#254
「このフラスコはレンズの代わりになる」
水で一杯のフラスコを機械にセットしながらセントレジャーはスフェーンに説明をする。
その準備をしている機械は木材で囲まれた恐ろしく古く、原始的な機械だった。
「映画ですか?」
「ああ、俺の趣味だ」
セントレジャーは頷くと、趣味は古いフィルム映画の鑑賞だと言った。
「この機械はシネマトグラフという名前だ。はるか昔、1895年に作られた撮影機械の複製だな」
「へぇ〜…」
そこでスフェーンはそのシネマトグラフの準備を手伝っていた。
今から千年以上昔に作られた撮影機械を前に軽く驚きの声を漏らす。
『シネマトグラフ…情報にはありますが、あまりにも古くて現在ではその技術はほぼ失われかけていますね』
「(まあ今時カメラとかサイボーグがあるしね)」
サイボーグの眼球に録画用のカメラがあるような時代、こんな大きな機械は持ち歩くだけで面倒というものだ。
「すまん。電源を」
「どうぞ」
そこでバッテリーと繋いだコードを持ってくる。コードを使うなんてこれまた古い電源だと思いながらセントレジャーに手渡す。
「映画はたまにシネマと言うだろう?あれの語源がこのシネマトグラフというのだ」
「へぇ〜」
へぇボタンを押したくなるようなトリビアを披露されながらセントレジャーは準備を終えると、そこで電源が入れられて光源となるアーク灯が灯された。
「わっ、眩しっ!」
「あまり見続けると目を焼かれるぞ」
『目がぁ!目がぁぁああっ!』と言いたくなるシチュエーションだったが、スフェーンは促されて席に座ると、そこでセントレジャーは蓋を開けたアルミ缶から黒い渦状のものを見る。
「それは?」
「三五ミリフィルムだ。十七メートルある」
「十七…」
リールに回れた黒い束をを見つめるスフェーン。
「これで上映時間は五〇秒だ」
「短っ!?」
ぐるぐる巻きのフィルムを前にスフェーンは軽く驚くと、セントレジャーは軽く笑いながら機械にセットする。
「この機械はアーク灯以外に電気的な信号を使わん。これには半導体やトランジスタすらも無い」
「よくそれで動きますね…」
「その分人力と化学反応が基本と言うことだ」
彼は準備を終えると、そこで機械のハンドルを手に持ってそこを数回グルグルと回し始めた。
「さぁ、始めようか」
そこで彼は早速映像を見せてくれた。
「…」
カタカタと音を鳴らし、スクリーンに映る映像を見たスフェーン。その手には先ほど作った米バーガーが握られていた。
映画館と言うものは、はるか昔に存在していたと言うのは知っている。
子供の頃、近所の奴らと共に公園で父親が好意で映画を見させていたはずだ。
流れている映像は『工場の出口』と言う作品。
五〇秒ほどの短い映像で、これが史上初の映画だと言う。
「…」
門が開き、そこからドレスや帽子を身につける女性が多く出てくるだけの映像。
短い映像で、音もない。ただそんな映像を前にスフェーンはバーガーを一口。だが不思議なことに、なぜかその映画から目が離せないのだ。
なんと言うべきか、よく分からないが…。
カタカタと音を立てながら動く映像。素早く動くフィルム。
セントレジャーは回しながら映像を見て、とても楽しんでいるようだった。
「どうだね?」
「…不思議です。ただ出てくるだけなのに、目が離せなくなりました」
セントレジャーはスフェーンの感想に頷く。
「このフィルムは複製された偽物だが、本物と同じ製法で作られたセルロースのフィルムだ」
彼の選手人生で稼いだ金はほぼ全てフィルム映画に消えたと言って笑った。
「次はどのフィルムにしようか…」
彼の足元には多くのアルミ製のフィルム容器が置かれており、なんの映像かのシールが貼られていた。
「…」
興味本位でスフェーンもそれを覗き込むと、その中の一つを手に取った。
「これは?」
「1800年、パリ万博の映像だな」
「万博?」
聞いたことのない言葉を前に首を傾げると、セントレジャーは答える。
「世界中の品々を集めて行われる文化や技術力の博覧会だ。まだこの世界では一度も行われていないがな」
「そりゃそうですよ」
そもそもトラオムは一度大災害によって『文化』と『歴史』が一度全て洗い流された事で『文明』が一度失われた世界だ。
そんな世界で、『文化』や『技術』を集めることなどできるはずがないのだ。
それに『技術』と言うのは企業が独占しており、それらは門外不出の秘伝の様に扱われていた。
技術というのは形のない企業の財産であり、著作権というのが無く、生馬の目を抜く様な殺伐としたこの世界において、態々技術力を広めるなんてあり得ない。というのが常識だった。
リバースエンジニアリングによる技術奪取や産業スパイによる技術の争奪戦が日夜行われており、下手をしなくとも傭兵の様な戦場よりも、もっと暗く混沌に満ちた世界と言えるだろう。
「見てみるか?」
「お願いします」
スフェーンは頷くと、そのフィルムを渡してセントレジャーは新たなフィルムをセットすると再びクランクハンドルを握って回してくれる。
後ろからの強い光を当てられてスクリーンに映る映像は無音だが、写っている人達の顔は楽しんでいる様に見えた。まるで音が聞こえてきそうな雰囲気だった。
「あの塔は?」
「エッフェル塔だ。この万博を記念して立てられた塔な筈だ」
セントレジャーはスフェーンの質問に答え、ついでに彼女はルシエルからの追加情報を聞く。
『エッフェル塔は、一時世界一高い建物として君臨した塔であり、三三〇メートルの高さを誇っていたそうです』
「(三三〇で世界一か…)」
今ではごまんと存在しているビルの高さだなと思いながら映像を見る。
旧暦の時代は圧倒的に長い。
まだまだ歴史の浅いトラオムでは追いつけ無いほどに深い。その歴史が、タイムトラベルをして目の前に映し出されているのだ。
「昔のフィルムは、ハロゲン化銀の感光性による遊離でモノクロが映し出されている。だから『一発撮り』が基本だ」
「一発撮りが基本なんですか」
「そうだ。今の様に何回も取り直しをするには、このフィルムを何個も用意する必要があった」
彼はそう言うと、映像を見てそこに映る動く歩道や古いモノレールの映像を見る。
「一発でいい絵を写さなければならないから、自然と力が入るのだろう」
「…少ない時間でより多くの情報を入れたい、と?」
「そう言うことになるな。だから、撮影者の意気込みというのが感じ取れないか?」
「…」
そこでスフェーンは言われ、次々とセントレジャーが見せてくれるフィルム映画を眺める。
「まるで、絵画の様ですね」
そこでスフェーンの脳裏には、命を賭けて絵を描き続けたとある画家を思い出させた。
自分が花に囲まれているあの絵は飾るにしては少し大きいサイズで、尚且つ自分をモデルに描かれていると言うことでちょっと恥ずかしいと言うか、自分の部屋に自分を飾るなんて王族以外思いつかなかった所業故にスフェーンのガレージに今もあの絵は片付けられていた。
『あの絵を飾りましょう』
「(恥ずいんだから、飾ったら速攻片付けんぞ)」
スフェーンはルシエルに忠告する様に言いつけると、セントレジャーはスフェーンの意見に頷く。
「絵も人の感情が現れるとよく言うものだな」
そこでよく言われるのが、『写真は人の感情を良く映し出す』と言うものだ。新聞などの記事に使われる写真というのは、静画が基本である。
そして写真に映る人の表情と、記事に書かれている内容は真実を表すと、誰かが言っていた。
「この映像には、それと似たようなものがある気がします」
「そうだな…まあ、映像というのは写真を連続して撮影したものを繋げた様なものだ。案外、それと同じ原理かもしれんな」
彼はそこでパリ万博の映像を見ると、そこでフィルムを手に取る。
「今度のは、お前さんも馴染みのある映像かもしれんな」
「どんなのなんです?」
「まあ見ればわかる」
彼はそう言うと、新しいフィルムをセットしてハンドルを回す。
すると映し出されたのは、ゆっくりと駅に向かって進入してくる蒸気機関車の映像だった。
速度をだんだん落としていく列車はカメラの目の前で停車すると、後ろに繋がれていた小さなコンパートメント客車の扉が一斉に開いて中から乗っていた乗客達が一斉に降りてきていた。
「ほえ〜…」
「『ラ・シオタ駅への列車の到着』という名の作品だ。さっき見せた工場の映像と同時期に上映された映画だ」
「へぇ〜、鉄道って最初期の頃に映画になったんですね」
「ああ、当時。この映像を見た観客は、迫ってきた列車を前に驚いて悲鳴を上げて後ろに逃げたという都市伝説がある」
「ははははっ、音も無いのに驚くんですね」
「当時はそういう話が出るくらい衝撃的だった、という話だろう」
セントレジャーはフィルムを回しながら答えると、スフェーンに聞いた。
「すまんが変わってくれ。俺も腹が減ってきた」
「わかりましたよ」
スフェーンは軽く頷くと、そこでセントレジャーにフィルムの差し替えかたやハンドルの回す速度、フィルムの片付け方などを教わると、実践してみろと言わんばかりに新しいフィルムを渡してきたが、
「あらららら?!」
知識で理解しても慣れない作業でうっかりフィルムを床に落としてしまうと、
「馬鹿者!」
「あだっ!」
容赦無く拳骨を喰らう。ひどい!こっち乙女だぞ!
「フィルムに埃がついたらどうするんだ!」
「お、おっしゃるとおり…です」
うん、私が百悪いですわこれ。うん。
とりあえず拳骨で生まれたたん瘤を軽く摩ってスフェーンは情けない声で軽く謝罪すると、そこで改めてフィルムを回収してセットをしてシネマトグラフのハンドルを回す。
「今時、こういうものは売っているんですかね?」
「調べればある。趣味の範疇だがな」
「へぇ…」
まあ技術自体は比較的簡単なので再現ができるのだろう。まあハロゲン化銀なんて結構色々な場所で使うし、セルロースなんて家でも作れる物質だった。
「よっと。じゃあ映しますね」
「ああ」
そこでスフェーンは準備を終えると、ハンドルを回して映画の上映を行う。
そこからは夜が明けるまで映画を見倒した。
その間、フィルムで撮られた昔の映画に私は興味が湧いた。
一発撮りだからなのか、彼の見せてくれた映像が全て気合いが入った強い思いを、ただ美しいと思ったものを残したいという思いが強く感じる映像ばかりだった。
たとえその映像が、欧州人がアジア人に鳥に餌をやる感覚でお菓子を投げる映像であっても、どこかその映像に引き寄せられる不思議な魅力があった。




