#242
政府により二週間の戒厳令が敷かれた事で、首都を含めた全土に編成されたばかりの国軍師団が進駐を行う。
「…」
戒厳令により、国民に対して外出制限が課された事で市民活動に大きな影響を与えていた。
滞在中の外国人に対しても同様に外出制限が行われており、外出を行う為には証明書の発行が必要であった。
「ふぃ〜、こんな状況でも買い物に行かなきゃならんのが大変だ〜」
『だったら直ぐに出ればよろしいのでは?』
商店街でスフェーンはルシエルとそんな話をしていた。
「いや〜、君も気にならない?今の国会の行方がさ」
『私は別に…ニュースで見れますから』
ルシエルはそう答えると、そこでスフェーンは言う。
「私は直感的に感じたい派だからさ。どうしても空気が変わる瞬間っていうのを感じてみたいのよね」
『…』
スフェーンの言いたい事を前にルシエルは納得する。
こう言う人は直接みたほうがいいと言って憚らないタイプの人間だ。戦場という狭い空間において生死を分つ方法として直感ほど頼りになるものはない。
「それに日記のネタになりそうだし…」
『本来の目的そっちじゃないですか…』
スフェーンの呟きにルシエルは少し苦笑した。この前やっと印税が入ってきた事でその金額は、まあまあと言ったものだった。
まあ日記をそのまま本にしただけで売れるというのがちゃんちゃら本来はおかしい話ではあるのだが…。
『まあ、今はお好きにすると良いでしょう』
「そう来ないとね」
そこでスフェーンはやって来た市電に乗り込む。
市電は街中に張り巡らされ、その合間を縫うように市バスや自動車が走る。
「…」
停車場から荷物を片手に乗り込むスフェーン。車内の人は疎で、いつもよりも人の数は少ない。まあ無理もない。
『今は戒厳令下ですからね』
「(経済活動を抑え込んでも治安維持を図る為には致し方ない部分があるだろうけどね…)」
そこで市電の唸るモーター音を聞きながら道路に立つ国軍騎馬隊と、馬と軽く戯れている馬科の獣人の治安官。あればペルシュロン種なのだろうか、はたまたサラブレッド種なのか。
『国軍と軍警察の共同任務ですか…』
「(今時珍しい話じゃないでしょう)」
過去の歴史から見ても、この世界は極めて歪な状態にあると言えるだろう。
徹底的に独立した司法権を軍警察が有しており、創設された国家に平等な司法権を行使している。
反対に国家はその司法権が独立しているかどうかの監査を行い、行政権と立法権を有す。
各国が創設した国軍は純然たる対外戦闘集団として国土防衛を担う。
そして司法権を有していない軍警察実働部隊は世界各国の街々で犯罪者の取り締まりを行っている。
誰もが軍警察の庇護下に入ることを望み、それはかつて戦争を行っていたサブラニエとパシリコでさえそうである。戦争が終わった事で軍警察は両国から改めて都市警護の任務を依頼された事で進駐を開始。鉄道路線を中心にした防衛義務を負う事となった。
「(まっ、戒厳令が終わったら直ぐに解散されるし)」
『それはそうですが…』
そこでスフェーンとルシエルは軽く頷いて目的地の運輸ギルドの停車場で降りた。
「これからどんな感じで情勢が変わるのかね〜」
『まるで新聞記者ですね』
「気分は完全にそれよ」
スフェーンはそう言うとそこで静かになって通常の業務を再開した運輸ギルドの中を歩く。
いくら世界中の鉄道を管理する巨大組織である鉄道管理局と言えど、国の法律に準拠し、命令には従う必要があった。ただし、国が業務停止命令を下す事はできず、あくまでも中立的な立場として業務を行う必要があると言う…こちらも軍警と同様、歪な関係が構築されていた。
『かつて、都市国家が形成されていた時代の名残ですかね』
「いずれそう言う諸制度を正そうとする人が現れるでしょ」
人って『どうやってそんな事案見つけたの?』と言った事を発見するものだ。そしてそうして表れた諸問題を修正しながらここまでやってきていた。
『随分と投げやりな…』
「それで上手くやっていけているんだから大丈夫でしょう」
スフェーンはそう言うとそのまま運輸ギルドを抜けて留置線に入って行った。
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招待されたホテルは、一流企業の社長や富裕層が避暑地として訪れる場所にふさわしい最高のもてなしを提供してくれた。
「…」
毎度の如く、高いホテルというのは何故布団までマットの下に持っていってしまうのかと思いながらジェローム・サックスは足で軽く蹴って、挟まれていた布団を引き抜く。
「ふぅ…」
このホテルの支配人から解放されるようにドッと疲れて部屋に戻った彼はそこでシャワーと風呂に入り、その後はそのままベッドに入って目を瞑ったは良いものの、先ほどの衝撃から寝付くことなんて不可能だった。
仕方なくジェロームはベッドから出て灯りを落とした部屋を眺める。
部屋は禁煙、吸うならバルコニーでやってくれと言った様子でバルコニーにはガラス製の灰皿が置かれていた。
「…」
それを前に無性に彼は側から煙草とマッチ箱を手に取ると、そこでバルコニーに出て煙草に火をつける。
カシュッ
マッチ箱の側面を擦って火をつけると、そのまま灰皿の中にマッチ棒を入れる。
「…」
そして大きく一息ついた後にバルコニーの外の景色を見る。
「綺麗だな…」
湖畔に植えられた木々から微かに特有の涼しさを感じる。
深夜の暗闇、この時間は黒鉄市の武器試験場でも発砲が禁止されている時間であり、静かなものだった。
いつか、アンジョラとまた泊まりに来れたらとふと思う。
「…」
煙草を吸う傍らでジェロームは考えていた。
あの一件から十年が経って、自分の中で納得した結論は出したつもりでいた。
「(…どうすれば良い?)」
もう自分は傭兵に戻ることもないし、戻れることもないだろう。
かつて自分が育てた傭兵団は解散。吸収され、傭兵ギルドの初代代表の座を降り、今は無職のニートといったところだろう。
『本人から直接聞くのはどうかしら?』
傭兵の聖母は自分にそう提案した。
彼女はかつて…六年前に彼と会った。…少女の姿となって。
どういう経緯で彼が彼女になったのかは知る由もない。それを行える技術はあるし、その代表例に性転換手術や完全サイボーグ化による女性サイボーグ手術などがある。
「直接…か」
難しい話をするものだ。
死んでいる人間にどう会えというか。…いや、死んだとすべき人間に。
「…」
部屋に備え付けのウイスキーの小瓶を一気に煽って彼は考える。
軍警察に罪人として裁かれ、今は執行猶予中の身。
執行猶予中は大人しくしているのが一番だが、あれを見てしまったからには動かざるを得ない。
「…」
六年前、あの手紙を受け取った時にすでに思っていたことだ。
彼は死んでおらず、新しい人生を歩んでいるのだと。
ーー傭兵としてのレッドサンは死んだのだ…と。
もっとも、それを一番拒絶したのは己自身なのだが…。そうした方が、色々と楽になれたから。
「…やれやれ、困ったものだ」
フッと笑ってジェロームは思う。
「…」
そこでジェロームは電話をかける。
『ーーもしもし?』
そして聞こえてくる婚約者の声。全く、男というのは女に敵わない。今でも電話越しに彼女の香水と太陽のような香りが漂ってくる。
「あぁ…アンジョラ。悪いなこんな時間に」
『大丈夫よ…それで、ホテルはどう?』
「最高に良い場所だ。次は君を連れて訪れてみたいものだ」
目の前の景色を見ながら音声だけで話す二人。
いきなりビデオ通話というのはマナー違反であり、電話の誰かがビデオにした時に相手側がビデオにするかどうか判断するのが今の電話のマナーだった。
『それは良いわね…』
時差も考えると、彼女は当直の途中のはずだ。
病院を経営し、孤児院も前まで担当していた女傑に相応しい女だ。
『私も行ってみたいものだわ』
「休暇を取ったらまた来よう」
『そうね…』
病院には多くの医師が働いており、正規料金で治療を施す傭兵の駆けつけ病院として繁盛していた。
『で?私に何か聞きたい事があるの?』
「…」
やっぱり鋭いなと思いながらジェロームは吸っていた煙草の灰を捨てる。
「アンジョラ…喧嘩別れをして長い事経った親友に会えるとしたら、君ならどうする?」
『…そうねぇ』
聞かれた彼女はそれがどういう意味なのか、少し間を開けて考えた後にジェロームに答える。
『私なら…会いに行くわ』
「…どうして?」
ジェロームはアンジョラに問う。
『誰かの仲介でもなく、自分の意思で会いに行くのなら、それは紛れもなく自分の本心だから。そこで億劫するくらいなら、いっその事当たって砕けろ的な気持ちで私だったら会いに行くかな…』
「…」
彼女の返答を聞き、強いなと思うと同時に彼女らしいとも思える。
結局自分はアンジョラと同じ結論に至ったかと、彼は軽く笑った。
「ありがとう…じゃあ、おやすみ」
『えぇ、おやすみ』
そこでジェロームはアンジョラが電話を切るのを待って通信を切った。
「…」
そして電話を終え、バルコニーの椅子に深く座り直した彼はエーテルで覆われた空、その後ろで流れ星を見た。
「…流れ星か」
あの流れ星が消える前に三回唱えると、願いが叶うという呪いがあると、昔レッドサンから教わった事がある。元は旧時代のとある宗教の魂の救済の為に唱えられた事が時代によって変化したという。
相変わらず話の種になりそうな豆知識をよく知っているものだとつくづく思う。
このエーテルで覆われた空を作り出した大災害なんて人々の伝承の中に埋もれている歴史の一つとなって久しい。そんな大災害の知識ですら、彼は歴史として知っていた。
「…」
長いこと付き合ってきた経験から、彼はそれなりに上流階級の生まれではないかと感じる事が多々あった。
最も身近にいて、誰よりもレッドサンのことを研究していたが、肝心なレッドサン本人のことに関しては何も知らない。
「…」
だが日々の言動や知識、仕草。そして今の余裕のある生活から、彼の過去について少し気になった。少なくとも、傭兵ギルドや赤砂を率いていた頃なんてこんなこと考える時間すらなかった。
「…」
取り敢えず寝よう。
全ては寝てから始めよう。
睡眠は人が活動する上での基本だ。




