#256
「おぉ〜…」
風を感じる。
バイクの時と違い緩やかで、不思議な優しい揺れ方で地面を走っていた。
「人力車ってすごいですね」
「ははははっ!人が引いたらもっと本来は遅いぞ」
そう言いセントレジャーはリヤカーを引いて山道を降りていた。
速度は大体三〇〜四〇と言ったところ。
「ずいぶん早いですね〜」
「下り坂だからな。速度は出しやすい」
彼は途中の休憩所で歩道に座り込んで麦茶を飲む。紺色のジャージ姿で、中々にイケている。
「流石に六、七〇キロでぶっ飛ばしませんか」
「阿呆、そんな速度でぶっ飛ばしたら五分でぶっ倒れる」
引退時からも整えてきた自分の肉体は、この年齢でも十分街まで走れる体力を有していた。
「モンゴルダービーは?」
「馬鹿か。ジジイに一〇〇〇キロも走らせるな」
そこでスフェーンはリヤカーから降りて下の街を見る。
「街には住まないんですか?」
「人が多すぎるからな。耳が良すぎる俺にはちとキツイ」
「ああ〜」
基本的に獣人と言うのは耳が人よりも良い。特に馬なんて風向きにもよるが七〇〇メートルほど離れていても会話が聞こえるほどの聴力がある。
だから騒音が多い街にいる馬の獣人と言うのは大体が耳にカバーをかけていた。
「はぁ…まさかこんなリヤカーの使い方とは…」
「面白いだろう?」
「ええ、」
多いか頷いてスフェーンはセントレジャーを見る。
これから街に出て買い物をしに行く二人だが、
「今回は重いものばかりですね」
「車を直すんだ。それくらい当たり前だろう?」
「はぁ…」
軽くため息をついてスフェーンはメモ帳に残した買う必要のある部品一覧を確認する。
ガレージに放置されていた車をオークションに出すと言うことで、まずは動かせるまで修理をする事となり、その影響で『バイク直せるんだろう?車はどうかね?』とセントレジャーに聞かれてしまったので、嫌な夜間がして『無理です!』と言ったのだが、便利な気性難がここで発動して『バイク出来るんだろう?じゃあ頼んだ』と言って無理矢理直させようとしてきたので激しく嫌な顔をしながら車の状態を見た訳で。
「パッと見ただけで結構直す箇所多そうで禿げそうなんですが?」
「女は早々禿げん。安心せい」
「禿げる云々以前に駆け込みで車修理を依頼するほうがどうかと思うんですが?」
セントレジャー相手に遠慮なく愚痴を言うスフェーンは、そこで飲んでいたコーヒー缶を捨てる。
「うへぇ、やっぱり缶コーヒーはダメだな」
「豆を挽くのか?」
「いえ、友人が趣味でやっていたんです。まあこれが美味くて上手くて」
スフェーンはそこで少し懐かしげに呟いた。
「なるほどなあ…コーヒーとかは、現役の時は薬物に引っかかる影響でとった事がないな」
「ああ、競馬って確かカフェイン引っかかりますもんね」
そこでスフェーンはリヤカーに積んだロケット弾を手に持つ。
ロケットランチャーを自衛用に持ち出し、物騒なリヤカーが山道を走っていた。
「んん〜っ、久々に走ってみようかなぁ〜…」
「俺に走りでついてこれると?」
「置いてかれない程度に手加減してくださいよ〜」
リヤカーを引いて走っていセントレジャーは軽く笑うと、そこでリヤカーの取手を握る。
「さて、行こうか」
「うい〜っす」
スフェーンもリヤカーに乗り込むと、セントレジャーは再び走り出した。
『セントレジャーさんの走りは凄まじいですね』
「ね、馬鹿かと思っちゃったよ」
街の貨物ターミナル。そこに停めている自分の列車に乗り込んで泊まる支度をする。
車の修理をする事となり、仕事用のナッパ服に着替え、宿泊セットを鞄に詰め込んで工具箱を手に取る。
「まったく、バイクの修理のはずがどうして…」
『それはスフェーンが上手く乗らされたからでは?』
ルシエルはそう言い、フィルム映画を一晩中見ていた彼女を思い返す。
「でも面白い」
『それはそう』
スフェーンはそこで荷物をまとめ終えると、
『ちなみにスフェーン、いくつか指名依頼が届いておりますが…』
「断って〜」
『分かりました』
そこでスフェーンのタブレットから仕事が消去される。
「やれやれ…」
そしてガレージに移動すると、そこでロケットランチャーを片付けて散弾銃を手に取る。
『銃必要ですか?』
「自衛手段自衛手段。自分の身すら守れないなんてアホらしいし」
そう言って防弾チョッキとスピードローダーを腰に巻いてスフェーンは列車を降りる。
「よしっ、パーツ買って移動しますか…」
『ですね、近くのバイク屋をセレクトしました』
そこでルシエルが適切なバイク屋を検索すると、スフェーンに見せる。
「んん〜…とりあえず全部見て回るか…」
運輸ギルドを歩き、数軒あるバイクの部品を売っている店を見る。
遠くでは出発線から貨物列車が出ていく合図の長い汽笛が鳴り響き、踏切を長い貨物列車が空貨車を引いて進入する。
「う〜む…どこが良いかな?」
長い踏切を越え、外の市電を待つ間。店のレビューを見ながら時間を潰し、市電が来る前に良さげな店を選んでいた。
「珍しいな。お前さんが山を降りてくるとは」
市内のあるパブでは、すこしビール腹が特徴的なバーコード親父が陽気に笑ってカウンターに座るセントレジャーに話しかける。
「なに、ちょいと面白い娘を招いたもんでな」
「ほーん、どんな奴だ?」
娘と聞いて店主はカウンター越しに肘を立てて興味深そうに聞いてきた。
「運び屋をしているらしい若い女だ。俺が無愛想に出ても身じろぎ一つしなかった」
「ほぉ〜、そいつぁ相当肝の据わった女だ」
そこで彼は人工コーヒーに沸かした湯をドリップしながら注文の入ったコーヒーを淹れる。
セントレジャーの偉業は誰もが知るところであり、そんな彼が引退後に隠居のようにこの街に住んでいることは公然の秘密といった具合で、彼等は昔馴染みだった。
「運び屋と言ったら、家を持たない流浪人のイメージだかなあ」
「実際そうなんだろう。ここの夜を知らんようだ」
「特にお前さんのいる山道は冷えるからな。ありゃあキツイぜ」
店主はそう言うと注文の入ったコーヒーをテーブルに置くと、ウェイトレスのアンドロイドがそれをトレーに乗せて運んでいく。
「五番だぞ。間違えんなよ?」
「分かりました」
少々ぎこちない様子でアンドロイドはコーヒーを運んで消えていく。それを見て
「新米か?」
「ああ、この前入ったばかりでな。今は教育中だ」
アンドロイドは生まれた時点で一定程度の教育のデータが転送されている。個性を持つことを望んだ彼等は、生まれた後はそれぞれ教育を受けることで育っていく。
今まで育まれたビッグデータを参考に成熟し、育まれる個性の確立は『同じアンドロイド』を無くしていた。
今でも時々社会問題としてあげられる『完全サイボーグとアンドロイドの差異』についてが一瞬セントレジャーの脳裏を過ったが、今は関係ないとそのまま放り投げた。
「んで、話は戻るがその若い運び屋の嬢ちゃんは?」
「バイクを壊したから、今は部品を買っているはずだ。まあ、集合場所はここにしたがな」
セントレジャーはそう答えると、近くに座ってした顔馴染みがつまらなさそうな表情を浮かべた。
「何だ、ついに女を囲んだのかと思ったぞ」
「阿呆、俺がそんなことをする人間に見えるか?」
「だから面白そうだったのによ」
すると昼間からビールを煽っていた同じ席に座る客が言う。
「週刊誌にすっぱ抜かれるなよ。アイツら三文記事でガセも平気で書くからな」
「週刊誌の編集部長が何言ってんだよ」
セントレジャーが苦笑混じりに言うと、その客は胸を張った。
「俺のは真実しか書かない公正公平な週刊誌だからな!質は保証するぜ」
「はいはい、今度お前さんのとこのやつを買えばいいんだろう?」
そんな事を話していると、パブの扉が開いた。
「いらっしゃい」
入ってきた客に店主はグラスを手に握りながら定型文で返すと、そこで紺色のナッパ服に帽子を被ったその女性はセントレジャーの隣の椅子に腰掛けた。
「ビール、できれば地ビールを一つ」
「はいよ」
そこでその声を聞いたセントレジャーは軽く驚いてハッとなって横を見た。
「スフェーン…」
「どうも」
「…」
今の彼女は濃い色のサングラスを掛け、紺色のナッパ服に帽子、同色の防弾チョッキ、イヤリングそして散弾の入ったスピードローダーを腰に巻いて背中に散弾銃を背負っていた。
「どうしたんだ?」
「どうしたも何も…これが仕事をする時の格好ですよ」
結った髪を帽子の中に入れ、イヤリングに埋め込まれたスフェーンがわずかに煌めいた。
「傭兵みたいだな」
「まあ運び屋やる前はやっていましたけどね」
そこで傾けたグラスに注ぎ込まれるビールを見つめる。
黄金色の液体の上にきめ細やかな白い泡が乗せられるように注ぎ入れられる。
「まあ傭兵はイヤリングなんてしませんけどね」
「なぜだ?」
「太陽光で反射して居場所がバレるから」
スフェーンはそう答えるとポケットから箱とライターを取り出した。
キンッ
ビールが用意される間にスフェーンは煙草の火をつける。
彼女が高級ライターで火をつけて煙草を吸う姿は手慣れていた。
「おいおい…」
「だってここ、吸ってもいい場所じゃないですか」
そう言いカウンターに置いてあった陶器製の純白の灰皿を手元に近づけて煙草を吸っていた。
「そもそもパブって出る頃にはタバコの匂いが染み付く訳ですし」
セントレジャーは煙草をやる趣味は持ち合わせておらず、かと言って店の客は平気で机に一つある灰皿に煙草や煙管、電子タバコを吸っていた。
「ふぅ…」
煙を一度吐くと、スフェーンの前にグラスが置かれた。
「あんたが、例の運び屋かい?」
「横の人が言ってたなら、そうですね」
スフェーンは店主に硬貨を出しながらグラスを手元に引くと、そのまま口元に持っていく。
「酔っ払ってリヤカーで寝るなよ?」
一通りの買い物を済ませたセントレジャーは横で座るスフェーンに聞くと、彼女は余裕そうに微笑んで返す。
「あら、ジンをショットで一本飲んでも倒れないくらいには強いですよ?」
「…鉄の肝臓持ちか」
セントレジャーはスフェーンにやや苦笑して自分も頼んでいたソーダ割りウイスキーを傾けた。




