表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
76/92

涙をこえて

草むらの中、獣道のようになっている所を早足で進む。

デュエルに教えてもらったこの道は

普段レッドハンドの面々がロッジとの行き来に使っている

それとは異なり草が茂っていて比較すると歩きにくいが、

見つかりにくいことは確かであろう。

ジャカたちは、ルフィカのある北西方面を目指す。

赤き手の戦士たちが第九部隊を足止めしてくれている間に、

できる限り遠くまで行くのだ。

黄昏が迫り、辺りは赤く染まり始めた。

日が沈んでしまえば、夜の闇は自分たちの姿を隠してくれるだろうが、

同時に心細さと本能的な恐怖を連れてくる。

いずれ休息は取らなければならないのだから、

真夜中になる前に適当な場所を見つけたい。

先頭を行くキーンとオータは、その場所を探して何度も首を振り

視線を巡らせつつ歩いた。

「止まって」

最後尾を固めるズィフィードの前にいたベルゼナッハが

よく通る声で言った。

ジャカはつんのめりながら何とか立ち止まり、

彼女を振り返る。

他の皆も足を止め、同じように美貌のエクティナーに注目していた。

当のベルゼナッハは、右前方を切れ長の瞳で睨んでいる。

ジャカもそちらを見てみたが、草が深く何があるのかわからない。

「何だ、妖精さん?」

姿勢を低くして、キーンが問うた。

「逃げきれないわ。

 私一人なら別だけれど。

 準備して」

妖精は、短く答えた。

一行に、緊張が走る。

誰かが動揺して身体を動かし、近くの草を揺らす音がした。

ジャカだった。

「な、何かいるんですか?

 野犬?

 魔物?」

「あなた方の同族よ」

「人間!?」

「足音が聞こえるの。

 向こうからはこちらが見えている…

 背の高い草が多い方向から、

 身を隠して近づいている。

 数が多いわ」

そう言うと、ベルゼナッハは聞き慣れない響きの言葉を紡ぎ、

手早く印を結んで傍らに半透明の身体を持つ異形の者を出現させた。

「我が友、彼らの姿を見せて」

しなやかな動きで彼女が左手を前に出すと、

それに従って異形の精霊は一瞬にして遠ざかり、

通った場所を風が追うように疾り草が左右に分けられていった。

そして百メートルほど離れた場所の草が開けた時、

武装した男たちの姿が露わになった。

ベルゼナッハの言葉どおり、大人数である。

あれほどの数がここまで近づいていたことに、

皆驚きを隠せなかった。

「ホントかよ、全く…!」

「確かにこの状況では逃げきるのは難しいでしょうね!」

オータは舌打ちしながら、ズィフィードは仮面を少し触りながら

鞘を払う。

一方、アイスレアとロズウェルは魔導の準備に入った。

「あの人たち、一体何者!?」

「話の流れからすると、第九部隊のお味方ではないでしょうか」

「何であたしたちがこの道を行くことを知っているんだろう!?」

「そこまではわかりません」

会話をしている間にも、男たちは近づいて来る。

姿が露見し、もはや隠れようとはしない。

間違いなく、敵であろう。

足場は良いとは言えないが、身のこなしが軽い。

多少は接近戦にも対応できるようになったジルドラだが、

するすると後方へ下がった。

「ちょちょちょ、ちょっと皆さん、お忘れじゃありません!?

 我らが絶対的エース、アンジェさんは不在なんですよ!

 いかにズィフィードさんが加入したとはいえ、

 あの人数相手はまずいでしょう!」

ジャカもそう思うが街からも遠く離れたこの場所では、

逃げきれないというベルゼナッハやズィフィードの言うことは

正しいとも思う。

ならば、下手に背中を見せるより敵が到達するまでに

可能な限り戦力を削ぐ方がいいのではないか。

急ぎ魔法を組み、小さな雷を発生させた。

同時に、アイスレアの氷の刃とロズウェルの火球も

敵へと向かって飛んでいく。

「大層な数だ、五十…いや、もうちょいいるか…

 速攻で頭を叩きたいところだが、

 それらしき目印のある奴は見えねえな…!」

槍を持ち上げつつ、キーンがつぶやく。

まだ距離があることもあるが、彼の言うとおり

いかにも指揮官と見受けられる者はいない。

わざわざこんな所までやって来た連中である。

情報を得て、襲撃することを目的に現れたのだろう。

とにかく、相手が退却するまで戦う他はなさそうだった。





交渉など不要。

すぐに第九部隊を叩き潰してやる。

ランカーナやエヴィンなどは内心そう思っていたが、

ジェサリアの状態を考え黙っていた。

彼はセファーに支えられたまますでに目を閉じ、微動だにしない。

すでに絶命しているのではないかとさえ思えた。

そんな中で、アンジェとドロウの話は始まった。

「交渉とは?」

アンジェの黄金の視線が、ドロウを射抜く。

神々しく輝くこの瞳に捉えられれば、

その鋭さと美しさの両面で

並の者は平常心ではいられないだろうと思いつつ、

ドロウは答えた。

「互いに必要なことを交換しようって話だ。

 まず、九部隊はこのままここを離れる。

 お前たちとは戦わないし、お前たちが逃がそうとした連中も追わない」

「そいつが手札になるのかね。

 ジャンケンで負けたヤツにでもリーダーを運ばせて、

 残った者であんたらを撫で斬りにしてもいいんだが」

眼光煌めくシャナンの言葉に、ドロウは両手を前に出して

落ち着けというような仕草をした。

冷静な男のはずだが、ジェサリアに起こった出来事によるのだろう、

気が立っている様子である。

もっとも、赤手全員がそうであろうが。

「まあ待てよ、シェルドラド・シャナン。

 お前のような剣豪と刃を交えてみたいのは確かだが、

 今やるのは最善じゃないだろ。

 こっちはとりあえず退くって言ってるんだ」

「そちらの条件を言え。

 成立にしろ決裂にしろ、時間をかけたくない」

アンジェが凛として言った。

ドロウはうなずき、彼女を正面から見た。

「不殺の天使、おまえは逃がした連中とまた合流するんじゃねえか?

 それに、俺も同行させろ。

 そして、ルフィカまで共に行ってもらいたい」

「…」

意図を読めず、アンジェは無言のままドロウを見据えた。

敵ではあるが、彼はまっすぐな人間に思える。

少なくとも、策を弄する人物には見えなかった。

それが、ありえない提案をしてきた。

十隊の一つの長が、追われる身の自分たちに同行するなど

考えられない。

一体、ドロウという男は何を目論んでいるのか。

「なぜだ?」

「言っただろ、確かめたいことがあるんだ。

 ルフィカに行けば、お前たちの持つ力に関する手掛かりが

 得られるかもしれない。

 お前たちにとっても、悪い話じゃないはずだ」

「…」

「お前が決めろ、アンジェ」

ジェサリアを抱えたセファーが口を開いた。

「俺たちにはすべきことができた。

 お前もこっちに加わりたいかもしれないが、

 行くと決めたんだろう。

 なら、俺たちが口を挟むことじゃない。

 だから、お前が決めろ」

すべきこと。

デュエルを誅殺することだろう。

未だに信じられない。

彼が裏切り、あまつさえ仲間を手にかけるとは。

ジェサリアはアンジェにとって父である。

自分も地の果てまでもデュエルを追いかけたいが、

父はジャカたちと行くことを後押しした。

デュエルの件は同僚に任せ、自分は自分のすべきことをする。

アンジェは、改めてそう決めた。

「不審があれば斬る。

 それもこちらの条件だ」

「欲張るねえ、若いってのに。

 いや、若いから欲張るのか。

 どっちでもいいな。

 わかった、それでいこう」

にやりと笑い、ドロウはうなずく。

信用できそうな男ではあるが、軍の幹部である。

油断はできない。

同行するというのなら、道中で彼の真の意図を探る必要があるだろう。

「じゃあ、俺は部下たちと話をつけてくる。

 メルヘヴン・アンジェ以外は帰ってもらっていい。

 大将の回復を願っている」

ドロウはジェサリアに向かって小さく一礼し、

自らの配下たちの方へと歩いて行った。

すぐに、アンジェはジェサリアの元に駆け寄る。

他の者たちも、彼を囲むようにした。

「リーダー!」

すでに事切れているのか。

血の気が引く想いだったが、ジェサリアはうっすらと目を開けて

アンジェの金の瞳を見た。

ジェサリアにとってそれは平時よりまぶしく映り、太陽の光に思えた。

そうだ。

彼女は自分にとって、そしてレッドハンドにとって

まさしく太陽だった。

そこにいるだけで場を明るくし、心にぬくもりを与えてくれる。

このあたたかな光を守るためなら、何も恐れることはなかったのだ。

「アンジェ…

 あいつらに道を教えたのはデュエルだ。

 今の奴は俺たちと一緒にいたデュエルとは違う、

 狙うかもしれねえ。

 ジャカたちの所へ、行ってやれ」

「しかし…」

「俺がそう簡単にくたばるか、馬鹿。

 くたばったとしたって、お前が悲しむことはない。

 この先、本当の両親に会えるかもしれねえさ。

 何か事情があったんだろう。

 会えたらすぐに責めるんじゃなく、ちゃんと話を聞いてやれよ」

「本当の両親なんかいない!

 私の父親はあなただろう!」

そう言って右肩に手を置いたアンジェに、

ジェサリアは微笑みを浮かべた。

「聞いたか、お前ら…

 俺がアンジェの好き好きランキング一位だぞ。

 忘れるなよ。

 お前らは全員二十位以下だから…」

そして、静かにまぶたを閉じる。

身を乗り出そうとするアンジェの肩を、リメロウが掴んだ。

「行け、アンジェ。

 リーダーのことは俺たちに任せろ」

「…」

「行けって言ってるでしょ。

 ちんたらしてんじゃないよ、

 リーダーが死のうが生きようが

 あんたは行かなきゃなんないんだから」

「何度も話したはずだろう。

 俺たちは今日死んでも当然の稼業だ、

 いつ別れを迎えてもいいように互いに心を決めておこうと。

 今かもしれない。

 数十年後かもしれない。

 どちらでも同じさ。

 別れがいつになっても、俺たちに言葉など必要ない」

「とは言うが、

 レッドハンドの頭ともあろう男の末期の言葉があれじゃあ、

 様にならんだろう。

 お前が行った後に、叩き起こしてちゃんとした遺言を聞いておくぜ」

ランカーナとストール、エヴィンの言葉に促され、

アンジェは意を決してジェサリアに背を向けた。

少しうつむき、拳を握りしめる。

これまで育ててくれた恩に感謝して。

「回復するまでそばにいても、

 目を覚ました時に私がいれば

 ここで何をしているんだと怒鳴るに決まっている。

 だから…行ってくる。

 みんな、後は任せる…

 傷が治ったら、伝えておいて。

 リーダーは、ランキングで四位だと」

「…せめてトップスリーには入れてあげないと、

 ショックでまた倒れるんじゃないですかね」

キュリオスの声には答えず、アンジェは風の如く走り出す。

父の生還を信じて。

滲んだ涙が乾く頃には、彼女は父と同僚たちから

遠く遠く離れていた。





「そういうわけだ。

 エリン、しばらく隊を頼む」

「ええ~、イヤですよ。

 アスリルさんの方が適任ですって」

「そうか。

 ならアスリル、引き受けてくれるか?」

「引き受けませんよ!

 何としてもエリンさんにやってもらってください!

 その前に、本気ですか隊長!?

 不殺の天使たちに同行するというのは!」

夕食係でも決めようかという調子で話すドロウとエリンに呆れつつ、

目を剥いてアスリルは言った。

まともな話ではなかった。

軍の総大将たるザオウが捕えよと命じた者たちと

行動を共にしようなどとは。

「ああ、本気だ。

 指示を受けた時から妙には思っていたからな、

 確かめるいい機会だ」

「…バレたらどうするんですか?

 もちろん我々も説明してごまかすつもりではいますが、

 下手をすれば軍に戻れないことになるかも…」

「それは覚悟の上だ。

 そうなったとしても、エリンがいれば九部隊は問題ない」

「そうですかねえ…」

「大ありでしょう!

 そこまでする必要があるんですか!?

 なぜ隊長が軍をやめる覚悟で

 彼女らと行かなければならないんです」

「アスリル、俺はな。

 これは軍に戻れない危険を冒してもやらなきゃならないと思ってる」

「…!」

口調は静かながら断固とした決意を感じさせるドロウの迫力に、

アスリルは押し黙った。

こういう時の隊長は、決して止められない。

そして、彼の言うとおりやるべき何かがあるのだろう。

「まだ詳しくは言えねえが、

 誰かが何かを企んでいて、そのために罪もない人間を追い詰めたり

 兵を利用していたりしたら?

 俺たちは、この国や人々を守るために誇りを持って

 軍に身を置き日々働いているはずだ。

 その誇りを汚し、貶めるものが蠢いているとしたら…

 俺たちが信じてきたものが、根底から覆るかもしれない。

 そんなことがあるのかないのか、

 それを確かめることは、俺は進退をかけてでもやるべきだと思っている。

 俺自身の目と耳でな」

「難しい話になってきたなあ」

「…隊長、それは一体…

 本当にそんなことが…?」

首を捻るエリンを無視して驚愕の表情を見せるアスリルの肩に、

ドロウはにかっ、と笑いどっしりと大きな手を置いた。

「だから、確かめようってのさ。

 なければないでそれでいい、

 軍に戻れなきゃひっそり傭兵になるから

 お前らの方で俺を雇ってくれ」

「…そんな単純な問題ではありませんよ、隊長…」

「僕はいいと思うな。

 それで、現場では隊長に指揮を執ってもらえばいいじゃないですか」

「だから、そんな単純な話ではないですって…」

「それより隊長、赤手とはやらないんですか?

 僕、楽しみにしていたんですけど」

「…お前、俺の話聞いてた?」

「…やはりエリンさんに代行は無理そうです、隊長」

「…お前がついていれば大丈夫だよ、アスリル。

 もうすぐスイッチの隊が来るはずだ、

 うまいこと言っておいてくれ」

「…それもまた頭の痛い問題ですね…」

その後、ドロウは隊員たちに事情を説明した。

皆一様に動揺を示したが、

隊長への信頼が厚く結束の固い第九部隊である。

すぐに納得し、答えた。

そんな中、話を聞いていたレゼルクはクラトーとガラテアを振り返った。

無論彼らもドロウの行動には驚いたが、またとない機会でもある。

「好機だ。

 ドロウ隊長に同行させてもらえれば、

 労せずジャカたちに接触できる。

 彼らに王都に行くよう説得できるし、ロズウェルとも合流できるぞ」

「塞翁が馬ということだな!

 だがトータルではついているぞ、この私たちは。

 そうだろう、ガラテア殿」

「オレは赤手とやりたかったけどな…

 ドロウが承知したとして、不殺の天使が近くにいても

 指くわえて見てるしかねえのかよ」

「ああ、指でも槍でもくわえて見ていてくれ。

 行こう」

レゼルクらは、ドロウの方へと歩み寄って行く。

彼が同行を許してくれなかったとしても、

レゼルクは追って行くつもりだった。

彼の行く先には、必ずジャカたちの姿があるはずなのだから。

強い覚悟を持って話したところ

ドロウはすぐに了承してくれたが、

直後に何かに気づいて頭を巡らせた。

「わかった、そういうことならついて来い。

 じゃあ、アンジェの所に…

 ん?

 何だ、あいつ走って行っちまったぞ!?

 急いで追わねえと!

 くそ~さすがに速えな追いつけるか!?

 おい、お前たちも走れ!」

共に行くはずの不殺の天使がなぜか超高速で疾駆しているのを目撃し、

慌てて走り出す。

巨体を揺らし思いの外の俊足で駆けるドロウに続いて

レゼルクたちも動き出したが、

とてもアンジェに追いつけるとは思えなかった。

結局、ドロウが雷のような大声で呼び止めることにしたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ