凶報
「ぐおおおおッ!」
今日も、ジャカはズィフィードにこてんぱんに負けた。
アスフィアナにもあっさりやられたが、
なぜこうも同年の者たちに圧倒されるのか。
「駄目だ駄目だ!
闇雲に撃ち込むだけでは!
いくつかの形を持たなくてはね、ジャカ!」
言っていることはそのとおりだと思うが、
ズィフィードが着用し続けている銀の仮面に見下ろされていると
なぜだか腹が立つ。
皆に酷評されたにも拘わらず、
彼は一向にあれを外すつもりがないらしい。
「それは、わかっているんだけどさ…」
無様な格好で地に伏していたジャカは、
唇を尖らせて土を払いながら立ち上がった。
自らの力だけでの実戦を経て、
彼は最も恐怖を感じなくて済む方法は先手必勝だと思い至った。
だから一撃目に全霊を込めようと心掛けたが、
相手が強くなれば初撃で片を付けるのは難しい。
そして、ズィフィードは自分より数段上なのである。
さらに幸か不幸か、よく稽古をつけてくれたランカーナと同じく
彼もまた加減が得意な方ではなかったのだった。
容赦なく攻めたてるズィフィードの剣に
必死に対抗している内に向上した実感はあるが、
気づくと全身傷だらけになっている。
「僕は、やっと一つのやり方を見つけたところだから…」
「戦いに身を置く以上、猶予はないぞ。
だが、さほど困難ではないと思う。
ジャカ、君は多才な男じゃないか!」
「えっ、た、多才?
ぼ、僕が?」
思わず、ジャカは目を丸くしてしまった。
多才。
これまでの人生で向けられたことのない言葉である。
また、無縁だと思っていた言葉でもあった。
それだけに、口元が緩むのを抑えることができなかった。
「ほ、褒めすぎだよスィフィード君!
僕なんて無力で中途半端な未熟者なんだから」
「何を言うんだ!
君は剣を使い、魔法を使い、魔導剣まで使えるじゃないか。
少なくとも自分は、魔法を使いこなすことはできない。
ひと通り使えるというだけでも、君が多才である証拠だよ」
多才。
何と甘美な響きであろうか。
生涯でここまでの高評価をされたことがかつてあったか。
ジャカは、ズィフィードは何ていいヤツなんだと思った。
「そっ…そうかなあ!
器用貧乏ってやつじゃないかなあ!」
「確かに、そうであることも考えられるな!
使えると言ってもまだどれも大したレベルじゃないし、
何一つ大成しないかもしれん!」
「(この無神経仮面!)」
ジャカは、ズィフィードはそれほどいいヤツではないかもしれないと思った。
褒められた後にけなされるくらいなら、
最初から褒められない方がいい。
こうなったら、やられっぱなしなのも癪だ。
「よ~し、もう一本だズィフィード君!」
「ほほう、このズィフィード仮面とまだやるというのかい?」
「…言っとくけど、僕は絶対その名前で呼ばないからね。
その前に、ここでは仮面いらないんじゃないのか…」
「フッ、いいだろう、受けて立つ!
…いや待て、アンジェ殿がジェサリア殿と試合をするようだ!
見逃すわけにはいかん。
ジャカの相手をしている場合じゃない!」
「おい何だその言い草はズィフィード!
待てコラ勝負しろォォォ!」
空に響く叫びも虚しく、ズィフィードは走り去ってしまった。
鼻を鳴らしつつも、ジャカは自分も達人同士の勝負を
見ておいた方がいいと考え後を追う。
シュテシアから戻って来た彼らは、
すぐには出発せず再び鍛錬の日々にあった。
というのも、まだ見ぬレッドハンドのメンバー三人が
もうすぐ戻ると知らせてきて、
ジャカたちに同行するアンジェは次にいつ会えるかわからないということで
ジェサリアの勧めで三人の帰りを待つことにしたのである。
その間、ジャカたちは再度レッドハンドに鍛えられたり
魔導の勉強を行ったりしていたのだった。
デュエルはガーラントで新たな剣をいくつか購入して
すでに戻っているが、ジャカの期待に応えるほどの
情報は無かったそうである。
上述の三人がロッジに到着する予定の日がやって来た。
ジャカは彼らについて、ジェサリアたちから名だけは聞いたが
それ以上のことは伝えられていない。
同僚であるメンバーらに人柄などを尋ねても、
「ろくな奴らじゃない」「どうしようもない連中だ」
といった罵倒しか返って来ないのだ。
本心は違うのだろうが、レッドハンドの者たちは
基本的に口では互いに罵り合っている。
それでも最年少のアンジェだけは皆にとって娘であり妹であるようで、
その対象からは外れているようだった。
「エヴィンさんにシャナンさん、キュリオスさん…でしたよね。
軍からの依頼の仕事で不在だったそうですが、
ちょっと意外だなあ。
皆さん、軍があまり好きじゃなさそうだから」
ジャカからの問いかけに、リメロウは腕を組んで静かにうなずいた。
「確かに、過去からの経緯もあってあまりいい印象は持っていない。
だが、彼らと全面的に敵対するのが得策ではないこともまた確かだ。
関係を維持することで得られる情報もある。
それは向こうも同様で、直接ではないが依頼をしてくる。
妙な話だが、そこは阿吽の呼吸というかな。
俺たちをつぶそうとすればいかに一国の軍といえども
相当の損害を覚悟しなければならない。
それよりは、適当な距離を保っておいた方がいいというわけだ。
多少の軋轢はあろうともな…
だから、アンジェを狙ったと聞いた時は不可思議だった。
君らの言う力の持ち主を追っているとしても、
レッドハンドの一員に手を出すリスクは承知しているはずだからな。
猛獣のように思われている俺たちも、つつかれなければ噛みつきはしない…
が、当のアンジェが明確に攻撃の姿勢を示したために
向こうもある程度は腹をくくったのかもしれん。
これまでの方針は変えないが、目的のためには交戦もやむなしと」
普段は寡黙なリメロウの珍しい多弁ぶりに面食らいながら、
ジャカは前に聞いた話を思い出していた。
レッドハンドは元をたどればウィルスター王家の直属部隊だったのだ。
軍ともかなり近い関係にあったはずである。
そのことも、今の両者の微妙な関係に影響を与えているのかもしれない。
「お帰りだぜぇ~」
ロッジの入口の方から、デュエルの間延びした声が聞こえてきた。
件の三人が着いたらしい。
少々緊張しつつも、ジャカは他の仲間たちと共に外へ出て行った。
そこでは、先に出迎えていたジェサリアやセファーが
深刻そうに知らない顔たちと話している光景があった。
「どうしたんですか?」
「わからねえ。
これから聞くとこだ」
答えて、キーンは顎をしゃくって初めて目にする三人の方を示す。
ジャカも、ジェサリアたちの会話に耳をすませた。
すると、
「確かなことか?」
「確かだよ。
軍の奴らに間違いない。
しかも、あれは十隊のどれかだ。
ここに近づいている」
落ち着いた声で尋ねるジェサリアに、セファー以上の長身を持つ
驚くほどの巨体の男が答えた。
そして、その返答も驚くべきものであった。
誰にも知られていないはずのこの場所に、
ウィルスター軍の十隊の一つが接近しているというのである。
ジャカの胸中には、様々な想いや考えが渦巻く。
しかし、それらに惑わされている暇はない。
もし軍の部隊がここへ向かって来ているのだとすれば、
おそらくその理由は自分たちなのだから。




