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不断のジャカ  作者: 吉良 善
不死身のレゼルク
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二人のケモノ

しばらく前から、ミューラーは異様な気配を感じていた。

明らかにこちらを狙っている殺気じみたものを多数感じるが、

剣狼が警戒するのはそれではない。

いくつもの殺気の奥に潜む、

異形とも言うべき気配だ。

刺客というよりは、むしろ獣に近い。

まだ距離はあるが、接近は速かった。

折悪しく場所は平原を横切る街道で、

身を隠せる物はない。

向こうがこの機を狙っていたのだろう。

一行の最後尾近くまで下がっていたミューラーは、

歩を早めて隊の中央に寄って行った。

「大臣殿、前の方へ」

「いかが致したかな、ミューラー殿」

やや襟足の長い髪を揺らし、

ハーディスは振り返った。

硬さを感じさせるその髪の色は奇妙で、

一見すると灰色なのだがよく見ると

黒ずんだ白という方が当たっている。

顔立ちは整っており、

国王に見出され大臣にまで昇るとなると

やはりひとかどの人物ということなのか

気品すら漂わせているように思うのだが、

ミューラーからするとこの男は表情が良くない。

常に笑みを湛えてはいるものの

心からの笑顔には見えず、

口元を歪めたような笑みなのである。

相手をあまり観察しない人間には何とも思われないだろうが、

多くの人には必ずしも良い印象を与えはしないのではないか。

とはいえ、さしあたり今はそれは問題ではない。

「戦闘になります」

「それは哀れなことだ。

 世に名高い剣狼が相手と知らずに来るのか」

「容易ではないかもしれません。

 勝負とは、今に限ったことではありませんが」

「国を代表する剣豪の言だ、

 胸に刻もう」

ハーディス自身も、元は剣士である。

ミューラーの見立てでは腕は悪くないが、

出色と言うほどでもない。

だから請われて随行することになったのだが、

こちらの戦力に余裕があるわけではなかった。

ハーディスの目的が公にできないものであるとかで、

護衛はごく少数しか付いていない。

その分精鋭ぞろいではあったが、

未だ敵の全貌が見えていない現状では

戦力を削がれるわけにはいかない。

ミューラーは共にハーディスに同行して来た年若い者らに

目配せし進行を止め、今度こそ一人最後尾まで下がって

素早い動きで疾駆する傭兵らしき人体の男たちに

己を晒した。

相手は三十人ほどもいる。

護衛の一人、第六部隊のダックラー・ネビトは危ぶんだ。

剣狼の評判は当然知っているが、

敵が多すぎる。

助力すべきではないのか。

ネビトの逡巡は、刹那のことであった。

その間に、ミューラーは無造作に、だが速く鋭く踏み込んだ。

一斉に襲いかかる敵の中心に真正直に突っ込むなど、

敵味方問わず意表を突かれ時の流れが鈍くなった錯覚に陥った。

ネビトらは、あっ、と息を呑み、

襲撃者どもは目を見開きつつ

一瞬にして刃の群れたる死地に自ら飛び込んだ大柄な男の姿を追った。

同時に、ミューラーの正面にいた者は豪音を伴って大きく吹っ飛ぶ。

後方からは、体当たりしたように映った。

しかし、地に転がった男は上半身が縦に真っ二つに裂けていた。

雷の直撃を受けたかのようなその損傷の仕方に、

目の当たりにした者は戦慄した。

「今更忠告しても詮無いことだが、

 諸君には戦士としての『いろは』の『い』が無い」

いつもと変わらぬ調子で言うミューラーの右手の剣が

電光石火の速さで伸びて二人を串刺しにした時、

左手の甲が別の一人の横っ面を強かに打った。

刃はそのまま二つの死体を切り裂き大車輪のように躍って

次々と敵を屠っていく。

そんな中、ミューラーの脇を通過して

ハーディスの元へ到達せんとした者が

投げつけられた鞘に肋骨を砕かれ倒れ込んだ。

この頃には、敵方に恐怖が伝染していた。

こうなれば、後は容易である。

ミューラーは身体ごとぶつかるような踏み込みからの豪剣で残りを圧倒し、

最後の一人は剣狼の刃を受け止めようと交差させた自らの刀身が

あまりの剣圧に押され額にめり込み絶命した。

「戦場に立つ時、まず己が死ぬ。

 その境地にある者とない者では

 踏み込みに、太刀筋に差が出る。

 たとえ紙一重であっても、その差が生きる者と斃れる者とを分ける」

雑念を払い無心となり、己の中で己が死ぬ。

生き残るために、まず自分が死ぬのだ。

それは戦士としての礎石。

その上で、どんな形であれとにかく先に相手に一撃を叩き込む。

戦う時、ミューラーが考えるのはそれだけだ。

その究め上げた単純さこそが、

何よりの強みなのである。





「さて…」

敵方の壊滅を確認したミューラーは、

ハーディスらの方を一瞥した。

流石は選抜された精兵というべきか、

安堵して構えを崩す者はいない。

どこまで察知しているかはまちまちであろうが、

皆何かを感じ取っているのだ。

「…(そうだ…

 この倒れた者たちではない。

 本命は別にいるのだ)」

前述のとおりここは平原であり、

周囲には何の姿もない。

だが、植物の生い茂る草原で身を隠しつつ忍び寄る

猛獣に囲まれた獲物のように、

どこかから狙いを定められている心地がしていた。

「…来たか」

警戒するこちらをあざ笑うかの如く、

それはあっさりと姿を見せ始めた。

視線の先に一つの人影が浮かび上がったのだ。

ゆっくりと、近づいて来る。

右に左に肩を揺らし、近づいて来る。

しばらくして、ミューラーは眉をひそめた。

ゆらゆらと歩いて来るその人物は、

自分の見知った男ではないのか。

そう思え始めた。

近づく者の正体がもし、

今脳裏に浮かぶ人物と一致するならば。

そして、目的が先刻の連中と同じく襲撃ならば。

いかに剣狼とて、

難しい局面に立つことになる。

「…あれは…?」

隊の中の誰かがつぶやいた。

迫り来る男の正体が判別できうる距離まで縮まったのだ。

動揺が広がる前に、こちらから仕掛けた方がいい。

ミューラーは、平原に響き渡る音吐朗々たる声を発した。

「待たれよ。

 ここに倒れる者たちは貴方の手下てかか?

 そうであれば彼らが我々を襲ったことと

 貴方がこの場を訪れた理由をお聞かせ願いたい。

 貴隊は王都の守りに就いているはずだ、

 マステマ隊長」

「そいつらは昨日雇った連中だ、

 給料分は働いてくれなかったが…

 七部隊の方はちゃ~んとお仕事してるぜ、剣狼…

 多分、な」

長いコートの裾を揺らしながら、

ゆらりゆらりとマステマは大股で歩を進める。

血を思わせる赤銅色の髪が、

実に不気味だった。

この男が、制止を素直にきくはずがない。

その歩みは、地獄からの使者を想像させた。

「もう一度お尋ねする。

 貴方の目的は何か」

やや語気を強めて、

ミューラーは問うた。

彼は軍屈指の剣豪である。

それでも、相手が十隊の長、

しかもマステマ・マステリオンではどうなるかわからない。

口が裂けたかのような妖しい笑みを浮かべ、

第七部隊の隊長たる男はなおも近づいて来ていた。

吊り上がった双眸は、

冥府の篝火の如く爛々と煌めいている。

「どいてろ、ミューラー…

 俺はちょいとお大臣様と遊びてェだけなんだからよ…」

「標的は私かね、マステマ隊長」

マステマの言葉を受け、

ハーディスが言った。

こちらはこちらで、嫌な笑みを端整な顔に貼り付けている。

そうしながら、わざとらしい動きで首を捻った。

「しかし妙だな。

 私の遠出については人をお借りした隊の長の他、

 わずかな人間しか知らないはずだが…

 どなたからお聞きになったのかね」

「いけ好かないクソ野郎からだよ。

 いや、クソ女だったかもな…

 まァ、どっちでもいいや。

 こんなチャンスはそうそう無ェだろ?

 王都の外で、特命大臣様が少数の護衛しか付けてないなんてェ

 愉快な機会はさ…

 遊ぼうぜ、ハーディスくん…」

「これ以上は見過ごせません。

 貴方の好まぬ面倒なことになります、マステマ隊長」

「下がれよ、狼…

 俺はハーディスと遊ぶって言ってんだ。

 邪魔するなら全員切り刻んで獣の餌にするぜ」

「いい、ミューラー殿。

 私が相手になろう」

「…」

意外さと驚きをもって、

ミューラーはハーディスを振り返った。

まともな一騎打ちなら、

間違いなくハーディスはやられる。

マステマは常識などは通用しない相手だ。

軍の隊長が街道で大臣を討つなどあるはずがない、

という考えは彼に関しては意味を成さない。

何としても首をとる、とまではいかなくとも、

結果的にハーディスが死んでもかまわないと

思惟しているだろう。

それをハーディスもわかっているはずだが、

彼はゆったりとした足取りで前に出て来た。

「あの方に手心は期待できませんぞ」

「わかっている」

すぐ脇まで近づいて来た時にミューラーが小声で言うと、

ハーディスは彼の肩に手を置いて答えてから

通り過ぎた。

マステマは、

ぐるんぐるんと首を回し両手をぶらぶらさせながら

立っている。

悠然と対峙したハーディスは、演説でも始めるかのように

大きく両腕を広げて見せた。

「私が私だけの力で貴公と刃を交えれば、

 テーブルから落ちたスプーンが床に達するより早く

 この首が地に転がるだろうね」

その仕草と言葉が癇に障ったらしく、

マステマはぎらりと瞳をさらに鋭くさせた。

「賢しい言い方をするじゃねェか…

 好かねェな、そういうの…

 お前にはお前以外の力があるってのか?」

「そうだ。

 それがあれば、

 私のような者でも貴公に対抗する力が得られるかもしれんのだ。

 そうでなければ、

 こうして単身貴公の前に立てようか?

 どうだろうか、マステマ。

 貴公が気に入ったなら、

 剣を引いてもらえるかな」

一足飛びに懐まで飛び込める距離である。

にも拘わらずハーディスのあの振る舞い。

はったりではない。

そう感じ、

マステマは顎をしゃくって促した。

「見せてみろよ…

 剣を引く約束はできねェ。

 俺はやりたきゃやる。

 お宝を出した後、そん時の俺に聞きな」

「上々だ」

うなずいたハーディスの両腕が腹の辺りまで下げられた。

視線をマステマに向けたまま両の掌同士を近づけ、

二十センチほどの所で止めた。

そして手に力を込め、低い唸り声を上げる。

辺りに、行く先を見失いさまよっているような不自然な風が吹き始めた。

大地が震え、雲が逃げ去って行くように見える。

近くにいた小さな生命たちは、

この世の終わりを感じ取ったかのように離れていっていた。

例えようのない異変を感じつつも、

ネビトらは何が起こっているのかわからぬまま

得体の知れない恐れを抱いた。

ミューラーは、

びりびりと身体中に伝わる振動とともに

迸るような強大な力を感じた。

そしてマステマは、

「ハッハッハッハッハッハッ!!」

高らかに笑った。

途方もなく大きく、すさまじく速く、とてつもなく強力な何かが

接近する気配を感じ取りながら。

「やるじゃねェか、大臣サマ!

 いいぜ、気に入った!

 そいつについて聞かせろ」

ハーディスの謎の力と、それを見た途端に

満面の笑顔でずかずかと歩いて来るマステマの変わりように、

ネビトたちは目を白黒とさせた。

第七部隊の隊長は気まぐれな人物とは聞いていたが、

ついさっきまでは殺されるかもしれないと思っていただけに

落差は大きい。

「試さなくてもいいのかね?

 貴公の性格なら飛びかかってくるかと覚悟していたが」

「だってお前、

 死んだらしゃべれねェだろ。

 首落とした後で話できんのか?

 そんな特技持ってんならすぐ殺るけど」

「失望させるだろうが、

 そのような離れ業は持ち合わせていない」

そこまで言うと、

ハーディスは自らもマステマに近づき

声を抑えて話し始めた。

「今夜の宿ででも話をしよう。

 実はザオウ隊長を通して我々はすでに同志なのだよ」

「はァ…!?

 何だよアイツ、お前と組んでたの!?

 偉そうに国のため大陸のため、果ては世界のためとか

 ぬかしやがってよ…

 妙な力を持った連中がいるっていうんで

 ダルいけど面白そうだから協力してやってたが、

 黒幕はお前かよ…」

「フフ、

 黒幕というほど大仰なものではないさ。

 ザオウ隊長の力と人望がなければ

 貴公らの協力は得られなかったからね…

 念願を果たすために、貴公にもさらにご助力願いたい。

 その一つが、アレクフォンシ・レゼルク君についてだ」

「…アレクフォンシ…?

 アイツが何だってんだ。

 そういや、アレを拾って来たのはお前だったか」

「ああ、私が招いた。

 彼がひたすら軍人としての仕事に勤しむよりも

 ある程度自分の意志で動き、成長するためには

 貴公の隊がいいと判断して第七部隊に預けた。

 期待どおりそれなりには力を伸ばしているが、

 ここから先は貴公の協力も必要かと思う」

「聞かせてみろよ。

 セカイのためなんだろ?

 ハッハッハッ、バカじゃねーの」

「そう、国のため大陸のため、世界のためさ。

 我々の目指す先にあるのはね」

その会話は、ミューラーの耳には届いていない。

だが、ハーディスとマステマという曲者二人が並び立つ姿に、

剣狼は形容しがたい不穏な、そして不気味なものを

見る想いだった。

ハーディスの不可思議な力。

マステマが現れた理由。

おそらく、彼らは護衛としてこの場にいる者たちに

わざわざ詳細を語ることはしないだろう。

ミューラーの脳裏に、王都で聞いた

セレンティア・エリンの言葉がよぎっていた。

「―――――これから、おもしろくなるかもしれませんよ」

おもしろく。

この状況も、その前触れなのか。

そして、今後起こる出来事で笑うのは誰なのだろうか。

面妖な時と空間の中でネビトがふと落とした視界に、

いくつもの亡骸が横たわっていた。

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