第九部隊
エシエン・ドロウが奇妙な男の訪問を受けたのは、
ある日の朝のことだった。
ドロウはウィルスター軍第九部隊の隊長である。
彼が率いる隊は現在駐留しているガーラントでの任務を終え、
その後は治安維持に当たっていた第三部隊に協力し
街の巡察を行っていた。
滞在中、ドロウは人も物も集まるこの街で
『あること』について情報収集を試みていた。
それを知ってか知らずか、件の男は現れたのである。
「おお!
聞きしに勝る豪傑の風格!
古の神話で八面六臂の活躍を見せる
不死身の英雄の如き雄姿でございますな」
案内役の隊員が部屋を辞してすぐ
芝居がかった動きと表情で述べた男に、
ドロウは鼻を鳴らすように笑いながら右手で近くに来るよう示した。
「悪いが俺は美辞麗句の類が苦手だ。
一言『強そう!』って方が褒められた気分になるな」
「傾聴すべきお言葉、胸に刻みます!
勉強即実践がワタシのモットー。
ドロウ隊長、猛々しい!」
「そうかそうか!
お前は見かけだけで言うと変態だな!」
「ドロウ隊長、ここは褒めてください」
陽気に答え、男は近くに立った。
見れば見るほど妙な人物である。
髪も服も色とりどりと言えば聞こえは良いが、
大陸一趣味の悪い道化師とでもいうような奇抜な身なりで、
顔がわからないほどではないが化粧までしている。
もっとも、ドロウは彼のことを以前見たことがあった。
「エクセレント・スイッチといったか?」
「ワタシのことをご存じで?」
ちょうど一礼した時に名前を出され、
スイッチは途中まで頭を上げたところで動きを止め
上目遣いにドロウを見上げながら少し首をかしげるようにした。
「ハーディス殿が風変わりな男を招き入れたという話を聞いたが、
城で見かけてみると想像以上に風変わりだったんで
思わず色々と聞き込んでしまってな」
「そうですか、そうですか。
王都、特にお城を歩いていると、
もう視線が刺さること刺さること!
毎回、外に出る頃には穴だらけの心境です。
まあ、王都に限らずどこの街でもそうなんですが」
「見る者を責められんだろう。
何なんだ、その格好は」
問われて、スイッチは自らの服を両手でつまんで
引っ張ったり広げたりして見せた。
「ええ~、だってオシャレじゃないですか?」
「俺個人の感想を言わせてもらうと、
目に悪そうだから視界に入れたくない」
「ドロウ隊長!
もう少し気を遣ってくださってもいいんですよ!」
「これから仕事だから、眼精疲労を引き起こす原因を作らんでくれ。
用件は何だ」
「フフフ、単刀直入といきますか。
ドロウ隊長、どうやら見つかりましたよ」
にやりと笑うスイッチの瞳がぎらりと光る。
一方、ドロウは笑みを消した。
「何の話だ」
「ザオウ隊長からお聞きになったのではありませんか?
謎の力を持った者たちがいると」
「…」
ザオウは、第二部隊の隊長である。
第一部隊の隊長が不在の今は、事実上軍のトップたる人物だ。
確かに、ドロウはザオウから聞いていた。
「…ハーディス殿も知っているんだったな。
それで、お前を引っ張ってきた」
「そうです。
ウィルスター軍にも少数ながら存在し、
おっしゃるとおりワタシもその力を持ちますが、
外には軍の中以上にそういう連中がいるのです。
どうやら彼らが徒党を組んでいるらしく、
すでに損害も出ている様子…と、
これもドロウ隊長はお知りになっていますね」
「ああ。
ザオウ殿からは、そいつらを見つけられるようなら
捕えてくれと言われている」
「それは都合がよろしい!
実はワタシもハーディス様から同じ命令を受けているのです。
そして、彼らに関する重要な情報を手に入れた…
手勢を連れて参りましたので、ワタシどもと第九部隊で
協力して事に当たるというようにしていただけませんでしょうか?」
「かまわん。
だが、俺は捕縛だけを考えてはいない」
「と、おっしゃいますと?」
「ガーラントへの道中、ルフィカに寄った」
「…」
今度は、スイッチが笑みを薄くした。
一見しただけでは通常悟られないくらいの変化だったが、
胸中に膨らみかけた悔恨をどうにか抑える。
真正面から見据えているドロウの視線は、
それらを見透かしているような気にさせた。
実際はどうかわからない。
ドロウは、言葉を続けた。
「すると、確かめたいことが出てきた。
互いに協力してという話なら、お前もそれを承知しておけ」
「仰せのとおりに!
それでは、情報をご提供致します。
驚くなかれ、彼らの居場所についてです」
「そりゃ驚くなという方が無理だ。
確かか?」
「かなり確度は高いかと思いますよ。
少々厄介ではありそうなんですけどもね…」
「詳しく聞こう。
座れ」
「それでは、失礼して」
ガーラントで得た情報を考慮すると、
スイッチが使命を全うするには手勢だけでは足りない。
今、協力を得られるとすれば第九部隊だ。
この会談を、何としてもまとめなければならない。
ドロウとの話を終えた後、スイッチは宿舎の中で一人の男を探した。
その男の名は、エレト・ガラテア。
ハーディスが始末しようとしていた者である。
スイッチは、彼がここにいることを掴んでいたのだった。
第九部隊と行動を共にしているらしいこともだ。
ガラテアを消す必要がなかったのか、
消そうとしたが失敗したのか知らないが、
とにかくガードナー・ブレイスとかいう男は
ガラテアを手にかけなかったのだ。
人相も聞いていたのでほどなく目当ての人物を見つけることができた。
二人、連れがいる。
しかも、もしかするとその二人もハーディスの標的なのではないだろうか。
「こんな果報もあるものかね!
天祐神助というやつかな」
いずれもそれなりに遣うようだが、
手出しできないという印象ではない。
面白くなってきた、とスイッチは舌なめずりした。
「やりようはあるさ…」
いつ、どこでやろうか?
そう考えながら、離れた場所から標的を観察する。
この時、スイッチの心は躍っていた。
内容はともかく、仕事好きな男である。
しかし、その胸の躍動が一変する出来事があった。
得体の知れない気配を背後に感じたのだ。
スイッチは獣のような敏捷な動作で、
それでも静かに振り返った。
すると、振り向きざまの抜き打ちを受けない位置に
若い男が立っていた。
にやにやと笑っている。
無邪気ともとれたが、どちらかと言えば嫌な笑顔に感じられた。
「やあ、素早い御仁だ。
斬られるかと思いましたよ」
男が、わざとらしく胸を撫で下ろして言った。
やや声が高い。
少年のようにも思えた。
顔に、見覚えがある。
「思いがけず、拝顔の栄に浴するとは…」
スイッチも笑みを浮かべ、声を発した。
喜びと苛立ちが、同時に込み上がってきたように感じた。
若い男の正体を、スイッチは知っている。
「セレンティア・エリン殿ですね!
ドロウ隊長に続いてお会いできるとは、
日頃から善行を心掛けていた甲斐がありました」
そう言うと、エリンはにっこりと笑った。
「こちらこそ、エクセレント・スイッチ殿。
愉快なお方のようですね、今度ゆっくりと食事でもしたいな。
どなたか、お探しですか」
「いえ、ここへは初めて参りましたものでね。
少し歩いていたところです」
「そうですか、お邪魔をしてすみません。
見学は結構ですが、くれぐれも妙なことはなさらぬように。
僕、なるべくなら余計な仕事はしたくないんですよ。
食事の機会も無くしたくありませんしね」
「…」
「では、またご縁があればお会いしましょう」
「ええ、失礼」
会釈をして、エリンは去って行った。
スイッチも、宿舎を出ることにする。
どうやら、ガーラントでは仕掛けない方が良さそうだ。
ガラテアを狙えば、すかさずエリンが襲って来るだろう。
彼を相手にするならば、片手間というわけにはいかない。
その後ろにドロウもいるとなると、無理な仕事と思うしかなかった。




