#247
軌道エレベーターに巣食うように作られたと言うそのスラム街は、長年にわたる放置によって増築に増築を重ねた汚い雪だるまのような都市であると言う。
「階段長すぎ〜」
「この先に斜行エレベーターがありますから。そこまで頑張りましょう?」
ネクィラムを背負って歩くスフェーンのぼやきにユウナが励ます。おいジョン、テメェ男なら率先して老人運ばんかい。
「ところどころに灯りがあるのは幸いだな…」
ジョンはそんなスフェーンの思いを知ってか知らずか、呑気にそんな事を言う。
「全く、男ならちょっとは手伝ったらどう?」
「生憎、肉体労働は不得手でね。下手に仕事を増やすくらいなら何もしないのが私のやり方なんだ」
「チッ…」
軽く舌打ちをすると、階段を降りる四人はある階で待っていた治安官に敬礼を受けた。その治安官はそのまま側のドアを開けると、
「うわぁ…」
そこには大量の投光器によって眩く照射された、幾多ものあばら屋がミルフィーユの如く積み重なった景色が広がっていた。
ビルの建設現場で使われる足場がそのまま街の通路となり、壁に沿うように街が形成していた。
「B2ブロック、巡回終わりました」
「よし、次の区画に移動するぞ」
「こっちバラします?」
「そうだな、邪魔ならとっぱらっちまえ」
多くの治安官が銃を手に巡回を行い、国軍兵士がスラムの住人の誘導を行う。
無数の投光器によってその全景が映し出された景色は見事と言うべき、悍ましくも歴史を感じさせる構造をしていた。
「すっげ」
「こんなスラム街なんですね…」
四人ともガスマスクをしたままそのスラム街を眺める。
この場所は、長年のスラム化に伴う死体放置やし尿の垂れ流しによって大気汚染されており、この場所は雑菌や細菌が飛んでいると言う。
全力で換気作業を行なっているが、それでも完了するのはしばらく後のこととなる。
「何れは本格的な解体工事も行われることだろう」
ネクィラムはそこでスフェーンに地面に降ろすように言うと、彼はスフェーンの手を握って杖を片手に歩く。
「大丈夫?歩ける?」
「ああ、目的地は大気汚染がそれほど深刻ではないらしい。まあ、そこまでの我慢だな」
「ん?普通そう言うのって下の方が汚染されない?」
ネクィラムの言葉にスフェーンが首を傾げると、彼は言う。
「それを調べるのも我々の仕事だ」
「エーテルはまだ謎に包まれていることが多いですからね…」
ユウナが言うと、一行は治安官の誘導の元にエレベーターまで向かう。
作業員用の点検エレベーターだが、どこかの誰かが勝手に電源を繋ぎ直していたことで使えるようになっていたという。
ただ場所が下の方にあるので、そこまでは歩いていく必要があった。
「…」
その道中、もはや骨となって発掘された遺体を治安官が袋に入れて運ぶ。
ここはありとあらゆるゴミが堆積しており、また闇市場の現場でもあった事から議会はここを監視する事で治安維持を行っていたと言う。
『実際、摘発の際に捕まった犯罪組織も多くあるようですね』
「(逃げられんでしょう。ここは海の中だし)」
現在スフェーン達のいる場所は海抜マイナス一二〇メートル。洋上に建設されているこの施設は地下に巨大な空間が生まれていた。
一つ壁を挟んだ反対が海である以上、出入り口は限られてしまう。だから逮捕しやすかったのだろう。
『この軌道エレベーターは、海抜マイナス約一二〇〇メートルの海中部分と海抜約四〇〇〇メートルの地上部分に分かれています。その海中部分に作られたスラム街ですので、文字通り街と呼ぶに相応しい規模ですね』
「(ワー、バカミタイ)」
思わず棒読みになりながらスフェーンはそのスラム街を見る。
「…行きましょうか?」
「そうね」
そこでスラム街を見下ろすスフェーン達はスラム街を歩く。
スラム街には違法な酒場や醸造所まで存在する有様であり、武器市場まで存在していた。
「大丈夫?」
「ああ」
ゆっくりと階段を降りるネクィラム。手すりなんてやさしいせかいじゃないので存在せず、当たり前のように梯子で下を降りる必要がある。
梯子で降りる時は流石にネクィラムを肩に担いで降りていた。
「よく足場が壊れないな…」
工事現場でしか見ないような細い足場が蜘蛛の巣のように組み上げられた様を見て思わず呟く。これは誰がどう見たって現場猫案件だぞ。
「でも過去に何回か派手に壊れたみたいで、残骸が下の方に溜まっていますね」
「ほへ〜」
そこでスフェーンは細い橋渡しで繋げられたスラム街中央部分を見ると、永遠の暗闇がそこにはあり、思わず身震いをしたくなる。
「スフェノスさん、こっちこっち」
軽く手招きをしてユウナはスフェーンを誘導すると、ネクィラムと共に歩く。
聞くところによると、下に行けば行くほど汚くてよりヤバいごろつきがいると言うこと。だから下に降りれば降りるほど通路には必ず治安官が小銃を両手に立哨をしていた。
「お疲れ様です!」
「うん、ご苦労」
敬礼をする治安官にネクィラムも頷いて返し、エレベーターの昇降台に向かった時、
「っ!」
狭くて暗い路地、そこの薄い壁を突き破って一人のサイボーグが飛び出してきた。
「っ!?」
飛び出してきたゴロツキの手には自動小銃が握られ、その銃口はネクィラムに向けられていた。
「おのれ……うおっ!?」
しかし直後、彼の視界は閃光に包まれた。
「…」
目から眩い閃光を発し、それで相手が怯んだ一瞬でスフェーンは腰に下ろしたホルスターから拳銃を抜き取ると、その引き金を引いた。
ッ!!
放たれたホローポイント弾はゴロツキの喉元に命中すると、中で銃弾が裂け、鉛が体内組織を大きく破壊する。
低貫通の代わりに広範囲の組織を破壊する銃弾は、確実にゴロツキを斃す。
「かはっ…」
そしてそのまま後ろにのけ反ると、地面に音と埃を立てて倒れた。
「あぶね〜…」
軽く冷や汗をかいてスフェーンは倒したゴロツキを見る。
一発で命中させた事にジョン達は驚いており、前に彼女の拳銃の腕を見たことがあるネクィラムはため息を吐いた。
「やれやれ、馬鹿どもがもうこんな場所にいるのか」
「どっから抜けて来たの?」
「さあな、何せここは蜘蛛の巣だ。どこにどの通路があるのかは、まだ完全にわかっていない」
ネクィラムとスフェーンは淡々とそんな話をしており、こう言う現場に慣れていない二人は死体を前に絶句していた。あまりにも軽く消えたその命に、ジョン達はスフェーン達と何かしらの相違点を見た気がした。
少なくとも自分たちだったら、固まったまま何もできなかった。そう断言でき、またすぐに対応できたスフェーンや、耳元で銃声を予感して一瞬で耳を塞いだネクィラムは、それなりに危険な場数を踏んでいるのだと認識できた。
「ちなみに、その噂の場所に行く方法も、これから探す予定だ」
「えー、マジかぁ…面倒だなぁ…」
スフェーンは軽くため息を吐くと、そのまま下に向かえる斜行エレベーターに乗り込む。
「おーい、来るんでしょー?」
「あっ、はい!」
「今行く」
スフェーンに呼ばれ、足が固まっていた二人は、後ろで死体となったゴロツキを見ながら、困惑を隠しきれない様子で斜行エレベーターに乗り込む。
「ここまで苦労様です」
「うん、話の場所はこの先かね?」
「はい、エーテル反応の急激な上昇と、空間細菌の急激な減少が確認され…」
人が一人死んだと言うのに、治安官達は淡々とネクィラムに話をする。
少なくとも、彼らにとってこういう死というのが身近にあるのだというのを如実に表している気がした。
「うわっ」
そして近くの治安官が、先ほどスフェーンが斃した遺体を見て思わず呟く。
「綺麗に首元に当ててら」
「すげえぜ。あの閃光と言い、目潰しされたぜ」
「ありゃ、やり慣れてる奴だぞ」
「それも相当にや」
綺麗に首を貫通して死亡している遺体を見て軽く唖然となる。
「あの女、何者なんだ?」
治安官は首を傾げながら増援を呼んでいた。
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列車強盗に出会し、一人倒したジェロームは列車の通路を走る。
その手には拳銃を持っていた。
強盗から奪った小銃は、生意気にも指紋認証付きの銃であり、本人以外では安全装置が外れることがない代物だった。強盗の癖になかなかにしっかりした武器を持っており、彼は軽く毒吐いた。
「全く…」
生憎、解除デバイスも持っていなかったので彼は拳銃一つで強盗と相対する必要があった。
この拳銃の装弾数は八発、的確に敵に当てて制圧する必要があった。
この様子では、各列車に駐在しているトレインマーシャルはすでにやられていると見ていいだろう。
「っ!」
「はぁ!?」
「何だっ!?」
階段を上がり、食堂車に繋がる貫通路を開けた時、中にいた一人の強盗が驚愕する前にジェロームは持っていた拳銃の引き金を引いた。
「うおっ!?」
発射されたホローポイント弾は、強盗の持っていた銃の機関部を破壊し、同時にその破片と裂けた弾頭が強盗の腹部に命中した。
「ぎゃあぁ…」
そしてそのままの勢いでジェロームは強盗の頭を持つと、そのまま電気ショックを流して気絶させた。
あえて致命傷にならない程度に制圧してから、彼は食堂車を抜ける。
「!」
何事かと飛び出して来た強盗は、別車両から出てくるとそこで持っていた銃の引き金を引いた。
「…」
しかし弾頭は、サイボーグ手術を受けたジェロームの最高級の計算能力を持った眼球によって即座に弾道計算がなされて予測線が現れると、軽々とこれを避けた。
「なっ…!!」
「サイボーグだ!」
誰かが叫んだ直後、ジェロームは持っていた発煙弾のピンを抜いて転がす。
バシューッ!!
そして吹き出す黒煙。狭い車内の通路で、その煙はあっという間に車内を包んだ。
「くそっ!」
「逃げ…」
狭い通路で、逃げようにもできない状況で強盗達は退避しようとしたが、
「うごっ」
「ふぐっ!?」
双方顔面を鷲掴みにされると、直後に電撃を流され、泡を吹き、ショートを起こして倒された。
「まだ長いな…」
そして煙を抜けた先で軽く汗を流しながらジェロームは前を見た。




