暗闇の中
ジルドラが死者への祈りを捧げ終わり、
皆がアイスレアの死を受けとめ落ち着いた頃、
ジャカは彼女の最後の意思に従って
遺体の右手に握られていた金貨を手に取った。
アイスレアが元々持っていたわけではないだろう。
死の間際に持ち前の金運を発揮したに違いない。
これまでに見たことのない物だったので、
少なくとも今現在ウィルスターでは使われていない
貨幣らしかった。
「これを役に立てろというのは…
旅の資金に換えろということかな…」
「ジャカ」
アイスレアの脇にしゃがみ込み、魔導の明りで照らし
彼女の姿を目に焼き付けていたジャカに、キーンが声をかけた。
彼の方に顔を向け、もう一度アイスレアを振り返ってから、
ジャカはゆっくりと立ち上がる。
亡骸を発見してしばらくは怒りと悲しみを露わにしていたキーンも、
今は平常に戻っているように見える。
「大丈夫ですか、キーンさん」
そう尋ねると、キーンはふっ、と笑んだ。
「お前の方が心配してくれるとはな。
大人になったもんだ」
「すみません」
「皮肉じゃねえさ。
さすがのオレもきつい。
ついさっきまで一緒にいて、会話していた仲間が
こうなったわけだからな…」
「僕も…
平気なわけじゃありません」
「そうだよな。
大人になったからってことでもないんだろ。
聞いたんだな、アイスの声を」
「…はい」
「そうか…」
ジャカの肩に手を置き、キーンは自らもアイスレアの傍らに立って
彼女の顔に視線を落とした。
その表情は、安らかに見える。
若くして、そして道半ばにして倒れ、無念でなかったはずはない。
それでも眠っているかのように横たわっているのは、
彼女の性質によるところだけではあるまい。
「穏やかな顔をしてる。
オレたちにとって、唯一の救いだな…
ジャカ、お前の声を聞く力ってのは自分のためだけに
働くんじゃないんだな」
「…確かに、アイスさんの言葉のおかげで
皆さんを守ることができました」
「いや、そうじゃなくてさ。
最後にお前と話して、
アイスはこういう表情で逝けたんじゃないかって。
多分、お前の家族とかヴァッセたちの魂も
お前に気持ちを伝えることができて救われたところもあったんじゃないか」
「…そう…なんでしょうか」
ジャカは、想像した。
もし自分が突然命を落とすことになって、
それでも最後に家族や友、仲間と言葉を交わし、
心の内を伝えられたなら。
そのことによって大切な人、親しい人のためになれたなら。
アイスレアと同じように安らかな顔で死を受け入れることが
できるのかもしれない。
そうだとしたら、何も返すことができなかったと思っていた自分が、
アイスレアに一つの恩返しができたのだろうか。
「誰かが走って来る」
突如発されたベルゼナッハの警告に、
皆は即座に身構えた。
仲間の死を目の当たりにしたばかりである。
胸の奥が大きく波立った。
「三…四…五人」
「少ないですね…
先程の隊の生き残りがいたのでしょうか」
ズィフィードがつぶやいて数秒、
辺りを満たし始めた暗闇の向こうから
「もう終わったのか」
聞き覚えのある、耳に心地よい涼やかな声が届いた。
時を移さず明りの中へと姿を現したのは、
純白の髪を揺らす神々しいまでに美しい少女であった。
「アンジェさ…」
自分たちにとって守護神とも言うべき存在との再会に
安堵すら感じつつ一歩前に出たジャカは、
うっ、となって足を止めた。
アンジェの後ろに見えた顔を目にしたためであった。
「レゼルク…!」
「無事だったか、ジャカ。
ロズウェルも」
「レゼルクにクラトーさん!
どうしてアンジェと一緒にいるの?」
大きな瞳をさらに大きくして、ロズウェルは尋ねた。
アンジェに続いて姿を現したのは、
レゼルクとクラトー、ガラテア、そして鍛え抜かれた巨躯を誇る大男。
ジャカはガーラントでレゼルクが自分を守ろうとしてくれたことを思い出し
思わず笑顔になりかけたが、憎き相手の派手な髪が視界に入り
表情を曇らせた。
「…ガラテア…!」
「お前もしつこいね。
騎士が戦って死んだ、それだけのことだろ。
オレらの方が死んでいればお前は良かった良かったって
ウォルケンと合流していただろうが、
その時にオレの家族のことを憂うわけでもねえだろう。
それが悪いって言ってんじゃねえぜ。
そういうもんだって話だよ」
睨みつけるジャカを嘲るように笑い答えるガラテア。
事情を知らないままに大男は仲裁に入ろうとしたが、
先にロズウェルが大声を上げた。
「やめなさい、ガラテア!
ウォルケンさんたちが騎士として戦い、
あなたは仕事として戦った結果かもしれないけど、
大切な存在を失った人が目の前にいるんだよ。
一度頭を下げるだけでも、彼の気持ちはずいぶん楽になるかもしれない。
それがどうしてできないの!」
「オレは悪くないから。
以上」
「子供かッ!
一発殴らせろ!」
「何でお嬢ちゃんに殴られるんだよ。
意味わかんねえ」
今にも飛びかかかりそうなロズウェルをなだめようと
大男が歩み寄ろうとしたところ、
ズィフィードが前に出て来た。
彼は、初対面の人間なら間違いなく二度見する変な仮面を着けている。
何だこいつは、と大男は訝しんだ。
「待て!
女性に手を上げるなど、自分が許さんぞ!」
「おたく誰?
人に説教する前にその趣味の悪い仮面を取れよ。
そんで、殴られそうになってたのはオレの方だろ」
「いいや、先程の言動は見過ごせぬ!
謝罪するのだ、ガラテア殿。
さもなくば許さんぞ、この私が!
クラトーの顔も三度だ!」
「なら、あと一回はお咎め無しなんだな。
安心したわ」
「ちょいと君たち、俺の話も聞いてくれるかな!!」
クラトーまでも加わってごちゃごちゃとし始めていた一同の真ん中に、
ついに大男は割って入った。
その身体と声のあまりの大きさに、
皆は一斉に注目した。
あの巨体なのだから誰の視界にも入っていたはずだが、
ロズウェルやズィフィードらが騒ぎ始めたので
今の今まで彼に言及する暇がなかったのだ。
初めて会った人物ではあったが、風貌や格好から
キーン、オータ辺りは正体を察し絶句していた。
他方、全く察していないジルドラはやれやれというように
首を振りながら大男に近づいて行った。
「仕方ないですね、礼節をわきまえていない人というのは!
見るからに戦いに明け暮れている人種のようです。
貴方の話より先に、貴方のお名前をお聞きしたいところですがね」
「…あのー、ジルドラ君。
ちょっと黙っててもらっていい?」
「これは驚きました!
我を通して強引に就任したリーダー殿ともあろう者が、
挨拶も自己紹介もなくしゃしゃり出て来た不審人物の話を
正座して聞こうというんですか。
私への仕打ちとは天地ほどの差がありますね!
信頼度が大幅に下落しました」
「うん、それは底値まで下がっちゃってもいいから…」
「いや、神官殿の言うとおりだ。
まずは名乗るべきだったな」
深くうなずいて、大男は一同を見渡す。
圧倒的な巨躯の持ち主ではあるが、
よく見てみると頬にはえくぼもあって
何となく親しみやすさのある顔立ちをしている。
彼の反応に気を良くしたのか、
ジルドラはしたり顔でさらに何かを言わんとしたが、
キーンが首根っこを掴んで阻止した。
「俺は…」
「ドロウ隊長!?
ドロウ隊長じゃないですか!?」
「…そうだ」
覗き込むようにしてきたロズウェルの至近距離での大声に、
ドロウはやや顔をしかめた。
彼女は当然ドロウの顔を知っていたが、
暗さとそんなはずはないという意識が名前と顔を
一致させなかったのかもしれない。
ドロウの方は耳をつんざかれたようで軽く頭を振りながら
名乗るくらいさせろと思ったが、
それを口にすることはなかった。
「お前は軍の人間か」
「はい!
七部隊所属、アンフェザー・ロズウェルです」
「ああ、お前がレゼルクとクラトーの同僚か。
その件は後だ、少々待て。
改めて、俺はウィルスター軍九部隊隊長エシエン・ドロウ。
と言うと驚くだろうが構えないでくれ、
アンジェとは話がついている」
ジャカたちからすれば、驚くなと言われても無理な話である。
迫って来ていた敵の頭領がアンジェと共に現れたのだから。
ジャカは、ドロウとアンジェを交互に見ながら口をぱくぱくとさせた。
「…あ…アンジェさん、これは一体…
第九部隊の隊長って、第九部隊はレッドハンドの皆さんと
戦っているんじゃ…」
それは、皆共通した疑問だった。
何がどうなってこうなっているのか、さっぱりわからない。
レッドハンドと十隊の一つとの戦いが、この短時間で決着したとも考えにくい。
アンジェは、どう話をつけたのか。
当の彼女は、いつもどおり至高の聖剣の如く美しくも凛としている。
そして、冷静だった。
清冽な流れを思わせる双眸の輝きが、皆を順に照らした。
「我々と第九部隊の戦闘は回避された。
ドロウはルフィカまで同行する」
「剛将エシエン・ドロウ殿と同道できるとは!
さすがはアンジェ殿、十隊の長をも惹きつける」
「待ってくれ、アンジェ殿」
軍屈指の豪傑が一時とはいえ加わると知ってズィフィードは喜色を湛えたが、
彼に肩を借りているオータは息を荒くしたままアンジェに訴えた。
「戦闘は回避されたって、俺たちは襲撃されたんだぞ。
その戦いで、
…アイス殿がやられた」
「やられた?
アイスが死んだのか?」
衝撃的な事実を知り、さすがにアンジェも驚きの色を露わにした。
ジャカたちは、目を伏せている。
そんな中で、オータは悔しそうな表情でうなずいた。
アンジェはしばし無言でいたが、何らかの感情を飲み込むように
黄金の瞳を一度閉じ、すぐに開いた。
「…ドロウはお前たちがこの道を進んでいることを知らなかった、
襲ったのは第九部隊ではない。
お前たちは、何者と戦っていた?」
「頭らしき男は、エクセレント・スイッチと名乗っていたけれど」
やや離れた所から、ベルゼナッハの声が響く。
夜の帳が下りた草原に魔導の明りで浮かび上がる彼女の姿は、
美しい精霊そのものに見えた。
「知っているか?」
「ああ。
お前たちの居場所を伝えてきた男だ」
アンジェにうなずき、ドロウは筋肉に覆われた腕を組む。
どれほどの膂力が秘められているのだろう。
あれで殴られたら即死だろうか、とジャカは想像した。
「しかし、ここで襲撃することをなぜ黙っていたのか。
自分の手柄にしたかったのか知らんが、食えねえ奴だな」
「おそらくだが、そういう約束になっていたからだろう。
皆、手短に話すから聞け。
デュエルが裏切った。
リーダーを斬りその後逃亡した、セファーたちの方で追手を出し
奴を始末することになっている。
スイッチという男に皆がこの道を使うことを漏らしたのも
デュエルだろう。
情報の見返りとしてスイッチに第九部隊が
レッドハンドの元に来るように仕向けさせた、
それが真相だと思う」
「ちょ、ちょっと待ってください、
斬られたってジェサリアさんがですか!?」
「あの達人が、いかに相手がレッドハンドの一員とはいえ
斬られるとは信じられない…!」
先程から驚き続きのジャカやズィフィードたちだが、
最も反応したのはやはりジェサリアについてであった。
何があっても動じないアンジェだけに、
彼女の様子からはジェサリアの生死を推測することすらできなかった。
当のアンジェにしても、実際のところは不明である。
あの育ての父ならば生き延びるはずだと信じてはいるが、
現実の結果がどうなるかは別の話だ。
が、アイスレアの死で大きなショックを受けているであろう仲間たちを
さらに動揺させる必要はない。
アンジェは、自らの想いを優先して話した。
「心配はいらない、あのリーダーが死ぬと思うか?
彼に促されたからこそ、私はここへ来たのだ」
「…そ…そうですよね、ジェサリアさんがやられるわけありませんよ。
そんな状況だったのに僕たちのためにアンジェさんを
送り出してくれたんですね」
「でも、驚いた…
デュエルさんが裏切るなんて。
明るくて陽気で、すごくみんなと仲が良かったのに」
うつむいて、ロズウェルがつぶやいた。
彼女の言うとおり、デュエルは軽さはあるが
レッドハンドのムードメーカーの一人で自分たちの面倒もよく見てくれた。
それだけに裏切ってジェサリアを斬り、
その上自分たちの情報も漏らしていたという落差は大きい。
「一度戻るか?
近くには九部隊もいる、スイッチが戻って来ることはないはずだ」
気を遣ってであろう、ドロウがそう問うたがアンジェは首を振った。
「いや、それには及ばない。
私たちには後戻りしている余裕はない…
だが、休息は別だ。
もう少し進んでこの場を離れ、野営の場所を探そう」
「失礼」
アンジェの言葉に皆がうなずいた時、
ドロウの後ろからレゼルクが声を発した。
「私たちがドロウ隊長に同行を願い出たのは
同僚であるロズウェルと合流するため。
本当であれば今後を考えジャカたちには王都に行くよう
説得したい気持ちもありましたが、
聞けばドロウ隊長とルフィカへ向かうとのこと、
そうであれば我々が口を差し挟むものでもありません。
我々はここで」
「一緒に行かないのか、レゼルク?」
眉尻を下げ、ジャカは複雑な表情で言った。
再会してから、じっくりと話す機会は一度もなかった。
レゼルクらはドロウについてルフィカまで行くものと思っていたので、
道中ゆっくり語り合うこともできるだろうと期待していたのである。
ジャカの胸中は、表情と同じく複雑だった。
空白の時間が長いこともあるが、
今のレゼルクが心の底で何を考えているのか掴めないからだ。
彼は本当に、昔のように友として自分を見てくれているのか?
第七部隊に所属しているというが、
ただ軍の一員として行動しているだけなのか?
言葉では表しにくいが、彼との間に時間によるものだけでない
隔たりがあることは間違いないのだ。
だからこそ共に旅をして、その隔たりを少しでも埋めたかった。
「ガラテアと寝食を共にできるか、ジャカ?」
「…」
鋭い瞳を向けるレゼルクの問いに、ジャカは言葉を詰まらせる。
視線は、自然とウォルケンたちの仇たる男に向けられた。
確かに、いかにレゼルクと一緒にいたからといって
ガラテアと同じ場所で食事をしたり眠ったりする気にはならない。
当のガラテアは、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「成り行きでこうなってるだけだからな。
オレはお仲間に入れていただかなくて結構だ、
お暇させてもらうぜ」
「どちらにせよ私たちも行く、
その後で好きにしてくれ」
「そうかよ。
まあ、ここまで来りゃとりあえずはお前たちにも
危険はなさそうだもんな」
「そういうことだ。
行くぞ、ロズウェル」
「どうしてよ。
せっかくなんだから、ルフィカまで一緒に行けばいいじゃない」
不満そうに、ロズウェルは答えた。
彼女からすると、わざわざ日が暮れた今こんな場所で
別れる理由がわからない。
突然ロズウェルが自分たちから離れるかもしれないとなって
狼狽したジャカも、同意した。
「そ、そうだよ、何もこんな暗い中で行かなくても」
彼女はレゼルクとは同僚で、元々行動を共にしていた。
ジャカが止める立場にはないかもしれないが、
あまりにも急な話である。
ロズウェルの笑顔と大声が日常から消えるのは、
彼にとっては重大な問題だった。
が、それをそのまま口にするわけにもいかない。
だから、二番目の理由を言った。
「レゼルク、君と話したいこともあるし…」
「ジャカ。
ここは黙って見送ってくれ。
代わりというわけではないが、一つ話を聞かせよう。
君たちに必要なことだと思う」
「え…?」
「聞かせろ、レゼルク」
「キーンさん、」
ジャカの肩に手を置いて、キーンが進み出て来た。
ジャカが彼の顔に目をやると、
キーンは視線を合わせて言い聞かせるようにじっと見た。
「ロズウェルはレゼルクたちの仲間だったんだし、
行くというのを引き止めてもしょうがない。
オレたちに必要な話があるってんなら、
聞いておいた方がいいだろ」
「…」
「そういうわけだ。
話してくれ、レゼルク」
「わかった。
推測も入るが、それは承知してほしい」
うなずきつつレゼルクはロズウェルの様子を窺ったが、
いかにも不満そうにしている。
だが、ジャカたちといればまたスイッチに襲われかねない。
その口実を与える恐れもあるだろう。
ドロウがいる間は手を出してこないかもしれないが、
彼と離れてからの危険は増す。
レゼルクらにはドロウのような地位も力もないのだ。
今、あえてジャカたちと同行する理由はない。
「君たちを襲撃したスイッチという男は、
私たちと同じ青の力の持ち主だ。
知ってのとおり、我々は互いに青い光を見ることができる。
彼は、力の持ち主を見分け狩ることを命じられたと思われる…
君たちを襲わせてきた人物から」
「それが誰か、知っているのか!?」
思わず、キーンの声が大きくなった。
スイッチが何らかの力を持っていることは先刻の戦いの中で判明したが、
軍の側にたまたまそういう人間がいたのではなく
青い光を見ることによって標的であるかどうかを
識別するための人物だったのかと考えると背筋が凍る想いがする。
ガラテアやロスティージャと違って狙いを明確に定められるスイッチは、
うってつけの狩人だ。
「どこのどいつだ…!?」
「前もって言ったとおり推測になるが、
ウィルスターの特命大臣オルスラウ・ハーディス…
スイッチを雇った人物だ」
「…ハーディス…」
キーンをはじめ、皆が聞いたことのない名だった。
特命大臣などという役職があったのも初耳である。
それがなぜ、自分たちを狙って来るのか。
「…大臣…?
大臣って、国民のために働く人なんじゃないのか…?
そんな偉い人が、どうして僕たちを狙う…?
僕たちは、王都で大臣に近づかなければならないのか…」
ジャカは歯噛みしながら犠牲になった人々の顔を思い浮かべていた。
彼らを奪ったのも、そのハーディスなのか。
一同の疑問を察してか、ドロウが口を挟んだ。
「知らないのも無理はない、
特命大臣は表に出る立場にはないからな。
国王の命を受け、必要な人材を発掘し登用するのが役目だ。
しかし、刺客を送り込んで襲わせそうな男には見えなかったが…」
「ドロウ隊長もご存知でしょう。
ハーディスがスイッチを招き入れたことは」
「知っている。
だがアレクフォンシ、お前の言っていた青の力というのを俺は知らん。
それがハーディスがこいつらを襲わせる理由になるのか?」
「理由になるかはまだ断言しかねますが、
そうでなければわざわざスイッチを探し出して使う必要はないかと。
青の力については、彼らに聞くのがよろしいかと思います。
持つ者が三人おりますので」
アンジェ、キーン、そしてジャカ。
彼らに、レゼルクは順に目をやった。
もう一人いたはずなのが、先刻命を落としたアイスという人物だろう。
氷の魔導の使い手だったと記憶している。
仲間を失ったジャカらの心情を考えると明朗なロズウェルは
彼らに必要なのかもしれないが、彼女はあくまで自分たちの連れである。
「どうしても今行くのか?」
「はい。
お世話になりました、ドロウ隊長…
おかげでガーラントを離れここまで来ることができました。
エリン副隊長や九部隊の方々にも謝意をお伝えください」
「わかった。
マステマは常識が通用しない男だ。
気をつけてな」
「ありがとうございます。
ではジャカ、皆さん、我々は失礼する。
旅の無事を祈る…
ロズウェル」
「わぁ~かったわかった!
あたしも軍の一員だし同僚が行くって言うんだから
やっぱり行かないとね…
みんな、色々ありがとう。
アイスさんのことは本当に残念だったけど、
みんなと過ごせて良かったと思う。
お互いにがんばって、いつかまた会おうよ。
それまで、またね!
ジャカ君、今度はレゼルクとゆっくり話せるといいね」
「う、うん…
気をつけて…また」
無駄に力強く手を振るロズウェルに応え顔の横で小さく手を振りながら、
ジャカは考えた。
このまま別れてもいいのだろうか。
また、とは言ってもそれがいつになるのかわからない。
それどころか、次の機会があるかどうかすら。
「…(どうしよう…
もっと、何か言った方が…
いつかちゃんと会えるように、場所だけでも決めておくとか…)」
悩んでいると、視界が青く輝いて頭の中に言葉が浮かんだ。
『想いを伝えろ』と。
「えええええええ!?
無理!
無理だから!」
「…無理って、レゼルクとゆっくり話せないってこと?」
「え!?
いや!
そっちじゃない!」
「…そっち…?」
ロズウェルは、きょとんとしている。
周りの視線も、心なしか冷たい気がした。
「(ここのところはろくでもない答えしか出て来なくなったな…!
どう考えても告白するタイミングじゃないだろ!
何だ、僕を弄んでいるのか?
ほんと最悪だよ!
別れ際に変なヤツだと思われた!)」
うつむき加減で少々落ち込んでいるジャカを、
レゼルクは無言で見ていた。
今、確かにジャカの額の辺りに青い光が現れた。
何の力が働いたのか。
「(ジャカの力は光の剣のはず…
しかし、それらしき光など全く発されなかった。
どういうことだ?
彼の力は、光の剣だけではないのか?)」
「さて、レゼルク殿、ロズウェル嬢、そろそろ行こうではないか!
すっかり闇に包まれてしまったが、
この暗き道も照らしてみせる、この私の熱き魂で!」
視線は外さぬまま、レゼルクはクラトーの言葉にうなずいた。
ジャカの力については、ロズウェルが何か聞いているかもしれない。
会釈をし、身を翻した。
ロズウェルの希望でもう一度アイスレアに祈りを捧げてから、
彼女らはこの場を後にした。
それを見届け、アンジェは皆を見渡した。
「私たちも行こう。
リーダーやデュエルについて、ドロウについてなど、
詳しいことは今夜休む場所を見つけてから話す」
彼女の言葉にそれぞれが応え、アイスレアを弔ってから
先へと進み始める。
アイスレアを失い、ロズウェルとも別れた。
胸の中心に大きな喪失感を覚えながら、
ジャカは泣きぼくろの少女の安らかな眠り顔を思い出していた。
この旅を終えるまでに、何度大切な人を失う悲しみを経験するのだろう。
そう考えると、先行きに暗雲が立ち込めているかのように思えて
大きな恐怖が襲ってくる。
といって、立ち止まっていれば逃れられるかというとそうではないのが
己の境遇である。
進むしかない。
どんなに怖くとも、何を失おうとも。
自らが歩む道の険しさを改めて思い知らされながらも、
暗闇の中ジャカは足を止めなかった。
目指す場所に連れて行く、その約束を果たすために。




