避けられぬ道
「ハーディスの狙い?
出世と権力以外にあるのかよ、あの腹黒大臣によ」
ジャカたちと別れ北上しシュテシアの街を目前にした頃、
後ろの方でガラテアがしかめ面で吐き捨てるように言った。
まだはっきりしたわけではないが、
おそらくハーディスに切り捨てられたであろうことで
彼について話す時には
ガラテアは毎度あの顔つきになっていた。
相当根に持つ質のようである。
今や恨みを晴らすことが、地位や給料への関心を凌駕して
一番の目的になっているように見えた。
「あの男の出世欲については否定はしない。
問題は、出世して得た権力で何をしようとしているのかだ。
何をしたのか…とも言えるが」
シュテス山の山頂付近に見える岩を組み上げた防壁から
目を戻し言うレゼルクに、
隣を歩いていたロズウェルは顔を向けた。
「それはジャカ君たちを襲わせた他にって意味?
あたしも襲われたけどね!
そうだ、ジャカ君たちっていうか
あたしたちだわ!」
「それはジャカたちと共にいたからだろうが、
そうだ。
黒幕がハーディスだとすれば、
彼は十隊の中のいくつかを利用していることになる。
だが、特命大臣とてそこまでの力があるとは思えない。
考えられるのは、十隊の隊長の協力を得られるだけの
何かが彼の手中にあるということだ。
関係が友好的であるかどうかは別だが…
その何かを、今の地位にまで昇ることで手にしたのではないか」
「ガーラントでも似た話をしたな。
しかと覚えているぞ、この私は」
気取った仕草で胸に手を当て、
クラトーが言った。
それを聞きながら、
ロズウェルは湿った視線を彼に注いでいた。
レゼルクたちと合流してすぐに、
クラトーの口癖が治っていなかったことに
彼女は内心舌打ちしたものである。
「隊長たる人物の助力を得られる理由があるのでは、
という推測はあったが、
大臣となったハーディス氏がそのために何かをしたというのか、
レゼルク殿」
「確信を持っているわけではないが、
あながち外れていないのでは、くらいには思っている。
今言ったとおりハーディスが黒幕という前提であれば、
彼が例の“力の持ち主”を標的にしているからだ。
執拗にジャカたちを狙い、
スイッチを雇い、
現在軍に身を置く“力の持ち主”は私も含めて
彼に招き入れられた。
私たちは己の力の正体を知らないが、
彼は何か知っているに違いない…
そのことが、十隊の隊長を引き込む理由になったのではないだろうか」
「青い光の力そのものにしろ、
それについての知識にしろ、
大いなる力であることは間違いない…ということか」
「ああ。
そこで先程のハーディスの狙いの話につながるが、
彼のこれまでの行動は尋常ではない。
純粋な才覚か深謀遠慮によるものか知る由もないが、
とにかく大臣にまでなり
その地位を使って様々な人材を集め、
権力に媚びることのない十隊の隊長までも己の味方にして
兵力を利用しているとなると
もはやただ国の平和を守ろうとしているだけとは思えない。
それ以上の意図があるはずだ」
「クーデターだか国家転覆だかを狙っているとでも言うのか?
だったら奴を討つ大義ができるってもんだが」
ガラテアは、口端を上げて笑った。
切り捨てられ殺されかけた彼の中では
ハーディスを倒すことはすでに固まっていて、
理由も自分を裏切ったというだけで十分である。
が、もしハーディスがよからぬ企てをしているのならば
国家万民のために倒したとして手柄もついてくる。
彼が国に弓引く大罪人である方が好都合だから、
むしろそうあってほしい。
「でも、レゼルクの想像どおりなら
結構あくどいことをやっている気がするけど、
誰かに気づかれたりしなかったのかな?」
ロズウェルのその言葉に、
レゼルクは浅く二度うなずいた。
「その辺も地位を利用してのことかもしれないが、
もしかするとそういうところが
彼の厄介な才とも考えられるな。
だとすれば一層嫌な相手だが」
「目的が何なのかはわからないけど
これからもジャカ君たちを狙うよね、多分…
やめさせる方法はないものかなあ」
「まさにそこだ。
目的がわかれば、
こちらがどう動くべきか方針を立てる助けになる。
ジャカたちもな。
私としては、何とかハーディスの思惑を探れないかと思っているのだが」
「うん…
どんな理由があったとしても、
そのためにアイスさんの命を奪ったんだとしたら許せない。
アイスさんだけじゃない、
ジャカ君はご両親やお友達を失って
月光騎団にも同じ軍に所属する人間に刺された人がいた…
犠牲が増え続けるなら放っておけないよね!」
「ロズウェル嬢、同感だぞこの私も!
相手は大臣、容易ではなかろうが
雨露霜雪を乗り越えやり遂げよう」
彼らのやり取りに肩をすくめて首を振っていたガラテアだが、
都合が良いとも思っていた。
クラトーの言ったとおり、相手は大臣である。
数は多い方がいい。
「ああ、うるせえ。
とにかく、おたくらもハーディスに近づかなきゃならんってことだな。
だったら、もうしばらくオレも共同戦線でいかせてもらうわ。
損はねえだろ?
互いに軍じゃ嫌われ者だ」
「え?
あたし嫌われてるの?」
ショックを受けた様子で、
ロズウェルは自らを指差した。
彼女の反応が妙におかしくて、
音を抑えて吹き出しながらガラテアは答えた。
「嫌われてるだろ。
軍の人気者が流れ流れて赤手のとこに行きつくか?
あの連中自体が十分嫌われてるし、同類だわな」
「…いやー、そんなはずは…
怪人マステマ隊長に嫌われてるからって…」
「大体、そのマステマ率いる七部隊所属って時点で爪弾き者なんだよ」
「…何だろうな、急に読書したい気分になっちゃった。
クラトーさん、あれ貸して、人生の一冊。
何だっけ、すごい間の抜けた響きの…」
「ん?
ピボリーグの詩集か、それともヌメルケンの紀行かね?
あれはもうないよ。
貴女が地面に叩きつけたのちに破り捨てたではないか」
「うわ~、野蛮人。
同行するのやめよっかな、オレ…」
「嘘だッ!
ちょっとばかし地面に乱暴に置いたかもしれないけど
破ったりはしてないッ!」
ロズウェル自身が声が大きいので多少の覚悟はしていたものの、
彼女が合流するとここまでやかましくなるんだなと思いながら
レゼルクは傾き始めた陽に照らされるシュテス山を眺めた。
彼の目は、その遥か向こうの王都を見る。
フェデリエへ戻ることも、ハーディスに近づくことも容易ではない。
だが、避けては通れない道だ。
レゼルクが抱く大願の成就のためには。
今は一兵士に過ぎない己が理想へと歩む鍵が、
自分にはある。
強く念じながら、レゼルクは密かに右手を固く握りしめた。




