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不断のジャカ  作者: 吉良 善
不死身のレゼルク
91/92

ある日の王都

見上げた青空に、

雲がゆっくりと流れていく。

ウィルスターは暑い日々が続く時期にあったが

今日は爽やかな風が吹き、

平和な王都の守備などという任に就いていると

仕事など投げ出してこの季節を満喫したい気分にかられた。

「…隊長…

 帰って来ないな…」

ウィルスター軍第七部隊副隊長シャール・ディーロは、

大あくびをした後ぼやくようにつぶやいた。

上司であるマステマが

(よくあることだが)仕事を放り出し出かけてしまってから

今日で何日目だったか、数える気にもならない。

帰って来たら来たで振り回されたりびくびくすることになるので

別に待ちわびているわけでもないが、

隊の頭が任務をほったらかして留守にしているという事態は

普通に考えれば明らかに異常であり、

周囲が自分の不始末だと思い疎んじているのではないかと

針のむしろに座っている心持ちだった。

実際にはマステマの性格を知る多くの人々は

ディーロに同情的であったが、

折悪く第七部隊と同じ任にあった

第六部隊の長であるギエン・カーンには叱られた。

隊長を諫めるのも副隊長の役目だの

どうにかして連絡を取って早々に呼び戻せだの、

言っていることはいちいちごもっともだが

カーンもマステマがどういう人物か知っているのだから

わかるはずだ。

諫めても呼び戻そうとしても良くて軽傷、

下手をすれば死ぬ。

カーンほどの実力と迫力を持ち合わせていれば

たしなめようという意欲も湧くかもしれないが、

それができるくらいなら自分も隊長職に就いているだろう。

あの上司の下で副隊長を務めているだけでも

勲章のひとつももらいたい心境なのである。

その上戦場でもない所で命をかけて

マステマの素行を改めさせようなどという気には

とてもなりはしないのだ。

が、正直言ってカーンはカーンで

マステマに劣らず怖い。

だから抗議をすることも反抗的な目つきをすることもなく、

平身低頭に徹してその場をやり過ごした。

「…オレの給料、

 他の副隊長の倍はあってもいいよな…

 ここに比べたら三部隊とか九部隊なんか天国じゃんか。

 楽な仕事だよ。

 あの隊の奴らときたら、

 隊長が気遣ってくれたとか

 隊長と飯食いに行くの楽しいんだよなとか、

 満面の笑みで言いやがって…

 何それ?

 そんな隊長本当にこの世にいるの?

 フィクションだろフィクション…

 オレにとったら隊長なんてのは怒鳴り、殴り、

 面倒事を押し付け、こっちのメインのおかずを

 最初のひと口で食うってなもんだぞ。

 しかも自分の皿に手をつける前にだぞ!

 おかげでオレの前には大抵野菜しか残らない。

 交換な、とか言ってオレの肉を奪い自分の嫌いな野菜を

 オレの野菜の上に盛る。

 野菜の上に野菜!?

 ウサギじゃねーんだよオレは!」

「そうですね、

 ウサギには見ませんよ。

 だからこうして訪ねて来たわけでして」

「誰!?」

延々と文句を言っていたディーロは、

背後からの声に驚いて振り返った。

すると、

そこにはにこやかな笑みを湛えた青年の姿があった。

驚きに続いて、

ディーロは背筋が冷たくなるのを感じていた。

青年の正体を知ってのことである。

急に喉に蓋ができてしまったような錯覚を起こしていたが、

何とかその蓋をこじ開けて声を押し出した。

「…エ…エリン…君」

「呼び捨てにしてくださいよ。

 同じ副隊長で、

 あなたは年長なんですから」

「…そ…そう…だね、

 そうだったね」

かくかくと不自然な動きでうなずきながら、

ディーロは答えた。

青年は、第九部隊の副隊長セレンティア・エリンだったのである。

確かに自分の方が一つか二つ年上だったと思うが、

彼の言うとおり呼び捨てにするのをややためらうのは、

年齢と違って腕は向こうの方が明らかに上だからだ。

同格ではあっても、

副隊長に限って言うなら技量は

一、二、九部隊の三人が三強ということで異論は出ないだろう。

同時に、エリンが変人であるということにも異論は出まい。

だからか、

荒くれ者ぞろいの第七部隊の面々も

遠巻きに見ていて寄って来ない。

「(何て薄情な連中だ!

 上がアレで下がコレって、

 七部隊って何なんだよ!

 どうにか異動できないのか!?

 この際ヒラになってもいいよ!

 ジェスパー隊長かドロウ隊長とメシ食いに行きたいオレ!)」

「悩み事がおありのようですね。

 僕で良ければお聞きしますよ」

「いや、ない!

 心配ありがとう!」

目の前の青年のせいで今まさに悩んでいる。

よく考えたら第九部隊に行けば彼と同僚になる。

それはそれで気が休まらないように思えた。

普段交流があるわけでもないそのエリンが、

一体何の用があって現れたのか。

「…九部隊は王都を離れていたんじゃないのか?」

「そうなんですが、

 少々トラブルがありましてお偉いさんに相談に来たんです」

「へえ…それで、

 オレの所には何をしに来たんだい、エリン君」

「ええ、

 先達て我が隊に期待の新人が加入してくれましてね。

 あなたもご存知かと思いますが」

「ああ、

 アスフィアナ君だな」

今年の“展示会”における目玉の一人であった

モロク・ヨト・アスフィアナ。

あれだけ報道されていれば、

入隊前から彼女の名前は耳に入って来る。

端麗な容姿も報道されていたわけなので、

軍の中では彼女がどこの所属になるのかということが

ずいぶんと話題になっていたが、

どういう経緯か第九部隊に決まった。

うらやましい。

一応第七部隊にはアンフェザー・ロズウェルという

まあまあの美少女がいるにはいたが、

やたら声が大きくてうるさい上に

マステマに食ってかかることもあるトラブルメーカーだ。

加えて短気でもあり、アイドル的存在では全くなかった。

「すごい素質があるんだろ。

 美人だし、将来のスター候補だよなあ」

「そうです、

 九部隊のみならずウィルスターの宝となる人材だと思いますよ。

 だから皆さんにご協力いただいて、

 国の宝になってもらいたいと考えています。

 七部隊にもお願いしようと参上したんですが、

 そちらの隊長さんはご不在だそうで」

「…まあね。

 うちにもトラブルがあったって感じかな」

「お互い苦労しますね。

 そのマステマ隊長にアスフィアナさんの指導をお願いできないかと、

 言づけていただけませんか」

エリンのその言葉を聞いた時、

ディーロは聞き間違えたかと思って

一度頭の中で反芻し、

やはり聞き間違いではないと気づきあんぐりと口を開けた。

「マステマ隊長が指導ぅぅぅぅ!?

 本気かよ、エリン君!?」

「ええ、

 本気ですとも」

「やめておけって!

 指導とか稽古とかできる人じゃないんだよマステマ隊長は!

 ウィルスターの宝砕け散っちゃうから!」

「ははは、

 そうならないように一応考えてはいますから。

 教え下手な僕も試合形式で彼女をみているんですが、

 これがなかなかなんですよ。

 こう、撃ち合って一本取るでしょ。

 すると、次は同じ手では撃たれないんですよ、彼女。

 すぐに修正してくるんです。

 もちろん、手加減はしていますけどね。

 とにかく、面白くてつい色々な撃ち方をしちゃうんですが、

 どんどん対応するんですよ。

 だから、彼女は様々な相手と立ち合わせるべきだと思ったんです。

 いずれマステマ隊長と試合をする時までに、

 どんな剣士になっているでしょうね」

若き天才とも称されるエリンに言われると、

あえて反対するのも無駄に思えてくる。

彼が認めるほどの天稟を、

アスフィアナも秘めていたということなのだろう。

論を引っ込めて、

ディーロは数度うなずいた。

「…君がそこまで言うとなると、

 そうなんだろうな。

 わかった、隊長には伝えておくよ。

 ただし、いつ帰って来るかわからないけどな」

「結構です、

 ありがとうございます。

 お礼に今晩、食事でもいかがです?

 鬼のいぬ間に肉三昧といきましょうよ」

「おおーっ、いいね!

 君の奢りだろ?」

「もちろんです。

 部下の方々も連れて来てください、

 大人数の方が楽しいですからね」

「おう!

 (好青年じゃぁぁぁぁぁん!

 どこが変人!?

 ウチの隊長に比べれば全然!

 やったぞ、今夜は肉三昧だァァァァ!

 タダで)」

やっぱり九部隊に行きたいかもしれない。

ディーロは、

何とかして異動できないものかと

頭の中で方策を練り始めていた。





「(何で私がこっちなんだ…)」

訪ねて来た自分を迎えるため柔和な笑みを浮かべ

立ち上がった男性から一瞬視線を外し、

アスリルは内心思った。

場所は、

ウィルスター最高魔導士の執務室である。

この空間に異様な緊張感が満ちている気がしたが、

おそらくアスリルが一方的に感じているものだろう。

面と向かって話すのは初めてになるが、

最高魔導士などというものは

鍛錬にしても戦闘にしても延々と剣を振り回している

自分たちとはまるで違う人種という感覚がある。

ただの魔導使いではなく、

様々な分野の魔法に通暁し使いこなす

大陸屈指の大魔導士。

接しづらい。

会うなら大陸屈指の大戦士の方が話が通じやすそうで

まだ気が楽だ。

相手は十隊の隊長に並ぶほどの地位にある人物なのだから

本来なら平隊員の自分ではなく

エリンがここへ来るべきだったはずだが、

「僕は魔法のことなんかは門外漢なので、

 アスリルさん行って来てくださいよ」

といけしゃあしゃあと言われて呆気にとられ

「はあ」と承知してしまった。

あの無邪気な若者は、

アスリルの方も魔導の心得がないことを

失念しているのではないか。

今更胸の内で抗議しても仕方ないが、

次に会った時に文句の一つは言ってやろうと思う。

「ご多忙のところ

 お時間を割いていただき、

 ありがとうございます。

 九部隊のロンシュタット・アスリルです」

「ご多忙というほどのことはありません、

 読破した書物を積み上げるのが仕事のようなものですからね。

 ドズルフォート・アシュレイです…

 アスリル殿、隊長副隊長を実によくサポートされていると

 聞いています。

 私にどのようなご用でしょうか」

高位の魔導士ともなるとくたびれたローブをまとい

薄暗い部屋にこもって魔導書や謎の物体に囲まれながら

日夜魔導の研究や読書に明け暮れているイメージを持っていたが、

アシュレイに関してはこの執務室も身なりも洒脱で

物腰も洗練されており、

どこぞの名家の御曹司と接している心持ちになる。

国の中枢にいるような人物は

こうした魅力を備えているものか、と内心

妙に納得しながらアスリルは次の言葉を発した。

「我が隊に加入致しましたモロク・ヨト・アスフィアナを

 ご存知でしょうか」

「一度顔を合わせたことがあります。

 次代の軍を担う逸材とのことで

 幹部の方から所感を尋ねられましたのでね…

 私も自分の隊に欲しいと願い出たいくらいですと

 お答えしましたが」

「宮廷魔導隊に…ですか」

そこまでの評価だったとは意外であった。

国内でも指折りの魔導の使い手が集まる宮廷魔導隊に

加えたいというほどならば、

「剣士の割に魔導の才能も高い」程度の素質ではないと

アシュレイは見ているのである。

これならいくらか切り出しやすいと、

アスリルは安堵した。

「確かに、

 彼女の潜在能力は多くの方々が認めるところであります。

 しかし、

 剣ならば我々でいくらでも鍛えられるのですが、

 魔導をご教授いただける方の当てがないのです。

 この国で魔導についてお尋ねするなら

 最高魔導士殿をおいて他に無しと考えた次第です」

「なるほど、よくわかりました。

 彼女がどれほどの成長と飛躍を遂げるか、

 そのことはウィルスターの未来にも関わってくるでしょう。

 ご協力します」

「ありがとうございます、

 …しかし最高魔導士殿のアスフィアナへの

 期待の大きさには少々驚いております。

 それほどまでに…?」

「ええ、

 これからの指導と彼女の努力にもよるでしょうけれども、

 最も理想的な成長を見せたならば

 軍の総帥と最高魔導士、

 どちらにでもなれる人材だと思っていますよ。

 現実的にはないでしょうが、

 兼任であっても務まるかもしれないと」

「…それは…」

「というようなことを、

 実は私は過去に何度か発言しているのですけれどね」

口元に拳をあて、

アシュレイは軽く笑った。

ああ、とうなずき、

アスリルは彼の言葉の意味を理解した。

総帥と最高魔導士の兼任もできるかもというのは

言い過ぎかもしれないが不可能ではないと思う、

そういう感想を持たれるだけでも

アスフィアナが嘱望されていることがわかる。

「無論、その中には社交辞令も含まれていました、

 ジェスパー殿の時は本気でしたがね…

 彼には魔導の道を歩まないかと誘ったこともあるのですが、

 剣術の方が好きだったようですから。

 まだ若いし、

 今からでもできないことはないと思いますが。

 アスフィアナさんにも、

 十分期待できると思いますよ」

ジェスパーといえば戦闘において手傷を負うことが

極端に少ないことから『無敵の剣士』などと

呼ぶ者もいるようだが、

魔導にもそれほどの才を有しているとすれば意外なことだ。

彼の剣術好きは隊の外にも聞こえてくるくらいなのである。

アスフィアナは剣魔どちらにも意欲を持っているから、

両立できれば化けるかもしれない。

「不躾なお願いと思っておりましたが、

 そうおっしゃっていただけて

 胸のつかえが下りました。

 それでは、

 ご協力よろしくお願い致します」

「善処します。

 機会があれば私からも

 できることはさせていただきますよ」

「直々にですか、

 アスフィアナも喜ぶと思います。

 折をみて連れて参ります」

今はまだおどおどした少女だが、

多くの人々が彼女のために動いてくれる。

アスフィアナ自身が自分を信じて進みさえすれば、

大きく羽ばたくことができるだろう。

それが軍や国、

ひいては国民の役に立つのならば、

エリンやアスリルも骨を折る甲斐があるというものだ。

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