凍てつく命
アイスレアの魔導とベルゼナッハの精霊による援護を受けて、
ジャカ、キーン、オータ、ロズウェル、ズィフィードが
前衛に立った。
ロズウェルが前に出たのは、援護役の二人に加えてジルドラも
後方にいるため、相手の数を考えると自分まで後ろにいては
前が手薄になると判断してのことである。
「天使殿がいない分、暴れてくれよ、
期待の大物新人君!」
「承知しました、リーダー殿!
自分が勝利への道を斬り拓きます!」
気迫十分にキーンに答え、ズィフィードが向かい来る敵に
突撃していく。
相手は仮面を着けた異様な大男に面食らいながらも
一斉に斬りかかってきたが、
連なる白刃をズィフィードの長剣が薙ぎ払い、
すかさず十字を結ぶように振り下ろした刃が一人を斬った。
「不用意な!
多数で攻撃するのはいいが、密集していれば薙ぎも突きもない。
上段一択の斬撃を読むのはたやすい!」
返り血を避けつつズィフィードが吠えた時、
後ろから飛び出した二つの影が左右からそれぞれ
一人ずつを斃した。
「頼もしいぜ、うちのルーキーは…
おかげで、あの人数相手でも勝てる可能性が
いくらか大きくなったかな!」
「毎度のことながら因果なもんだ…
どこまでやれるか試してみるしか、
生き残る道がないとは!」
キーンとオータであった。
前方からは、さらなる敵が殺到している。
再び先頭に躍り出たズィフィードは、
豪快に剣を振るい機先を制さんと奮戦した。
「ジャカ君、あたしたちもいくよ!
ダブル魔導剣だ!」
抜き放った刀身に炎をまとわせながら言うロズウェルに、
ジャカは戸惑った。
「ダ、ダブル魔導剣って何?」
「あれ?
練習しなかったっけ?」
「…してません…」
「ということは、あれは夢だったのか…
ならぶっつけ本番!
早く風!」
「は、はい」
慌てて、自らの剣に風の刃を発生させた。
すると、待ってましたとばかりにロズウェルが
炎の刃を重ねてきた。
風に煽られ、炎の勢いが増し渦巻くように流れ始める。
ジャカは目を丸くしておおっ、と声を上げたが、
驚きと同時に疑問を抱いた。
「すごいけどわざわざやる意味あるのか、これは…」
「いくぞ!
突撃ー!!」
「ちょちょちょ、ちょっとちょっと!」
ロズウェルが駆け出してしまったので、仕方なく後に続く。
互いの刃を交差させたまま走って、
近づいて来た敵に向かって二人そろって振りかぶった。
「のわぁぁぁぁっ!
来るな来るな!
おみまいするぞ!
一人に対して二人がかりでおみまいしてもいいのか!」
「向こうは何十人もいるんだから、二人がかりも何もないでしょ!
受けてみろ、ダブル魔導剣ーッ!!」
敵の男も剣を振るってきたが、
ジャカとロズウェルが繰り出した気流渦巻く炎の刃に
吹っ飛ばされていった。
二人で攻撃したことによる成果がどの程度あったのかはわからない。
だが、風と炎の魔導剣は相性がいいのか有効な範囲が広く、
多数を相手にするにはいくらか便利かもしれなかった。
その後もしばらく、ジャカとロズウェルは交差させた刃を
大きく使って敵を怯ませた。
「野郎、回り込むつもりだな…
新人もがんばっているが、どうにも手が足りねえか、
ちくしょうめ…!」
槍をぶん、と回転させ敵の剣を弾いて突きを叩き込みながら、
キーンは周囲の様子を見て歯噛みした。
レッドハンドに鍛えてもらったおかげで皆の力量は上がっており、
個々の力では上回っている。
しかし、いかんせん数の差がありすぎた。
敵は次から次へと襲ってくる。
この場においてズィフィードの技量は頭ひとつ抜けているが、
アンジェがいない今、包囲されれば打開するのは難しい。
「アイス、後ろへ行かせるな!
囲まれたくない、氷の魔導で足止めしろ!」
「やってみます」
答えるアイスレアの両手は、すでに印を結んでいる。
少し離れた所で精霊を操っていたベルゼナッハの二重の耳が妙な音を捉え、
目だけをその音がした方へ向けた。
同時に、アイスレアが氷の魔法を発動させようとした。
背中に、違和感があった。
何事かと思っている刹那の間に、違和感は身体を通り抜けた。
視線を下に落とす。
不思議な光景だった。
自分の胸から、何かが飛び出して来る。
何が起こっているのかわからなかったが、
心の中で念じていた。
止まってくれと。
止まってくれなければ、死ぬ。
そう直感した。
願い虚しく、弾けるような衝撃と共に彼女の胸から
悪意を具現化したかのようなドス黒い刃が鮮血を伴い飛び出て来た。
事態をアイスレア本人より先に理解したのは、ベルゼナッハである。
そして、彼女以外に把握している者はいなかった。
ベルゼナッハは精霊を前衛の元に飛ばし、
自らは風の如き身のこなしでアイスレアに近づいて細身の剣を伸ばした。
すると、アイスレアの胸から刃がするすると抜け、
彼女の背後から異様な男が姿を現しベルゼナッハの剣を
飛びすさって回避した。
「まず一人…
続けてもう一人といきたいねえ」
一旦しゃがみこむような体勢を取った男は
強靭な脚力ですぐさまベルゼナッハ目がけて駆け出し、
アイスレアの血に濡れた巨大な包丁に似た剣を振りかぶる。
ベルゼナッハは男をアイスレアから引き離し
治癒魔法を施したかったのだが、これでは無理だ。
「恐怖、憎悪、殺意…
戦場という場所が、それらに心を占めさせてしまうのかもしれない。
けれど、あなたは違う…
命をもてあそび、戦いを遊びにする人。
いえ…
人間はそういう者を、悪魔とか呼ぶのかしら」
「悪魔でも鬼でも大歓迎!
好きなように呼んでいただいて結構です。
一応ワタシにはエクセレント・スイッチって名があるんですが、
かまいませんよ、可憐なお嬢さん!
どうせ短いお付き合いですからねえ」
舌なめずりしながら妖しい笑みを見せる男の目が、ぎらぎらと輝く。
おぞましきその光に、ベルゼナッハは以前本で読んだ
人間の神話に登場する冥府の番犬が獲物を狙う様を思い浮かべた。
彼女は、全ての人間に好意的なわけではない。
が、これほどまでに嫌悪感を抱いた相手はかつていなかった。
この男はおそらく現れた敵の一員で、
しかもその集団では最も強力な戦士であろう。
奇抜な身なりながら誰の目にもつかず潜み、
最初の一撃をアイスレアに向けたのだ。
彼女の姿は、すでに見えない。
倒れて、草の陰に隠れてしまったのだろう。
目を戻すと、スイッチが禍々しい笑顔を浮かべ迫って来ていた。
剣の勝負では分が悪い。
精霊を招くだけの時間もない。
ひとまず距離を取ろうかと考えていると、
目前に滑り込むように現れる影があった。
あの驚くべき俊足で、キーンが駆けつけたのである。
アイスレアに起こった厄難には、まだ気づいていないようだった。
「てめえの居場所はここじゃないんじゃねえか、
道化師さんよ…!
そんな物騒なもん振り回していたら、
どんな芸を披露されても笑えねえぜ」
「いいんですよ、一人でも笑ってくれる人がいれば。
このワタシ、エクセレント・スイッチが笑えればね!」
スイッチの攻撃を槍で防ぎながら、キーンは後ろに下がって行った。
見たことのない剣の扱い方であった。
剣技というよりは、肉食獣の狩りに近い印象を受ける。
鋭い爪や強暴な牙が急所を狙うように、
酷薄な刃が乱れ飛んで来た。
「(こいつ、ナリはおかしいが強え…!)」
そう思っていたキーンは、
「キミは、足かい?」
「あ!?」
スイッチの問いに、声を上げた。
そして、それを頭の中で反芻し意味を考えた。
「ここに走って来る時に見えたんだよ。
足の力だろう、キミのは」
「お前…!?」
目を見開き、がりがりと槍の柄を伝って来るスイッチの剣を
キーンは頬を裂かれながら何とか外した。
スイッチが言っているのは、キーンの“せっかちの早足”のことであろう。
知っていた風ではない。
今、この場で見て知ったという言い方だった。
つまり。
「お前もか…!」
「そのとおり」
にやりと、スイッチは笑う。
彼には、青く光るキーンの足が見えたのだ。
しかし、スイッチのどこかが光る様子は全くない。
彼にも何らかの力があるのなら、
一刻も早くその正体を掴まなければ命取りになりかねない。
「お前は一体、何の力だ…!?」
「いけないねえ、その質問はご法度だろう、キミ!
タネの中身を尋ねるなんて無粋さ。
騙せるか見破れるかの勝負、それが醍醐味だよ…
おっと、行かせないよ、可憐なお嬢さん!」
キーンが引きつけてくれている間にアイスレアに近づこうとした
ベルゼナッハの鼻先を、スイッチが投じたナイフがかすめた。
おどけた物腰だが、よく見ている。
隙がなかった。
ベルゼナッハは、スイッチに瞳を向けながら思惟した。
キーンに協力してあの道化師を退けるか、
キーンに任せて何とかアイスレアの元に行くか。
アイスレアの治療を急ぎたい気持ちはあるが、
後者ではキーンまでもやられる危険がある。
それほど、スイッチは強いと思えた。
「…どちらもやるしかない…か」
冷静に足を止め、ベルゼナッハは精霊を呼ぶための
魔法を組み立て始めた。
ズィフィードが、押し寄せる者どもを圧倒している。
彼の力量を知った敵は、彼を避け
ジャカたちを狙う作戦に切り替えたようであった。
ダブル魔導剣で戦っている余裕のなくなったロズウェルは
近くにいるジャカの変化に気づき声をかけた。
「ジャカ君、どうかした!?」
「…いや…、
何でもない…!」
そう答えたものの、ジャカの感覚では
選んで放った言葉は己の現状を正しく表してはいなかった。
何でもないのではなく、自分でもわからない。
ただ、突然身体が熱を持ち始めた。
動き回っているためでも、戦闘の興奮によるものでもない。
これが何なのかわからないが、初めてではない気がした。
前にも、あったように思う。
何かが起こる。
そんな予感がする。
同時に、妙な胸騒ぎがあった。
先程、仲間たちの様子を確認しようと戦場を見渡した。
アイスレアの姿が見えないのだ。
それを知ったのと前後して、自身に前述の変化が現れたように思えた。
「(…一体…一体、どうなっているんだ…
アイスさんは…僕の身体は!?)」
「ジャカ君!
ぼんやりするのはやめてください。
私の負担が増えるじゃないですか!
そうなったら治癒魔法や援護魔法もロクに使えなくなるんですよ!」
後ろから、ジルドラの怒鳴り声が飛んで来た。
敵は、彼の元にも到達している。
彼の手が接近戦で塞がってしまっては、
本人の言葉どおり魔法による支援がなくなる。
そうなれば、一気に流れは多数の敵方に行くだろう。
今のままでも、情勢は向こうが有利なのだ。
「ぐっ!」
耳に届いた悲鳴に、ジャカは視線を巡らせた。
誰かの身体が、傾いている。
「オータさん!」
どこを斬られたのかはわからない。
だが、浅い傷ではないことは確かだ。
すぐに、ズィフィードが向かおうとする。
「…負…ける、かぁ~…!」
ロズウェルが、呻くような声を絞り出した。
手傷を負いながらも歯を食いしばり、
どうにか敵を振り払おうとしていた。
「ロズウェル…
うわっ!?」
左肩に、鋭い痛みが走った。
一瞬間があって、赤い血が噴き出す。
胸の奥が、急速に冷えていくように感じた。
頭の中は恐怖を通り過ぎ、真っ白になりつつある。
なりながらも、別の敵が振るった剣の刃が
己の首筋に吸い込まれようとしているのが見えた。
見えて、同時に声が聞こえた。
今まさに、首を刎ねられようとしているこの時に。
「(…アイスさん…?)」
確かに、アイスレアの声だった。
何と言ったのだろう?
はっきりとは聞き取れなかった。
ただ、見せて、と言っていたような気がする。
「(何を…?
何を見せろと言うんです!
このままでは、みんな死んじゃうんですよ!
僕も、僕も、死ぬんです。
あの剣が、僕に届いたら死ぬんです)」
思い出せそうだ。
彼女は、こう言っていなかったか。
「(…僕に与えられた力の、本当の姿を…?
そうすれば、みんなが助かる…んですか…?
アイスさん、あなたは…?
どうして、そんな他人事みたいに…
それに、僕は…
前に起こったような大きな力を、僕だけでは使えない…
どうすれば使えるのか、みんなを助けられるのか、
わからないんです)」
偶然、一度発揮されただけの力など意識して使えるわけがない。
再度、それを呼び出すには?
皆を助けるには?
ジャカが強く念じると目の前に青い光が現れ、
間を置かず白い光へと変わっていった。
それは彼の全身を包んでいき、得体の知れない何かが
自分の元へ集まり始めるのを感じた。
これは、あの時と同じだ。
レキッタで、恐るべき力が発動した時と。
「(…これは…これは、違う!
僕の力じゃない!
僕以外の、誰かの何かが働いている…
それは、僕の力とは言えないじゃないか…!
アイスさんが見たいという、僕の本当の力とは!)」
ジャカは心の中で絶叫したが、
再び訪れた力の発動は止まることはなかった。
奔出された一切の汚れを持たぬかのような純白の光は
どこまでも高く立ち昇り、雲を貫き天に届く。
夕暮れがもたらした赤い風景は洗い流され白一色に満ち、
その場にいた者たちは一人と漏れず
開闢を再現するが如き無垢なる光があふれる様を
見上げていた。
身体がぐらついてから地に揺れる草に抱きとめられるまで、
数分かかったように思えた。
自分の意思で倒れたわけではない。
身体のどこにも、力が入らないのだ。
痛みもない。
血が流れ出る感覚さえも。
聖魔導士を志した時、いや、実際には戦うことを決めた時だろうか。
こういう瞬間が来るのを覚悟したはずだったが、
どこか遠くにあるものと捉えていたのかもしれない。
だが、死はこんなにも身近にあった。
いつの間にか背中に忍び寄っていたほどに。
「…ああ…」
かすれる声を漏らし、アイスレアは視界の端に光る物を見つけた。
目にしたことのない、珍しい装飾の施された金貨であった。
それは、彼女の生涯を象徴する物だったのであろうか。
アイスレアは、無意識の内にかすかな笑みを浮かべていた。
自嘲の色を含む微笑である。
最後の最後まで縁の途切れなかった物は、
死の向こうでは何の価値もなく心を満たすこともない。
「…金運は尽きなかったけれど、命運は尽きた…
ということでしょうか…」
そうつぶやいた時、すっかり忘れていたはずの
ルフィカでジャカと出会った日のことを思い出した。
友達と離れ離れになることを悲しんでいた彼に、
自分はこう答えたのだ。
この世にある越えられない試練は、死くらいのものだと。
そして今、その試練は突如訪れた。
思いがけず、こんなにもあっさりと。
「…やはり、死の試練は乗り越えられないようですよ…
ジャカさん…」
目の前が、暗くなっていく。
全身の感覚が、なくなっていく。
意識が、薄れていく。
生を受け、これまで過ごしてきた世界から
自分だけが遠ざかっていくように。
これが死というものか。
「…でも…
皆さんとの旅、楽しかったです。
困難も多い道のりでしたけれど…
わたくしにとっては残念な結末でも…
後悔はありません。
皆さんと最後まで行けないことだけが心残りですが…」
間もなく、全てが暗黒に閉ざされた時、
自分は永久に何かを見ることはなくなる。
広がる闇に支配される直前、まばゆい光が再びアイスレアの世界を照らした。
それは真っ白な、新雪のように真っ白な光であったが、
あの日ルフィカで見た青い光によく似ているような気がした。
「…綺麗…
まるで、わたくしたちの…いえ、
…人々の未来を照らすよう…」
冷たくなってゆく身体に、凍てついていく命に、
かすかにぬくもりが戻った。
力強くもあたたかき光は、アイスレアにほんのわずかの力を与える。
その力で、彼女は手を伸ばし金貨を握りしめた。
戦いが終わったら、仲間たちが自分の屍を見つけてくれるだろう。
もはや何も感じ取ることのできない手の中の
金貨とともに。
これが、自分が彼らにできる最後のこと。
「…見せてくれたのですね…
ジャカさん、きっとそれは貴方の力です。
光そのものでなく、光をもたらすことこそが…
その力に溺れずに、そしてその力を恐れずに…
進んで行ってください。
皆さんと一緒に…」
アイスレアは、暗黒に閉ざされることはなかった。
仲間たちは、この窮地を突破するに違いない。
絶望を払い希望を灯した、この輝きが道を切り拓いてくれるだろう。
そう確信して彼女はゆっくりと瞳を閉じ、
それでもあふれる光に満たされたまま、
永遠の眠りについたのである。




