#246
軌道エレベーターは、元々宇宙と地上で物の行き来を簡単にする為に作られた施設である。
大災害以前の…いわゆる旧暦の時代に建造された施設は大災害を生き残った上でさらに長い時間、点検もほぼされていないのに崩壊することなく残り続けた。それだけで旧暦の科学力の高さが窺える。
「…」
施設の中はいまだに匂いが強く残っていた。
この軌道エレベーターは建造途中に大災害の被害に遭ったことで百年以上建設がストップしたままとまっており、その間に浮浪者や無法者たちが集まってスラム街と化した場所であった。
「結構臭うわね…」
「まあまだ制圧されたばかりですし」
「元はスラムだったと聞いているぞ?」
そしてエレベートが国に取り込まれたことを機に、この軌道エレベーターの建造再開の話が本格的に稼働し、その為この内部の治安執行が行われた。
元々住んでいた人々は国が用意した貧困層用住居に移動を行い、中の闇市は摘発が行われた。
一部戦闘も起こるほど大規模かつ迅速に行われた執行により、軌道エレベーターは国の管轄下に置かれた。
「とりあえず、これをとうぞ」
「おっ、あんがと」
そして施設に入った時、ユウナがどこから持ってきたのか、色々と装備を渡してくれた。
ガスマスクやライト、救命キットやヘルメット、プレートアーマーなどをつけていくスフェーン。
予備弾は正直あまり心許ないが、この際仕方ない。ほぼ着の身着のままで拉致られたわけだし…。スフェーンは半分諦めた状態で持っている銃弾の確認をする。
そして渡された装備を着込んで準備を終えた時、
「ん?おぉ!」
「げっ」
その声を前にスフェーンは思わず声を漏らしてしまう。
「うんうん、相変わらず素晴らしい輝きを放っているな!」
そう答えるのは二人目の変態であった。
そして盲目の彼は、エーテルで文字通り光り輝いているスフェーンをすぐに感じ取った。今の姿は…前に出会った時と同じ、大人の体型を有した姿だった。スフェーンが言うには『理想の姿』だそうだ。
「こっちは立派に拉致られたんですが?」
「まあまあ、これも何かの縁だ。手伝ってくれ」
「えぇ〜…」
ネクィラムはスフェーンに何の遠慮もなくいうと、軽く呆れた様子で返す。
スフェーンとネクィラムの関係はジョン達も知るところであり、またその際にスフェーンの話も少し聞かされていた。
「ねえ、ほんとにスフェーンさんって異能の使い手なの?」
「私に聞かれてもね…」
後ろでヒソヒソと言っているのが聞こえているぞ若いの。…まあ良いんだが。
実際、スフェーンの実年齢はユウナ達よりも上であるのは事実だが、その事を言うとはなしがひっじょぉぉおにややこしくなるので、敢えて言わない方向で行くことにしていた。
「んで、何をさせる気?」
ユウナによって拉致され、軌道エレベーターまで連れてこられたスフェーンは聞くと、ネクィラムは言った。
「簡単な話だ。我々についてきて、私たちを守ればいい」
「…それだけ?」
「それだけだとも」
ここはエーテル空間濃度が外とほぼ変わらず、長年の空気流入によりエーテルが溜まっていた。まあ流石にこんだけ長い時間放置されてたらそうなるわな。
「確かに掃討をしたとはいえ、まだスラムだった頃の残党がいるかもしれん。お前さんなら戦闘慣れしておろう?」
「いやまあそうだけど…」
「一応、君は私の研究所の仮の研究員だ。給料はそこからだそう」
「ちょっと待て」
ネクィラムの言葉を遮ってスフェーンは突っ込んだ。
「え?私、研究員扱いなの?」
「無論だ。私の研究対象だからな」
「おおぃ!うっそだろ?!」
「え?知らなかったんですか?」
これには逆にユウナが驚いており、ジョンはその間に今回の調査対象である軌道エレベーターの先行調査のための段取りを治安官と行っていた。
「知らないよ!あの職員カード、もう使えないと思ってポイしちゃったよ」
「えぇ…」
ユウナはドン引きした表情を見せる。仕方ないじゃん!だって臨時の職員カードだと思ってたんだからさ!!
「まぁその辺は追々なんとかしよう。ただまあ、仮の研究員であることに変わりはないぞ」
さあ行こうかと言って彼はユウナ達を連れて軌道エレベーターの奥に入っていく。治安官による護衛はネクィラム自身が要らないと固辞。よって護衛は実質スフェーンのみで行う必要があった。
なんか、色々と仕事が一気に増えたような気がしたが、スフェーン達は忘れる努力をして奥に入っていく。
「で、わざわざこんな場所までエーテル学会の異端児が何をしにきたんです?」
スフェーンは先頭を歩くネクィラムに聞くと、そこでジョン達が答えた。
「軌道エレベーターの制圧時に空間エーテルに異常な数値が出たという報告があったのだ」
「それで、私たちが直接赴いてその原因を調べることになったんです」
「なーるほ」
軽く頷くと、そこで四人は軌道エレベーターの非常階段につながる場所に向かう。
「…」
非常灯すら付かない真っ暗な空間、そして延々と続く地下。壁にはありとあらゆる落書きがされ、とりあえずホコリくさい。
「全員マスクを付けるぞ。ここから先は何が起こるか分からんからな」
ネクィラムが嗅覚で感じたそれを前に軽くくしゃみをしそうになる。ああ、本当に制圧したばっかなんだなと思いながらスフェーンも他と同様にガスマスクをつける。
「スフェノス。悪いが背負ってくれんか?生憎、ガスマスク越しでは見えなくてね」
「オケ」
スフェーンはそこで小銃を前に下ろし、ヘルメットのライトをつけてからネクィラムを背中に背負う。
「大丈夫ですか?」
「問題ないよ。行こっか」
ユウナの不安げな声に余裕げに答えると、彼女はネクィラムとジョンが作ったと言うエーテル検測機器を持って階段を降り始める。
…正直不思議なのが、あれほど濃い空間エーテルに囲まれて、この変態がエーテル病に罹っていないのはなぜだ?
「うわっ、暗」
「この下はスラム街があるそうで、エーテル反応もその方から…」
「ハウスダストが酷すぎる。よくこんな場所で人が生きて行ける」
ジョンが宙を漂う埃を前に言うと、四人は階段を降り始める。
軌道エレベーターは地盤に直接杭を打ち込んでいる影響で地下数キロに渡って巨大な空間が出来上がっている。
スラム街はそこにあり、制圧した軍警察によって地図が書き起こされている途中だと言う。
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息を殺してジェロームは外の声を聴いていた。
『人質は?』
『一箇所にまとめとけ!』
列車に響いた銃声、そして怒号、そして彼らの言葉。
「(列車強盗に遭うなんて聞いてないぞ…)」
拳銃をその手に握ったジェロームは、そこで今の状況の整理をする。
今列車を襲った下手人は銃を持っていて、人数は不明。
「(通信は…できないか)」
ジェロームはそこで思い出したように外との連絡を取ろうとしたが、襲撃者は電子戦兵を連れているようで砂嵐の映像が映し出された。
「チッ…」
反射的な自己防衛反応にどうしたものかと思っていると、列車の速度が落ち始めた。急ブレーキだったので慣性力で飛ばされそうになった。
「(列車を止めたのか…)」
すると列車のシステムを奪取したのだろう、列車強盗は車両の窓を全てカーテンと共に遮光シールドが展開し、外から中の様子は一切見えないようにされた。
「なんてこった…」
時刻は深夜、列車が不自然に止まったので多分すぐに軍警が駆けつけるに違いない。
多勢に無勢、今の自分にできることは何もないと思いつつも、今の自分の持っている財産をふと確認する。
「…」
今持っている財産の中で列車強盗の狙いそうなものといば…。
「これ、か…」
自分の手にはめたそれを前にジェロームは決める。
「倒そう」
ここまでわずか二秒の出来事。ならばと彼はすぐに行動に移す。
「おい」
「は、はいっ!!」
黒い目出し帽に、その手に自動小銃を持った強盗は背中から車掌を小突いて部屋を一つずつ鍵を開ける。
「ひぃっ!!」
部屋の鍵を開けると、直後に強盗は勢いよく開けて相手が動く前に行動する。
「こいっ」
「…」
強盗を前に乗客たちはひどく怯えた様子で腰が抜けていると、強盗はすぐにその女性客を掴んで目に当たった物全てを強奪して行く。
「急げ!軍警が来るぞ!」
仲間の一人が言うと、それに返して乱雑に奪った宝や時計、現金などを入れて行く。
彼らは一般的な列車強盗らしく、サッと制圧してサッと逃げるつもりだった。
「おい、次だ」
「はっ、はいっ!!」
そこで車掌は次の部屋の鍵を前にマスターキーを手に取る。
「…?」
そして鍵を開けた時、違和感を感じたが、いつものように強盗は車掌を押し退けると勢いよくドアを開けた。
「っ!!」
しかし部屋には一見何も見えず、銃口を向けた強盗は困惑してそのまま無警戒で部屋に顔を覗かせた瞬間、
「っ!?」
ドアを刺繍用のセルロースナノファイバーで繋がれた即席のトラップを勢いよく引っ張って、出入り口近くの壁で光学迷彩をかけていたジェロームは強盗に攻撃を喰らわせる。
「ぎゃっ!?」
引き戸と桟で頭に鉄のサンドイッチを食らった強盗は銃で反応する前に顔を鷲掴みにされると、
「っ!?!?!?」
直後に身体中に迸る電流。人が容易に悶絶する電圧を流され、電撃が収まった後に強盗は白目と泡を吹いて倒れる。
「…」
そして倒れた強盗を前に光学迷彩を解いたジェロームは見下ろすと、
「君、大丈夫かね?」
「っ!?」
一瞬の出来事に驚いていた車掌を見た。
車掌は強盗に押し除けられていたことでジェロームのトラップに引っかかる事はなかった。
「あ、貴方は…」
車掌が聞く前に、ジェロームは強盗の持っていた袋を持って言う。
「これを、君は元の持ち主に返してきてくれ」
「え?」
「あと、この下手人の監視もできれば」
「え?え?」
状況をうまく飲み込めていないまま、袋を押し付けられて車掌は困惑していると、ジェロームは拳銃の弾倉と弾薬を確認した後にスライドを弾いて銃弾を装填した。
「あ、ちょっと…!」
そして強盗を慣れた手つきで手錠をかけて部屋に拘束し、銃や武器を奪うと、そのまま機関車の方に向かって走り出してしまった。




