#255
映画鑑賞を行なって一夜明けた頃、セントレジャー邸で一泊をしたスフェーンは気温の上がったガレージに戻って作業を再開した。
「ひえ〜、エンジンが冷え冷えだ〜」
「新手の駄洒落か?」
どこが壊れたのかがまだ不明のままガレージから引っ張られたので、分解したエンジンのパーツが全部ここら辺特有の低い気温によって恐ろしく冷たくなっていた。
ただ恐ろしいくらいここら辺か乾燥していたので金属が湿ったりする現象はなかった。
「いや、そういう訳じゃないんですけど…」
スフェーンはそこで改めて自分のエンジンの点検を行う。
「それより、なかなかセントレジャーさんも珍しい車をお持ちのようですね」
そこでスフェーンは埃をかぶっている高級車を見る。
「あぁ、これか?」
赤色に塗装されたその車を前にセントレジャーはやや呆れた表情で言う。
「引退した後、スポンサーだったやつから引退記念にもらったのだが…あまり乗る機会に恵まれなくてな」
「Oh…」
まじかよ、引退記念で赤い高級車を貰えるとはさすが生ける伝説。
「孫も娘達も獣人でな…長男は人だったのだが…」
故に彼は昔、獣人の家族と共に走ったと言う。…時速六〇キロ程度で。
「さ、さすがは馬の獣人…」
「子や孫と走るのは楽しいぞ。昔は何度もこの山道を走ったんだがな…」
軽くご立派な顎鬚に触れて懐かしげに語るセントレジャー。本当に楽しかったのだろうと言うのが伺えた。
一夜で映画を視聴し、まだあの胃もたれさせるために作った米バーガーが大変セントレジャーは大変お気に召した様子で、彼から恐ろしい信頼を勝ち得ることになった。なぜだ、嫌がらせのはずなのに好かれるとは…。
「全く、馬鹿息子が変な宗教にはまっちまったせいでな…」
「あぁ…」
そこからはもう永遠とぶつぶつと愚痴を溢しており、スフェーンは軽く相槌をうってうんうんと答えてやることしかできなかった。
最強と言われた獣人でも子供には悩まされるんだなあ、とか思いながらスフェーンは話を聞いていた。
「大変ですね…」
「ああ、しかも『緑林教』とか言うカルトにのめり込みおった。おかげで自然主義だからと言って俺ですら顔を合わせんくなりよった」
「マジっすか…」
スフェーンの表情は唖然としたものになる。緑林教かぁ…なんかパシリコの方で最近流行っているとかいうよく分かんない宗教だ。
一応理念は『エーテルの無い生活で緑ある星に戻そう』というものだ。
これだけエーテルが生活と密接した世界でそんなことができるのかと甚だ疑問に思うところではあるが、彼らの緑を世界にと言うのはグリーンボウルのあの理念と通ずるところがあった。
「苛烈な自然主義ですか…?」
「ああ、あの馬鹿どもにとって俺たちみたいな獣人は『異物』なんだろうな」
セントレジャーはそこでため息を漏らす。
獣人とは、はるか昔にとある変態な研究者が遺伝子組み換えで爆誕させた種族である。
人と獣の遺伝子を組み合わせることで誕生した、人類史上初の人為的に人から分離させた種族、当時の優れた科学技術が生み出した種族だ。
やはりいつの時代も革新というのは変態が成し遂げるものであり、そこで誕生した人以外の哺乳類の遺伝子を組み込んだ子種達は人とは違う圧倒的な肉体の強さを示す場合もあった。
そして、人為的に作り出された種族であると言う理由で純血主義を掲げる人々などから迫害されてきた歴史も存在する。
「随分と苛烈な自然主義者ですね…時代遅れというか、手遅れというか、なんと言うか…」
「全くだ。あいつも獣人とのハーフだから孫に獣人の子が生まれる可能性だってあるのにな?」
基本的に獣人と人が子を成す場合、生まれてくるのは人か、獣耳の付いた赤ん坊のどちらかのみ。両方の遺伝子を混ぜ込んだ容姿の子が生まれてきたことは今まで一度もない。また獣人同士の結婚でも人の子が生まれると言う事例も確認されている。
「ちなみに、お子さん達は何人居られるのですか?」
「八人だ」
「わー、お盛んな夫婦」
「そう褒めてくれるな。いい妻だったよ、アイツは」
セントレジャーはそう言って少し懐かしげに語る。
彼曰く、八人の子を作った後に病で倒れる事となった彼の妻。
彼は一途だったようで、それ以降再婚をすることはなかったとネットでは書かれていた。
獣人と言うのはアレが大きいことが大半であるが故に、結婚相手には事欠かないと聞いた事がある。また体力が豊富で、疲れ知らずであるが故に女性でも人気があるのは知っていた。だからこそ獣人と言うのは爆発的にその数を増やしていた。性の力ってすごい。
傭兵をしていた頃、大体獣人の傭兵と言うのは金が貯まれば早々に引退する事が多かった。そして大体結婚をしている。
ただ一方で、獣と呼ばれる人では無いものと融合させた代償として獣人と言うのは寿命が短い存在であった。
サイボーグ化をしていない場合、人の場合は一四〇年の寿命があると言われ、獣人の場合は八〇年が限界と言われていた。俗に言う『140年の壁』と『80年の壁』と呼ばれるものである。
完全サイボーグ化をした場合は、これに当てはまらない。
「(まあ私の場合は生殖機能無いんだけどさ…)」
そもそもどこかの夢見がちな女子の如く、この体から排泄物が出ない時点で人外なのだ。
少なくともこの体を持っている人間を自分以外知らないので、スフェーンは同族いねぇかなあと言う淡い期待をしながら旅をしていた。
「と言うか、俺はバイクの後ろにロケット弾があるのが気になって仕方ないんだが?」
セントレジャーはそう言ってバイクの後部ラックにしまわれている武器を前に表情を引き攣らせる。
「大丈夫ですよ?安全装置はつけたまんまですから」
「…軍警察に捕まるぞ」
「大丈夫ですよ。捕まったら武器を差し出せばいいだけですし」
少なくともまだ爆発物搭載のロケットランチャーの回収率は低い。
自衛手段としての武器の所持制限は緩いので、スフェーンは『まだいける!』と判断していた。
「はぁ…下手うってガレージを吹き飛ばすなよ」
「大丈夫です。その場合、多分家も吹っ飛びます。と言うか、中に入っているのは拘束用ウレタンフォームですし」
「ああ…そうか」
セントレジャーは爆発物ではないと知って軽く安堵すると、スフェーンはそこで分解したエンジンの部品から割れたものを見つけた。
「あ、あった」
ガレージで点検をすること数時間、スフェーンは破損箇所を見つけた。
「見つけたか?」
「これですね、壊れてるのは」
工具箱を借り、そこでスフェーンはエンジンの割れた部品を手に取った。
「治せそうか?」
「パックリ逝ってるんで、交換しないと無理ですね…」
スフェーンは新しい部品を買う必要があると言って通販サイトを開く。
「通販は…ああ、ここまで三日かかぁ…」
場所が郊外故に配達も時間がかかる。
一応、このサイトは信用できる商品を送ってくれる専門なので、違う商品が来ると言うギャンブルをする必要はなかった。
「また泊まるのか?」
「いえ、街に降りて、あったら部品を買って戻ってくる感じですかね…」
さっとスフェーンは予定を立てると、セントレジャーは聞く。
「どのくらいかかる?」
「長くて半日。早くても十時間ですかね…」
「おいおい、夜に走れると思うか?」
「下に降りたついでに、列車から防寒服取ってきますよ」
現在、留置線に留め置かれている自分の列車。荷物を取りに行こうと考えていると、
「一番簡単な移動手段がある」
「え?何ですか!?」
セントレジャーにスフェーンが聞くと、彼はガレージの隅に折りたたまれていたリヤカーを展開する。
「えっ、もしかして…」
やや引き気味なスフェーンにセントレジャーは取手を持った。
「ほれ、運んでやる。乗れ」
「え?いやいや!流石にそれは…!!」
あまりにも畏れ多すぎる提案にスフェーンは断ろうとしたが、
「俺に走りで勝てると思うか?」
「…ムリダナ」(・×・)
想像してみてくれ。無敗の獣人に時速六、七〇キロでリヤカーに乗せられて運ばれる様を。
恐ろしい。色々な意味で。
「あの…私も走れますよ?」
スフェーンも素で時速三〇〜四〇キロは出せる。鹿の獣人として通っているが故に元々が四つ足の動物の獣人らしく足は早かった。
「ふむ、だが荷物を持って移動というわけにも行くまい。ついでに私も買い出しに出るところだ」
「じゃあこれに乗ればいいのに…」
そう言いスフェーンは高級車を見ると、そこでセントレジャーは返す。
「この状態で動くと思うか?」
「…」
「少なくともここ数年はエンジンすらかけてないぞ?」
「逆になんでそこまで放置したんですか…」
スフェーン埃まみれの哀れな高級車を一瞥する。
「近ければ車は使わなくても十分だ。乗っていたのは、子や孫が走る前の頃だ」
「ああ…はい」
なるほど、流石は元選手です。あの道のりは短い分類なのね。まあ私も走れなくはないけど。
「どうしたものかと思っているただかな…」
「治した後にオークションに出せばよろしいのでは?」
「っ!?」
直後、天啓を受けたように目を見開いてセントレジャーは呟いた。
「お前さん…天才か?」
「え?逆になんで金にしようとしなかったんですか?」
スフェーンはセントレジャーに思わず突っ込んでしまう。なんか、前にも違う人と似たようなことをしたような気がするのは気のせいだろうか?
「なるほど、車をオークションか…」
「元が高級車だから多分売れまっせ」
スフェーンはセントレジャーに言うと、彼は少し考える。
「なら知り合いにディーラーがいる。修理をしたら相談してみるか…」
「逆に今はどのくらい壊れているんですか?」
スフェーンはそのまま破損したパーツを置くと、車のボンネットを開ける。
「ああ〜…」
そしてエンジンを見たスフェーンは軽く顔を顰めた。
「バッテリーはもうダメですね。オイルクーラーもこりゃダメだろうなあ…」
スフェーンはセントレジャーと共にエンジンを見ながらそんなことを話していると、彼は聞いた。
「直るか?」
「まあ直りはするでしょうけど、まずは自動車屋に持って行ったほうが良いですね」
そこでボンネットを閉じた。




