴン車から離れると、後続の無人トレーラーに積まれたコンテナに移動した。
夜の埠頭はよく冷える。
アイロニーの海に面した場所には毎日大量のスクラップが送られてくる。
「…」
その中のダンプカーが通れるほど広く取られた砂利道の両脇には、戦車や自動車、客車や機関車の残骸が積み上げられていた。多分、前の戦争の時の残骸だ。
赤褐色に錆びついてボロボロになっている車体は、この潮風に晒されて今にも崩れそうだった。
「ふぅ…」
少し息を整えてからヨークはポケットの中身を触って確認する。
少し冷たいそれは、ヤクやミーレ、ジョッシュを連れて行った奴らが欲しがっているモノだったのは聞いている。
「(畜生…)」
本当に嫌になるくらいウザったらしい。
大人なんて全員が汚くて醜い。
あの孤児院のババアも、金だけ貰って自分だけ良い服とかキラキラした装飾品をつけていて外に良い顔をして、自分達の面倒を見ることはほぼ無かった。
だからヤク達の為に個人をこっそりと抜け出したのが最初だった。
それからはスリをして金を奪って、食料を買って、ヤク達にこっそり夜に分けて…。そんな生活をしていたある日、孤児院のババアに見つかって『孤児院の看板に泥を塗るつもりか!』って酷く言われたからとりあえず煩くて、一頻りババアを何回も殴ったら『出て行け!』と喚きながら叫んでいたので、そのまま孤児院を出て行った。
その時、着いてきてしまったのがヤク達で、そこからは街を転々と移動しながらスリをして生きてきた。失敗して何度も殴られたりはしたが、それでも孤児院の時よりはマシな生活だった。
昼の食事で喧嘩も起こらず、夜も静かで、一日中自分の服を隠して置く必要もなかった。
「…」
だから、もうずっとこのままの生活で良いと思っていた。
『悪知恵は大人の方が働くぞ』
「…くそっ」
軽く悪態を吐きながらヨークは埠頭を歩く。
ジェロームとか言っていたオッサンは馬鹿みたいなお人好しだ。じゃなかったら、鞄を取った奴なんかを助けるわけがない。
小綺麗なスーツを着ていて、治安官の人とも仲が良さそうにはとても見えない雰囲気だった。だけど、いつも世話になっている市場を守っている傭兵達があのオッサンを見て驚いた表情をしていたので、何かの有名人なのかと思っている。
あのオッサンに連れられて入ったのは軍警察の駐屯地だった。
いつも遠巻きに見ていて、武器を持っている人が大勢いる程度の場所だったので、オッサンとオッサンの呼んだ若い兄ちゃんについて行ったら『怖くないのか?』と聞かれたので首を傾げたら、オッサンは軍警の兄ちゃんと小声で何か話していた。何を言っているのかは聞き取れなかったが、話を聞いた兄ちゃんが驚いた顔をしていたのを覚えている。
「…」
それで駐屯地で綺麗な姉ちゃんから色々と聞かれて答えたりして、その後軍警の飯が豪華で、夢中で食べて、その後気持ち悪くなって吐いちゃって…。色々と散々な三日を過ごした気がする。
「はぁ…」
取り敢えず、軍警の兄ちゃんから言われた通りに歩き、言われた通りにすれば良いと自分に言いつける。
あのオッサンが言ってた企業ってのは良く知らないが、クソ悪い人間ばっかりの場所ってのは理解した。
「…」
ズカズカと歩き、スクラップの堆い山が並んでいるヤードを歩いていると、
「止まれ」
「っ!!」
暗闇の中から突然話しかけられてヨークの足が止まった。
「チップは?」
「…知らねえ。何だよそれ」
ヨークは聞いてきた男にそう返すと、彼は言う。
「知らない?そんなわけ無いだろう」
「だから知らねえんだよ!ヤク達を返せよ…!!」
ヨークはズカズカと近づいて男に駆け寄って言う。
「ヤク達は何処だよ!」
「お前がチップの在処を言えばすぐに会わせてやる」
嘘だ。ヨークはすぐに男の言っている言葉を聞いてわかる。嘘を吐くのが下手くそな奴だと思いながらヨークはそれを言わずに叫び散らす。
「チップって何だよ!知らねえんだよ!」
「嘘を吐くな!」
男はやや困惑気味に泣き散らすヨークに口調が段々と鋭くなる。
「チップなんて知らねぇんだよ…。何だよそれ…」
その後、男の足に向かって拳を握って叩く様に殴る。
「ヤク達を返して…」
こう言う場合は特に何も知らされていないヨークは本心が次第に溢れてボロボロと泣き始める。
「…」
そんなヨークに困惑する男は前をまた小さく頷くと、
「っ!?!?」
ヨークの首元に太い腕が巻きつけられてそのまま体ごと持ち上げられる。
背後から忍び寄った別の男は、彼を締め上げた後に目的のものをじっくり探す予定だった。
「うぐっ!」
「っ!」
首を締め付けられ、ヨークは一瞬パニックになったが、ロトに言われた通りに腕を強く掴んで力を入れて足を後ろに蹴った。
「うごっ!?」
ヨークの身長であれば、持ち上げられた時に後ろに足を蹴ると、ちょうど男でも女でも急所に命中する。
「ぐおぉ…」
金的を鉄製のカバーが縫い付けられた靴で蹴られたことで、ヨークを締め上げた男は悶絶して締めていた腕の力が弱まった。
「っ!」
「はっ!?」
その隙にヨークは腕を振り解いて逃げ出し、反対で見ていた男は驚愕した。
「くそっ、やられた!」
そしてすぐに追いかけながら影から飛び出た男はインカムに触れた。
「申し訳ありません。奴が逃げ出しました!」
すると直後に因果に怒号が飛んでくる。
『馬鹿者ぉっ!』
耳を劈く声が男の鼓膜を叩きまくった。
『子供一人逃げられた!?貴様ら!アレがどれだけ重要なものか…』
「説教は後で受ける。それよりも今は他の奴らにも…」
電話先に伝えると、今回の依頼主は言う。
『他の連中にも知らせる。お前達はガキを追い込め』
「わかりました」
そこで足音を頼りに男はスクラップヤードを走り回る。
「チッ、重い…」
走るヨークは鉄のカップを縫い付けた靴が重いと思いながらも、スクラップの破片で足を怪我した事を考えて我慢する。
「みんな…」
グッと泣きそうになるところを堪え、ヨークはスクラップヤードを慣れた足取りで走る。
スリをするとき、ほぼこう言う場所には来ないが、ここは庭の様な地元。新月で見えなくても大体の場所は経験で慣れていた。
「何だあのガキ!?」
そして追いかける大人が追いつかない事実に男は驚愕していた。
「おのれ…貧相なガキが…!!」
握っていた携帯を握りつぶしそうになりながら、スクラップヤード近くの道路脇に止まった一台の黒塗りのリムジン。その車内で企業弁護士のバーナードは自分の目の前の映像を見る。
「軍警が乗り込みに来たぞ!」
そこでは事務所と自宅に銃を突きつけて突入を行う軍警察の部隊が映し出されていた。
これ以上繋いでいると、事務所に残したダミー人形や監視カメラを辿って居場所がバレる危険があったので映像を切ると、毒吐く。
「畜生、軍警に逃げ込みやがったか!」
突入のタイミングから彼はすぐに推察をすると、電話で怒鳴る。
「必ず捕えろ!どんな手でも使え!」
『殺してしまっても?』
「チップの所在が明らかになるなら好きにしろ!」
ガラス基板に添付されたデータは、今契約している企業といざこざがあった場合のもしもで残していたのが仇となっており、バーナードはそれがスリによって盗まれたと言う愚行に焦っていた。




