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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
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幸いと言うべきか、ズィフィードの宣言は

西門にいた者たちには聞こえていなかったようである。

ジェサリアは面倒なことになる前にジャカたちを宿に戻らせ、

展示会関係者に話を通して報道陣への対応を頼もうとした。

その前に、本人の意思を確かめた。

「アンジェに同行したいということで間違いないか?」

「不殺の天使殿ですね。

 そうです。

 噂には聞いていましたが、

 あれほどまでとは思いませんでした。

 レッドハンドの皆さんの力はすさまじいものですが、

 アンジェさんの剣の舞うような華麗さ、

 脳裏に焼き付く鮮烈さに自分は心奪われました」

ジェサリアと視線を合わせ、まっすぐに述べたズィフィード。

いい少年だ、とジェサリアは率直に思った。

「最近ますます冴えてきている、

 俺も見惚れてるよ。

 剣士なら、あれに心酔するのは全く不自然じゃない」

「もちろん、自分の力ではレッドハンドに加えていただくには

 あまりにも不足ということは理解していますが…」

「いや、それはいい。

 俺が先に戻らせた連中がいただろ。

 アンジェはおそらくあいつらと行動を共にする、

 つまりお前の望みどおりにしたいならレッドハンドではなく

 そっちに入ることになる。

 多少込み入った事情を抱えた奴らだ、

 関われば危険が伴い富も名誉も望めない。

 輝かしい将来を考えるなら軍に入ることを勧める…

 お前のような誠心を持つ者が軍で力を持ってくれれば

 この国のためになるだろうだしな。

 それでも、アンジェたちと共に行くか?」

「アンジェさんたちが認めてくださるのであれば、ぜひ!」

迷わず答えた若者の清々しさに、ジェサリアは笑みを漏らす。

先程目の当たりにした彼の素質は本物だと思う。

戦闘面でも精神面でも、ジャカたちの力になってくれることだろう。

「わかった、後で改めてあいつらと話してみろ。

 しかし、お前も物好きなヤツだな。

 どこでも、どんな条件でも思いのままで迎えてくれるだろうに

 わざわざ茨の道を選ぼうとは」

「恐ろしいほどの達人は軍にも、それこそレッドハンドにもおられます。

 ですが、アンジェさんの剣は美しくも異質で、

 唯一無二のものと思えました。

 真似できるとは考えませんが、もっと見たいというのが正直な気持ちです。

 その中で微力ながら彼女やお仲間の皆さんの手助けができれば、

 己の剣を誰かのために役立てるという自分の目的とも合致します」

「いい馬鹿具合だ。

 お前は根っからの剣士で、剣術馬鹿だな。

 地位も栄光もいらねえ、それよりも剣を優先しちまう、

 俺は気に入ったぜ。

 その気持ちに従ってやってみな…

 後悔する時が来るかもしれないが、お前にそういう気持ちが生まれたら

 アンジェが察して蹴り飛ばして追い払ってくれるだろう。

 行ける所まで行って来い」

「ありがとうございます!」

「そうとなったら、手を打たないとな…

 あれだけ騒ぎ立てていたんだ、マスコミも世間もお前が

 何にも属さないただのガキどものお仲間になるってんじゃ納得しない。

 うまいことごまかしてもらうとするか」

顔が売れればチャンスも増えるが、

身動きが取りづらくなることもある。

ジャカたちがゆくのはあまり目立たない方がいい旅だ。

すでにアンジェと、もし加わることになればベルゼナッハと、

目を引く存在が二人いるのだから、何らかの対策は講じなければなるまい。






「何ともはや、驚きましたね。

 まさかズィフィード君がここへ来て修練の旅に出たいと言い出すとは。

 そんな求道者みたいな心境になるには若すぎると思うんだけどなあ。

 肝をつぶしましたが、あなたを迎えることができて心底安堵しましたよ。

 感謝します、アスフィアナさん」

展示会終了後、控室として使われていた建物の一室で

シェズが言うと、アスフィアナは緊張した面持ちで会釈した。

「い、いえ、こちらこそわたしですみません!

 本当はズィフィードさんの方が良かったですよね、

 強いし、人間性も優れているし…」

「いやいや、そんなことはありませんよ…

 なんて今更おためごかしを言っても仕方ないので正直にいきますが、

 実はそうなんです。

 上司からは、どちらかという場面になったらズィフィード君をと

 言われていました」

「やっぱり!

 わたしですみません!」

ショックを受けつつもお辞儀しまくるアスフィアナに、

シェズは笑いながら軽く手を振って見せた。

彼女を得られて安堵したというのは本心である。

よくわからない理由でズィフィードを逃した上に

アスフィアナまで連れて来られなかったとなれば、

ハーディスに何を言われるかわかったものではない。

シェズ自身が言ったとおり大臣殿はズィフィードの方が欲しかったようだが、

剣と魔法のどちらも超一流になりうる貴重な人材という意味では、

将来的にはアスフィアナで良かったと言えるのではないだろうか。

「まあまあ、話は最後まで。

 それはね、今の時点では彼の方が遥かに完成されているからです。

 あなたに相当の素質があることは疑いがない、

 だけど素質があるだけでは困るわけですよ。

 英才だの俊秀だの言われながらも大成せず消えていく人材なんて

 たくさんいますから、あなたもどこまで花開くかわからないわけでね。

 ただ、実際にこうして会ってみてボクの感触としては

 あなたの剣魔両刀の才は尋常ならざるものであるし、

 努力家でもあるのでその点は心配いらないんじゃないかなと思うんです。

 そうであれば順調に成長を遂げ、いずれはズィフィード君を上回る勇士に

 なってくれるのではないかと」

「…わたしが…ですか?」

「ええ。

 そのための場は我々が提供しますので。

 後はあなたがどう利用するかってことで」

今はこうして丁重に迎え入れようとしてくれているが、

実際に入って行けば厳しい環境ではあるだろう。

怖くはあるし、迷いもある。

だが、飛び込んでみれば間違いなく変わる。

自分も、人生も、未来も、何もかも。

自信を持てない、弱々しい己に訣別したい。

今日の決心で、どう転ぶかはわからなくとも変わることはできるはずだ。

「…わたし…

 やってみます。

 剣も魔法も、中途半端でしたから…

 本気で向き合います。

 自分がどこまでいけるのか、知りたい…

 自分の本気、全力がどのくらいなのか、確かめます。

 それで人々の役に立てるなら…

 わたしは、生まれて初めて自分を認められるのかもしれない…」

幼い頃から筋がいいとか、才能があるとか周囲が褒めてくれたが、

自分では全くその実感がなかった。

皆の期待どおりに実力を伸ばすことができなかったらどうしようと、

恐れていた。

そんな想いが、自分を縛りつけていたのかもしれない。

その鎖を断ち切り、高く跳ぶのだ。

どれくらいまで高く上がれるか、挑戦するのだ。

多くの人が見出してくれた才を発揮し、得た力で働きたい。

それが実現できた時には、誇れる自分になれていることだろう。





例によって、レッドハンドの連中は街に繰り出してしまった。

彼らを横目に疲労を抱えて宿に戻って来たジャカたちの元に

ズィフィードが訪れたのは、

展示会が終了しすっかり日も暮れた午後六時過ぎのことであった。

驚いたのは、彼が来ることを考慮して

ジェサリアが事前に宿を貸し切りにしていたことである。

そのために今日宿泊する予定だった客を他の店に移させるといった

強引な手段を用いたらしい。

どうやら、宿の者を通してかなりの額をばらまいたようだった。

「皆さん、お疲れ様です!

 ガルソウル・ズィフィードです。

 浅学非才の身で恐縮ですが、末席を汚すことをお許しいただくべく

 参上致しました。

 よろしくお願いします!」

皆が集まっていたジャカとキーンの部屋の中を何周もしそうな大声で言い、

ズィフィードは深々と一礼した。

キーンより頭一つ大きな長身でがっしりとした立派な体躯の、

目元がきりりとした美少年である。

ジャカにとっては、実に不思議な光景だった。

つい今朝まで、憧憬の念を抱き羨望の眼差しで眺めていた人物が

目の前に現れ自分たちに頭を下げている。

ズィフィード自身が口にした言葉だが、ジャカの方も恐縮してしまった。

「い、いや、あの…」

「よく来てくれたな、ズィフィード!

 あの時、戦場でお前の言葉を聞いてから、

 オレは一日千秋の想いでこの時を待ちわびていたぜ!」

「軍に入らなかったんだねぇ~!

 絶対行くと思ってたのに」

ジャカを押しのけ両腕を広げて迎え入れるキーンに続いて、

ロズウェルが若干残念そうに言った。

ズィフィードは、表向きは

『己の未熟さを痛感し修練の旅に出て、

 さらに腕を磨いたのちに改めて進路を決めたい』

ということになっている。

無論取材陣は大騒ぎはしたが、ジェサリアが展示会関係者に迫り

彼らを通じて何とか収束させた。

一方のアスフィアナは、大方の予想どおり軍に入ることになりそうだった。

「…ズィフィード君の意向は喜ばしいことだが、

 俺たち自身もいくつか確認する必要がある気がする。

 まず、ズィフィード君に決断させたアンジェ殿自身は

 レッドハンドの方に戻らずこのまま行ってくれるのか?」

壁際に立つ純白の剣士に目をやりながら、オータは尋ねた。

彼自身はジャカたちの仲間に加わった意識でいるが、

アンジェはどうなのか。

当初は彼女を雇うという話だったと聞いている。

レッドハンドと合流した現在、この上さらに同行してくれるのか。

ジャカたちの一行では彼女は最大の戦力であり、

いるといないではまさに天と地の違いである。

時期はまだ明確に決まっていないものの、

いずれ再び旅立たなければならないのは確かだ。

それに向けて心構えも必要だが、

アンジェがレッドハンド本体に戻るという展開を全く考えていなかったので、

ジャカやキーンは固唾を呑んで彼女の答えを待った。

そして、

「無論、行く」

その言葉を聞き大きく息を吐いて安堵した。

が、

「報酬については道中細かく考えなくていい。

 私が独自の基準で計算しておいて最後に請求する」

その言葉を聞き青ざめた。

独自の基準とは何だろうか。

言い値で払えという意味のように聞こえる。

そんな契約をしていいのか。

しかし、彼女の存在は今後の旅には必須だ。

アンジェ抜きで進んで、道中死んでしまったら最後も何もない。

とにかく生きて目的を果たすことが重要である。

命を落とすより破産する方が、再起の芽が残るだけましだ。

全てが終わってから考えればよい。

もし払えないとなっても、相手はアンジェだから

失神させられるくらいで済む…かもしれないと、

ジャカはここでも前向きさを発揮しようと心がけた。

「オータさん!

 アンジェさんの件は解決ってことで!」

「…まあ、君がそう言うならそうしよう。

 次に、ベルゼナッハ殿だが…」

今度は窓際の幻想的な妖精族に視線を移したが、

当の本人は話に全く興味を示していない。

彼女はアンジェの友人だったというだけで、

同行する理由は特にない。

先程の戦闘で見たところ実力は確かなのでぜひ加わってほしいが、

この街で出会ったばかりだし一緒に来てくれとはなかなか言いづらい。

「私は関係ないわ」

案の定反応は冷淡なものだったが、

「しばらくアンジェに同行して、

 その内失礼する」

と続けた。

「ん?

 ということは、しばらくは一緒に来てくれる…」

「あくまで、アンジェと一緒に行くという意味ね」

「な、なるほど」

ジャカには違いがわからない。

「おい、ジャカ!」

小刻みに何度かうなずいているジャカの肩に手を置き、

キーンが声を抑えて話しかけた。

「しばらくでも何でも来てくれるんならチャンスだ!

 その間にどうにか正式に入ってくれる方向に持っていこう」

「…そううまくいきますかね…」

「いくようにするんだよ!

 おい、オータ次だ次!」

「…後は、ロズウェル殿だな」

「あたし?」

意外そうな顔で、ロズウェルは自分を指差した。

彼女は自らが言及されることはないと思っていたようだが、

オータは当然だろうというように顎を突き出して

二度三度と首を縦に振った。

「そりゃ、君。

 君のことは友人だと思っちゃいるが、

 そうは言っても君は軍の人間じゃないか。

 こっちの身を考えて言っているんじゃなくて、

 君の方を案じて言っているわけなんだが」

「あ~…

 あ~、そうね。

 ある意味、あたしが一番ややこしいわね」

「以前、王都に行くとおっしゃっていましたね?」

宙に目を泳がせながらつぶやくロズウェルに、

アイスレアが話しかける。

本人が言ったとおり、ロズウェルの状況は色々とややこしい。

上司に厄介者扱いされ軍に居場所があるのかないのか

よくわからなかったり、もともとの仲間とはぐれたり、

その仲間の内の一人がジャカの親友だったレゼルクで、

しかもジャカらを捕えようとしたりとだ。

国内をうろうろしていても仕方ないし、

レゼルクたちも戻るかもしれないのでとりあえず

王都に行こうかと考えたのである。

「うん。

 それがいいかなって」

「そうするにしても、本当にわたくしたちと共に行くという話でいいのかと

 こういうことですね、オータさん」

「代弁ありがとう」

「いかがですか?

 ロズウェルさん」

「いいよ。

 何でかよくわからないけど

 ロスティージャ、ブレイス、ミサキさんと、

 何だかんだでもう三回も軍の人たちの反対側に立っちゃってるんだし」

あまり悩まない質のロズウェルは、あっさりと答えた。

そんな彼女の性質を、ジャカは羨ましく思った。

「今度敵が現れて、また君が軍の関係者だってバレたら…?」

「どうにかごまかす!」

「…オータさん、ロズウェルの件も解決です」

「じゃ、問題なしだな」

「あの~、私は?」

皆がオータの言葉に賛同したところで、

ジルドラがゆっくりと手を挙げる。

なぜ彼がそうしたのか、誰にも心当たりがなかった。

「何だよ、ジルドラ。

 外れたいのか?」

「いえ…

 でも、当然のように頭数に入れられているのもどうかなと…」

「いつも感謝している、俺たちにはお前が必要だ。

 そしてズィフィード君、君の加入は本当に心強い。

 よろしく頼むよ」

「はい!」

「くっ…!

 オータ氏恐るべし…!

 すでに私の扱い方を掌握している感があります…!

 いけない、こんなことでは…

 私が第一に仕えるのは我が主たる神…!」

苦悶するジルドラには見向きもせず、キーンはジャカの方に向き直った。

何やら意味ありげな笑みを浮かべている。

いい予感はしなかった。

「今日はなかなかの活躍だったな、ジャカ。

 けど、正直お前の戦い方は少々見苦しいな、ハッハッハ!」

「…笑いながら面と向かって悪口を言わないでくださいよ…」

「どうだ、ロズウェル。

 ジャカの戦う姿には引いたんじゃないか?」

何を言うのだ、とジャカは眉間にしわを寄せてキーンを見た。

先日は背中を押すような発言をしてくれたが、

彼は味方でも何でもなかったらしい。

余計なことをきいてくれたものだと思いながら

こわごわロズウェルの表情を窺うと、

「何言ってるの、キーンさん!」

彼女はまた無駄に大声で答えた。

「引いたりしないよ、ジャカ君は精一杯がんばったんだし!」

「おお、ということはむしろ好感度は上がったんだな?」

そう言って、キーンは目だけをジャカに向けてウインクした。

全くありがたくない。

何なんだそのウインクは、援護してやったぜとでも言うつもりかと

ジャカは内心毒づいた。

とはいえ、ロズウェルの反応は気になる。

再度様子を窺うと、

「上がったに決まってるでしょ!」

「おおおお!」

「大事な友達の一人なんだから!

 今日の戦いで結束して、全員の好感度が上がったよ!」

「おおおお…」

腰を浮かし立ち上がりかけたキーンは、静かに腰を下ろした。

抜け殻のようになるジャカを一瞥し、見かねてアイスレアが

キーンに小声で軽く叱責した。

「あまり振り回してはジャカさんがお気の毒ですよ」

「…ある意味、引かれるよりダメージがあるな、あれは」

「誰のせいですか、まったく…」

「い、いや、じゃあ違うお方に褒めてもらおう!

 天使殿、これまではあんたにおんぶに抱っこだった点が否めないが、

 今日のオレたちは結構がんばったんじゃねえか?

 貴殿の採点では、本日の我々の戦いぶりは!?」

「十四点だ」

「すっごい辛口!

 数字的に中途半端だし!

 きかなきゃよかった!」

「…十五点満点…じゃ、ないですよね…

 百点ですよね、やっぱり…」

アンジェの評価を聞き、ジャカはますます落ち込んでしまった。

もはや、彼をどう励ましていいか誰にもわからなかったのである。

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