#265
思わぬ事件に巻き込まれたジェロームだったが、毒を食わば皿までの理論でここまできたらやり遂げるしかなかった。
「全く…」
アイロニー郊外に存在する軍警察の駐屯地。
管轄上は陸軍のものであり、そこの一区画にジェロームは居た。
いつものハイライトにマッチで火をつけ、煙草を吸う彼はそこで静かな軍警察の駐車場を見る。
「どうしてこんなことになったのやら」
軽く嘆くように口にすると、
「ええ、全くですよ」
そこでロトが出てきて話しかけてくる。
今は軍警察の駐屯地に居り、ジェロームと共に事件の被害者であるヨークと共にこの場所に来ていた。
「まさかスリに出会したらこの有様とは…」
どんな運命ですかと苦笑するロトに、真面目な顔でジェロームは聞いた。
「…どこかに良いお祓い屋は無いか?」
「招魂社に行かれては?」
そこでジェロームは軍警察の戦没者が祀られる神社を紹介する。
「…玉串料はいくらだったかな?」
そんな話をしていると、煙草休憩をしていたところを一人の女性治安官が報告にきた。
「少佐、聴取を終えました」
「うん、ご苦労」
そこで紙のバインダーに記された情報を目に通し、ロトは今行ったヨークへの事情聴取をまとめた報告書を見て少し渋い表情をした。
彼は自分の裁判の後に出世をしてこの年で少佐という階級まで階段を登っていた。
「やっぱり子供ではわかりませんか…」
「何、あのシリカチップだったらわかるだろう。解析は?」
「部下に調べさせています。まああと十分もすればわかるでしょう」
軍警察の駐屯地に連れて来られたということでヨークは怯えてジェロームの元を離れようとしなかった。
まあスリという犯罪をしており、彼の特徴は軍警察の方でも上がっていた。
「司法取引か?」
「そんなところです。まあスリなんていうちゃちな犯罪が吹き飛ぶかもしれない位やばい情報を持ってきましたからね」
そう言ってロトは苦笑した。
まあそうだろう。まさか目をつけていた容疑者の、逮捕状即時発行ものの証拠品が、まさかスリをしていた少年グループから出てこようなどと誰が思うか。
「だからこそ血眼になって奴らも動くわけだ」
「現場を調べましたが、追跡は不可能ですね」
そこでロトは今まで上がってきた報告書を前に軽く絶句していた。
「ああ、地下で五〇口径を使うような奴らだ。正直、覚悟するべきだろうな」
そしてジェロームは、誘拐された他の孤児達の生存は絶望的と捉えるのが妥当だった。
「ですね…全く、企業排斥が強い中でも奴らは恐ろしいことしてくる」
「それが企業というものだろう。奴らは子供だろうと利益になるのなら容赦ない」
忌々しげにジェロームは言うと、そこで煙草を一本吸い終えで灰皿に押し込んだ。
「少佐!」
すると同時に、やや興奮気味に解析班の治安官が出てきた。
「どうした?」
「やりました。大当たりですよ」
その治安官は言うと、そこでシリカチップから得られた情報を見た。
「中身は?」
「帳簿と監視カメラの映像。ダブル役満です」
そこでロトを呼ぶと、彼はジェロームも誘って解析室に入ると、そこで彼はある映像を見た。
「「…」」
ジェロームは監視カメラの映像を見てもあまり理解できなかったが、先ほど治安官から飛び出してきた言葉を前に『そりゃあ血眼になって探すわけだ』と思っていた。
「よしっ、よくやってくれた」
「ハイっ!これで奴らを立件できます!」
「ついでに弾劾裁判だ。司法局の腰を抜かしてやれるぞ」
「そりゃあ見ものですね」
チームを動かす立場のロトは軽く解析を担当した治安官の肩を叩いた。
「よし、後は孤児達の救出だ。そっちはどうなっている?」
ロトが聞くと、別の治安官が答えた。
「現在、容疑者を中心に洗い直しています。おそらく動いたのは某社のPMCでしょう」
「12.7mmの機関銃を地下道でぶっ放した馬鹿どもだ。見つけたらたっぷり締め上げてやれ」
「はっ!」
そこでその治安官は答え、部屋を出る。
「情報はだいぶ集まったか…」
「ええ、おかげさまでバーナードを逮捕する理由ができました」
「…逮捕状か?」
「いえ、できれば現行犯で。何せ児童誘拐をしましたからね」
徹底的にやると彼は意気込んでおり、元々が孤児であった彼は執念に燃えていた。
同時に、こう言う時情報だけを持って行った後はどうでも、と言うことにはならないから彼に頼んで正解だったと思った。
「…凄まじいな」
「ええ、何せ戦災孤児はよく戸籍を有耶無耶にされやすいですからね。今までも大量に摘発していますよ」
「そうか…」
そこでジェロームは一度大きくため息をつきながら部屋を出る。
「ロト、すまんがヨークに会わせてくれ」
「ええ、構いませんよ」
ジェロームはそのままヨークのいる部屋まで足を運ぶと、そこでドアを開けた途端にジェロームを見て椅子に座っていたヨークはパッと表情を明るくした。
「オッサン!」
「ん、悪いな。怖かっただろう」
そこでジェロームは隣に座って病院服に着替えさせられたヨークに話しかける。
今まで着ていた古着はあえてそのまま残していた。
『…俺も、連れてってくれよ』
ヨークが自分達に要求した願いに、思わず驚いた。
『三日後に第二埠頭の十二番ヤード』と言った誘拐犯に彼は直接会うと言ったのだ。無論、敵の正体を前にジェローム達はヨークは後ろにおいておく必要があると思っていた。
一般的にこう言った事件があった場合、事件に対応するのは子供の機体に乗り換えた完全サイボーグやアンドロイドが対応にあたる。
被害者となった人物の安全のため、事件発生後は顔の形を作って本人に似せた姿で対応するというのが一般的だった。
『た、頼むよ』
『『…』』
精一杯の声でヨークは頭を下げて来た。礼儀の仕方は知っていた様子で、彼の要望に二人は困っていた。
『どうする?』
『危ないに決まっていますよ。とてもこのままじゃ…』
ロトは今まで同様の事件に対応した経験から即答した。特に子供ともなれば、より慎重に事を進める必要があった。
『期日は明後日だが、マスクは間に合うのか?』
『…』
ジェロームは日数を伝えると、ロトは少し表情を渋くする。
『あの少年の顔の型をとっても最低四五時間は掛かります』
『微妙なラインだな…』
パーツ製造時間を前にジェロームは表情を少し顰める。
『スキャニング機械を持っていませんでしからね…』
ロトもその点で少し表情を固くした。
『どうする。時間的に本当に行くことになるぞ』
『多少質を下げて繰り上げますか…』
『いや、相手は企業だぞ、騙せるのか?』
『…』
二人の問答に徐々に手詰まり感が出てしまう。
『オッサン、お願いだ。俺が見なきゃならねえんだ』
そんな二人の問答を聞いていたヨークは二人に頼み込む。
その声と表情は必死そのもので、二人はヨークの表情を見て再び考え込む。
『…仕方ない。彼を連れて行きましょう』
『正気か?この子は正真正銘の子供だぞ?』
ジェロームはロトの意見に思わず聞いてしまう。だが彼は言う。
『近場の狙撃班を借ります。相手を刺激しない位置から監視をしましょう』
『…相手は本気で殺しにくるぞ?』
『ええ、分かっていますよ』
ジェロームとロトは暫く悩んだ末、失敗の可能性を少しでも下げるためにヨークを監視下の元で交渉馬じゃないかせると言うこととなった。
「大丈夫か?」
「何がだ?」
ジェロームの問いにヨークは首を傾げると、これから起こることに対しての危機感が薄いのかと思ったが、少年の目を見て納得をした。
「(覚悟は決まっているわけか…)」
強い子だと、ジェロームは感動すら覚えた。
誘拐された子供達は三名、彼等を取り返す為に身を捧げて頼み込んだ少年は、既に自分が成すべき事を理解しているようだった。
「時間は明後日、時間を言っていないから夜に動く事になった」
「うん…」
ヨークは頷くと、ジェロームは聞く。
「途中からは一人だ。身の危険もあるぞ」
「…問題ねえよ」
ヨークは不敵な笑みを見せるが、その顔にはやや緊張が混ざっていた。
ジェロームは軽くため息を吐いてからゆっくりとした口調で聞いた。
「…ヨーク、お前さん。なんで孤児院を逃げ出した?」
「…」
聞いたのはあの捨てられていたカード。彼は昔、孤児院で暮らしていたのだ。
「答えられないなら、また今度でいい」
「…」
その時のヨークの表情を見たジェロームはそれだけ言い残すと、彼はヨークの頭を軽く撫でた。
「昨日から今日で色々と疲れただろう。よく寝て…」
ジェロームが言いかけたところで横に座っていたヨークから重みが増し、彼を見ると、小さく寝息を立てて眠ってしまっていた。
時計を見ると時刻は十四時、まだ昼の時間ではあるが、この二日間で起こった多くの事象でかなりのストレスが溜まっていたのだろう。
「はぁ…」
子供を前に小さくため息をつくと、座りながら眠ってしまったヨークを部屋のベッドに寝かせて布団をかけた後に部屋を出る。
軍警察の来客用の部屋を借りており、慣れない生活にヨークにも負担がかかっている証拠だった。
「昔を思い出しますか?」
部屋を出るとロトが柵に背中を預けて立っており、ジェロームに聞いてきた。
「ああ、スラムで君を引き取った時を思い出すよ」
ジェロームはそこで駐屯地を見ながら柵に触れる。
「どうだ?目星は着きそうか?」
「ええ、証拠は十分。後は連れ去られた他の孤児達の捜索を行わせています」
「…君も現場に出るのか?」
「ええ、」
ロトは当たり前のように頷くと、軽く体を動かして光学迷彩を起動した。
「これができますからね」
「…全身の光学迷彩か」
話では聞いていたが、まさか専用の装備も無しにできるのかと軽く舌を巻く。
「本当に完全サイボーグになったんだな」
「頭だけは生身ですよ。流石に」
顔まで完璧に隠せるレベルの光学迷彩にジェロームは少し寂しさを覚えたが、生殖も勿論考慮されている体だと言う。
するとロトは少し興味深そうに聞いてきた。
「それで、あんな子供がジェロームさんにどのような報酬を渡したんですか?」
「…何でも言うことを聞く。だそうだ」
ロトはヨークが言った依頼の報酬を聞き、笑った。
「はははっ、それはそれは…大した度胸ですね」
「それだけ大事だってことだろう?」
「…そうですね」
ロトはそこで少し笑うと、ジェロームと同じ方向に体を動かし、駐屯地を一望していた。




