表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
75/92

交渉

「さすがはレッドハンドの大将だな、死角に入ったはずなんだが。

 あの一瞬、あの角度から攻撃されてもしっかり反応するところは

 見事だが、甘いね。

 反応しておきながらなぜ反撃しなかったんだ」

血に濡れた剣を右手に下げたデュエルが、

深手を負いながらも倒れることなく立っている

ジェサリアを眺めて薄い笑みを浮かべた。

彼は左後方から恐るべき速さと鋭さでジェサリアに襲いかかり、

ジェサリアはそれを察知し対処しようとしたが剣を止めた。

結果、デュエルはジェサリアに複数の致命的な傷を与え、

すぐさま跳びすさって距離を取ったのである。

互いに拮抗した実力を持つ者同士であるだけに、

他のレッドハンドの猛者たちにも

彼の凶行を阻止する術はなかった。

第九部隊に向けて駆ける足を止め、自分たちの頭と同僚の間に起こった

不可解な出来事に目を疑うしかなかったのである。

「腕上げたじゃねえか、デュエル…

 それとも俺が衰えたか?

 あの瞬間に三度、刃を入れてくれるとはよ…

 不死身の俺様じゃなきゃ即死だぜ」

全身を鮮血に染めながら、ジェサリアは己の状態を冷静に把握した。

深く刻まれた傷はいずれも見事な斬撃によるもので、

一つ一つが死に至ってもおかしくないほどの損傷を与えている。

この場での戦闘の続行は不可能だ。

それどころか今、この瞬間に絶命しても全く不思議はない。

なぜデュエルがこうした行動に至ったのか、

それを尋ねるべくジェサリアが口を開こうとすると、

八人のレッドハンドのメンバーの内の半数がジェサリアの周りに立ち、

残る半数がデュエルに迫っていた。

真っ先にデュエルの元に到達しようとしていたのは

アンジェであったが、こうなることを予想してか

デュエルは後方へと跳んでいた。

アンジェ、シャナン、ランカーナ、エヴィンは

さらに追おうとしたが、ジェサリアが「待て」と

鋭く制止したために立ち止まった。

「なるほどな、仲間が斬られたらこういうことになるわけだ。

 これまでなかった事態だし、やってみないとわからねえもんだな。

 おっそろしい速さと気迫、大将が止めてくれなきゃ

 逃れられる奴はいないね」

腰を低く落としいつでも逃げられる体勢を取りながら、

デュエルが言う。

そんな彼をレッドハンドの面々は燃えるような瞳で睨みつけていた。

理由はわからないが、デュエルがジェサリアを襲ったことは事実である。

アンジェは瞬時に距離を詰め四肢を落とそうと考えたが、

ランカーナやエヴィンは問答無用に仕留めようとしていた。

ジェサリアを守るべく後方に残った四人もデュエルに向かおうという

気はあったが、そこは百戦錬磨の赤手たるところか、

八人は最後の冷静さは保っており役割分担をして行動した。

今にも再び斬りかからんばかりの皆を抑えるように、

ジェサリアは微笑して穏やかな声を発した。

「どうした、デュエル…

 弱みでも握られたか?

 お前が軍に寝返る理由も必要もないはずだ。

 話してみろ。

 納得すりゃ、こいつらもお前を斬ろうとはしねえ」

その言葉を聞いて、デュエルは、肩を揺らして笑う。

何とも言えぬ気分になった。

事ここに至っても、ジェサリアは自分を見限らずにいる。

それが、おかしかった。

だが、少し嬉しかった。

己も、事ここに至っても完全にレッドハンドとの絆を

断ち切れずにいるのか。

実に不思議な心の動きである。

こんな気持ちは、こうして行動を起こさなければ

知ることができなかった。

デュエルは、同僚たちが好きだった。

彼らを裏切ることなど、ありえないと思っていた。

ゆえに、彼は裏切ったのである。

ありえないことをすれば何が起き、自分は何を感じるのか。

それを想像し、時を重ねていくと、

どうしても確かめたくなった。

強さを認め、人柄を愛した友たちが敵として向かい立つ。

ありえない光景である。

ゆえに、見てみたくなった。

自分でも、なぜかはわからない。

そうしたくなったからとしか言いようがないのである。

「軍と組んだわけじゃあねえよ。

 あんたらと一緒に戦っててさ、

 オレは前から思ってたの。

 腕は立つし型破りだし、どいつもこいつもおもしれえだろ。

 同じ側に立ってるより、こいつらと戦う側に回る方が

 楽しいことになるんじゃねえかってさ。

 折から、都合のいい奴と知り合ったんだ。

 どこでだったかな。

 忘れちまったが、そいつと連絡を取り合っていて

 第九部隊を利用して何かできるかもって話になってな。

 強者ぞろいのあんたらの隙を突けるとしたら、

 そしてその場で殺されずに逃げ延びられるとしたら

 こういうタイミングしかないと思ってね。

 で、オレは今はとにかく逃げる、本当のお楽しみは次からだ。

 そら、後ろで第九部隊の皆様がお待ちかねだぜ?

 この戦いを終わらせて、追って来いよ。

 ウィルスターも飽きた、どうだい、どうせなら

 大陸全土が舞台の鬼ごっこといこうじゃないか。

 どっちが先に相手の首を取るか、

 ひょっとしたら生涯をかけたゲームになる。

 互いに、楽しい人生にしようぜ」

「お前…」

「待て、エヴィン!

 今は第九部隊に集中しろ。

 デュエルは、少なくともここではこれ以上

 やる気はないと言ってるんだ」

飛び出そうとするエヴィンに言い、ジェサリアは胸に去来する

日々のことを考えていた。

デュエルには確かに享楽主義者的な一面があって、

己の命をもどこか軽く見ているのではないかと思える節もあった。

それらが原因かはわからないが、

もし今の彼につながるものなのだとしたら

どうにかして諭してやることができなかったか。

向かい合って立つことになったかわいい弟分は、

穏やかな日常や明らかな敵との勝負では

決して満たされることのない欲望に蝕まれ、その歪んだ本質が

信頼しているはずの仲間たちと敵対する形で

顕在化してしまった。

納得はできないが、理解はしていた。

デュエルは、もう戻らない。

もしかしたら元々暗くいびつな欲望を持っていたのかもしれない彼が

レッドハンドへの帰還を望むこともなければ、

他の者たちが彼を許し受け入れることもまたないだろう。

今後デュエルがジェサリア以外をも狙うことを考えれば

この場で何とかしたいところだが、

人格的に信用できるであろうドロウが長とはいえ

第九部隊がこちらの事態を把握し矛を収めてくれると期待するのは

楽観的にすぎる。

ならば、とりあえず無害のデュエルに戦力を割くより

第九部隊との戦いに備えた方がよい。

「デュエルよ、俺は仲間になったヤツは疑わない主義だ。

 お前は甘いと言ったが、

 剣を止めたのは向かってきたのがお前だったからだよ。

 もしお前が俺を斬ろうとしているなら、

 そうしなきゃお前自身か他の誰かの身に何かがあるかもしれねえと

 思ったからだ。

 今、話を聞いてお前の気持ちや目的はわかった、

 だが…

 長い間苦楽を共にした者として願う。

 同じ道を歩いて来たこいつらに、手を出すな。

 そうすれば、こいつらがお前に手を出すこともない。

 俺がそうさせる。

 俺の血と命で満足して、出会った頃のお前に戻れ。

 誰よりもよく笑い、誰よりも明るかったお前に…」

そこまで言って、ジェサリアは後ろへと倒れていった。

それを、隣にいたセファーが受けとめる。

「リーダー!」

レッドハンドの者たちが一斉に声を上げたが、

そんな中でデュエルの楽しげな、そしてかすかに寂しげな声が響いた。

「あ~あ、逝っちまったか」

それを耳にした赤き手の猛者たちは最強の狂戦士と化し

デュエルに飛びかかろうとしたが、

セファーの鋭い叫びが轟いた。

「お前たち、リーダーの言葉を聞いていなかったのかッ!!

 今、俺たちがすべきなのは第九部隊の阻止だ!

 わかったらさっさと行くべき方へ戻れッ!」

赤き手たちは、あるいは掌が裂けるほどに拳を握りしめ、

あるいは歯が砕けそうなほどに噛みしめ、怒りを押しとどめた。

邪悪にも見える笑みをたたえるかつての同僚を八つ裂きにするよりも、

自分たちの長の意志を受けとめる方が、

遥かに彼らにとって重要なはずである。

だから、彼らは第九部隊の方へと足を向けた。

彼らを目で見送り、腕の中に感じる今にも消えそうな命の火を

つなぎとめようとしながら、セファーは激しくも静かに燃える瞳で

デュエルを射抜いた。

「とっとと消えろ。

 だが、覚えておけ。

 俺たちはいつまでも、どこまでも追いかけてお前を殺る。

 お前が望む愉快な鬼ごっこにはならない。

 お前が楽しもうとしていた人生を、

 最期にその楽しみを全て後悔に変えて終わらせてやるよ」

「嬉しいね…

 レッドハンドが本気でオレを狩ってくれるってわけだ。

 勝負もゲームも、本気でやらなきゃ楽しくねえからさ…

 お前たちがオレを殺るか、オレがお前たちを全滅させるか、

 焼けつくような一生を堪能しようぜ。

 じゃ、また会おうな、同志たち!」

左手を振り上げ、デュエルは身を翻し走り去った。

レッドハンドの者たちは、その姿を目に焼き付ける。

あの背中の持ち主を、決して許すことはない。

同じ場所で、同じ時間を生きてきたあの背を持つ者を。





異変を察知し、ドロウは部下たちを手で制し正面に目を凝らした。

遠くて詳細は掴めないが、ジェサリアが倒れたように見える。

急病という雰囲気でもない。

「何だ?

 仲間割れか?

 結束の固い赤手には考えにくいことだが…」

「とはいえ、気の荒い無頼者の集団ですからねえ。

 些細なことから大喧嘩っていうのは考えられると思いますよ。

 軍でも七部隊とかはそうじゃないですか?

 ああ、あそこは隊長さんが一方的に殴るだけかな」

からからと笑うエリンに呆れたような視線を送った後、

アスリルはドロウに尋ねる。

「どうしますか、隊長?

 もし連中が同士討ちしているなら、

 この機に乗じて…」

「いや、待て。

 どうも様子が変だ…

 行って確かめてくる」

「確かめてくるって、お一人で行かれるおつもりですか!?」

「赤手は確かに血の気の多い奴らだが、

 卑怯でも非道でもない。

 俺の意思を向こうもすぐに理解するだろう、

 そういう意味ではオレは奴らを信用している。

 ここで待て」

「…承知しました」

「気をつけてくださいよ、隊長。

 彼らが卑怯じゃないというのは同意しますが

 ちょっとしたことで怒って襲いかかってくるというのは

 ありえますからね。

 まあ、そうなったら僕も駆けつけますから」

アスリルとエリンの言葉に軽く手を振り、

ドロウは単身レッドハンドの元へと向かって行った。

敵が街や住民に危害を及ぼしかねない場面なら

無論そんな行動を取ることはないが、

状況的にも相手の性質で言っても当てはまらない。

話をするなら戦闘中より開戦前の方が落ち着いてできる。

だから、ドロウは行くことにした。

近づくにつれ、彼らの頭であるジェサリアが瀕死の状態にあることが、

ドロウの目にはっきりとわかるようになっていった。

思わぬ事態である。

大陸屈指の豪傑たるジェサリアがものの数分であの状態に陥るとしたら、

匹敵する力を持つレッドハンドの誰かによってとしか考えられない。

が、一人に手を出せばもれなく全員を相手にする覚悟が必要になると

言われるほどに仲間意識の高いレッドハンドが

同士討ちをするというのも、これも考えにくいのだ。

不殺の天使ら、赤手のメンバーがこちらを見据え身構えてはいるが、

彼らが発するすさまじい闘気は自分に向けられていないように感じる。

それもまた、妙なことであった。

「一体どういうことだ?」

「こっちの問題だよ。

 あんたには関係ない」

尋ねるドロウに、ランカーナが吠えるように言った。

頭に起こった出来事に対する怒りを最も露わにしているのが彼女で、

少しでも刺激すれば猛然と襲いかかってきかねない。

だが、ドロウの視線は彼女ではなく血まみれのジェサリアに注がれていた。

彼を抱えているセファーには

低難度の術に限られるものの治癒魔法の心得があったが、

ジェサリアが負った深手には焼け石に水だった。

それでも、その効果によってジェサリアは

何とか言葉を発することができたのである。

「…戦闘が始まっちまったら仕方ねえと思ったが、

 お前が来てくれたんならありがてえ、ドロウ…

 俺たちもやる気で来たんだ、この後やるってんなら

 こいつらが存分に相手をする。

 だが、その前に俺の話を聞け。

 本当は大勝利してから言ってやるつもりだった、

 順番が逆になっちまったが」

先程のような大音量ではないが、致命傷を負っているとは思えないほど

しっかりとした調子で、ジェサリアは言った。

聞いていたドロウは、真顔で深くうなずいた。

「ああ、聞こう。

 聞くが、何があったのかだけは説明してもらいたい」

「大したことじゃない…

 俺の不器量で離脱者を出し、

 そいつにぶった斬られちまっただけだ。

 全くの不細工さ。

 ふさわしくない者が上に立つとこうなる」

「…」

合点がいった。

不殺の天使らは、その離脱者の行動に怒り激しい闘気をまとっていたのだ。

それにしても、なぜこのタイミングで起こったのか。

ドロウの脳裏には、いくつかの想像がよぎっていた。

「…わかった。

 それで、あんたの話ってのは」

「お前たちが追っているのはアンジェと何人かの若い奴らだろう。

 その連中の一人によれば、ある日突然狙われるようになったって話だ。

 さっきも言ったが、奴らは襲われて仕方なく戦うことになった。

 軍がそうしなきゃならんってのがどうにも解せない。

 お前は十隊では数少ない話ができる隊長だ、だから言う。

 軍の全てとは言わないが、一部がおかしくなってやしねえか。

 お前がもしここで死なずに王都に戻ることがあったら、

 奴らを狙う本当の理由を確かめろ。

 確かめた上で、お前が納得できるものだったらかまわねえ、

 変わらず奴らをとっ捕まえりゃいいさ。

 あいつらにはあいつらの道がある、助けてやれなんて言うつもりはない。

 しかし、もしおかしな話で奴らが追われる身になったとしたら、

 それは軍の不細工だと思うがな」

「…」

ジェサリアの瞳と、ドロウの視線とが交錯した。

今にも息絶えようとしている者とは思えぬ輝きを見た。

その輝きは彼の言葉を無視させない力を持ち、

ドロウに一考させる結果をもたらした。

ザオウからの指示は、唐突ではあった。

特殊な力を持つ者らがいて軍に損害を出している、

彼らの力の正体は不明で今後さらなる脅威となるかもしれないので

捕えるようにとのことだった。

それが本当ならば危険な存在であることは確かだが、

軍の損害というのがこちらから手を出し抵抗を受けた結果だとすれば、

想像していたものとは全く違う絵になってくる。

だが、ザオウは国や民を想う心の強い優れた人物だ。

彼が私欲や私怨、または理不尽な理由で命令を出すとは思えない。

ジェサリアの言うように軍の一部がおかしくないっていて、

そのためにザオウが誤った指示をしたのなら

第九部隊を束ねる長として糺さなければならない。

どうするにせよ、捕えんとしていた者たちの実態を知る必要がある。

とはいえ、危害は加えないからひとまず王城に来いと言っても

おとなしく投降することはないだろう。

ドロウは大胆で、回りくどいのが好きでない性分である。

すぐさま、決断した。

「どんな時、どんな敵にも臆することのない赤手が言うんだ、

 戦いを避けるための言葉のわけがない。

 あんたの話、よくわかった。

 実は俺も、確かめたいことがあってな。

 もちろん、こっちにも利のある話にしてもらう。

 あんたらも大将をこのままにはしておきたくないだろう、

 交渉しようぜ…

 相手はジェサリア、あんたじゃなく

 不殺の天使の方になるが」

ドロウの視線は、今度はアンジェの黄金の瞳とぶつかった。

いかなる敵、いかなる戦いも恐れないレッドハンドだが、

間もなく訪れるであろう悲劇が刻一刻と迫っている。

アンジェは、ドロウの意図を探るように彼を見据えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ