#243
スフェーンの列車は、今は十一両ある。
最初の頃は四両で始まったこの運び屋としての人生。
「随分と増えたものね…」
先ほど仕事を終え、台車点検のために列車工場に回される列車を見ながら彼女は言った。
『あれから長い時間が経ちましたからね。増えるのも当然でしょう』
ルシエルは回送される列車を見ながら修理工場の人達が寄ってたかって列車の台車の引き抜きと点検、車輪の研磨作業を行うのを見ていた。
「いつかまた断捨離しないとなぁ…」
そこで休憩室で煙草を吸っているスフェーンは言う。あの改造旅客キャビンも長いこと使っており、恐ろしいことにもう六年が経つ。
「…なーんか時間経過早くない?」
『それは気のせいでは?』
「…」
ルシエルに即答され、スフェーンは少し黙り込んでしまう。
戒厳令下の中、スフェーン達運び屋や運送業者はいつもとほぼ変わらずに仕事を全うしていた。
「取り敢えずどうすっかな〜」
『スフェーン、今日は国会で開催難民法案の投開票のはずですよ』
「ほーん、なるほどね〜」
スフェーンはそこで軽く頷くと休憩室のテレビを見る。
テレビは今行われている緊急国会のその後の動向の予測を行っていた。
『ーー現在国会で審議されている改正難民法案を巡ってネット上では改正賛成派と反対派による戦争の様な論争も巻き起こっており…』
『今回の焦点は『全ての難民』なのか『不法難民』の国外退去なのか。それによって大きく改正案は別れています』
『戦時中、国はほぼ無制限に難民の受け入れと難民申請を行なっていましたが、それでもまま会わずに国内には多くの難民審査を通っていない人…所謂、不法難民が滞在しており…』
『不法難民が今の治安悪化の直接的な原因であり、これらを国外退去させる事はもはや必須であり…』
色々なニュースサイトを並行して見ているが、いずれも国会審議における争点として難民の国外退去は基本だった。
「畜生…」
そんな中、同じ休憩室にいたある運び屋がぼやく様にこぼした。
「ここの連中、余所者だったら見境なく襲ってきやがったぞ」
「ここは危ないな…」
「しばらく離れたほうがいいだろう」
「もう我慢ならんぞ…」
彼らは一部包帯をしている者もおり、この前のリンチの被害にあったのだろう。暴走した民衆の集団心理が引き起こした暴力というのは恐ろしい。
「難民と間違われたらやってらんねぇよ」
「二度と来るか。こんな国…」
あの暴動以降、こぞって運び屋達は拠点を移しており、中には怪我を負ったまま逃げる様に国を後にする場合が多かった。また観光客も戒厳令布告や暴動を前にいささか忍足になっており、その数はデモ以降激減していた。
『ほかの運び屋達は、出ていく様子ですね』
「その分仕事は増えるってものよ。まあ今日一日は動けないけど」
台車の数だけでも膨大な数があり、またここの工場でまた新しい貨車を入れる予定だった。
『収支の方は問題ありませんよ』
「なんか…ちょっとした画面見たいよね」
『実際似た様なものでは?』
スフェーンはルシエルとそんな事を軽く話しながら休憩室で自分の列車の点検が終わるのを待っていた。
『賛成三一八、反対三八、棄権二三。よって本改正案は可決されました』
「「「「「ーーーーーー!!」」」」」
全ての出席議員による投票・開票を終えて結果が発表されると議会は半分ざわめき、半分安堵の声で埋め尽くされる。
過半数の賛成を獲得した戦時難民救済法改正案。その内容は法律の読み方も変える実質的な新法発布であった。
国会議長の発表に一部与野党議員からもざわめきが上がった。
「おい、難民全員の方が可決だと?」
「内閣のロジはどうなっているんだ!?」
彼らは『不法難民の国外退去』を求めたバックに企業の支援があった議員たちだ。
今の政権は建国時に臨時内閣として法整備と併せて組閣された内閣である。そしてそれら内閣は全員がバックに巨大な企業を持っており、彼らの人形でもあった。
そして難民というのは安い労働力であり、企業としてはこれ手放すという事は考えられない。しかし国内の情勢不安から不法難民だけ国外追放を行おうという方針で固まっていたはずだ。
『本改正法案は即日施行されるものであり、これによって本会議は閉会し、戒厳令解除を宣言する!』
「「「「「ーーーー!!」」」」」
議長の宣言を終えると一斉に議員達は騒めき立って本会議場で言い合う。
不法難民の国外退去のみの法律改正案のはずが全ての難民の国外追放というより苛烈なものに変わった事態に政府首班も驚きを隠しながら国会を見ていた。
「これで終わりましたな」
「えぇ、守銭奴共の支援を受けた奴らのいうことなんて聞く必要がありますか」
そんな中、とある与党議員等が会議場の席で話す。
二人はそこで内閣閣僚達を見ながら一言、
「難民は受け入れても碌なことがない」
「全くもって。…彼らは国を捨てるからには兵役をもって国家への忠誠を誓ってもらう必要があるというもの」
彼らはそう言って頷いた。
「どう言う事だ?」
「全難民の国外退去か…」
「思い切った決断をしたものだな」
その様子を映していた記者達も驚きを隠せない様子で言う。
「現在国内にいる難民は占めて約一四〇万…」
「それらを一斉に国外退去かよ…」
「とんでも無いことになるぞ…」
新たに制定された新難民法は、その内容が後年になっても物議が醸されるほど強烈なものであった。
①法令の施行と共に国内に滞在する難民申請受領者、並びに不法滞在を行う外国人の難民資格の取り消し、および難民申請の新規発行の一時停止。
②国内の不法移民の逮捕。
③難民は祖国に強制送還を行う。
④残留を選択する場合は十年の兵役義務の後、十年の予備役義務と共に準国籍の取得権を有する。
特に最後の準国籍制度というのが人種差別では無いかと諸外国から疑問と非難の声が上がる事となった。
難民への兵役義務も強烈なものであり、これもまた国外からの非難を招いた。
そしてこの法案により、戦時難民は難民申請の打ち切りによる保護費支給停止が行われた。そして不法難民に関しては軍警察と国軍による容赦ない逮捕が行われた。
赤柳の国会議事堂において可決された新難民法をめぐって難民達は驚愕した。
戦争が終わり、一部は祖国に帰って行った者たちもいたが、それらは極一部で大半の難民達は戦後復興が落ち着くまで国内に滞在しようとしていた人ばかり。
「手を上げろ!」
「軍警だ!」
難民を今まで収容していたコンテナハウスは出入り口が区画ごと封鎖され、不法移民がいるとされた場所には軍警察の警ら隊が武器を持って拘束にかかる。
「見ろ!」
「ザマァねえぜ!」
そして拘束され、軍警察の車両に乗せられていく難民を前に市民たちは喝采に沸いた。
戒厳令が解除され、街に出た市民たちはまるで戦争に終わった時のような雰囲気で安堵した様子で一部は花火を打ち上げてそれで治安官に別の容疑で逮捕されていた。
「…」
そんな光景を前にスフェーンはナッパ服で街に出る。列車の点検を終え、新たに貨車を追加で一両挟んだ列車を前に間も無く出発する。
しかしその前に、難民という国外からきた人々の消失を前に喜ぶ市民たちの景色を見る。
誰も彼もが嬉しそうにしており、その中には親子の姿もあった。
難民とは安全を脅かす危険な存在と成り果てており、その危険が失われたことを前に親は子に安心させるように言った。
そして企業の工場長たちは狂乱した。今まで安い労働力として工場勤務を行なっていた人々が一気に法律によって消えてしまうのだ。彼らは慌てて従業員の募集を行うも、なかなか集まらないのが現状だった。
『難民は漏れなく国外追放ですか…』
「不法難民から優先しているらしいわね」
ニュースサイトでは続々と拘束されていく不法難民。
『元々不法難民は国の申請を待たずして国内に不法滞在する人々です。違法な分、逮捕にも抵抗感がないのでは?』
「それはそうかも」
スフェーンが歩く歩道の傍ら、今までに拘束された不法難民たちを乗せた軍警察のトラックが何台も走り去っていった。
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「ーーでは、傭兵ギルドを創設する以前から貴方はこの様な構想を練っていたと言うわけですね?」
「えぇ、傭兵は仕事として認められる事はありませんでしたから。それがようやく実った様子で私も安心していますよ」
ホテル・ヴォンゴラのフロント。そこの一角でジェロームは昨晩に話しかけてこようとしていたあの記者の質問に答えていた。
記事に名前を載せているその記者はジェロームと言う大物を相手に記事のネタになりそうな質問をいくつか行っていた。
「傭兵の間では、いまだに貴方に対する不信感がありますが…」
「それは仕方のない話ですね」
「では、軍警察に司法取引を行ったと言う話は?」
「噂は噂です。その様な事実はありません」
と同時にジェロームは目の前の記者の若さを思う。
司法取引はあったが、それは軍警察側からのものである。少なくともジェロームはその様に解釈をして答える。
言葉一つで解釈を変えて答える。目の前の若い記者はそれにあまり慣れていない様子だった。
「分かりました…では最後に」
そこでその記者はジェロームに聞く。
「これは個人的なお話なのですが…ジェローム・サックスさんは、これからどうされるのですか?」
「これから…ですか」
聞かれたジェロームは少し笑った。
「そうですね…天津さん。この事は記事の最後に書いて貰えますか?」
「え?はぁ…分かりました」
ジェロームの注文に記者は若干首を傾げると、そこで彼は一言一句漏らす事なくジェロームの言葉を聞く。
「私はこれから旅に出る。久しぶりにアブサンでも飲もう」
そう言うと記者はこれを必ず記事に載せると確約し、そこでジェロームは荷物をまとめてホテルを後にした。
直ちにこの記事はネットに流され、傭兵達の間ではジェロームが最後に言ったこの言葉がどう言う意味なのかさまざまな憶測を呼んでいたが、それ等は全て毎日の様に溢れる情報の中に埋もれてしまった。
そしてこのネット記事を読んだある読者はニヤリと笑ったという。




