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不断のジャカ  作者: 吉良 善
不死身のレゼルク
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悪魔の笑い声

フレイムを加えシュテシアを後にしたレゼルクたちは、

北にあるモンロンの町を目指した。

シュテシアの北西にはレゼルクの故郷でもあるルフィカがあるが、

あえて立ち寄る理由はない。

ジャカたちは彼の地へ向かったようだが、

忌まわしき記憶に支配されているはずの土地へ

今更何をしに行くといくのか。

共にあるべきはずの家族も、

思い出を分かち合う友ももはやない場所へ。

「ジャカはなぜルフィカに行くことにしたんだ?」

ふと、レゼルクはロズウェルに尋ねた。

その問いが、

ここまでの道中に全く浮かばなかったわけではない。

だが、口に出して問うことでもないと思っていた。

上述のように、

レゼルクにはあの町に寄る理由はない。

同時に、避ける理由もないはずである。

ジャカと違い、

自分はあの土地で何かを失ったということでもないのだ。

両親と妹を失い、

深い傷を負ったジャカは忌むべき故郷を目指し、

消し去りたい記憶などもない自分は

今は近づかない選択をした。

考えてみれば、

奇妙な話ではあった。

「十数年の時が経過した今、

 事件の手がかりなどは得られないだろう。

 彼のご家族の墓もないはずだが、

 せめてあの場所へ行って祈りを捧げるためとか

 そういう理由か?」

「もちろん、それもあると思うよ」

振り向いて答えたロズウェルの面立ちに、

レゼルクは変化を見た。

ガーラントで別れる前と比べると、

大人びた気がする。

離れていた時の話は聞いているが、

レッドハンドとの訓練の日々や

仲間を失った辛い経験が、

彼女を人として著しく成長させたのかもしれない。

「でも、一番大きな理由は別みたい。

 ジャカ君は言ってた…

 自分は立ち直って前を向いて歩いているつもりだけど、

 心の奥底に拭いきれないもやもやがあるんだって。

 それには触れたくないし思い出したくないんだけど、

 間違いなく自分の中にあるものだから

 思わぬ時に見たり触ったりしてしまう…

 その度に、あの頃に戻っちゃうんじゃないかって

 考える。

 色んな人に出会って、大切な人たちの想いを知って

 乗り越えてきたのに、

 全部元に戻っちゃうんじゃないかって…

 だから、怖くても、足を踏み入れたくなくても

 僕は故郷に帰らなくちゃいけない。

 もやもやを消し去れないのなら

 はっきり形にして、受け入れて共存していく…

 そうするには、ルフィカへ行くしかないんじゃないかって。

 何度か聞いたよ。

 人に話すことで、より決意を固くするみたいにね」

「…そうか」

目を閉じて、

レゼルクはうなずいた。

事件のことを初めて聞いた時には、

愕然としたものである。

ジャカの家には何度か行ったことがあり、

父トレスには遊んでもらったし

母ネリアにはお菓子を作ってもらった。

妹ミリウは、一人っ子の彼には羨ましい存在だった。

そんな三人が、

すでにこの世にいないという。

しかも、無残に殺害されたと。

成長してから知った自分ですら

しばし言葉を失ったのだ。

幼い頃に、

己以外の家族を失ったことを知ったジャカは

どれだけの恐怖と絶望に襲われただろうか。

記憶の中の当時のジャカは気弱で優柔不断な子供だった。

だが、ちゃんとこれまで生き、

忌まわしき記憶と向き合おうとしている。

弱くなどない。

ジャカもまた、険しい道をしっかりと歩んできたのだ。

「(まだ、じっくりと話せてはいないな…)」

事情や思惑があったとはいえ、

幼馴染みである。

膝を突き合わせて話そうかという想いはあったが、

今はその時ではない。

ジャカが過去を乗り越えようともがいているように、

自分も自らの大願を成就させるために

進むのだ。

だから、よそ見をしている暇などない。

今はあえて友と道を重ねず、

己の道を邁進する他はない。





モンロンは小さな町だった。

観光を目的に人が訪れるような土地ではなく、

旅の者を受け入れるための宿がいくつか軒を連ねる他は

特段目を引くものもない。

だから今夜の寝床を確保したレゼルクたちは、

せめてこの地の味を堪能しようと

町で一番大きな食事処へとやって来た。

「どうした?」

店の入口の前に立った時、

フレイムが足を止めたので

レゼルクは自らも立ち止まり尋ねた。

後ろから、怪訝そうな表情を見せながら

他の客が何組か通り過ぎる。

出入口を塞ぐ形になっているため、

店側からすると迷惑な連中となるだろう。

「臆することはないぞ、

 フレイム殿!

 貴公もすでに我らの仲間。

 同じ食卓を囲み親睦を深めようではないか、

 この私たちと」

「三食付きって条件なんだろ。

 さっさと行こうぜ」

クラトーの後に、

ガラテアが面倒そうに言った。

彼らには答えず、

フレイムは

「入ろう」

と促した。

眉をしかめるガラテアの腕を軽く叩き、

レゼルクは店内へと入った。

中は、多くの客で賑わっている。

数人の店員が忙しく動き回り、

注文を厨房に伝える威勢のいい声を上げていた。

彼らは手が空いていないようなので、

一行は喧噪をかき分け席を探して

奥へと向かおうとした。

その時、

入口でフレイムがそうしたように

レゼルクは足を止めた。

うっ、と息を呑み、

肺の中が冷水で満たされたかの如く

ぞくりとして、一瞬呼吸が止まった。

「うわわっ、

 何よレゼルク!

 いきなり止まらないでよね」

後ろにいたロズウェルは、

つまずくように立ち止まって文句を言った。

しかしレゼルクが反応しなかったので、

何事かと思いつつ前を覗き込んだ。

そして、

彼と同様に言葉を失った。

そんな二人をあざ笑うかのように、

前方から声がかけられた。

「よう、

 アレクフォンシ…

 ロズウェル、クラトーも一緒か」

ロズウェルの後ろ、クラトーのさらに後ろにいた

ガラテアの頬がぴくりと動いた。

所狭しとテーブルが並ぶ店内である。

縦一列に連なって歩いていたため

彼の視界にはまだ入っていなかったが、

声の主が誰かをすぐに悟った。

「…なぜ…

 ここに」

乾いた喉の奥から、

レゼルクはかろうじてその言葉だけを絞り出した。

その目の前で、

椅子に腰かけていた長身の男が

ゆらりと立ち上がる。

口元には、

妖しげな笑みが浮かんでいた。

「スイッチとかいう趣味の悪い野郎から

 お前らを見たって話を聞いてな…

 ここいらで飲んでりゃ会えるんじゃねえかって思ってよ…

 こういう時の俺の勘はよく当たる…

 ドンピシャで面ァ合わせられたんだからなァ…」

「…嘘でしょ…

 たまたま入ったお店にいるなんて…!」

驚きに瞳を見開きながら言うロズウェルに、

マステマは両手をコートのポケットに突っ込み

やや背を丸めて傾けた顔を前に突き出すようにした。

「嘘でも夢でもねえ…

 俺は奇蹟を起こす男よ…

 へえ、そこにいるのはガラテアに…

 ハッハッ、傭兵王か?

 妙な取り合わせだな、おもしれえ…

 じゃ、いっちょやるか…」

「…ここで抜くおつもりか!?」

ゆっくりと足を踏み出すマステマに、

レゼルクは声を抑えつつ問うた。

民間人がひしめく店内である。

こんな所で襲いかかろうとするなどありえない。

ありえないのだが、

そんな考え方はこの男の前では無意味だ。

マステマにとっては町でも草原でも同じであろう。

周囲の人々など風に揺らめく草と変わらないに違いない。

「そのおつもりよ…

 俺は今すぐやりてえんだ…」

「いかなる理由で我々を斬ろうというのです!

 こんな所まで自ら出張ってまで!

 私たちは不要と切り捨てたのではなかったのですか」

「色々あってなァ…

 俺もお前らが憎くてやってんじゃねェ。

 テストだ。

 俺を楽しませてみろ。

 不合格なら命はないが…」

「…落第したら死が待つ試験など

 受けたくないものだな、この私は…!」

「相変わらずめちゃくちゃだ、この人…!」

クラトーとロズウェルが口々に言う。

確かに、マステマの目的はわからない。

テストというのは、本気か?遊びか?

どちらにせよ、この場にとどまっても

戦闘になることははっきりしている。

「…せめて場所を変えましょう、

 マステマ隊長」

「アレクフォンシよう…

 聞いてなかったのか?

 俺は今すぐやりてえって言ったんだぜ…」

レゼルクは心の中で舌打ちをした。

無駄だった。

何を言ってもきくはずがない。

仕方なく、ロズウェルに

「外へ出るぞ」

と短く告げた。

小さくうなずきロウズェルはクラトーに伝え、

それがガラテア、フレイムへと伝わっていく。

ほどなくフレイム、ガラテアは後方へと下がり、

さらにクラトーとロズウェルに続いて

レゼルクもマステマの動向を見ながら

店の出口へと向かった。

「ハッハッハッハッハッ!」

悪魔のようなマステマの笑い声を聞きながら、

一行は駆ける。

相手が相手だけに、

店外に出るだけでは駄目だ。

できることなら町の外へ出たい。

それが叶ったとしても、

戦闘が避けられないことには変わりない。

レゼルクたちは、

今考えうる最悪の相手との戦いを前に

空が曇っていくのを見る想いだった。

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