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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
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星の彼方へ

ドロウ、レゼルク、クラトー、ガラテアを引き連れて

駆けるアンジェの目に、立ち昇る光の柱が飛び込んできた。

正面、向かう先の方角である。

「何だ、あれは?

 魔法か何かか?」

後ろから聞こえたドロウの声に続いて、

「…光の剣…

 ジャカか…!」

そんな言葉が耳に届いた。

発したのは、レゼルクだった。

彼はレキッタでジャカが放った巨大な光を目撃している。

前方に見える光の柱は、確かにあの時のものに酷似していた。

前回以来、一度として発揮されていない力が放たれているとしたら、

ジャカたちは相当追い詰められているに違いない。

アンジェは変わらず無言で走ったが、同行者の中に気になる者がいた。

ガラテアという男、彼はジャカの知人の仇の上に

先程顔を合わせてから敵意剥き出しの視線を向けてきている。

仕掛けてきたなら即座に斬り捨てるつもりであったが、

今のところその気配はないので放っておくことにした。

レゼルクとクラトーも以前敵として立ち塞がったことがあるが、

ルフィカまで同行するというドロウが連れて来たくらいだから

無茶はすまい。

「(…あの光が発生したということは、

 敵が待ち伏せていたのか…

 ロッジの場所やジャカたちが進む道を、デュエルが漏らした…

 見返りは、第九部隊を差し向けることか)」

ジャカがもたらしたであろう光に視線をやりつつ、

アンジェは考えた。

デュエルの口ぶりからすると、情報を提供した相手はドロウではない。

ドロウはジャカたちの居場所を知らなかったのである。

その相手があの光の元にいるかはわからないが、

間違いなく仲間たちは苦境に陥ったはずだ。

犠牲者が出る前に、彼らの所へたどり着ければよいのだが。





「いいねえ、これはいい!

 素晴らしく激烈で強暴な力だ!」

危険を察知し早々に戦場を離脱したスイッチは、

小高い丘の上で感嘆の声を上げながら天に届く光の柱を眺めていた。

何者があれを発しているのかは確かめられなかったが、

標的の中のどれかであることに疑いはない。

視覚や肌で感じ取ったところでは、、

魔法とか技とかいう範疇を超えているものに見える。

まるで、神の成せる奇蹟ではないか。

「様々な形の力があるのは承知していたが、

 これほどの現象を引き起こす者が存在するとは!

 ハーディス様もお喜びになるか?

 いや…あの方の興味は、力ではなくあくまで持ち主の方か…

 だが、ワタシは非常に嬉しいよ!

 ますます面白くなってきた!

 このお仕事!」

両腕を広げ、背を反らすようにして笑う彼は

視界の隅にいくつかの人影を捉えた。

片膝をつき、低い体勢で目を凝らす。

遠かったが、先頭と二番目を走っている人物の正体は

すぐに掴めた。

「…ほほう…不殺の天使と…

 エシエン・ドロウか…?

 興味深い取り合わせだ。

 第九部隊と赤手は交戦中のはずだが、どういうわけかな」

にやりとしたスイッチのその笑みが、凍りついた。

不殺の天使の瞳が、ぎろりとこちらを睨みつけた。

丘の上と下、しかもかなりの距離があって視線の動きなど

視認できるはずもない。

それでも、スイッチは感じたのである。

不殺の天使は、間違いなくこちらに気づいた。

彼女の最大の恐ろしさがその迅速さであることは知られている。

狙われてからでは遅い。

即座に身を翻し、スイッチはこの場を後にした。

「今日のところは、ここまでか…

 始末できたのが一人だけというのは不足だが、

 まあ、じっくりいきましょ」

次の標的は、戦場で遭遇した足が光る男か。

不殺の天使か。

ガラテアか、不死身とか呼ばれている若者か。

それとも、あの神の如き光を招来した人物か。

そんな思案をすると胸が躍る。

スイッチは、青い光の力を持つ魔導士を貫いた感触を

両手に思い出しながら駆けた。





戦闘は、終了した。

ジャカの目前には、夕闇迫る空の下に草が揺らめく

穏やかな風景が広がっている。

「…終わった…のか」

激しい疲労と脱力感に襲われつつ、ぽつりとつぶやいた。

つい先刻まで、この場所は多くの人間が争う喧騒に満ちていたのである。

それが今は、草原を風が渡る心地良い音が耳に届くばかりだった。

「…前みたいに、地面は削れていない…

 できたんだ…

 敵だけを狙うことが…」

「バカ野郎」

「いたたっ!」

背後から声が聞こえて、頭をはたかれた。

右手で頭を押さえながら振り返るとキーンの姿があって、

他の皆も集まって来ていた。

それぞれに傷はあり、特にオータは重傷のようで

ズィフィードに支えられているが、生き延びたようである。

彼女以外は。

「何するんですよ、キーンさん!」

「できたって何なんだよ、敵だけを狙うのができたってのは。

 オレの服と防具を見ろ!

 ボロボロじゃねえか。

 お前にとっちゃオレのセンスグンバツの服は敵なのか?」

「グンバツ…?

 と、とにかく、そういうわけでは…」

「自分の仮面も真っ二つになったぞ!」

「嘘つけ!

 しっかり装着してるじゃないか!

 ズィフィード仮面のままじゃないか」

「これはスペアだ。

 こんなこともあろうかと、常に予備を携行している」

「私も、髪の先が焼けたようになってしまいました。

 ですが心配はいりませんよ、ジャカ君!

 知らぬ仲じゃなし、格安で丸く収めようではありませんか」

「…うるさいな、この人たち…」

キーンやズィフィード、ジルドラと違って文句こそ言ってこないが、

オータやロズウェルも身に着けている物にダメージがあるらしい。

ベルゼナッハは全く無事であったが、それ以外の面々には大なり小なり

影響があったようで、己の力を敵だけに導くという狙いは

完全に成功したわけではなかった。

それでも身体に傷を負わせてはいなかったので、

十分にうまくやれたと言えるだろう。

「大丈夫ですか、オータさん?

 ひどい怪我だったようですけど…」

「あまり大丈夫とは言えないが、

 ジルドラに応急処置はしてもらった。

 早いところ安全な場所に落ち着いて治療を受けたいというのが

 正直なとこだな」

「アイスさんは?」

やや苦しそうに顔を歪めて答えたオータの後に、

ロズウェルが辺りを見回しながら言った。

いずれはその問いが出るだろうと覚悟していたジャカであったが、

心臓に棘が刺さったようにドキリとした。

アイスレアがどうなったかは知っているが、

まだ彼女の今の姿は見ていない。

彼女の想いは受け止めた。

しかし、できることなら目にしたくはない。

これ以上、大切な人の痛ましい様を目の当たりにしたくはないのだ。

だが、アイスレアをそのままにはしておけない。

言わなければ。

皆に伝えなければ。

思いながらも、言葉が出ない。

口を開こうとして開けない、そうしている内に

「彼女は…

 あそこにいるわ」

ベルゼナッハが静かな口調で告げ、ゆっくりと指で示した。

うつむくジャカを除いて皆は彼女のしなやかな指が向けられた方を見たが、

そこには草しかない。

だから、

「いないじゃねえか」

キーンはそう答えた。

それにまた、ベルゼナッハは瞳を閉じて首を振る。

「いえ、

 …いる」

「いるって、もしかして動けないくらいのケガでもしてんのか!?

 だったら何を悠長に構えてんだ!

 おいジルドラ、ついて来い!

 断っとくが、この状況で代金がどうのとか言いやがったら

 問答無用でボコすぞ」

「…言いませんよ、師匠の危機にそんなことは…」

「…何だよ、その間は…

 絶対言うつもりだっただろ…」

言い合いながら、キーンとジルドラは走って行く。

他の面々も続き、拳を握りしめ立ち尽くすジャカと

彼に目を向けるベルゼナッハだけがその場に残った。

彼女はジャカにそっと近づき、顔を覗き込むようにした。

「あなたは行かなくていいの?」

「…僕は…」

「知っているのね」

「…」

思わぬ言葉にジャカは顔を上げ、

ベルゼナッハの方に向ける。

彼女の美しい顔立ちと神秘的な佇まいに狼狽しつつも、

惹きつけられた切れ長の瞳に森の奥の緑を見た。

「…どうしてそう思うんです?」

「私が示した方向を、あなたは見なかったからよ」

「…」

「見たくないんでしょう。

 あなたは自分でも認めているくらいに臆病な人だものね。

 けれど、行くべきよ。

 彼女の顔を見られるのは、今が最後なのだから。

 明日からは、記憶の中でしか会えなくなる。

 直に、見てあげた方がいいわ」

「…ベルゼナッハさんは…

 行ったんですか?

 アイスさんの所に」

「アイスレアを手にかけた男とキーンが戦っていたから、

 私はキーンの援護のために精霊を残して

 自分はアイスレアの元に行った。

 でも、手遅れだった」

手遅れ。

その響きは、改めてジャカの胸を強く撃ち抜いた。

そうなる前に己の強大な力が発動していればとも思うが、

自らの意思では使うことができない上にアイスレアが命を落とし

“ジャカの力の輪郭”を感じ取って伝えてくれたおかげで、

味方には被害らしい被害を出さずに放つことができたのである。

「…初めて会った時から最後まで、

 教えてもらってばっかりだったな…」

悩んでも愚痴っても、彼女はいつもやわらかな微笑みで

優しく答えてくれた。

ジャカにとってそれが、どれほどの支えと慰めになったか

計り知れない。

その恩に対して、自分は何ひとつ返せていない。

ジャカは、無意識の内に視線を地に落とした。

その時、彼の耳にアイスレアの名を呼ぶ声や

涙の混じった叫び声が届いた。

おそらく、キーンかロズウェルがアイスレアを抱き起こしているのだろう。

しかし、彼女が答えることはない。

もう、彼らはアイスレアとは話せない。

だからこそジャカの力、たとえそれが本質でなかったとしても、

声や意思を聞くジャカの力は大切なものだったのだ。

暗く染まっていく空に響く仲間たちの慟哭に心を痛めながら、

ジャカは輝き始めた星々を見上げた。

すると、彼の痛みにあたたかな手を当てるように、

静かな声がジャカの元に降って来た。

だが、今度ははっきりとは聞こえなかった。

「…アイスさんの手の中にあるもの…?

 それが、最後の贈り物…

 旅の役に立てろと…」

そう、伝えていたように思う。

そして、最後に言った。

最後だけ、明確に聞こえた。

『ありがとう…

 さようなら』

直後、一際強く瞬いた星があった。

そこに向かって旅立つように、

淡い気配が離れていくのを感じた。

あの輝きの彼方に、天国はあるのだろうか?

だとしたら、そこに家族やウォルケンたちもいるのだろうか?

涙はすでに、光とともに空へと消えた。

だから、ジャカは泣かない。

しっかりと瞳を開いて、見送った。

その視界の中央を、長い尾を引いて星がひとつ流れた。

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