凶刃
山間部を進む第九部隊の隊員たちの表情には、
緊迫の色が見えた。
隊長であるドロウに影響されてか豪胆な者の多いこの隊をして
そうさせるのも、無理はなかった。
今回の任務では、あの“赤手”が相手になるかもしれないと
いうのである。
彼らが知られているのは主に悪名の方だが、
戦いに携わる者にとっては凄まじい戦闘力や孤高さから
その名に畏怖の念もまた抱かせるものであった。
「皆の空気が違うことをひしひしと感じ取っているぞ、
この私は…!
ガーラントでは数百人規模の組織を相手に
平然としていた剛の者たちが、
十人前後の赤手にはこれほど張り詰めるのだな」
隊列の最後尾を歩くクラトーが
前を行く隊員たちの背を見回しながら漏らした言葉に、
レゼルクは浅くうなずいた。
「赤手の一員である不殺の天使とわずかながら剣を交えた
私にもよくわかる。
あの技量を持った戦士が十人いるとすれば、
九部隊の中から五百人近くを連れて来ているとはいえ
勝てるとは断言できないと思う。
君も同感だろう、ガラテア」
「ん~、そうだな…」
長槍を両肩に担いで歩いているガラテアに目を向けると、
彼は晴れ渡る空に視線を投げかけた。
不殺の天使とは、短い時間だがガラテアも戦っている。
恐るべき迅速さと鋭い剣技に及ばず、
危うく斬られかけた。
その遺恨もあるのだろうか。
「九部隊が勝とうが負けようが興味がねえな」
「…それを当の隊員たちに聞こえるように言ったら
私は距離を取るぞ」
「本当にこの先に赤手がいるなら一人でも討ち取りてえ。
そうすりゃ驚くほど箔が付くぜ、
何しろ軍のお偉方も手を出すのをためらう連中だからよ。
できれば不殺の天使がいいがな…
奴には借りがある」
目をぎらつかせ、そう答えた。
彼には、味方の勝利も損害も眼中にないらしい。
そういう男であることはわかっていたので、
レゼルクは別のことを考えた。
「…(ジャカの元には不殺の天使がいた…
レッドハンドと合流しているというのもありうることだ。
やはり、九部隊の今回の任務とはジャカたちを捕えることか…)」
ドロウからは、特殊な力を持つ者たちが軍に被害を与えたので
捕縛するとの説明を受けている。
その仕事についての気の重さはあるが、
ジャカらにはロズウェルも同行しているに違いない。
だから、レゼルクは行かなければならない気がしていた。
自分でも意外なことに、彼女との合流が必要だと感じていたのである。
独力ではジャカたちの行方を知ることは不可能だっただろう。
国内において最も優れた情報網を持つはずの軍の力を
こういった形で利用できたのは幸運だった。
後は、その幸運を活かせるかどうかだ。
すなわち、レッドハンドという強敵との戦いに生き残り、
ジャカやロズウェルと再会できるかということである。
「ところで、レゼルク殿。
ガーラントからついて来ていたあの妙な男の隊は
どう動くのだろうな?」
後ろを振り返りながら、クラトーが尋ねた。
ガーラントを発った時、ある一団が第九部隊に同行していた。
王都から派遣されて来たエクセレント・スイッチという
奇抜な格好の男が率いており、
今度の仕事のみだが共同で当たるという話だった。
その姿が、しばらく前からない。
スイッチについては名だけはガラテアから聞いていたが、
ガラテアも彼のことは不思議な力を持っているらしいとしか
調べられなかったという。
それでもやはり相当警戒していて、
「ハーディスの奴、例の力の持ち主を探すために
スイッチをよこしたんだろうが、
おそらくオレのことも言い含めてあるはずだ。
機を見て消そうとするだろうよ…
もちろん、やられてやるつもりはねえが。
予想どおりオレにはどうもできないと考えているらしいな、
もはや黒幕であることを隠す気も無さそうだ。
おたくも用心した方がいいぜ、レゼルク…
軍の側にいるったっておたくも力の持ち主なんだ、
いつスイッチが襲って来てもおかしくねえ」
苦々しい様子で話していた。
スイッチはこちらの存在に気付いていると考えるべきであろう。
確かに、気をつけておかなくてはならない。
ロズウェルのこともあるが、
ジャカらをスイッチの手にかけさせないためにも
レゼルクはこの戦いに臨む必要があったのだ。
「アスリル殿からは彼らが別の道から進むとしか聞いていないが、
側面を突くつもりなのかもしれない」
目を左右に動かし山間の風景を見やりながら、
クラトーの質問に意識を戻してレゼルクは答えた。
最も考えられそうなことを口にしただけである。
側面を突くとはいっても十人前後の相手に
どの程度効果があるのかはわからないが、
単純に真正面からぶつかるよりは時間差で攻めた方が
多少の撹乱を期待できるかもしれない。
「しかし、彼ら…というより彼、と言うべきだろうが、
共闘して大丈夫なのだろうか?
ガラテア殿が言っていた問題もあるが、
それ以上に並大抵ではない胡散臭さを感じたぞ、この私は」
「…それはあの男を見た者の大半が持つ感想だと思うが、
レッドハンドに対抗するには彼の持つ戦力を拝借した方がいい。
そして我々でジャカたちを捕えられれば、
連行するためという体裁で王都に戻る口実もできる」
そんな会話を交わしてから程なく、
やや開けた場所に出た第九部隊をいくつかの人影が待ち受けていた。
それに気づいた時には人影が並んでいる方向から
巨大な衝撃波が猛烈な勢いで飛来したが、
ドロウが目にも止まらぬ速さで大剣を引き抜き
薙ぎ払った。
「行儀の悪いヤツだ…
が、蛮勇の士に品行方正を期待する方が間違っているか」
にやりと笑い、ドロウは立ちはだかった者たちを見据える。
もし衝撃波を止めていなかったなら、
少なくない数の隊員が一気に戦闘不能に陥っていただろう。
それほどの攻撃を仕掛けてきたということはやはり、
待っていたのはレッドハンドの連中なのだ。
下手をすれば数刻ののちに隊を壊滅状態に追いやられかねない。
ドロウは、隊員たちに気合を入れ直させた。
「やるねえ。
さすがは第九部隊隊長、エシエン・ドロウってわけだ」
「…お前、攻撃の気配のない相手に
話もしない内からいきなりぶち込むなよ…」
己の放った衝撃波を打ち消され感心したようにつぶやくランカーナに、
ジェサリアは呆れた物言いをした。
少しも気にした様子のないランカーナは、
金砕棒の先をどん、と地面に下ろして首を捻る。
「何でよ。
どうせやるんだからいいじゃない」
「…お前をそんな風にさせた奴の面を見てみたいな」
「鏡を見れば。
そいつの顔、イヤというほど知ってるってわかるよ」
「馬鹿言え!
俺じゃないわ!
道徳と人徳を兼ね備えた俺を見習ってたら
こんな悪逆非道な行いに走るはずがない」
「ご立派な徳人が率いていたらレッドハンドの評判が
あんな風になるわけがないと思うがな。
あんたは知らない、というか興味がないだろうが
尾ヒレ背ビレに胸ビレ腹ビレまでくっついて
一部ではとんでもない言われ方をしているぞ」
両腕を広げて首を振りながら、シャナンは半笑いで言った。
仕事で行った先で人々の噂を耳にしたのだろうか。
それにしても、そこまで言われるほどの悪行は働いていないはずである。
評判など気にしないジェサリアだが、心外は心外であった。
「一部だろ!
そんな真偽もわからねえ噂に流される一部の奴らの
言うことなんざ知るか」
「とはいえ、こうしてめでたく
お国を守る軍隊様と一戦交えようとしてるんだ。
構図とすればオレたちの役回りはどっからどう見ても悪役だわな」
エヴィンまでもがそんなことを言い出したので、
ジェサリアはもう無視することにした。
「悪役上等だよ!
ドロウ、こんな山奥まで御苦労なことだな!
地獄の特訓でもやろうってのか?」
「そりゃあいい。
名高い赤手にこいつらを鍛えてもらえりゃ
はるばるやって来た甲斐があるってもんだが、
そいつは別の機会にする」
互いの声が辺りに木霊する。
両者の大音響は、聞く者たちの腹の底にびりびりと響くようだった。
大剣を肩に担ぎ、ドロウは笑みを浮かべる。
「用件を伝えよう。
俺たちは人を探している。
ジェスリット・ジェサリア、
あんたたちの所にいるという情報があったんだが
心当たりはないか。
そこにおいでの不殺の天使殿も尋ね人の内の一人なんだが」
その問いを受けて、ジェサリアも笑った。
アンジェは、全く反応しない。
「ここまで来たということはわかっているんだろ。
捕える必要がある連中とは思わないが。
軍が襲うからあいつらも仕方なく戦う、そうじゃなかったか?」
「俺は詳しいことは知らん。
だから話を聞きたい」
「殊勝な心がけじゃねえか。
しかし、それがお前だけじゃ承知するわけにはいかない」
「最後だ。
彼らの居場所を教えてもらいたい」
「断る。
あいつらの命を預かった以上、無事に送り出すまでは
レッドハンドの名にかけて好きにはさせねえ…
それに、軍のやり方には気に食わない点も多々あるんでな」
「…そんなひどいやり方をしたのか?
何だ、マステマか?」
「お前にしたって、らしくないじゃねえか、ドロウ。
たった数人を捕えるのに大層な人数で押しかけてよ」
「あんたたちがいると聞いたからだ。
そう考えると少ない方だろう」
「ああ、俺たちには物足りねえな。
その分はお前と後ろの坊主で埋めてもらうぜ」
「僕?」
ジェサリアに視線を向けられ、ドロウの後方にいたエリンは
自らを指差して言った。
彼の話は、無論レッドハンドも耳にしている。
どうせやるなら、皆ドロウかエリンと戦いたがっていた。
瞳を爛々とさせるメンバーたちを振り返って、
ジェサリアは沈痛な面持ちを見せた。
「交渉は失敗だ」
「何の交渉だよ。
徹頭徹尾やる気まんまんだっただろ」
「ドロウは十隊の長の中ではまともに話ができる方だというのにな」
セファーに続いて、ストールが小さくかぶりを振りながら言った。
戦闘を避けられたかどうかはともかく、
もう少しマシな話はできたはずではないかと思っている。
「こうなったら仕方ありませんよ。
前向きに考えましょう。
僕がドロウさんを引き受けますから」
「お前ずうずうしい奴だな。
帰って早々一番いいところをよこせってか」
淡々とした口調のキュリオスの申し出に、デュエルは顔をしかめた。
その二人に、ランカーナが割って入る。
「駄目駄目!
さっきの見たでしょ、
あいつはあたしが唾つーけた!」
「私は謙虚にエリンとやる」
「待てアンジェ!
さらっと何言ってんだ」
「…毎回この流れが面倒だな…」
リメロウがうんざりしたように同僚たちの口論を眺めた時、
ドロウにエリンがにこやかに声をかけた。
「ふふふ、楽しい方々ですね。
隊長、いいんですか?
赤手と戦っても。
軍としては彼らと事を構えるのは望まざることのようですが」
「しかし、不殺の天使には話を聞かなきゃいかんからなあ…
それにだ、例の少年たちがここにいないところを見ると
こっちの動きを察知して脱出させたんだろう。
だとすれば、俺たちが『じゃあやめておきます』と引いたとしても
彼らを逃がすために必ず赤手は攻撃してくるぞ。
必ずな!
そうなったら被害は甚大だ」
「まあ、こちらが帰ろうとしたところで攻撃されるというのは
同感ですけどね。
血の気の多い人たちですし。
じゃあ、ひとつやりますか」
「おう。
やはり大将は俺が受け持つしかないだろうなあ」
「僕は一番偉い相手より一番強い相手がいいですね。
それがどちらも大将なら僕が当たります」
「赤手なら誰とやってもお前より上かもしれんぞ。
我儘ぶっこくな」
という会話を続けている二人の上司にため息をついたアスリルは、
近くにいたレゼルクら三人に気づいて歩み寄った。
「国内で最も厄介かもしれない相手を前にああですからね。
もしあなた方が赤手と戦いたくなければ
この場を離れて結構ですよ。
隊長は参戦する以上は全員が死ぬ覚悟ができていると
考える人なので、そうでなければ遠慮なく」
「私たちは世話になっている身です。
退く気はありません」
「アスリル殿、あまり見くびらないでいただきたいものだな、
この私たちを!
愛すべき国と民のためとあらばこのトゥリート・クラトー、
先陣を切り真っ先かけて討ち死に仕るべし!」
「国やら民やらを左右する戦いとは思えねえなあ。
オレは赤手とやってはみてえが、
死ぬ気はねえし退く気はあるんでそこんとこよろしく」
レゼルク、クラトー、ガラテアの答えを聞いたアスリルはうなずき、
続いて隊員たちの方を振り返った。
彼は第九部隊では副隊長のエリンに次ぐ立場にあり、
時に細かな指示を忘れる隊長副隊長に代わって
隊をまとめる役目をやらされる気苦労の多い男である。
「赤手がいかに並外れた達人ぞろいだとしても、身体は一つだ。
数で勝る我々には勝機が十分にある、とにかく一斉にかかるんだ。
全員を同時に相手にはせず、各個撃破で仕留めていく!」
アスリルの言葉に応じ、隊員たちは鬨の声を上げる。
さすがは豪放磊落なエシエン・ドロウの隊と言うべきか、
辺り一帯に轟く気合みなぎる鯨波にジェサリアは満足気にうなずいた。
「そうこなくちゃな。
お前ら、ドロウとエリン以外も舐めてかかるんじゃねえぞ。
今更言うことでもないが、一人も欠けるな。
よし、行け!」
長の声に応え、赤き手の猛者たちが次々と駆けてゆく。
彼らを送り出し自らも動こうとしていたジェサリアは、
左後方に感じた鋭利な気配に即座に対応し
振るいかけた剣を思わず止めた。
そうしなければ間違いなく防げたはずの凶刃を、
その身に受けた。
十分な速さで反応した彼が、なぜ剣を止めたのか。
それは、自らを貫いた凶刃の向こうに
命より大切な者たちの中の一人の顔が見えたからである。




