赤手の答え
「―――――怪我の方はもう心配ない。
しかし、完全に元の状態に戻って
元のとおりに戦うというのは難しい。
だそうだ」
レッドハンドの面々を前に、
新たな逗留先である人里離れた山荘で
セファーはそう語った。
ジェサリアの治療にあたった癒者が
帰り際に残した言葉についてだった。
致命傷を負ったジェサリアであったが
強靭な生命力で一命を取り留め、
親交のあった治癒魔法の名手による治療を受けて
日常生活には支障がないくらいには回復していた。
だがあまりに受けた傷が大きい上に多く、
治療までに時間も経過していたため
大陸屈指の豪傑としての戦闘力はほぼ失われた。
それは武闘集団であるレッドハンドの頭領としては
死にも等しい事態であったはずだが、
ジェサリアの人格にはいささかの影も落としてはいなかった。
影となるものがあるとすれば、
かわいがっていたデュエルについてのことだ。
彼が裏切るに至った経緯、
これからの人生、
そして同僚であった者たちとの関係。
いずれにも、
わずかな光明すら見出せそうにない予感がするのである。
この場にジェサリア当人はいなかったが、
彼の予感を現実のものとするかのように
一番の巨体を誇るエヴィンが口を開いた。
「元のとおりに戦える必要はねえ、
その分オレたちが働きゃ済むことだ。
とにかく生き残ってくれたんならそれで十分。
オレはすぐにでも出る」
「デュエルを殺りにか?」
「まさか止めやしないだろうな?
レッドハンドの最大の目的は今やそれだ。
全員同じ考えだと思っていたが」
「止めるかよ。
お前らは聞いちゃいなかったが、
俺は奴に直接言ったからな。
どこまでも追いかけて必ず殺るってよ」
「さすがですね、セファーさん。
それでこそ我らがサブリーダーですよ」
何度かうなずきながら、
キュリオスは拍手をして言った。
裏切った上に大将を殺されかけて、
いかに元同僚とはいえ放っておくわけにはいかない。
確かにそれは、
レッドハンドの者にとっては共通の意識だった。
腕を組んでキュリオスに一瞥を投げた後、
セファーは皆を見渡した。
「とは言っても全員でデュエルに
かかりきりになるわけにはいかない、
リーダーを置いては行けないし
どうしても俺たちの力が必要だって連中も
いるかもしれないからな。
追手は三人だ。
必ず三人で動け。
守れない奴は行かせねえ」
その言葉を受け、
セファー以外の者たちは互いに顔を見合わせる。
誰が行くのか?
付き合いが長く、
気心も知れた間柄である。
わざわざ話し合わなくとも、
この数秒で結論は出た。
「わかった、任せとけ。
三人がかりってわけにはいかないだろうがな」
「レディファーストでしょ。
あたしで終わりだけどね」
「今回の仕事じゃ俺は一対一にこだわるつもりはない。
奴の首が取れればそれでいい。
お前たちがやり合っている間に機があれば刺す、
苦情は受け付けない。
正面から俺が斬れりゃ、それが最良だが」
エヴィン、ランカーナ、シャナンが続けて言った。
一人一人の性質を考えた時、
彼らをデュエルを追う役から外して残すと
不満を溜め込むだろう。
だから、
セファーは他のメンバーと目配せをして
彼らの意思を確かめると深々とうなずいた。
「いいだろう、行って来い。
ただし、さっき言ったことに加えて、
守ってもらいたいことがある。
一つ、連絡を絶やさない。
一つ、行きっぱなしになるんじゃなくたまには戻れ。
一つ、デュエルの命を取るかどうかは
その時が来るまでに三人でじっくり話せ。
以上だ」
「そりゃどういう意味だ。
三つ目のことだよ」
鋭い瞳をぎろりと向けて、
シャナンが低い声を発した。
こういう時の彼は、
自分たちが怒鳴るよりタチが悪い。
エヴィンやランカーナはそれを知っているので、
ひとまず彼の言葉が終わるまで待つことにした。
「あんたは言ったんだろ?
デュエルに『お前を殺る』ってよ。
それがどういうわけだ?
リーダーが生きているからか?
死んでいたら問答無用に殺るが、
そうならなかったから命だけはって話か?」
「そうじゃねえ。
ただ、俺も無い頭を捻って考えたのさ…
あの時、リーダーはデュエルの命と心を救おうとした。
だが、それは単に奴を憐れに思ってのことじゃなく、
奴が正気に戻って詫びの一つも入れれば、
俺たちが全く耳を貸さずに奴の命を取ることは
おそらくなくなる。
俺たちが兄弟同然だったデュエルを殺さずに済む、
自身が死にかけてる時に
リーダーはそれを考えたんじゃないかってな」
「…」
当時の光景を思い浮かべながら、
セファーは視線を落とし言葉を続けた。
周りの者も同じように記憶をよみがえらせたが、
今はその時に燃え上がっていた怒りよりも
ジェサリアの深慮が胸に迫った。
「本人に確かめたわけじゃねえよ。
確かめるつもりもない。
しかし、
あの人はそういう人だ、
そう思えねえか?
だったら、
俺たちも考えなけりゃならんだろ。
斬るなとは言ってない。
リーダーは死んでいてもおかしくなかった、
本人の頑丈さもあるが運も良かったんだ。
そこまでされて黙っていられるわけもない、
お前たちが出した結論を俺は受け入れるさ。
どんな形でもな。
ただ、考えることだけはしなきゃいけねえって思うのさ。
リーダーが奴のことも、
俺たちのことも守ろうとしたんならな」
セファーの心情を受けとめながら
シャナンは彼の目を真っ向から見据えていたが、
しばしの沈黙の後やがてゆっくりとうなずいた。
すでに周りの者の肌をひりつかせるような
怒りの波動は微塵もなく、
決然たる眼差しと表情とが心底彼が納得していることを
示していた。
「…わかった、
あんたの言うとおりだ。
俺も馬鹿なりに考える、だが…
俺たちが任された以上、
どんな答えを出すかも完全に任せてもらう。
今のあんたの言葉どおり、
その答えを受け入れてもらうよ」
「ああ、それでいい。
ありがとよ」
「礼なんぞ聞きたくないね。
あんたは偉そうな口を叩いてるくらいがちょうどいい。
その方が反抗も反論もしやすいってもんだ」
「ひん曲がってやがる、
偉そうな口よりもお前の根性を叩いて直した方が良さそうだ。
さっさと行って、
とっとと戻って来な」
口元を歪めるようにセファーが笑って言うと、
エヴィンが右の拳を左の掌に打ちつけて大声を上げた。
「言われるまでもねえ、
いい酒でも用意して待っとけ!
行くぞ、シャナン、ランカーナ!
十五分で用意しろ!」
「用意する物なんかあるのか、
服一式あれば何日でも過ごせるお前に」
「どうせ小腹を満たすための菓子とか
そんなのばっかでしょ。
あんたの時間、
あたしに十四分よこしな」
「一分でできるか馬鹿!
ランカーナお前、
十五分で終わらせる気ねえな!
こうなったら競争だ、
ビリになったヤツは一生どん尻野郎呼ばわりしてやる!」
言い争いながら、
三人はこの場を去って行った。
リメロウはため息をついて、
セファーに目をやった。
「あの三人で良かったのか?」
「いいんだよ。
一番やりたがってる奴らだ、
だからこそあいつらが行って、
考えて、答えを出しゃいい。
それが、レッドハンドの答えになるさ」
「…リーダーの言ったとおりだな。
『俺が動けなくなっても、
セファーがいれば問題はない』と。
新たなリーダーとして」
「俺にはそんなもん向いてねえよ。
くれると言われても熨斗をつけて返上奉るね。
俺はただ、ジェサリアって御輿を担いで、
汗かいて泥にまみれるのが性に合ってるだけだ」
集めた情報がまとめられた紙の束を
無造作にテーブルの上に投げ置いて、
セファーは身を翻した。
後で目を通すために紙の束を拾い上げ、
リメロウはレッドハンドの副将たる男の背を見送った。
戦えはしなくとも、
自分たちの精神的な支柱は変わらずジェサリアである。
赤手の者は皆そう思っている。
しかし同時に、
今後自分たちの中心となって動いていくのはセファーである。
そうも思っていた。
誰が何を言うこともなかったが、
レッドハンドは確かに新たな段階へと踏み出し始めていた。
ルフィカの町を後にし、
ハーディスの目的地まであと少しという所まで来た。
今回の旅は公にしないものということで、
町でも国や軍に関係する場所には一切立ち寄らず
一般の宿を利用している。
さらに、
数刻前からは街道を外れて進むようになり
ここまで同行してきた護衛役の者たちも
この旅が一体何なのかいよいよ訝しんできたが、
最年長の上に友である副隊長から
色々と耳にする機会の多いミューラーは
数日前から感づき始めていた。
「…(やはり、目指しているのは
フレクトン制限区域か…?)」
詳しい情報までは持っていないが、
そういう場所があるらしいとの話は聞いている。
ルフィカの南西に広がるフレクトン大森林の中に
立入禁止区域があって、
最高魔導士や特命大臣が調査しようとしているとか
何とかいう話だ。
何があるのか、そして正確な位置すらわからないが、
近づく者は警告無しで排除することが許されているほど
警備は厳重だという。
そんな所へ向かおうとするのであれば、
行く先々でその目的すらも隠しながら
特命大臣などという立場の人物が
少数の護衛のみを連れわざわざ王都からここまで
やって来たこともうなずける。
が、
問題はいかにも怪しげな制限区域に着いたその先だ。
一体ハーディスはそこで何をしようというのか。
そう考えている時、
ミューラーはいくつかの気配を感じ取った。
マステマの時のような異様なものはない。
ただ、
明確な敵意と殺意とは進むべき方向から
刺すように届いているのである。
「失礼ながら…」
周りの連中に視線を送り無言で意思を伝えつつ、
ミューラーは口を開いた。
すぐ後ろを歩くハーディスに対してだった。
「敵が多いようですな。
特命大臣殿」
「それは常日頃、
誰よりも私自身が感じていることだよ、
剣狼殿」
状況を察しはしたがそれを顔や挙動には出さず、
ハーディスは答えた。
ミューラーから、
そうするようにと要請されている。
剣腕名高きその男だが、のみならず
いかなる時も変わらぬ悠揚とした佇まい、
決して浮き足立つことのない冷静さは
極めて頼もしく思えた。
彼に加えて、
彼に比肩する実力を持つ副隊長をも擁する第二部隊は、
さすがは総帥不在の今、
軍を率いる立場にある『瞬帝』ザオウを長とする
強力な隊である。
「どうも私が宴席での振る舞いや袖の下で
今の地位に就いたと考える人々が多いようでね。
その一人一人に事細かに経緯を説明して回ってもいいのだが、
先方も多忙だろう。
全員と都合をつけるのは優秀な副官の手を借りても困難だ。
手間に見合った成果を得られるとも思えないからね」
「留意すべき点は、
マステマ隊長のように後ろからついて来たのではなく
待ち伏せであるということです」
「まさにそのとおりだ。
この場所で待ち受けているとなると、
事の性質が違う」
一部の者以外は知らない旅を経て向かう、
謎多き立入禁止区域。
そこに至る道の途中で待っていたということは、
色々と事情を知った者、
あるいはそれにつながる者と考えるのが自然だ。
「前方に見える茂みに潜んでいるようです。
おそらくこちらが気づいていることに
彼らは気づいていない…
とは思いますが、どちらにせよ…
今少し進んだところで、こちらから仕掛けます」
言いながら、
ミューラーは前を見据えている。
言葉どおり、やや右手の方向に
大人数でも身を隠せそうな鬱蒼とした茂みがあった。
まだかなりの距離がある。
「それでも、
遠すぎはしないかね?」
「剣が届かない以上
おっしゃるとおりではありますが、
それを克服せねば例えば魔導には対抗できますまい。
私は、
矢も魔法も破る気概で我が剣を握っています」
「その気迫、
まさに圧巻だ。
私の如き人間が口を出すものではない、
お任せしよう」
「恐れ入ります」
方策は決まった。
小声でネビトらに指示を出しながら、
ミューラーは敵が潜む茂みに狙いを定める。
表に漏らすことなく気を練り殺気を溜め、
炸裂させる時を待った。




