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不断のジャカ  作者: 吉良 善
不死身のレゼルク
88/92

奪われ、奪う

現れたマステマ側の手勢とおぼしき者は十名ほど。

レゼルクはマステマの拳との撃ち合いを再開している

フレイムの方を見ながらクラトーに声をかけた。

「クラトー殿、

 貴方とガラテアとであの連中を止められるか?」

「…」

彼の考えを全て察したわけではないが、

絶望的な相手を前に残されたわずかな望みはレゼルクの力のみ。

クラトーは、笑みを漏らして答えた。

「そう問うのは彼らを過大評価しているのか、

 我らを過少評価しているのか、

 どちらかな?

 いずれにせよ、私の答えは応だ。

 この死地を打開するために必要とあらば

 成してみせよう」

「頼む。

 先程も言ったとおり彼らは決して殺さず倒すだけにしてくれ、

 ガラテアにもそう伝えてもらいたい。

 ロズウェルは私とフレイム殿の援護を頼む」

「いいけど、

 それでマステマ隊長を止められる…!?」

「フレイム殿はさすがだ、

 押されてはいるがマステマ隊長と撃ち合えている…

 我々では正面からあの怪力を受けとめることはできないからな。

 私が加わり、君の魔法も加われば

 注意を分散することはできるだろう。

 二人とも、私が目で合図をしたら

 やってほしいことがある」

視線の先では、

マステマが右の拳のみで激しくフレイムを

攻め立てている。

フレイムが両手で剣を振るっていることからしても、

マステマの怪力ぶりが窺える。

刃で斬ればさすがに拳は裂けるだろうが、

マステマは荒々しいようでいて

的確に剣の腹を叩き弾いていた。

その音をかき消すように、

彼の獣の哮りに似た哄笑が響き渡った。

「大層な二つ名を持ってるだけあって

 まあまあだったぜ、フレイム…

 俺がここまで言ってやったことを

 あの世で自慢して回りな…」

「…」

マステマが右腕を振りかぶった直後、

フレイムは瞳をきらりと煌めかせた。

そして、豪速で迫る凶暴な拳と自らの刀身が

重なった瞬間に己の力を最大限に発揮させる。

淡い青の輝きが強力な冷気を生じさせ、

凍てつく刃をつくり出した。

水晶の如く冷たい光を放つ氷は

茨の蔓のように鋭く伸び、

マステマの拳を絡め取った。

常に不敵な笑みを浮かべる第七部隊の隊長は、

ぎらぎらとした目を細めてほう、と声を漏らした。

「そういやお前、

 氷の魔導剣の名手とか言われてたか…」

「ようやく捕えた…

 こちらにも味方がいる、

 この状態ならばお前がいかに強靭でも

 我らのチャンスは広がる。

 離さんぞ」

「ふうん…

 いいよ、離してくれなくてもさ…」

「!」

次の刹那、フレイムは地面を転がっていた。

迫り来る恐るべき破壊の力を察知し、

自ら身を地に投げ出したのである。

その手に、剣はない。

右肩に違和感があった。

痺れたようになっている。

視線を巡らせ敵の姿を確認すると、

マステマは右の拳にフレイムの剣を張りつかせたまま

左の拳の甲をこちらに向けにやりと笑っていた。

見上げる彼の姿がやけに大きく映り、

まるで世界の終わりに出現する巨人のように思えた。

かわしたはずのフレイムの右肩に大きなダメージを与えたのは、

見せつけるようにしているあの左手らしい。

コートのポケットに突っ込んでいたはずが、

いつの間にか露わになっていた。

握っていたその拳の五本の指を、

マステマはゆっくり広げていった。

その様は、地獄の門が開かれる光景を想像させた。

「ああ、悪ィ…

 たった今、思い出したんだが…

 俺、こっちの手の方が得意なんだった…」

今まで見せていた右腕ではなく、

マステマの利き腕は左だったというのか。

聞く者を絶望させるかのような

宣言を耳にしながら立ち上がるフレイムは、

目の前の巨人の背後から素早く接近する影を見た。

無言のまましなやかな動きで肉薄したレゼルクが、

白銀の剣を振り抜こうとしていた。

「ついでにこいつも得意だ、アレクフォンシ…」

「!」

後ろに回り込んだ敵の方を見ることもなく、

マステマはまるでお辞儀をするような動作で

長い左足を風車のように後方へ振り抜いた。

即座にレゼルクは足を止め、

その反動を利用することを意識しながら

前へと進もうとする全身を押しとどめた。

宙を切り裂いたあのマステマの踵がまともに当たれば、

顔面が真っ二つになっていただろう。

「そら、

 お仲間のだぜ…

 お前から渡してやんな」

嘲りを孕んだ声音で言い放ち、

マステマは右腕を振り抜いた。

まとわりついていた氷が砕け、

フレイムの剣がレゼルク目がけて飛んで来る。

それを何とか己の剣で叩き落していると、

「おまけだ、

 俺は太っ腹だからなァ…」

「(まずい…!)」

左から右へと切り裂くような動きをした

マステマの左手が強く輝き、

直径一メートルほどの光弾が高速で放たれ、

レゼルクは右足で強く地を蹴って左へと逃れた。

通り過ぎていったのは、先刻見せた魔力の塊であったろう。

「(思った以上に厄介だな、あれは…!

 魔力を使ってはいるが魔法ではない、

 故に印も詠唱も必要ないということなのか発生が速い)」

マステマの攻撃は最初は右手だけだったのが左手、足を使い始め、

しかもかすっただけでも致命傷になりかねない

威力を秘めている。

正面からはとても太刀打ちできる相手ではない。

しかし、

「(奴はまだ遊んでいる…

 勝負は最初の一手目だ。

 それで決めなければ難しい…!)

 フレイム殿、攻めるぞ!

 悪いが踏ん張ってくれ!」

駆け出したレゼルクは地面に落ちたフレイムの剣を拾い上げて

持ち主の方へと投げ、

ロズウェルとクラトーに続けざまに顔を向け合図を送った。

フレイムも走り出し、

宙を飛ぶ愛剣の柄を見事に掴み

刀身を氷の棘で覆いつつマステマへと斬りかかった。

「これならば自慢の拳も無傷では済まんぞ!」

「わめくなよ…

 俺の拳は岩も砕くんだぜ…」

「岩と比べるとは、

 俺の魔導剣も舐められたもの!

 試してみろ!」

「わーかったわかった、

 やろうじゃないの…」

その間に、

ロズウェルは魔法を完成させた。

大きく広げた両腕の上に炎の旗のようなものが生じ、

一気に十メートル近い大きさとなって

彼女の前に降りていった。

レゼルクも一旦その後ろに入る。

一方、翻るように揺らめく炎の旗を視界の端で捉えつつ

クラトーはガラテアに呼びかけた。

「我々の出番だ、ガラテア殿!

 ロズウェル嬢の魔法がマステマ隊長の目から

 我々を隠してくれている間に!」

「いいけどよ…

 こんなのであの化け物を倒せるのかよ?」

「貴殿に妙案があるのならば聞こう!

 なければ動け、この私と共にだ!」

「やれやれ、うるせえな…」

言い合いながらも、

二人は鮮やかにマステマの配下を倒していく。

レゼルクに言われたとおり命を奪うことなく

頭部や腹部にダメージを与え

動けなくしていった。

「いくぞ、ガラテア!

 俺に続け!」

「へいへい…

 戦闘になると口が荒くなるよな、アイツ…」

炎の旗を迂回し、

レゼルクとガラテアがマステマを目指し駆けた。

レゼルクは剣を鞘に納めており、

ガラテアはその剛力で両肩に一人ずつ

傭兵を担いでいる。

「来るかよ、

 アレクフォンシ…」

気づいたマステマは、

撃ち合っていたフレイムの剣を強く押し返すと同時に

自らも跳びすさって距離を取り、

レゼルクへと狙いを変えた。

「ガラテア!」

「うまくやれよ!」

吠えるように答えて、

ガラテアは右肩に担いでいた傭兵を前方へと投げた。

飛来したその男の腕を掴みつつ、

レゼルクはマステマとの間合いをみるみる詰めていった。

飢えた猛獣に丸腰で正面から突っ込んでいく心境である。

だが、ここで怯むわけにはいかない。

右手で傭兵の腕を握り、

目前の凶暴な大男に己を晒した。

「死ぬぜェ、お前ッ!!」

「…!」

左頬に、

焼けた巨大な鉄塊がとてつもない勢いで

めり込んでくるようだった。

顔面が、全身が一瞬にして砕ける気がした。

視界が暗くなり、

そのまま世界が閉ざされてしまいそうだった。

自身を蝕んでいく闇を食い止め、

活力を身体中に与えてくれたのは、

右手から流れ込むあたたかな何かだった。

自らが左頬に受けた衝撃に比べれば

小さな、ほんの小さなものだったが、

それがレゼルクを死から救い

現世へと踏みとどまらせた。

「(…まともに受ければ死ぬ…が…

 受けながら他者の生命力をもらい回復すれば

 命をつなぐことができる…

 あまりにも強大なマステマの力を見れば

 危険な賭けではあったが、

 何とかしのいだ…!)」

そしてこの瞬間が、

最初で最後かもしれない機会である。

マステマの生命力を奪うための。

身体への打撃が強すぎて十分には

回復できていない。

それでも、今しかないのだ。

「ここだっ!」

傭兵から右手を放し、

レゼルクは己を殴りつけた直後の

マステマの腕を掴んだ。

時を移さず、この場ではレゼルクだけに見える

青い光が発され、

体内に野性味あふれる荒々しい力が

流れ込んできた。

ロズウェルとクラトーが、

拳を握った。

レゼルクも、

同じ心持ちだった。

「よし…!

 (いくらマステマが強くても、

 生命力そのものにダメージがいけば倒れる!)」

「へえ…

 なるほどなァ…

 これがお前の力ってわけか…」

「!!」

気づくと、

レゼルクの世界は天地がひっくり返っていた。

そして、

全身に強い衝撃が走った。

大地に叩きつけられたらしい。

呼吸ができなくなり、

一瞬周りが暗転した。

「ぐっ…!

 (馬鹿な…!

 倒れるどころか、

 ふらつきもしないのか!?)」

「いやァ…

 いい力だよ、アレクフォンシ…

 ここ数年じゃ一番でかいダメージ受けたわ…」

まさしく化け物。

恐れと畏れが入り混じった感情が

レゼルクの頭と胸を満たす。

これまで、

いかなる巨躯を誇ったいかなる屈強な猛者であっても、

右手の力で生命力を奪えば

たとえ一瞬しか発動できなくとも

身体がぐらつくくらいの打撃を与えることはできた。

そして今は、

確かにマステマの生命力をそれなりに奪った手応えがあった。

が、彼は平然と立っている。

生命力が圧倒的なのか、

ダメージがあっても立っていられるだけなのかは

わからないが、とにかく疲労の様子すらない。

憎々しいほどの余裕を、

次の言葉の調子からも感じ取ることができた。

「まだ終わりじゃないだろうな…

 出直してこい、

 底力を見せてみろ」

「うッ!!」

横っ腹に岩石を落とされたかのような衝撃が走った。

マステマが地に伏していたレゼルクの脇腹を蹴り飛ばし、

ガラテアの方へと吹っ飛ばしたのである。

数メートル飛んだ後に砂煙を上げながら転がったレゼルクの前に、

ガラテアが左肩に抱えていた傭兵を下ろした。

「こいつの力をいただいて回復しろ。

 俺はまた奴の手下を連れて来ておく」

「…頼む…!」

気を失い横たわる傭兵に右手で触れ、

レゼルクは立ち上がる。

彼の力は最初は疲労を回復するくらいのものだったが、

今では受けたダメージのみならず傷も治るようになっていた。

だから、彼は知ったのである。

己の力は、成長するのだと。

「(奴からすればわずかかもしれないが、

 間違いなくマステマの体力を削ることには成功した…!

 とにかく即死だけは逃れて、傭兵たちの力をいただきつつ

 最低でもマステマが退却を考えるくらいには命を吸い続けるしかない。

 そのためにも、一度ごとに削り取る体力を

 大きくすることができれば…!

 俺の力よ、恐るべき強敵を前に高まり大きくなれ…!)」

勝負と考えていた一手目は跳ね返された。

そして、今自分はかつてないほどに追い詰められている。

ゆえにこそ、感じるのだ。

右手の奇妙な疼きと熱を。

世界を分かつ壁の如き巨大な相手を見据え、

レゼルクは半ば無意識の内にその右手を

腰に下げた剣の柄にかけた。

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