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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
73/92

迷わない

悠長な自己紹介をしている時間がないため、

初めて対面したレッドハンドの三人のメンバーとは

名前だけ伝え合った。

ジェサリアと言葉を交わしていた見上げるような大男は

グラーフ・エヴィン、二十四歳。

筋骨隆々で鍛え抜かれた身体が秘める膂力は、

槍のような長さと斧のような幅広い刃を持つ大剣を

箒か何かの如く軽々と扱う。

その隣に立つ細身の男はシェルドラド・シャナン、二十一歳。

エヴィンと並ぶと小柄に見えるがキーンとさほど変わらないくらいの

上背はあり、切れ長の瞳が放つ光は鋭く、

いかにも凄腕の剣士という風情があった。

彼らの後ろにいるのはバルティオール・キュリオス、二十歳。

目元が涼やかなこの若者は端整な顔立ちの優男で、

戦士としての出で立ちではあるものの

さりげなく輝く耳飾りや背負う長剣が納まっている鞘など

身に付けている物や取り合わせが洗練されており、

穏やかな笑みや佇まいが貴公子然としている。

レッドハンドという荒くれ者の中にあってどこか気品を漂わせ、

誰が言い出したものか貴族の出ではないかという話もあるそうだ。

あるそうだが、アンジェはそれを全く信じていないと言っていた。

「俺はな、リーダー。

 ここで土いじりでもしていた方がマシだと思えるくらいの

 退屈な仕事に行かされた文句を

 帰ったら向こう三日は言い続けてやろうと手薬煉を引いていたんだが、

 ひとまずはお預けになりそうだ」

ジェサリアに向き直って、シャナンは抑えるように言った。

彼の様子を見ながら、ベルゼナッハは

この刃に似た青年が間もなく訪れるであろう事態を控え

ふつふつと昂っていることを感じ取っていた。

「ゆったりと説明している暇はない。

 すぐに出た方がいい、

 手をかけた野菜を台無しにしたくはないだろう。

 やるなら広い所にしよう」

戦うことを前提に話している。

やはり彼もレッドハンドの人だなとジャカが感じていると、

ジェサリアが口を開いた。

「そうだな。

 こうなったらいい機会だ、

 奴らとぶつかればわかることもあるだろう」

「しかし、連中はどうやってこの場所を知ったんだ」

誰とはなしにつぶやくセファーの言葉に、

キュリオスは首を捻る。

「さあ、なぜでしょうね。

 内通者でもいるんでしょうか?」

「馬鹿言え、軍に寝返ったところで面白くもねえだろう。

 どこの隊かはわからねえのか?」

「確かな答えではありませんが、

 僕の受けた印象では第九部隊かなと」

「ドロウの隊か…

 あそこはまとまりがいい上に

 副隊長も隊長級の力を持っている。

 そうだとすれば少々面倒だな」

リメロウが言うと、ジェサリアは豪快に笑った。

「十隊に面倒じゃないところはねえさ。

 奴らにとって俺たちが軒並み目障りなようにな」

それは、ジャカたちにとっても実感だった。

これまでに第三、六、七部隊に所属する者たちを見てきたが、

どれをとっても強敵ばかりであった。

それを思えば、十隊はどこと当たっても

容易にいかないであろうことはたやすく想像できるのである。

「オレ思うんだけどさ、リーダー」

壁に寄りかかって話を聞いていたデュエルが右手を挙げた。

皆の目が、彼に集まる。

「軍の隊がここに来るんなら、狙いはオレたちのはずはねえよな。

 ジャカたちだろ?

 どれがおいでなすったにしろ、あんたが言ったとおり

 十隊が相手なら余裕綽々ってわけにはいかねえ。

 どうせ出発は目前だったんだ、

 こいつらは逃がしてやればいいんじゃないか?

 オレらが軍を引きつけてる間にさ」

「それは助かりますね!

 いいんですか?」

「いいわけないでしょう!

 敵襲を前に、お世話になった皆さんを置いて行くなど!」

すぐさま提案に乗ろうとしたジルドラに、

ズィフィードが咎めるように言った。

この話には各々が様々な反応を見せ、

ランカーナやエヴィンなどは

「別にいいよ。

 攻めて来るなら相手してやるだけだし」

「オレたちだけの方が気兼ねなく暴れられるな」

と言っているが、ジルドラ以外のジャカの仲間たちは

難色を示しているように見える。

ズィフィードの言うとおりレッドハンドには世話になったし、

皆の心情は理解できる。

が、一方でレッドハンドの強さはよくわかっているので

自分たちがいない方が彼らが力を発揮しやすいのではないかという気持ちも

また少なからずあった。

だから、ジャカは迷った。





「(ジェスパーさんたちみたいな強い隊が来ているってことだよな…

 怖い…!

 なるべくなら戦いたくない!

 でも、ジェサリアさんたちに全部任せて逃げるというのも気が引ける…!

 どうすれば!

 どうすればいいんだ!)」

頭を抱えて目を閉じたジャカは、まぶたの裏が青く光ることを予想して待った。

日常の些細な迷いとは違って、今回の選択は今後を大きく左右する。

こういう時、当てになるかどうかはともかくこれまでなら

己に与えられた力が発動し見知らぬ人々の声を届けてくれたからだ。

しかし、期待に反して暗闇が青く染められることはなかった。

昨今、ジャカが感じていることがある。

例の力が働く頻度が少なくなっているのではないか。

その疑問に対して彼なりに見出した答えは、

己の成長を示すものではないかということだった。

あの青い夜の当時、ジャカは独りになり誰かの助けを必要としていた。

生来優柔不断の自分にとって、決断を後押しする声もまた

必要だった。

だが、様々な出来事を経ていくらかは成長し、優柔不断なままではあるが

危険や困難に直面しても以前よりは対処できるようになってきた。

結果、かつてほどにはその力を必要としなくなったのではないか。

だとすると、もう一つ考えることがある。

やはりこれは、自らに与えられた力の

本質ではなかったのかもしれないということだ。

いわば副産物として、青の夜に宿った本当の力に付随し顕れたものではないのか。

ならば、レキッタで発現した恐ろしい光が本当の力か?

一瞬にして多くの人々を消し去ったあの光の何が、

見知らぬ人やこの世を去った者たちの声をもたらしたというのか。

キーンやアイスレアと違って、なぜ自分の力だけが

これほど謎に包まれ、掴みづらいのだろう。

明らかに異質なだけに、狙われているのは青の力の持ち主全員なのではなく

実は自分だけなのではないかという気すらしてくる。

「ジャカ君、何ボーっとしてるの。

 行くよ!」

ロズウェルに肩を叩かれ、ジャカは我に返った。

きょろきょろと周りを見回すと、いつの間にか自分以外は動き始めていた。

「え、え?

 何、どうなった?

 結局どうするって?」

「自分たちの命運を決めるかもしれない重要な会話よりも

 優先するほどの考え事って何よ!

 レッドハンドの皆さんがさっさと行けって言ってるから、

 あたしたちは戦いには参加せずに脱出するの。

 デュエルさんがそのためのルートを教えてくれたから、

 ルフィカ方面を目指そう!」

「わ、わかった…

 でも、大丈夫かな?

 いくら皆さんが強いとはいっても、九人じゃあ…」

「うん、十隊が相手だしアンジェも一時的に残って一緒に戦うって。

 あたしたちは移動するだけだから、

 それならレッドハンド全員で迎え撃った方がいいんじゃないかってね。

 終わったら、後で合流するそうだよ」

「そっか…」

うなずいて話を終え、ジャカも出発の準備に取りかかろうとした。

が、どうしても気になってジェサリアに近づいて声をかけた。

「あの…、

 いいんですか?

 軍の部隊とまともにぶつかることになっちゃって…

 軍と完全に敵対するのは良くないって…」

そう尋ねると、ジェサリアはそんなことかというように

大きく笑った。

そして、笑みを浮かべたままジャカの肩に大きな手を乗せる。

「お前たちがここへ来た時に言ったはずだ。

 俺たちの元にいる間は、この赤い手がお前たちを守るとな。

 大体、敵対すれば損だとかそういうのは二の次なんだよ。

 殴りかかってくる奴は丁重に全力で殴り返すのが俺らの流儀だ。

 後で軍が文句を言ってくるようなら答えてやるよ、

 殴り返されるのが嫌なら喧嘩売ってくるんじゃねえってな。

 細かい話を抜きにすりゃ、俺たちとしては喧嘩大歓迎だ。

 くだらねえことを気にしてないでさっさと行け、

 お前たちにはやりたいことがあるんだろ。

 これ以上止まってる暇はねえし、ましてや死んでる場合じゃねえ」

「…はい!

 ありがとうございます。

 いつか、皆さんにまた会いに来ます」

「当たり前だ。

 俺らのかわいい娘をきっちり送り届けてもらわなきゃな」

ジャカの頭を鷲掴みにするように乱暴に撫で、ジェサリアは離れて行った。

その後ろ姿にいつかの光景を思い出し、

ジャカは大きな背中を眺めていた。

「デュエルが言っていたルートは私も知っている。

 早々に片付けて追いつく、油断せず迅速に進め」

脇を通り抜けるアンジェが、素早く告げる。

目を向けた時には、輝くような白い髪が遠くで躍っていた。

眩しそうに見送りながら深くうなずき、ジャカも動く。

相手がいかに強力な部隊だとしても、レッドハンドが負けるはずはない。

必ずまた会えるし、必ずアンジェは追いかけてきてくれる。

自他共に認める優柔不断なジャカが、迷いなくそう信じた。

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