目と目が合う時
シュテス山を登りシュテシアにたどり着いたレゼルクたちは、
街に入って早々に騒ぎが起こっている現場を目撃した。
何やら人だかりができていて、怒声のようなものが聞こえてくる。
大槍を両肩に担いだガラテアは、
うんざりした様子で鼻を鳴らした。
「騒がしいトコだな。
こちとら歩き通しだった上に登山してきて
今すぐベッドに倒れ込みたい気分なんだ。
余計な雑音で耳を働かせるのも億劫だってのによ」
「ここまでの道のりなどは登山の内に入らない!
これからでも十往復はできるぞ、この私は!」
胸を張って言うクラトーの言葉どおりシュテス山の標高は低く、
シュテシアまでの道は坂にはなっているが
険しいというほどではない。
とはいえ、歩き通しだったというのはガラテアの言うとおりで
皆が疲労していたのは確かである。
「君はジャカたちとこの街に来たんだったな」
前方に目を凝らしているロズウェルに、
レゼルクが声をかけた。
うなずきながら、ロズウェルはシュテシアに来た時のことを
思い出す。
当時も人が集まっていて、
その騒ぎの元はベルゼナッハだった。
彼女らとはつい先日別れたばかりだが、
妙に懐かしく感じる。
過酷な鍛錬の日々や強敵との戦いなど困難も多く
辛いこともあったが、
生い立ちも性格も様々な仲間たちとの時間は楽しかった。
一方で、レゼルクやクラトーと合流した今は
帰って来たという安心感もあった。
「展示会が開かれる時期だったから賑やかではあったけど、
今は何だろうね。
こっそり探ってこようかな」
「…こっそり探るのが君というのは明らかな人選ミスだと思うが…
別に抜き足差し足で近づく必要もないだろう。
何事かだけでも確かめておこう」
「めんどくせえな。
ガラテアさんはお疲れなんだが」
「そうは言っても宿までは歩かなければなるまい!
貴公のような大男をおぶるのは御免だぞ、この私は」
「密着してたら耳を塞いでいてもおたくの無駄話を防げなさそうだ。
オレも御免だね」
などという会話をしながら歩いていくと、
人の輪から一人の男が弾き出されてきた。
大勢から罵声を浴びせられながらも、
その男は強い意志を感じさせる表情を見せ鷹揚に腕を組み
落ち着き払っている。
只者ではないように思えたが、
なぜか人々に背中や肩を押され、
レゼルクたちが入って来た門の方に追いやられようとしていた。
「何でアイツ意味不明な余裕ぶっこいてんの?
腕組みしたまま小突き回されてるって最高に無様で笑えるんだが」
「…あれ…?
あの人…
見たことがあるような…」
嘲笑するガラテアを尻目に、
ロズウェルは眉をひそめつつ件の男に視線を注いだ。
間違いなく、過去に目にした顔だった。
レゼルクは知らない人物だったが、
恐ろしく腕の立つ戦士であることはすぐにわかった。
が、今のところはシュテシアの住民たちに
「承知できるわけないだろ!
またこの街の近くで暴れようってのか!?」
「さっさと出て行け!
俺たちは、今度は自分たちの街は自分たちで守るぞ!」
といった声を投げかけれられ押されるがままになっている。
どういう事情なんだ、とレゼルクが不審に思っていると、
「思い出した!
暁の牙の頭領、ルオグラン・フレイム!」
ロズウェルの大声が辺りに響き渡った。
その名は、軍の中でも知られている。
ウィルスター最大級の傭兵団の頭であり、
国内有数の達人であるという。
「…傭兵王…か…!」
つぶやくレゼルクの瞳が、
ロズウェルの大音響に反応してこちらを振り向いた
フレイムのそれと合った。
恐ろしく眼光が鋭い。
額を露わにした黒く長い総髪という風貌が
肩書きから受ける武勇一辺倒の印象をやわらげ、
理知的な面を窺わせる一助となっていた。
堂々と立つ姿には風格があり、
身を切り裂くような空気をまとっている。
「なるほど、あれが噂に聞く…
大きいな。
貴公より大きいのではないか?
ガラテア殿」
にやりとしてクラトーが言うと、
ガラテアはつまらなそうに横を向いた。
彼の方が身体つきはがっしりとしているが、
上背はフレイムの方が高そうである。
「くだらねえ比較をするなよ。
背丈で喧嘩するわけじゃあるまいし」
「フフフ、至言だな」
「そんなことより、
傭兵王様がこっちへ来るぜ。
一度暁の牙とやり合ったんだろ、お嬢ちゃん?
顔を覚えられてたんじゃねえか?」
そう言われて、ロズウェルは顔を真っ青にした。
フレイムは、あのレッドハンドのランカーナと互角に渡り合った剣豪である。
自分たちが束になってかかっても勝てるかどうか怪しい。
彼の周囲にいる人々は、
ロズウェルが大声で言及しても驚く様子がなかったので
傭兵王の正体を知っているらしいが、
だとすればよくもあのような大胆な行動に出られたものだ。
ロズウェルは慌てて勢いよく首を左右に振った。
「やり合ったって言ったって、
あたしたちは下っ端と戦っていただけで
やったのはほとんどレッドハンドの人たちだって!
あたし一人に恨みをぶつけられても困る!
今までの罪滅ぼしに阻止して、ガラテア!」
「やなこった。
大体、罪滅ぼしって何だよ」
「人助けとかをして己の罪を償うことだよ!」
「意味を尋ねてんじゃねえっての。
別に償うべき罪なんかねえから」
「やばい、本当に来る!
あたし逃げるから!
どこまでも逃げるから後よろしく!」
「…落ち着け、ロズウェル。
あんな扱いをされても手を出さない男が
いきなり君に襲いかかるとは思えない。
それに、傭兵王は沈着冷静で思慮深い人物だと聞いている」
「そうかな?
大丈夫かな。
じゃあ逃げるのやめようかな」
一歩、また一歩と近づいて来ているフレイム。
彼の背後にはシュテシアの住民たちもついて来ているが、
皆鬼のような形相を浮かべている。
無論フレイムがその気になればひとたまりもないことは
当人たちもわかっているはずで、
それでもなおあのような行動をさせるとは
フレイムは一体何をしでかしたのだろうか。
「…(強い…)」
前にしただけで、レゼルクは背筋が冷たくなるのを感じた。
少し距離を置いた所で立ち止まった傭兵王にだ。
見上げるほどの長身という理由だけではなく、
彼が秘める恐るべき実力が圧力となって、
見る者を圧倒するのであろう。
この豪傑がなぜこちらに気を向け、歩み寄って来たのか。
何を言わんとしているのか。
レゼルクたちは、手に汗握るような緊張感に包まれ
思わず身構える。
それを待っていたかの如く、
固く結ばれていた傭兵王の唇が動いた。
「俺を雇いたいのか」
「は?」
「お前の目を見て瞬時に悟った。
お前は戦力を必要としている。
だから俺を見ていた。
そうだな」
「いや、なぜ人々に責め立てられているのだろうと…」
「俺は傭兵だ、金次第で誰にでも付く。
特にお前は俺が必要なようだ、
今なら格安で雇われてやろう」
「しかし、私たちは…」
「話は決まりだ。
さあ、行こう。
ひとまず今日の宿を決めねばな。
そうとなればここに長居は無用だ。
さっさと行こう、今すぐ行こう」
「…この人、街の皆さんから逃げるためにあたしたちのこと
利用しようとしてるよね絶対…」
「だが、本物の傭兵王だとすれば頼もしいことは間違いない。
この私たちも今の状況を利用すれば、
驚くような安値で彼を味方にできるかもしれぬ」
ロズウェルとクラトーのひそひそ話を背中に受けつつ、
雷名轟く傭兵王は人々をかき分けずんずんと進んでいく。
またおかしな話になったとため息をつき、
レゼルクは仕方なくフレイムの後を追った。




