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不断のジャカ  作者: 吉良 善
不死身のレゼルク
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恐敵

「良かったんですか、ハーディス様。

 行かせちゃって」

「マステマ隊長のことかね」

レゼルクの所へ行くと言い出したマステマに、

折良く合流したスイッチから得た情報を与え送り出した直後、

ハーディスはスイッチの問いに笑みを浮かべうなずいた。

「かまわんさ。

 やめなさいと言って聞く相手でもない。

 どころか、下手をすると噛みついてくる。

 今の我々では即座に彼に対抗するのは困難だ。

 好きにさせよう」

「しかし、

 下手をするとレゼルク君は御陀仏ですよ。

 今後必要になる存在だからといって、

 考慮してくれるわけでもないでしょ?

 ワタシが出会った中でも指折りでヤバいですよ、

 マステマって人は。

 あるいは一番かな」

「だろうね。

 だが、レゼルク君が一部で何と呼ばれているか

 知っているだろう?

 その名のとおりの力を高めてくれなければならない。

 悠長に十年二十年と待つわけにもいかん。

 追い詰められれば一気に開花する、

 私はそれに賭けてみたい。

 彼が駄目でも次の候補はいる。

 十部隊のジェシス・エルマージュ君とかね」

「なるほど、“月の目”ですな。

 彼女の力はレゼルク君とはまるで違うもののようですが、

 代わりになるんですか」

「子供じみて聞こえるだろうが、

 彼女の力は『条件付きではあるが最強』になりうるものだ。

 若き才媛として何かと比較される不殺の天使すら

 討ち果たせるかもしれぬほどのね…

 私の目的のためにも使えるだろう。

 人類の未来のためにも、若人たちには

 奮闘してもらいたいな」

レゼルクの力がハーディスの大望に必要であるという話は

マステマに聞かせた。

が、彼がレゼルクに会いに行ったということは

本当に役に立つのかどうか力で示させるという意味で、

それができなければ興が醒めてあっさりと殺害する危険がある。

レゼルクの潜在力が覚醒する方か、

マステマが自制してくれる方か。

どちらに期待が持てるか、ハーディスにも判断しかねた。

いずれにしても、

どう転ぼうが手段は残している。

だから、彼はマステマを止めなかったのだった。





追っている内に

死に場所を選ばせてやろうという心境にでもなったのか、

モンロンの町の外へと駆けていたレゼルクたちの

後に続いて大股で走るマステマは

まだ攻撃の姿勢を見せなかった。

彼を振り切るのは無理だろう。

向こうが襲ってくる気でいる以上、

せめて全員で戦える状況の内に

応戦した方がいくらかは勝利の目があるかもしれない。

フレイムには悪いが、

彼が仲間になってくれた後でこの事態に陥ったことは

不幸中の幸いだった。

フレイムを中心に戦えば勝機が見える瞬間もあるはずだ。

街道を外れごつごつとした大きな岩が

いくつか転がる平地に出た時、

互いに目配せをしてレゼルクらは立ち止まって振り返った。

それに合わせてマステマも足を止め、

両手をコートのポケットに隠したまま

にやにやと笑っていた。

彼は辺りを見回し、小さく首を捻る。

「ここでいいのか?

 シケた場所を選んだもんだ…

 まァ、俺としちゃあどこでもいい。

 こんなトコまで付き合ってやったんだ、

 そろそろいいな?」

言い終えて背中を丸めやや体勢を低くすると、

マステマはゆっくりと右手を露わにする。

レゼルクもロズウェルもクラトーもガラテアも、

胃の辺りが冷たくなるのを感じた。

異様な気配である。

目の前に人の姿で存在しているのに、

残酷な捕食者へと変貌した獣がそこにいるかのようだ。

狂気を印象づける瞳孔が開いたような双眸が

吊り上がって爛々と輝き、

蛇に似た様で舌なめずりする。

考えてみれば、初めてだった。

マステマが「戦う」姿を目にするのは。

乱暴者ですぐに暴力を振るうが、

それだけに過ぎなかった。

戦士としての彼がどのように戦うのか、

レゼルクたちは全く知らないのである。

「ひとつ、耳寄りな情報だ。

 俺ァよ、」

そんな心中を察して答えるかのように、

マステマは口を開いた。

体勢を、さらに低くする。

それに伴って一度うつむいた顔を、

瞬時に上げた。

「強えぜ」

その言葉が聞こえた時、

拳が視界いっぱいに入って来ていた。

即座に反応しレゼルクは上体をそらしてかわそうとしたが

間に合わず、頬をかすめるにとどめたはずだったが

後方へと吹っ飛ばされた。

左手の方向では、クラトーも同じく飛んでいた。

鞭の如く振るわれたマステマの右腕が当たったのである。

宙に投げ出されながら、

レゼルクは全身に一斉にヒビが入っていくような

衝撃を感じていた。

かすっただけにも関わらず

巨大な雄牛の体当たりでも受けたような激しい痛みを覚えつつ、

思い知ってしまった。

「(これは!勝てない!)」

短期間で、レゼルクは相当腕を上げた実感があった。

第九部隊と共に戦い、

セレンティア・エリンの鬼神のような剣を

連日受け続け成長した。

だからこそ、

すぐさま悟ったのである。

マステマの恐るべき底知れぬ実力を。

今の自分では、

とても対抗できないことを。

「(選択を誤ったか!?

 何がどうなろうとも逃げ切らなければならなかったのか…!?

 拳がかすめただけだというのに、

 身体に嵐が撃ち込まれたかのようだ…!

 奴の生命力を奪うも何もない!

 まともに受ければ一撃で死ぬ!)」

自身の能力から不死身のレゼルクなどとも言われるが、

無論一撃で死に至れば相手の力を奪うこともできず

当然復活することもない。

最初の攻撃で即死しなかったのが奇蹟だと思えるほどだ。

クラトーは拳ではなく腕の一部が当たっただけなので

死ぬことはなかったが、まだ立ち上がれずにいる。

「…規格外だな、まさに…!

 我が隊の長でありながら、

 彼についてあまりにも知らなさすぎた、この私たちは…!」

彼らの様子を見て、

フレイムは静かに、しかし素早く動き出した。

正面きってマステマを足止めできるのは

自分しかいないという判断だった。

レゼルクたちが弱いわけではない。

むしろ、並の兵士や戦士が相手ならば数人がかりで襲われても

軽くあしらえるくらいの技量は持ち合わせている。

そんな彼らを子供扱いするほどに、

マステマは圧倒的だった。

「おい、嬢ちゃん」

大槍を右肩に担いで、

ガラテアは振り返ることなくロズウェルに声をかけた。

「機を見てレゼルクと、“この私”野郎を

 治してやれ。

 前には出るなよ…

 赤手の所で確かに腕を上げたようだが、

 上がったとはいえその細腕でどうにかなる相手じゃねえ」

「…わかった…!」

歯噛みしながら、

ロズウェルはうなずいた。

あのように言われるのは悔しいが、

実際とてもマステマに対抗できるとは思えないし

支援に徹した方が味方のためになるだろう。

「…強いんだろうなとは思っていたけど…!」

想像を超えていた。

レゼルクとクラトーを吹っ飛ばした最初の一撃を見ただけで、

背筋が凍りつく想いがした。

しかも、マステマにしてみれば

軽く遊んでいる程度の攻撃であったろう。





「ウィルスターの怪人、

 マステマ・マステリオン…

 その力、見せてもらう」

「間抜けな呼び方すんじゃねえよ、

 フレイム…

 見せるのはいいが、高くつくぞ…

 せっかく遊ぶんだ、しっかりついて来いよ。

 俺をがっかりさせんな、元傭兵王」

異様な威圧感を全身に浴びながらマステマの前に出たフレイムは、

相手の心臓を狙った一撃を繰り出した。

マステマは、剣を抜いていない。

だが、硬質な衝撃があって弾かれた。

相変わらず左手をポケットに突っ込んだまま、

長いコートの裾を翻しながらマステマは

右手を前に突き出していた。

「…(素手で剣の腹を弾いたのか…?)」

「驚くことはねェ、

 俺の拳は名剣名刀より強えってだけよ。

 ぬるい喧嘩やってんじゃねえぞ…

 上げてこい、うっかり殺っちまわねェようになァ!」

ぐん、とマステマの大きく五本の指を開いた手が迫って来る。

顔面を掴まれようものなら瞬時に握りつぶされるだろう。

手首を落とそうとフレイムは狙ったが、

するりと右手は引っ込められ即座に腹に向かって伸びて来た。

柄頭で迎撃せんとすると再び衝撃があって剣が弾かれ

体勢を崩されそうになったが、

何とか踏ん張り連撃に出る。

にやりと笑い、マステマも右手を握り直し激しい撃ち合いとなった。

その中で、突如マステマがバックステップで後方へと下がる。

何事かとフレイムが思っていると、

マステマの背中を狙って接近して来ていたガラテアが

大槍ごと右手で薙ぎ払われ地に転がった。

フレイムとマステマが戦っている間にクラトー、レゼルクの順に

治癒魔法を施し終えたロズウェルは、

ガラテアに追撃をかけんとするマステマを足止めするべく

魔法を組み立てた。

それに気づいたマステマは自ら立ち止まり、

蛇のような目をロズウェルに向け

挑発するように右手を自分の方へ向け振った。

「いいぜ、撃ってこいよ…

 心配すんな、俺の方は魔法は使えない。

 興味ねえからなァ」

「…いくら頑丈でも、

 火傷しない人間なんていないんだから…!」

不敵な言動は気になったが、

ロズウェルは完成させた魔法で大きな火球を生み出し放つ。

空気を切り裂く音と共に飛んだ炎の塊は、

瞬く間にマステマに迫った。

「命中する!」

ぐっ、と拳を握ってロズウェルが言った直後、

彼女の表情は驚愕に変わった。

マステマが右手に強い光を生じさせ、

無造作に投げると光は一気に膨張し火球を飲み込んで

ロズウェルの元に飛来した。

その疾風の如き速度に、

ロズウェルは倒れ込むようにして脇に逃れた。

「…何なの、今の…

 魔法じゃ…なかった」

レゼルクたちも驚き立ち尽くす中、

ロズウェルが絞り出すように言うと、

マステマは低い笑い声を漏らした。

「言っただろ、

 俺は魔法なんぞには興味ねェんだ…

 だから、直接魔力をブン投げるのよ」

「…魔力を飛び道具にしたっていうの!?」

そんな話は聞いたことがない。

だから想像でしかないが、

よほど強力で巨大な魔力とそれを具現させる才がなければ

あのように光の球にして投げつけるなどという芸当は

不可能であろう。

皆が絶句する様を眺めて、

マステマは満足そうに笑った。

「ハッハッハッ、悪いなァ、モノが違ってよ…

 腕っぷしが強くて、剣が強くて、魔力まで強え…

 その上陽気で男前…

 俺こそミラストラ最高の男ってェわけだ、なァ…」

「なァ、じゃないわ、

 言ってることがまるでスケールを大きくしたキーンさんじゃん!」

「誰だぁ、そりゃ…

 無粋な真似は俺の機嫌を損ねるぜ、アンフェザー・ロズウェル…

 俺はマステマ・マステリオンだ。

 他の男の名を出すんじゃねえ」

「…(やばいやばいやばいやばい、

 強さも性格もやっぱりやばすぎるこの人…!)」

攻防、遠近いずれも全く隙がない。

フレイムですら足止めがやっとという状況では、

一体どうすればマステマを倒せるのか。

そう考えていると、

隣にレゼルクが歩み出て来た。

表情には、強い意志が感じられる。

圧倒的なマステマの力に愕然とはしたものの、

この苦境を突破することを諦めてはいない。

そういう胸の内を見て取ることができた。

「…あの怪物に勝つには、

 私の力しかない…!」

「…けど…」

確かに、相手の生命力を奪うレゼルクの力ならば

マステマとて倒せるかもしれない。

しかしそのためには、

マステマの身体に触れ力を発動させなければならない。

言うまでもなく至難の業であり、

レゼルクを遥かに上回る実力を持つフレイムであっても

極めて困難な仕事だろう。

「弾除けがあれば何とかなりそうかね、

 アレクフォンシ卿…!

 勝利のためとあらば厚き壁となり、貴公の盾ともなろうではないか、

 この私が…!」

立ち上がったクラトーも、

鋭い眼光を放ちながら決意を見せた。

その彼が何かに気づき視線を巡らせ、

顔を曇らせた。

「…まずいな…

 優勢な敵方に援軍とは…」

「おう…

 俺を追って来たのか、あいつら…」

マステマも同じ方向を見やり、

つぶやいた。

ハーディスの元へ行った時に雇った傭兵の中には

ミューラーとの戦闘に参加していない者もおり

モンロンまでついて来ていて、

その彼らがマステマが町を出たことに気づき

わざわざ駆けつけたらしい。

「俺一人でもワンサイドゲームなんだがな…

 まァいいや。

 あいつらも少しは働かねえと後ろめたいだろうからな…」

接近する剣士たちの姿にガラテアは舌打ちをし、

ロズウェルも眉をしかめていた。

「…あの人たちはあたしが魔法で何とか…!」

「…ロズウェル、クラトー殿も、

 彼らの命を奪わないように気をつけてくれ」

レゼルクの言葉を耳にして、

クラトーは目の端で彼を見た。

「…その心は称賛すべきだがレゼルク殿、

 この状況ではそうも言っていられないぞ…!」

「仏心を起こして言っているわけではない。

 彼らに、我々が生き残るための

 糧になってもらおうということだ…!」

ダークグレーの瞳を煌めかせ、

レゼルクは右手を握り締めた。

マステマは強大な力を持った恐るべき相手だ。

だが、生き残ってみせる。

そのためには相当の痛みと傷を伴うだろう。

それでも、何としてもこの場を切り抜けてやると、

レゼルクはもはやそのことだけを考えていた。

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