進化
フレイムの魔導剣による高速で伸びる氷の刃と
ロズウェルの炎の魔法が、
交互にマステマを襲っていた。
そのいずれをもかわしていたマステマは、
突如として反撃に転じた。
「死に物狂いでかかってきた方がいいぜ…
俺は退屈とぬるい風呂が何より嫌いだからなァ…」
右手で氷の刃を叩き折り破片を掴んでフレイムに投げつけ、
踊るように小刻みなステップを踏みつつ
左手で地面に転がる拳ほどの大きさの石を拾い上げ
ロズウェル目がけて放り投げた。
どちらも弾丸の如く風を切り裂いて飛び、
フレイムとロズウェルは危うく回避した。
その様子を目を細めて眺め、
マステマは思い出したように口を開く。
「ああ…
あと米が汁で濡れる系のメシも許せねェ…
米は米で食いてえんだよ、俺は…
わかるか?
わかるだろ、お前らもよ…」
「(知るかっ…!)」
冷や汗を流しながら、
ロズウェルは心の中で叫んだ。
息が切れている。
数えてはいないが、
立て続けに魔法を使った。
残された魔力は少ないが
援護をやめるわけにはいかない。
傭兵どもを倒し終えたクラトーとガラテアも
標的をマステマに切り替えていた。
皆が再度攻勢に出ようとした時、
両腕をだらりと下げたマステマの身体が烈光をまとった。
「…食いもんの話したら腹ァ減ってきたな…
お前ら、そろそろ寝とくか?」
大気の流れが収束していくような感覚を、
ロズウェルが真っ先に感じ取った。
同時に、鳥肌が立ち、髪が逆立つような危機感を。
「みんな、止まって!」
持ち前の大声で叫んだ時には、
彼女は宙を舞っていた。
クラトーとガラテア、フレイムも同様に。
ロウズェルが感じたのは、
マステマが全身の魔力を集中させ
一気に爆発させる動きだったのである。
そしてそれが実行された瞬間、
皆は激しい衝撃波を受け暴風の中の木の葉の如く
弾き飛ばされていた。
ただ、ロズウェルが警告を発してくれたおかげで
かろうじて身構えることができていた。
そうでなければ、
少なくとも気絶するくらいの事態にはなっていたかもしれない。
「勘がいいな、アンフェザー・ロズウェル…
お前のうるせえバカ声が全滅を防いだぜ…」
「…全方位、そして広範囲を攻撃する手段まで
持ち合わせているか…」
片膝をつくような体勢で着地したフレイムは、
マステマの言葉を耳にしながら呻いて立ち上がる。
その目が、ガラテアの後ろから飛び出し
マステマに肉薄するレゼルクの姿を捉えた。
ガラテアの後方に入って衝撃波による影響を最小限に抑え、
攻撃直後の隙を狙って接近する算段だったのだろう。
剣を振りかぶりつつ迫るレゼルクに、
マステマはにやりと笑みを浮かべた。
「俺を相手に半端な攻めは命取りだぜ、
アレクフォンシ…」
「命をいただくのはこちらの方だ…!」
空気を引き裂き、
レゼルクの斬撃がマステマを狙う。
その刃の腹を、
マステマの右の拳が強烈に叩いた。
斬撃自体は弾かれたが、
マステマはあることに気づいた。
「…お前、剣で俺の力を吸ったか?」
「…あなたがそう言うのであれば俺の勘違いではないということか…
あなたに追い詰められたおかげで、
俺の力がひとつ上の段階に登った…!」
レゼルクは、
マステマに触れていない。
触れたのは刀身である。
しかし、確かに感じた。
剣を弾かれた瞬間、
己の身体に生命力が流れ込んできた。
レゼルクには、驚きはない。
こうした結果が出る前、つい先刻、
こうなる気がしていたのだ。
自分の力が進化し、
直接触れずとも生命力を奪うようになれると。
そして、
「何も不思議なことはない…
不殺の天使も斬ることで精神力を奪っている。
ならば、俺にも同じように
剣を通して力を発動させることができるはず。
むしろこれまでその考えに至らなかったことの方が
不思議なくらいだ。
今、俺の力を発揮させるチャンスは飛躍的に広がった…!」
「そりゃ、朗報じゃねェか…
言われたとおり、底力を見せてきたか…?」
楽しげに言うマステマ。
レゼルクが彼に明かしていないことがある。
剣で生命力を奪えるようになったのはいいが、
不慣れだからなのかそういうものなのか、
直接触れた時より力の発動具合が弱い。
これでは、何度繰り返してもマステマが倒れるとは思えない。
「…(いや…
まさに剣が奴に『触れただけ』だからだ…
斬るなり刺すなりすれば、
多くの力を吸えるはず…
しかし、反撃を受ければ危うい。
一気に奴の動きを一時的にでも止めるくらいの
ダメージを与えるには…
俺の力をさらに強く発揮する方法は…!)」
「ならよ…
もっとくれてやろうか、俺の力…
てめェの剣でどこまで吸えるか、
試してみろや…!」
マステマの右手がぐっ、と五本の指を開き、
何かを鷲掴みにするような動きを見せた。
そこに、恐るべき破壊の力を感じる。
レゼルクは、直感した。
これまで遊んでいたマステマが、
殺意をもって次の一撃を放とうとしている。
殺そうとしているというよりは、
こちらの力を計って攻撃した結果
レゼルクが死んでもかまわないという思惟が伝わってきた。
「(…ここで決めるしかない…!
奴の攻撃を防ぐのは不可能!
避けるのも難しい…!
ならば!
奴がこちらの力を見極めんとしている今、
先んじて攻め奴を止める…!)」
ただ右手で掴んでも、ただ剣で触れても、
マステマが倒れるほどの打撃を与えることは困難である。
もっと大きな損害を与えるには。
レゼルクは、先程の自らの行動を思い出した。
傭兵を掴みながらマステマに殴られた時のことを。
「まずは…
虎穴に飛び込む…!」
大地を強く蹴って、
レゼルクはマステマの懐に入った。
視線が、細めたマステマの目と合った。
「で?
それからどうする」
嘲るような声。
レゼルクの耳には、
強風の向こうから届いたように聞こえた。
「こうだっ!!」
再び、
マステマの右腕をレゼルクの右手が掴む。
マステマも、あえてそれを受けた。
そして、小さく首を傾けた。
「何だ、
またそれか?
それじゃあ駄目だって、
さっきのでわからなかったかよ…」
そこまで言った時、
マステマは己の身体の変化を感じた。
この戦いの中で初めて、
捨て置けぬ危害を受けていると知ったのである。
「…わかったさ…
だから、少しやり方を変えた…!」
「アレクフォンシ、お前…」
大きく息を乱し、
蒼白になった顔。
それでも鋭く煌めくレゼルクの双眸を見下ろして、
マステマは笑みを消した。
新たな力を備え、己を狙ってくるかと思われた
レゼルクの刀身は持ち主の脇腹へと吸い込まれていた。
しかも、それを握る左手は身を抉るような動きを見せている。
今にも消え入りそうな彼の命を、
マステマが右腕に感じている感覚、
脈動を伴って堰を切ったようにレゼルクの右手へと流れ込んでいる
自らの生命力が支えているのだった。
「おお…
こいつは結構響くな…
けど、お前の方もヤバそうだが…」
「…大きな穴が開いた袋なら、
水をいくらでも、しかも早く注げる…!
これも追い詰められたことによる進化かもしれない…
流石のあなたでも、
これならば普段どおりには動けないだろう…!
みんな、今の内に…」
ロズウェルたちは、
レゼルクの取った行動に驚いていた。
しかし同時に、
彼が命がけで開こうとした突破口を逃すまいと、
彼の呼びかけに応じてマステマへ向け突進しようとした。
が、すぐさまその足を止めた。
岩同士が衝突するような鈍い音とともに
マステマの強烈な頭突きがレゼルクの額を襲い、
地に沈もうとした彼の髪をマステマの左手が掴んで
軽々とレゼルクの身体を持ち上げた。
「普段どおりに動けないからよ…
最小限の動きで解決しちゃう俺ってカッコイイよなァ…」
「…不死身は…
あなたの方か…!?」
「俺ァ不死身なんかじゃねえよ…
死なねえってわかってる人生なんて退屈だろう…」
そう言って、
マステマは再び笑んだ。
薄れゆきそうな意識の中で、
レゼルクはその笑みが先程までとは異なるものであるように
感じていた。
「しかし、進化した能力を使ってくると思わせておいて使わず
自分を刺しながら俺の力をいつも以上に奪おうとは、
お前もなかなかの馬鹿野郎じゃねェか…
連れも含めて思ったよりは楽しませてくれたぜ、
今回のテストは合格だ。
おっと…
安心して力を吸うのをやめちまうなよ。
せっかくこの俺との超手加減バトルを生き残ったってのに、
自分の剣で死にましたってんじゃ
地獄の鬼どもも扱いに困るだろうよ…」
「…ならば…
お言葉に甘えて、
このまま力をいただくとする…!
あなたが不死身でないのなら…
この場で、死の味を教えることになるかもしれないが…!」
「やってみるだけならタダだ、
好きにしな…
一つ忠告してやる。
このイカレた攻め方は手持ちのカードから捨てな…
十隊の隊長並みの相手なら通用しねえし
繰り返せば回復できねえくらいボロボロになるぜ…
大体、ピンチの度に自滅覚悟で自分刺して特攻なんてのは
強えヤツのやることじゃねえんだよ…
そんなことじゃお前、今より上には行けねえぞ…
せっかく手に入れた剣の方の力を磨くことだ。
お前が超絶的に成長したらまたテストしてやるよ…
もちろん、不合格なら死ぬけどなァ…」
「…フフ…
やってみたいような…
やってみたくないような…
馬鹿馬鹿しい気分ですよ…」
がくりと、
レゼルクから全身の力が抜けた。
それを見て、
マステマはふん、と鼻を鳴らした。
正直、レゼルクの生死には興味はない。
ハーディスの野郎がうるさいかもな、と思う程度である。
マステマにとって人の生死などは
車窓の外の過ぎゆく風景と一緒で、
通り過ぎたのなら振り返ることも立ち止まることもない。
己の眼に映らなくなったのなら、
再度視界にとどめようなどとは考えない。
「あ~あ、
こりゃダメかァ…
助けたいんなら急ぎな、
アンフェザー・ロズウェル…
ん~、お前、
治癒魔法とか使えたっけ…
まァいいや、後は任せる…
腹ァ減ったな、おい、起きろや傭兵ども…
どいつか弁当持ってねェか?
この際、米が濡れてる系のやつでもいいからよ…」
レゼルクを地面に放り出し、
マステマは倒れている自分の手勢たちの方へと歩き出した。
信じられないという表情でそれを見やりながら、
ロズウェルはレゼルクの元へと走る。
クラトーもそれに続き、
ガラテアとフレイムは油断なくたった今まで対していた
恐るべき相手の挙動に目を凝らした。




