新入りとリーダー
夕食が済んだ後、ジャカたちはズィフィードに
自らの置かれた状況や旅の目的を話し、
危険であることや多くを得られる道筋でないことを説明した。
あるいは翻意するかと思われたが、
ズィフィードはむしろますます決心を固めたようだった。
「それを聞いてはいよいよ自分もご助力せねばなりませんね。
あってはならないことが起こっていると感じます…
なぜそうなっているのか謎を解き明かし、
この国を守るべき軍に異常が起きているのなら
何としてでも正さねば!
民のために働く兵を罪もない皆さんを苦しめるために
利用しているとすれば、何をか言わんや!
たとえ少数なれど、怯むことなく王都まで駆け上がりましょう!」
「ああ…
彼はこの方面の人ですか…」
拳を握りしめて力強く述べる新入りを眺めて、
ジルドラは疲れたようにつぶやいた。
なすべきことを見つけると使命感に燃え、
逆境に陥ると盛り上がってはりきってしまう。
ズィフィードはそういった人間のようだ。
ジルドラがお近づきになりたい人種でないことは確かである。
一瞬溜めをつくって振り返り、ズィフィードはジャカに歩み寄って
がっしりと手を握った。
「こうなったからには一意専心、協力します!
頑張りましょう、ジャカさん!」
「は、はい、ありがとうございます!
そうそう、敬語はやめて普通に話してください。
同い年じゃないですか!」
「で、ではそうしようかな…
ちなみに、君もね…」
人柄も良さそうでいい友達になれそうだと感じ
ジャカは嬉しく思ったが、同時に心配になった。
容姿に優れ性格も良く、その上腕も立つ。
そんな男が一行の中にいたら、
ロズウェルが心惹かれてしまうのではないだろうか。
最悪、レゼルクとズィフィードの間で揺れたりしたら、
自分などが入り込む余地などなくなってしまうかもしれない。
いや、そもそも彼女は憧れの存在であって、
自分がこれ以上近づけるはずもないと己に言い聞かせたはずではないか。
「(どうしたら!
どうしたらいいんだ!
僕は一体!)」
「確かに君の置かれた境遇は過酷だ、ジャカ!
だが、決して負けるな。
今日からは皆さんに加えて、自分も力になる!
共にゆこう!」
「ああ、うん、そうだよね…
がんばるよ…」
まっすぐで煌めく瞳。
爽やかな笑顔。
まるで輝くように、ズィフィードはきらきらとしている。
きらきらしすぎていて、少々苦手なような気がしてきた。
あまりにも自分と違いすぎるのも原因なのだろうか。
多分同じクラスにいたらズィフィードは文武両道の人気者、
その上美形で学校で一番モテる全生徒の憧れで、
自分は教室の隅っこからまぶしそうに眺めている
影の薄い男子という役回りだろう。
加入してくれるとなった時は喜んだが、
彼を迎えたことは本当に良かったのか。
ジャカは、ほぞを噛むような想いに囚われた。
「(くそううううう、
学校というものから離れてしばらく、
新しい仲間、新しい環境での旅でもまたそのポジションに
落ち着くことになろうとは!
よく考えたらこの一行、何だかんだでイケてる側の人ばっかりだよなー!
アンジェさんやベルゼナッハさんは言うまでもないし、
アイスさんは育ちのいいお姉さんタイプ、
オータさんは気配りができて頼りにされるタイプ、
ロズウェルは明るくてかわいいムードメーカー、
キーンさんは自称ウィルスター一の伊達男だけど実際かっこいいし、
ジルドラさん…は、まあ…神官の試験か何かに合格してるはずだから
イケてるということに…)」
「ところで皆さん!
一つ重要なことをお尋ねしたいのですが、
リーダーはどなたなんでしょうか?」
「え?
リーダー?」
苦悩するジャカには気づかずズィフィードが投げかけたその質問に、
一同は一瞬静寂に包まれた。
きょとんとして問い返すオータに、ズィフィードは大きくうなずく。
「はい!
やはり、いざという時に指示を仰ぐ方を確認しておかなければと思いまして」
彼の言うことはもっともだが、これまで誰がそうだとは
明確に決めていなかったのでしばしの沈黙があったものの、
やがて何かを探るような声が発された。
「…改めて言及することはなかったけど、
みんなの認識は共通するところなんじゃねえか?」
その声の主であるキーンに、皆の目が集まる。
いつにない静けさの中、彼は言葉を続けた。
「まあ…
オレじゃね?」
「ちょっと待ってください!」
「えええええええ!?」
挙手をして口を挟んだジルドラに、キーンは驚愕の表情を見せた。
その様子に、ジルドラは怪訝そうにした。
「何ですか、大声を張り上げて!」
「一番意外な所から反論を受けたから驚いたんだよ!
何でお前が異論を唱えるわけ?」
「いやいや、あなたちゃんと起きてます?
寝言は寝ている間だけにしていただかなければ困りますよ」
ジルドラが鼻で笑いながら言った。
キーンは即座に眉を吊り上げ、指を突きつけ迫る。
「今現在オレが寝てるように見えるのかテメーは!」
「目を覚ました状態で先程の発言をしたのなら噴飯ものですね!
一体どこのどなたがあなたをリーダーだと認めているというんですか?」
「お前以外だよ、お前以外!
そう!
ガーラントでお前と話してた時だ。
オレが司令塔だって言っても、誰も文句言わなかったじゃねえか。
まだ仲間でも何でもなかったお前以外はな!
仲間以外の文句は却下だからな!」
「あの発言か…
当時の俺、あれは冗談だと思ってたけど…」
独り言のようなオータの発言だったが、
キーンは聞き逃さない。
素早く反応して顔を向けた。
「何だと!
そういうお前はどう思ってるんだよ、オータ!」
「…最初はアンジェ殿かと思っていたが、
どうも彼女にはその意思はないらしい。
となって、ここまで行動してきた結果…
最近では、表立ってではないが俺が縁の下の力持ち的なリーダーとして
みんなを導いている気がしている…」
「完全に気のせいだからな!
一生縁の下から出て来るんじゃねえ!」
「…ま…まあまあ、でも確かに実力や冷静さから言って
アンジェさんというのは妥当なところかと…」
仲裁に入ったジャカに、キーンの怒りが飛び火した。
まさか今になって、以前さんざん怒られた
鬼軍曹状態のキーンと再会しようとは。
「うるせえぞ、ジャカ!
そもそも天使様はオレがリーダーとして交渉して雇ったの!」
「そんなこと言ったら、そのためのお金は
アイスさんの金運のおかげじゃないですか…」
「アイスがリーダーがどうとかの話に興味あるわけないだろ!」
「アンジェさんのお給料だけでなく、
お食事代や宿泊費もわたくしが大きく貢献していることは確かだと思います」
「意外と興味あるのかよ!
何だよこのパーティーは、仕切りたがりばっかりか!
どんだけ自己顕示欲強いヤツ多いの!?」
「それをあなたが言うかって心情なんだけど…」
「おやおや、どなたのご発言かと思ったら
何かといえば猪突猛進なさる勇敢なロズウェルさんじゃないですか!
この件はあなた様には全く無縁の話なので
お黙りになっていていただけますでしょうか?」
「イヤ~な感じ!
あたし、キーンさんがリーダーっていうの断固反対!」
「私もですよロズウェルさん!
こうなったら神に仕える身の私が就任して平和裏に…」
「あたし、ジルドラさんも反対!」
「なぜですか!?」
「…自分…
きいてはいけないことをきいてしまったんでしょうか?」
口論を広げる一同を眺めて申し訳なさそうにズィフィードが尋ねると、
ベルゼナッハは小さく首をかしげながら肩をすくめた。
「こんなことでもめるなんて、人間というのは不可解ね。
彼らが歴史の中で戦争を繰り返していたこともうなずけるわ」
彼女が言うように時に些細な問題で争うのも人間であるが、
いずれはそれを終わらせられるのもまた人間である。
一番情熱を見せていたキーンをとりあえずのリーダーにしておくことにして、
この場を収めた。
翌朝、朝食のために宿の食堂にジャカたちとレッドハンドの面々が集まった。
今日の午前中まで貸し切りのため、他に客はいない。
「何あれ?
ふざけてるの?」
寝起きであまり機嫌が良くないのか、
あくびをしながらランカーナが低い声でロズウェルに言った。
きかれても、ロズウェルにだってわからない。
が、彼女なりに推察して首を捻ってから答えた。
「…わからないですけど、もしかしたら…
もしかしたら、あたしたちに気を遣ったつもりなのかもしれないです」
「気を遣ってアレ?
バカ言わないでよ。
あの有名人のボクちゃんが、
ああしとけば人目を気にしないで済むって言いたいわけ?
悪い意味で目立つっての」
棘のある調子でこき下ろしたランカーナの視線の先には、
ズィフィードの姿があった。
昨日と異なるのは、目元と鼻とを覆う銀色の仮面を着けていたことである。
上背もあるし顎の形もいいので似合っていないことはないが、
その装いが皆を戸惑わせたことは揺るぎない事実だ。
彼が登場した時にはなぜか一同無言で眺めていたが、しばらくして
昨日暫定のリーダーとなったキーンに背中をつつかれ
同い年であるジャカが意を決して声をかけた。
「…あ…あの…
おはよう、ズィフィード君…」
すると、ズィフィードは(多分)満面の笑顔を向ける。
白い歯が日の光に輝いた。
「おはよう、ジャカ!
おはようございます、皆さん!
良い朝ですね。
なぜだろう、いつにも増して清々しく感じる。
やはり、新たなる道を見つけ
その第一歩を踏み出そうとしているからだろうか?
これでこそ人生!
自ら選び、定めた目標へ向かおうとすることが
こんなにも心躍らせるとは!
まなこに射し込む朝日、耳に届く鳥たちのさえずりさえも、
昨日までとはまるで違う!」
「…そ…そうだね…
君も昨日とはだいぶ違うよね…
どうしたの、その…
マ、マスク?
仮面?
邪魔じゃない?」
両手を広げて感慨に浸っているズィフィードに、
ジャカは遠慮がちに尋ねる。
彼の真意がわからないので、否定から入ることははばかられた。
当のズィフィードの方は、口角を上げながら
右手で仮面の縁を軽く撫でた。
「ふふふ、気づいたかい?」
「ま、まあ…
気づかないのは不可能でしょ…」
「これは優れものでね。
外からはこちらの目は見えないだろうが
中からは外が見えるようになっていて、
しかも視界はしっかりと確保されているんだ。
もちろん、戦闘にも全く支障はない。
だから、邪魔にはならないよ」
「…い、いや、視界の話じゃないんだけど…
それ、どうしたんだい?」
「こんなこともあろうかと、以前から準備しておいたんだ。
正解だったなあ、こうして役に立とうとは」
「そうじゃなァァァい!
何でそんなモン着けてんのって話ィィィ!」
ずれた問答が続いたので、
ジャカは面倒になって率直にきいた。
視界がどうとか、なぜ持っていたのかとかはどうでもいいのである。
なぜわざわざ朝っぱらから妙ちくりんな仮面を装着して、
ふざけた(ように見える)格好で皆の前に現れたのかが知りたいのだ。
ようやく質問の意図を理解したズィフィードは、
ああ、と軽くうなずいた。
「いやあ、自意識過剰なようで気恥ずかしいんだが、
自分は展示会の関係でそれなりに顔が知られて、
街で声をかけられることが少なくなかったんだ。
自分一人で行動するなら別にかまわないんだが、
皆さんと共に動いている時にそうだとご迷惑になる。
だから、顔を隠せばいいんじゃないかと思ってね」
「…な、なるほど…」
彼ほどマスコミによって顔が出ていれば確かに声もかけられるのだろうし、
人柄を考えればジャカたちに気を遣ったというのも確かだろう。
しかし、その手段として仮面というのはどうだろうか。
「いかがですか、皆さん?
自分では悪くないような気がするんですが。
名付けてズィフィード仮面!
なんちゃって!」
「顔隠しても名前出しちゃ意味ないでしょ!」
「バカなのかこいつは!」
「目出し帽でもかぶっとけ!」
「何がなんちゃってだ!
今すぐ郷里に帰れ!」
皆から一斉に非難されたズィフィード。
だが、強靭な精神力を持つ彼は怯むことはなく、
堂々と仮面を着けたまま食事に臨んだ。




